第64話 山積の難題
「馬鹿な遊びをしてるじゃねーか。普通の豚とイベリコ豚。オメー等みたいに肉が食えればどーでもいーようなお子様にとってはどっちだっていーじゃねーか。島田の舌はアタシレベルじゃねえ。アタシから言わせれば島田の味覚なんぞは隊長と似たり寄ったり、西園寺と同レベルだ。そんなことするだけ無駄無駄!」
入り口すぐのテーブルをランは占拠した。その正面には珍しそうに島田の悩む姿を眺めている茜とラーナの姿があった。
「お待たせしました!」
セーラー服にエプロン姿の小夏がビールを持ってランに迫った。その後ろには猫耳をつけたままのサラがコップと付き出しを持って並んでいた。
「小夏……ビールは止めろ。アタシは悪酔いするから飲めねえ。日本酒冷を頼む」
明らかにたじろいだようにランはそう言って小夏を見上げた。
「ランの姐御のビールで酔っぱらうのは面白いのにねえ……私は可愛くって好きだな」
そう言って去る小夏にランはかなり本気で動揺していた様だった。
「それよりサラ……なんだその格好は。耳が四つある。意味不明だ」
カウラが呆れたようにサラの猫耳を指さした。
「良いじゃない……似合うんだから」
猫耳の小夏のノリを気に入ったイベリコ豚を外して少ししょげていた島田にそう言われて小夏は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
かなめはそれを見て一度誠の顔をまじまじと眺めた後少し斜に構えるようにして笑みを浮かべた。
「西園寺さん。何が言いたいんですか?」
島田は彼女のサラに眼をやるかなめが気になったようで豚串から目を逸らしてそう言った。
「いや、なんでも……」
かなめは島田と絡むと面倒なことになると葉巻に火をつけた。
恐らく島田の白々しい態度を見れば島田も捜査の最大の障害になっているのがランであることは知っている。そして、そんなことを口にして無事で済む人間は隊では恐らく嵯峨か自分くらいなのも十分わかっている。そんな島田だが、いくら無敵のヤンキーを自称していても大恩のあるランにそういうことは簡単ではないことは誠にも理解できた。
「かなめちゃんはボトルよね。……ラム?ジン?」
そんな迷いに揺れる島田の事を察したようなタイミングでいつものように春子がかなめに聞いてくる。
「ラムで。『レモンハート』。それと!食うもん頼もうぜ。アタシはボンジリ!」
かなめの注文を聞いてそのまま厨房に春子は消えた。手伝いの小夏はエプロンからメモ帳を取り出して周りを見渡す。
「私は……串焼き盛り合わせにしようかしら……カウラちゃんは?」
カウラに誠の隣の席を占拠されたアメリアは仕方なくその隣の席に座っていた。
「そうだな……とりあえずシシトウかな。最近は緑が足りていない」
カウラはそう言いながら視線を背後のラン達に向けた。
「ああ、それでオメエはアストラルゲージのデータを見ている間もポニーテールを弄ってたのか。オメエの髪の色は食物から摂取してそのエメラルドグリーンを維持している訳だからな。アタシも盛り合わせで……ラーナもか。茜、どうするよ」
酒中心であまり食べることをしない茜に一応かなめも尋ねてみた。
「わたくしは……あまりたっぷり食べる気にはなりませんの。つまみ程度で数品見繕ってくださいな」
茜は完全に飲みモードだった。
「じゃあアンコウ肝のいいのが入ったって源さんが言ってたからそれをメインで行きます?」
春子の笑顔に茜も上品な笑みを返した。
「それでお願いしますわ。このところ例の辻斬りの資料調査で徹夜が続いてて頭が回らなくて」
ラン達幹部連の注文を受けるとメモを持って奥に小夏は消えた。
「まだ決まらないのか?」
メニューとにらめっこしている誠にカウラがそう尋ねた。
「ちょっとここんところストレスがたまる仕事ばかりだったので量を食べたい気分なんで」
機嫌がよさそうなカウラに急かされながら誠はしばらくお品書きに目を向けて黙っていた。
足早に厨房から現れた春子は手にしたラム酒の瓶をかなめに差し出した。
「飲みすぎないでよ。今日は二階で酔っぱらいが大量生産される予定なんだから。誠君まで暴れだしたら収拾がつかなくなるわ」
春子はそう言ってラムの瓶とグラスをかなめに手渡した。
「気をつけまーす」
春子の言葉の意味など解さぬようにかなめはたっぷりとグラスにラム酒を注いだ。春子の忠告をまるで聞いていなかったようなかなめの態度に呆れたようにカウラはかなめの手元のグラスに目をやった。
「飲みたいのか?カウラは飲ませると何をするか分かんねえけど神前になら飲ませてやってもいいぞ。色々女としての役得もあるしな……ひっひっひ」
それを見ていた誠に真顔でかなめが下種な笑みを浮かべながら尋ねてくる。
「まさか」
自分の酒の弱さを知っている誠はそう言ってその場をごまかした。
「はい!お待たせです!」
失笑するカウラを見ていた誠の耳元で手に盆を持った小夏が現れて注文の品をテーブルに並べていった。
ついその動作に見とれて誠は手元のメニューを取り落とす。
「神前の兄貴。しっかりしてくださいよ。それより注文は?他の人は最初の注文は済んでますから」
中々注文の決まらない誠に業を煮やして小夏がそう問い詰めた。
「焼鳥盛り合わせダブルで……それと豚串を五本」
ようやく諦めがついたとでもいうように誠はそう言った。
「誠ちゃん!それアタシの真似じゃないの!小夏ちゃん、私も!」
島田の隣のカウンターでビールを手酌でやりながらサラが叫ぶ。小夏は笑顔を浮かべながら厨房に消えていく。
「上、さっきはあんなにはしゃいでたのに、今は妙に静かじゃねーか。島田の。上は法事でもやってんのか?それとも菰田みたいに新しい宗教を開いてそう言う儀式でも始めたのか?」
早速、冷酒を飲んで顔を赤くしながらランが豚串の品種当てに失敗してうつむいている島田に声をかけた。二階を占拠して飲み続けているという技術部の情報士官達の沈黙。その事態に隣のサラもパーラもランの質問に首をひねった。
「女将さん。アイツ等……さっきまであんなにはしゃいでたのに急に静かになるとは……死んだのか?死んだら死んだでそれで良いけど事件性があると後で面倒だから誰か見に行って来いよ。そのまま簀巻きにして東都湾まで捨てに行くから」
かなめも上の急変が気になってそう尋ねた。
「始めたのが昼間からだったから……潰れてるんじゃないかしら。うち、昼飲みも始めたのよ。お休みの日とかよろしくね」
阿鼻叫喚の地獄絵図にならずに済んでよかったというような表情で春子は笑った。彼女を見ながら誠もビールを飲み続けた。
「しかしアイツ等も今回色々動いてくれたからな……大変なんだろ。少しは気を回してやれ」
相変わらずカウンターを背にテーブル席の誠達を眺めていたランはそう言うとぐい飲みの冷酒を飲み干した。
「まあうちも大変だけど……全部指揮官を気どっている身内の若干一名のせいで」
『何か言った?』
かなめの言葉にランと茜が同時にステレオで叫んでいた。思わずその様子に誠は苦笑いを浮かべた。
「それにしても大変そうだな」
結局イベリコ豚を当てられずに島田は懐からガソリンスタンドのカードを取り出してパーラに手渡しながらつぶやいた。
「何?正人君も入りたかったの?今の私達のやってる業務は島田君の忍耐力じゃとても無理だと思うけど……実際かなめちゃんも何度もキレてるし」
アメリアは冷やかすような調子で頭を掻く島田にそう言った。
「そんなことは無いですけど……法術を乗っ取る犯人でしょ?俺みたいに死なないだけが取り得の法術師の方が適しているんじゃないかなあとか思っただけですよ。力を乗っ取られても別に何も起きないですから」
そう言いながら最後の豚串を口に運んだ。
「オメーはバックアップだよ。同盟厚生局の事件じゃあオメーにぜひ参加してもらえって隊長に言われてたからな。まああれだ、今はじっくり構えておけってことだ……『武悪』のエンジン交換のシミュレーション。終わってねーんだろ?あのエンジンは特殊過ぎて手がかかるのは見えてるんだ。それにあのエンジンは甲武製で交換には甲武の泉州コロニーの工場まで発注しなきゃなんねーんだ。隊長は機体に無理をさせる操縦はしねーと思うが万が一ってことがある。実際どんだけもって、どの段階で交換が必要になるのか。それを調べるのもオメーの仕事だ。甲武軍の技術陣に聞いても無駄だぞ。あんな『全自動温泉卵製造器』を『兵器でござい』と持って来る馬鹿だ。そんな奴のデータがあてになるか!」
ランはすでに徳利を一本開けて次の徳利に手を伸ばしていた。
「そうだぞ、島田。あれの整備の手順とかは初めてだからな。そもそもあんなに金がかかる機体なのに今のままでは東和陸軍の89式以下の性能だっていう時点で甲武の技術陣はその事実を恥じるべきなんだ。貴様の改良であの機体は化ける。期待しているぞ」
カウラも厳しい口調で島田に向けてそう言った。
「わかりました。とりあえず目の前の仕事に……」
島田は聞いているのか居ないのか良く分からない態度でそう返した。
「そうだ精進してくれ」
ランはそう言ってカラカラと笑った。
「でも……『武悪』……あんな機体。本当に使うんですか?確かにカウラさんの言う通り今のままでは89式以下ですけど、西達の改造計画で予定される能力を俺もみましたけど、あのスペックは地球侵略でも始めるレベルまで伸ばせますよ。西が出してきた改修後のあの機体のスペック表と隊長の法術データを突き合せたらアレ一機を相手にするには宇宙艦隊一個艦隊が必要になる。あんな化け物で隊長は何をしようって言うんですかね……」
そう言う島田の視線は司法局実働部隊ナンバー2であるランへと向けられることになった。
「島田……出動関係の事例集。見てねーのか?」
ランは鋭い口調で上司として島田に向けてそう言った。
「そりゃあ甲一種出動は使用兵器の制限が無くなりますが……反則ですよ、あの機体は!隊長が法術制御が苦手ってことを差し引いても、たとえ神前が乗ってもマジで今の状態でも『光の剣』で直径30㎞の甲武当たりのコロニーが真っ二つに出来る」
島田の言葉に自然と誠はうなずいていた。誠の愛機の05式乙型も法術対応のシュツルム・パンツァーだが『武悪』は桁が違った。法術師の展開する干渉空間にエネルギー炉を転移してメイン出力を確保する構造はエンジンの出力を上げる際にエンジン自体の強度の限界を想定せずにパワーを出すことができる。そんなメインエンジンを搭載した上に現在の技術の最先端クラスでとても一般部隊では運用不可能な高品位パルスエンジンでの驚異的な機動性を確保した機体には正直勝負を挑むのが馬鹿らしくなるほどだった。
「反則だろうが失格だろうが関係ねーんだよ。アタシ等は司法実働部隊だ。兵隊さんと違って勝たなきゃならねーし、勝つときは圧倒的じゃなきゃならねーんだ。わかるか?」
どう見ても小学生が飲んだくれているとしか思えない光景をランは展開していた。言っていることの理屈が通っているだけに誠は一人萌えていた。だがその萌えを我慢できない存在がこの店にはいた。
「ランちゃん!」
立ち上がるとアメリアはそのままずかずかとランに近づいていく。
「お……おうなんだ……!ってくっつくな!」
不意を付いてアメリアはランに抱きついて頬擦りを始める。
「なんてかわいいの!萌えなの!」
誠から引き離されたストレスを解消しようとアメリアはランを弄ることに決めているようだった。
「うるせえ!離れろ!」
必死になってランはアメリアを引き離しにかかる。
「慕われていますのね、クバルカ中佐は……ちょっと妬けますわね」
ふざけた口調で芋焼酎を飲む異国情緒あふれた金髪美女の和服の茜の姿は誠にはあまりにシュールに見えた。
「茜!くだらねーこと言ってねーで助けろよ!」
ばたばたと暴れているランを横目に見ながら笑顔の春子が料理を並べ始めた。
「いつも申し訳ありません」
ようやく気が付いたカウラが立ち上がりランに抱き着くアメリアを引きはがした。
「カウラさんが気にすることじゃないわ。それに本当にいつもごひいきにしてもらっちゃって。うちは司法局実働部隊がいなくなったらつぶれちゃうかも」
そう言いながら春子は頭を撫でる程度に譲歩したアメリアの愛情表現に落ち着いてきたランの目の前にアンキモを置く。
「でもクバルカ中佐は本当にかわいいですものね。クラウゼさんもつい暴走しちゃうわよ」
ふざけた調子で茜はもうすでに芋焼酎のグラスを空にしていた。
「アタシは一応上官なんだけどな……そこんところの上官の威厳と言うモノを考えろ!」
アメリアに撫でられながら仕方が無いというようにランは二本目の徳利を空にした。
「じゃーん!来ましたよ」
小夏が突然のように現れて手にした料理を配っていく。
「やっぱりここは良いねえ」
葉巻をくゆらせながらかなめはしみじみとそう言った。
「そう言えばかなめちゃんは甲武よね。あそこは結構火の使用には厳しいんでしょ?二酸化炭素を出すエネルギーだとか言うことで」
アメリアはようやくランをその手から開放すると満面の笑みで誠の豚玉を勝手に混ぜ始めたかなめの正面の自分の席に腰掛けた。
「まあな。あそこはどうも息苦しいところだからな。そのくせ平民は電気も無しで蠟燭とランプの明かりの下で暮らしてるんだ。街の明かりも電気じゃなくってガス灯を使ってるんだぜ?理解できるか?その意味不明なところ。どっちも二酸化炭素が出るじゃねえか。妙なところで矛盾していやがる。そんな国の事を思い出したら特に東和に来たら帰りたくなくなるよ……」
ネギまを食べ始めたカウラにそう言うとかなめは手を止めてグラスのラム酒に手を伸ばした。
「どうしたの?かなめちゃん」
アメリアの顔が真剣なものへと変わる。それはかなめの脳内の通信デバイスが何かをつかんでいることを悟っての態度だとわかって誠もかなめに視線を向けた。
かなめの瞳。それはすでに軽口を叩いていた誠の見慣れたかなめのものでは無かった。誠が知らない陸軍非正規部隊で戦争法規無視の捨て駒の戦いを演じていた時のかなめの表情。誠はこんな目をしたかなめを見る度に彼女がいたという東都戦争の泥沼を想像して背筋に寒いものが走った。
「例の辻斬りだ。東寺町で近くのOLが背中からばっさりだそうだ」
その言葉に入り口近くのランの隣に座っていた茜が立ち上がる。
「おい、所轄の連中が捜査をはじめたばかりだぜ」
かなめは芋焼酎を一杯半飲んだ茜に声をかけた。
「そう言うわけには行きませんわ。一応わたくしが担当している事件ですから……クバルカ中佐、カルビナ。帰りはタクシーを拾ってもらえませんかしら」
茜はそう言うと運転代行を呼ぼうと携帯端末に入力を始めた。
「しゃーねーだろ。仕事優先だ」
ランの言葉に笑みを浮かべた茜は着物の襟元を調えるとそのまま店を出て行った。
「辻斬り……アイツも今回の犯人を追って出てきたか……」
ようやく温まった鉄板に誠の豚串を横取りしながら苦々しげにかなめはつぶやいた。
「でも法術師を狙ってわざわざやって来たんですかね。ただ都心じゃ捕まるかも知れないから郊外に現われただけなんじゃないですか?」
誠の言葉にかなめは思い切り酒を噴出した。
「何するのよ!」
顔面に直撃を受けたアメリアは叫ぶと同時にハンカチを探してコートに手を伸ばす。驚いた春子も厨房に飛び込んだ。
「クラウゼさん、これ」
春子から手ぬぐいを受け取ると顔を拭くアメリア。その様子をまるで無視しているかのようにカウラは一人ネギまを食べ続ける。誠はいつものことながら食事中に異常な集中力をみせるカウラに呆れながら隣のかなめに目をやった。
「都心より郊外の方が良いだって?そんな訳ねーよ。薄暗がりの街の中。特に抜刀なんて言う近接戦闘メインの作戦行動を取るには見通しが利く郊外の田舎道より、違法駐車された車や曲がりくねった狭い路地なんかがある都市部の方がやりやすいんだ。戦闘発生時の距離が常に近いからな」
もう日本酒を一升は飲んでいるはずなのにランは冷静にそう分析して見せた。
「中佐の冷静な分析には感心させられる。確かに室内戦では銃よりも剣の方が有利だといつも隊長が言っていますからね。戦闘距離が9メートルを超えると通常の剣では対応ができない。この犯人のようにいきなり斬りつけるというのなら人気が無い場所で相手にも警戒されない距離に犯人が居ても被害者が不思議に思わない都会の方が犯人には都合がいいのは理解できます」
シシトウを一皿平らげ一息ついたカウラの一言。かなめは得意げに再びグラスを手に取った。
「じゃあ、やっぱり狙いは今回の法術師ですか?」
誠の言葉にそれまで騒いでいたサラや島田まで黙り込んで静寂が支配した。
「普通に考えりゃーそうなるな。飼い主は分からねーがこの辻斬りは間違いなく法術師だ。そいつの飼い主が相当な馬鹿野郎ならいざ知らず、いままで狂犬を官憲から匿い続けているところから見ても、その飼い主はかなりの情報通だ。今回の法術師に関心を持ってねー方がおかしいくらいだ」
ランの言葉にラーナはうなずいた。ただ不安そうに周りを見るパーラに少しばかり同情しながら誠はそれまでかなめがボンジリに手を伸ばした。
「最悪のパターンも想定しておくべきね。人斬りと今回の一風変わった法術師の両方に同時に出会うケース。想定していないと最悪の事態になるわね……その時は……皆さんも覚悟をしておいてくださいね」
運転代行を待つ間、茜はそう誠たちを励ましながら深呼吸をしながら酔いを醒まそうとしていた。
「茜警部。最悪の事態って……」
誠は焼き鳥の串を置くとアメリアに語りかけた。
「馬鹿だな。オメエの能力が奪われた状態で人斬りにマンツーマンで対応しなきゃならなくなることもあるってことだ」
ラムを飲むかなめの満足げな顔。思わずカウラは目をそむける。
「本当にこういうときは悪い顔をするわね、かなめちゃんは。まるでそうなるのが楽しみだって言いたいみたい。そんなに銃が撃ちたいの?自腹で弾まで用意して年中射場で撃ちまくってるくせに」
アメリアは先ほどまでの能天気な行動を切り替えて仕事モードでかなめにツッコミを入れた。
「そうか?アタシにはそんな顔をしている自覚はねえんだけどな」
アメリアの言葉を受け流しながらかなめは誠の一皿を奪い取ると自分の小皿に乗っけて食べはじめた。
「それ僕の……」
誠は小声でかなめに声をかけた。
「小さいことは気にするなよ。それよりカウラよう。得物は特別なのが使えるのか?茜が言ったように人斬りと今回の犯人と同時にご対面なんて事態も考えられるんだ。こっちもそれなりに……な?」
豚玉を頬張りながらかなめがたずねてくるのを見て少しばかり気分を害したと言うようにカウラはシシトウに伸ばした箸を置いた。
「特別な許可は降りていない。使用可能なのは拳銃と貴様等が技術部に送った警察官給品の低殺傷火器だけだ」
カウラは冷静に現状を分析して見せた。
「マジかよ……県警はアタシ等を本気で殺す気か?そんなに島田とかえでが迷惑をかけたのを恨んでるのか?まあ、カウラの話を聞く限り恨んでいるとしか思えねえよな。あんな使えない銃と拳銃で百戦錬磨の人斬り相手に殺し合いをしろだって?頭おかしいんじゃねえか?」
そう言うとかなめは静かにラム酒を喉の奥に流し込んだ。
「まあ相手は日本刀を振り回しているだけの暴漢と言うのが上の見方だから仕方がないか。茜警部が以前から指摘していた通り辻斬りはおそらく法術師だ。そうなれば甲武浪人の地球人崩れが刀を振り回しているのとはわけが違う。その所を上は分かっていないんだろう。刀をもって人を斬るのは全部甲武浪人。甲武は元地球人の国だから法術師は居ない。そう決め付けて東和警察は動いているんだろうな。その結果の装備があの毒々しい色のショットガンと言うわけだ」
かなめとカウラの会話で誠は今回の事件がかなり危険なものだと言うことだけは理解できた。確かに普通に人を斬ることができるだけの地球人ならばこれまですべての事件で一太刀で被害者を絶命させるなどと言うことはそもそも天才的な剣術家以外には不可能な話だった。だが、それが刀に法術を乗せて斬ってくる法術師であれば不可能な話ではない。そういう誠自身にも同じことをやれと言われれば『光の剣』の応用で出来ない事でないことは理解していた。
「こんな装備しか使っちゃ駄目って言うんなら県警の連中から辻斬りさんの飼い主に何とか言ってくれねえかな。『うちはローリーサルウエポンしか使用しませんから手加減してください』ってさあ」
ラム酒の瓶を手に自分のグラスに酒を注ぐかなめ。沈鬱とした空気が場に流れる。
「おいおい、オメー等がそんな弱気でどーすんだよ」
ランはまた酒を飲みながらそう言って一同を励ました。
「姐御……弱気にもなりますよ。相手はこれまで少なく見積もって女ばかり17人は斬ってる狂犬ですよ。それと何だかよく分からない能力の持ち主が敵に回る……」
珍しく弱気なかなめはそう言いながらラム酒を口にした。
「同時に相手をしなきゃいいだろ?それにいざとなれば拳銃で仕留めるくらいのことはいつも言ってるじゃねーか」
ランの大口はとどまるところを知らなかった。
「姐御……」
いつの間にか誠達のテーブルの隣に立って弱音を吐くかなめからラム酒のビンを取り上げたランはそのまま半分以上酒が残っているかなめから瓶を奪い取った。
「注ぐならこいつにしてくださいよ。そん時貧乏くじを引くのはこいつなんだから……な!神前!」
かなめは隣でビールをちびちび飲んでようやく空にした誠に目を向けた。
「え?あ?うーん」
誠は何も言うことが出来ず曖昧な返事をした。
「そうだな」
にんまりと笑ったランはどくどくと誠のグラスにラム酒を注いだ。
「クバルカ中佐!」
かなり出来上がっているランは誠に酒を強いた。
「良いんだよ。アタシの酒だ。飲めるだろ?そうだ、偉大なる中佐殿の愛ある指導の魂が籠った酒だ。そんなアタシの酒が飲めねーわけがねーよな?飲め」
凄みの利いた少女の表情。誠はいつの間にか頭の中に異常な物質でも発生しているのではないかと言うような気分になってグラスを手にした。
「ぐっとやれ、ぐっと」
ランの言葉が耳元で響く。アメリアもカウラも決して助け舟を出す様子は無い。
諦めた誠は一気にグラスの中の液体を空にした。そしてそのまま目の前が暗転するのを静かに理解することしかできなかった。




