第63話 帰りがけの道すがら
繁華街の警察署を出ればすぐに下町のごみごみした建物の中の道へと入ることになる。久しぶりの定時の退社。街は人であふれていた。
「ぶつけないでくれよ。物損事故で豊川署のお世話になるのはこりごりだ。一応アタシ等は今は豊川署員なんだから」
かなめは冷やかすようにそう言った。
「誰にものを言っているんだ?私の腕は確かだ。すべてにおいて起こりうるリスクを考慮に入れて運転をする。これは車の運転に限らずシュツルム・パンツァーの操縦に関しても共通している。そのような訓練に慣れている私にはそのような忠告は無用だ」
かなめの言葉にカウラは苦笑いを浮かべた。そしてすぐさま目の前に飛び出してきた小学生に急ブレーキを踏んだ。
「言ったばかりだろ?見えて無かったのか?さっきの能書きは口だけってことか?見えて無かったろ?口だけ番長はうちでは島田一人で十分なんだ。オメエもアタシから島田扱いされたくなければ自分の運転技術を控えめに言え」
呆れたようにかなめはそう言った。
「予測はしていた。この程度の危険予知が出来ない私だと思ったのか?これは十分想定されたケースだ。だから事故は起きていない。この現状を見ても貴様は大きな口を叩き続けるつもりか?そんな態度なら降りて歩いていけば事故には巻き込まれないぞ。もうすぐ着くんだ。ここから月島屋なら歩いてでも行ける距離だ」
いつものようなやり取りに誠は沈黙とグラフばかりに集中していた時間を終えたことを実感した。そして再び走り出した車は見慣れた月島屋に続く商店街のアーケードの道にたどり着いた。
「茜とラーナ。茜の車に同乗してきた島田は歩いて隊まで帰っている叔父貴の代わりの姐御の帰りの運転手で島田が来るとおまけでサラがついてくるか……あとは誰が来るんだろうな……。アメリア!オメエは時々隊に連絡入れてたみてえだけどこの捜査で一番の障害がランの姐御だという紛れもない事実を島田になんか話してねえだろうな?島田は口が軽いからすぐに姐御の耳にその言葉は届くぞ。そうなれば明日にはあのかび臭い部屋に仁王様みたいな顔をしたランの姐御が『関の孫六』を手にして現れるんだ。でも、県警もあんだけ『関の孫六』を日常的に持ち歩いている姐御を何で逮捕しねえんだ?あの刀を有名にした三島由紀夫が常にあれを持ち歩いても日本中どこでもフリーパスで最終的に市谷駐屯地で割腹自殺するまでフリーパスだったルールがこの国でも適用されているのか?いつ姐御はノーベル文学賞候補になったんだ?そもそも姐御は小説なんて書いてねえしそんな文才もねえだろ。意味わかんねえよ」
茜は飲みに行くときはうまい事おだてて島田を運転手に仕立て上げて自分の車を運転させるのはいつもの事だった。そうなると島田の車の運転手が必要になることを考えれば恐らくこういう時はパーラも呼び出されているのだろうと誠はいつも貧乏くじの運用艦副長に同情していた。
「そう言うな、西園寺。アメリアも自分が死に至る可能性があるような軽口をたたくようでは隊長にあれほど評価されるわけが無い。そもそも隊長がクバルカ中佐を評するにクバルカ中佐には腹芸というものが出来ないというが……神前、腹芸とはなんだ?」
カウラはまもなく着くいつものコイン駐車場に向かう道を車をゆっくりと進めながら誠にそう尋ねた。
「腹芸ですか?言葉の意味なら自分では思っていることを隠してまるでそんなことは考えていないようにふるまうことですけど……ああ、うちには隊長と言う腹芸の名人がいますし、アメリアさんも時々そんな行動をとりますからあの二人がカウラさんが思っていたのと違う行動をとった時は腹芸が出来たということです。そもそもクバルカ中佐は意味不明な行動をとるとき以外の常識的な範囲内での行動に関しては凄く分かりやすい人なんで、次何をするかなんて僕でも一週間で理解できましたよ。まあ、たまに想像の斜め上の行動をとるのはクバルカ中佐が規格外でそもそもこの3次元世界に存在していることが許される存在なのか疑いたくなるような行動をとる時だけですが」
誠は苦笑いを浮かべながらカウラの問いに答えた。いつもどおり駅へ向かう道は渋滞していた。そしていつも通り近くの豊川北高校の学生達の自転車が車を縫うようにして道を進んでいた。
「まったく自転車通学か……寒いのにご苦労さんだね。まるで叔父貴だ」
かなめは嵯峨を蔑むようにそう言った。
「かなめちゃん。私達も近々寒くてご苦労さんなことをするかもしれないんだけど……まあ、犯人が特定できても県警の助けが期待できない状況になれば間違いなくそうなるわね」
助手席から身を乗り出してアメリアは突っ込みを入れる。カウラは苦笑いを浮かべて信号が変わって動き出した車の流れにあわせてアクセルを踏んだ。
「島田がバイクではなくって茜の車で来たってことは久々にサラが来るんじゃねえかな。それと……パーラはサラとセットだからな。たぶんサラはパーラの『初代ランサーエボリューション』で月島屋に来ると思うぞ。連中は暇そうだし」
かなめは無責任にパーラとサラをセット扱いした。アメリアにとっては『便利なお手伝いさん』扱いのパーラはかなめにも同じような存在に見えているらしく誠はパーラが哀れに思えてきた。
「でもなんだかサラは白菜がどうとか言ってたぞ。畑の収穫に人手が足りないとか。もしかしたら技術部の連中のお手伝いとかしてるかも知れねえな。未来の旦那である島田が命令したら整備班の人は死にかけてても手伝わされるからな。それが美しい秩序と言うもんだ」
植物大好きなサラは部隊創設二年をかけて敷地の半分を占める荒地を開墾していた。それどころか今では隣の菱川重工豊川工場の職員に野菜を販売するまでになっていた。誠もその労力を想像する度になんで司法局実働部隊が同盟のお荷物と呼ばれるかがよく分かると納得していた。
「それとカウラを見に菰田の野郎共が来るかもよ。『ヒンヌー教団』の執念は半端じゃねえからな」
かなめは冷やかし半分にそう言った。
「それだけは勘弁してくれ。菰田は生理的に受け付けないんだ。出来れば西園寺、貴様の腕力であの連中を解散させてくれないか。いい加減私も迷惑してるんだ」
カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖菰田のことを思い出すとカウラは渋い顔をしてハンドルを大きく切った。
「いきなり曲がる……?どうした?」
かなめはカウラの急ハンドルに驚いたようにそう言った。
「どうしました、西園寺さん」
急にコインパーキングに向かって乗り入れた車の中で頭をぶつけてうめいたかなめの視線に何かが映っているようで誠は彼女の視線の先を見た。
「あそこ、月島屋ですよね」
誠が見た先には何かの事件でもあったような人だかりができていた。よく見ると立ち去る人々の顔にはそれぞれ笑顔が浮かんでいる。それを察したアメリアは当然のようにカウラが車を停めたのを好機として扉を開く。
「アメリア!突然降りるな!」
アメリアのいつもの奇行に驚いたようにカウラはそう言った。
「良いじゃないの。事故ってないんだから……これから面白いもの……かも知れないものが見られるんだけど誠ちゃんも見る?」
振り返るアメリアの目はいつもの趣味に走る時の輝きを放っていた。
「見たいって……」
呆然としている誠を車から引っ張り出してアメリアはそのまま歩き始める。驚いたように車を飛び出したかなめがその後に続く。
「なんだよ……オメエは知ってんのか?」
かなめがそう言うのを聞きながら誠が月島屋の店先を見るといつものように猫耳をつけてジャケットを着たサラと中学校の制服姿で同じく猫耳を付けた月島屋の看板娘の小夏が子供達と握手をしていた。
「何やってんだ?オメエ等?馬鹿じゃねえの?」
そう言うとそのまま小夏をかなめはにらみつけた。いつものようにそのガン付けに小夏はにらみ返した。
「知らないの?二人で漫才してるのよねー!」
得意げにサラはそう言い放った。
「漫才ねえ……肝心のネタは見ていないから何とも言えないけど、この客の反応を見てみると……いまいちだったみたいね。サラのボケは天然過ぎて小夏ちゃんもツッコミどころが分からないのよね。本気でボケてるのかネタとしてボケてるのか分からないとツッコむ方が大変なのよ?寄席で毎日その日の膝をやる色物の先生を見てきた私から言わせるとサラの天然のボケはそのまま放置、ネタでボケてるところはツッコむ。そういう風にメリハリをつけた方が良いと思うのよね。まあ、寄席出身の漫才師の人は天然でボケる人は少ないのは事実だけど、実際、テレビとかでは天然のボケだけで漫才をやっている人の方が売れるからね。その方がネタが量産できるから使うテレビ局としては便利なんでしょうけど、そんなのそのキャラが飽きられたらすぐに過去の人になるに決まってるのにね」
元落語家で二年ほど本当に今では政治番組などではご意見番としてコメンテイターを務めることのある有名女流落語家の下で前座修行をしていたことがあるアメリアが言うので誠も苦笑いを浮かべた。かなめもまた珍しそうにサラ達の隣で困った表情を浮かべているラン、ラーナ、茜の三人に目をやった。
「茜警部……良いんですか?」
誠は往来の通行の邪魔になるほど集まったギャラリーを見ながらそう言った。
「あら?お着きになりましたの?」
優しく微笑む茜を見て誠は照れ笑いを浮かべた。
「着いたかじゃなくて……」
ランも少しばかり戸惑ったような表情で満面の笑みのサラ達を眺めていた。
「まあ……仕事が終われば別に良いんじゃねーの。それほど任務に支障はなさそうだしな。ただ……」
ランは落ちしか聞いていないはずなのにすっかり困ったような表情を浮かべていた。
「ネタが分かりませんわ……どこで笑ったら良いのか……」
ランと茜は首をひねりながら小夏達の後ろの引き戸を開いて店の中に消えていった。
「先にやってるわよ!」
真ん中のテーブルにはパーラの水色の髪が揺れていた。すぐに隣にはうつむいてじっと豚串をにらんでいる島田がいた。
「なんだ……上は?」
天井を跳ね回るような振動がするので気になったランが島田に尋ねた。
「情報士官の旦那衆が宴会だって……すごい盛り上がってるわよ」
そのまま自分の脇をすり抜けて厨房に向かう小夏の言葉にうなずきながらかなめは先頭で店に入った。
「あら、神前君達も来たの……上は使っているからこちらでいいかしら」
小夏の母で女将の家村春子が厨房から顔を出して声をかける。いつものことながら紫色の小袖と軽くまとめた黒髪があまりにも似合うので誠は一瞬立ち止まってしまった。
「かまいませんよ……」
先頭を切ってカウラは平然とした顔で誠の隣に座った。
「豚串四本のうち一本がイベリコ豚なのよ……当たるかしら」
パーラはにんまりと笑った。ようやく島田が何かをかけて豚の種類の区別をつける遊びをしていることがわかって誠は納得した。
「つまらねえことやってるな。豚なんてみんな一緒だろ?そんなのに一生懸命になりやがって……暇なのか?」
かなめはあきれ果てたというようにその様子を眺めていた。
「当たればガソリン一回満タンですよ……今月は部品代とサラへのプレゼントで結構財布の中身が気になるんで……」
苦笑いを浮かべると島田は一番右の豚串を口に放り込んだ。
「これは……」
島田に豚の肉質など分かる知識があるはずが無い。誠は無駄なことをするものだと思いながらおしぼりで手を拭いていた。
「島田君がんばってね!」
厨房からビールを運んできた小豆色の渋めの留袖姿の女将、家村春子の言葉に島田は首をひねった。
「わかるもんかよ……女将さん。とりあえずアタシはいつもの奴で他の連中はビール。ああ、クバルカの姐御は日本酒を冷で」
そう言うとかなめは奥のテーブルに着席する。そしてそのまま隣の椅子を叩いた。察した誠はアメリア達に照れながらかなめの指示通りその隣の椅子に腰掛けた。
「女将さん、私とカウラは烏龍茶で」
パーラは今日も運転手らしくそう言って春子に注文した。
「はいはい」
そう言うと春子はビールを島田の隣に置いて厨房へと消えていった。
「分かるのか?」
かなめの正面の椅子に座りながらカウラは視線を島田に向ける。アメリアは椅子にも座らずに島田を興味深そうに眺めていた。
「うーん……」
腕組みして考え込む島田。その顔は分かっているのか分からないのかすら良く分からないという島田らしい微妙な表情だった。
「正人……」
唸る島田。サラはいつものように島田の名前を呼ぶ。
「降参?降参?」
迫るパーラ。ただ島田は黙って豚串を噛み始めた。




