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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第三十章 『特殊な部隊』と『アレ』のおごり

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第61話 『アレ』襲来

「おい、『アレ』は今日は奇妙なルートを通ってるな」


 かなめがそう言うまでもなく全員が目の前の端末の画面に強力なノイズの発生源がいつもとは違うルートを終業時間30分前から移動していることは理解していた。

挿絵(By みてみん)

「そうね、今は大日交差点付近だわね。その前に何度か動きが止まったのはおそらくコンビニでおでんでも買ったのかしら?『アレ』は食通で知られてるからコンビニでもチェーンごとにお気に入りの具があるからそれを探してさまよっていたんでしょ?」


 そういうアメリアにはもう今日のアストラルゲージのデータ収集は『アレ』のせいで不可能になったと諦めるようにしてそう言った。


「ああ、私の得意とするパチンコの台の定番でもはや伝統芸能と化しているアニメではこのような場合『パターン、(あか)!『アレ』です!』とオペレーターが叫ぶべき場面なんだろうな。こういう時はリーチがかかったと身構えたくなってくる……ああ、『アレ』は大日交差点を豊川市役所方面に曲がったな……近づいてきているぞ」


 カウラもまた今日の仕事はこれ以上不可能になったとあきらめ顔でそうつぶやいた。


「でも、こんなに頻繁に『アレ』にここに来られるとこの付近のアストラルゲージはみんな死んじゃうっすよ?ただでさえ『アレ』は島田班長や日野少佐を迎えに来るのにこの付近に頻繁に現れるんっすからそのせいでアストラルゲージの感度が下がってるのに……豊川署付近のアストラルゲージが全部死んでいて、ここら辺では法術師がどんな法術犯罪を起こしても大丈夫だなんてことが世の中に知れたらそれこそヤバいっす。一日も早く事件を解決しないと……やっぱり、『アレ』の車は豊川市役所を通り過ぎて……今ここの駐車場にはいってきたみたいっす』


 いつもならフィルターでノイズを除去すればどうにかなると言い出しそうなラーナでさえ、『アレ』が自分達の所に笑顔でやってくるのが分かり、それが一番のこの部屋の住人にとっては迷惑であることを理解しているので完全に仕事をするのを諦めてそうつぶやいた。


「『アレ』はいつも通り署長の公用車の隣に車を停めて今、この建物の一階を進行中だ。どうするよ……なんなら『アレ』対策に入り口に『アレ』が近づいた時にはパトランプとかが点灯するように署の総務課にでも頼むか?それはともかく、神前!『アレ』の進行をなんとか止めろ!そして『アレ』に二度と来るなとはっきり言え!いつも逃げてるオメエに似合いの仕事だ!行ってこい!」


 かなめは無責任に全員の画面がノイズ一杯で真っ赤になっている様にただ苦笑いを浮かべていた誠に向かってそう命じた。


「そんな!僕は14歳じゃないですよ!なんで『アレ』と戦わなきゃいけないんですか!それにあの人にも悪気があるわけじゃ無いんで顔を見るのを止めろだなんてそんな残酷なことは僕には言えませんよ」


 誠がカウラの好きな台の元ネタに沿って『パイロットは14歳限定』というお約束を守ろうとしつつ、かなめの眼力に負けて立ち上がろうとした時だった。

挿絵(By みてみん)

「よー!仕事は順調か?」 


 定時丁度。どう見ても小学生のピンクのダウンジャケットを羽織った幼女の声で誠は我に返った。そのダウンジャケットの下にきっちりいつでもヤクザの親分にしか見えない羽織袴を着ていて足下が雪駄と言う珍妙な格好で歩き回る幼女はこの豊川どころか銀河系を探しても彼女以外には存在しない事だろうと誠は苦笑いでその幼女に目を向けていた。


「姐御……隊は良いんですかね。アタシ等が居ないんでしょ?仕事も溜まってるんじゃないですか?」 


 豊川警察署の古びた建物の奥の暗い部屋。そんな場所には似つかわしくない満面の笑みの上官クバルカ・ラン中佐にかなめが声をかけた。だが、かなめを始めとする全員が自分の前の端末の画面が真っ赤に染まって仕事どころではなくなっている原因がそのラン本人のせいだという事実を隠すためにランの視界から画面を見せない様にそれぞれ工夫して奇妙な姿勢で立っている様ははたから見れば相当滑稽に見えるだろうと誠は思っていた。


 ただ、当のその異常なアストラルパターンの原因であるランは全員が自分から画面を隠すために立ち上がったりのけぞったりしている様に特に疑問を感じているようではなくただひたすら満足げな顔で全員の引きつった笑顔を見つめていた。


「おー。問題児がここに集まってくれたからな。静かなもんだよ。かえでの奴がリンとあの変なことをするためのトイレに入ったっきり戻ってこないのが気になるくらいのもんだ。それよりラーナ。変な格好をしてねえでちゃんと椅子に座れ。定時を過ぎたんだ。あとは明日の仕事にしようや。それより新しい捜査方法の方はどうなんだ?順調か?アストラルゲージを使うとはなかなか考えたもんだな……アタシも期待してんかんな!」 


 昼過ぎに帰ってきてからラーナはほとんど画面からランが隊を出てアストラルゲージがノイズだらけで役に立たなくなるまでは、彼女は画面から目を離さずにじっとしていた。何か本局で分かった事実があるのかどうか。誠達は気にはなったが声をかけられる雰囲気では無かった。無表情を顔に貼り付けたまま黙って各移動車両データを検索していた。


 ただ、今はそのノイズの発生源である『アレ』ことランが目の前にいるので仕事どころではなくなっていることを言い出せずに身を反らせて画面をランから見えないようにしながら器用に端末の電源を落としていた。


 誠も知らない本局で聞いて来たらしい新情報とこれからは『アレ』と呼ぶことを決めたこの捜査の最大の障害であるランを目の前にした緊迫した表情のラーナを見つけたランも、ただ苦笑いを浮かべるばかりだった。


 ランは手にしていた袋からカップ酒を取り出したあと、静かにプルタブを引いて口に運んだ。

挿絵(By みてみん)

「いいのかよ、餓鬼が部下の出向している警察署で飲酒してるぞ。姐御は車で来たんだろ?だったら飲酒運転だぞ。ここは警察署だ。治安を守る場所だ。そこでおこちゃまが酒飲んであまつさえ飲酒運転なんてしたら示しがつかねえだろうが」 


 かなめはラーナが端末の電源を落としたことで画面を消せばあの異常なノイズをその発生源であるランに見せないで済むと悟って電源を落として首元のジャックを引き抜くと責めるような口調でそう言った。


「余計なお世話だ馬鹿野郎!アタシは34歳!立派な成人だ!酒の一杯や二杯飲んで何がわりーんだ!それに今日は運転手がいるからアタシはここまで運転するだけで良いからいくらでも酒が飲める……羨ましいか?」 


 かなめにチャカされてもランは上機嫌にごくりごくりと日本酒を飲んだ。誠は彼女が戸籍上は34歳であることを以前書類で見せられたときの衝撃を思い出した。確かに物腰や貫禄はその年齢の方がふさわしいところがある。ただ、たとえその年齢であっても終業直後の職場で部下を前に酒を飲むことが良いことなのかどうかという点では誠は疑問だった。


 全員はラーナが端末の電源を落としたことで今日の捜査はこれ以上無駄だと悟って次々と電源を落として、ランから何とか画面を見せないための無理のある体勢から解放された。


 そんな誠の考えとは別に相変わらずランはにやにや笑いながらラーナを眺めていた。


「でもその笑顔と日頃は『職場は精神修養の場』とか言ってる中佐がそんな嬉しそうにいつもは軽蔑しているカップ酒を飲むなんて……何か良いことでもあったんですか?それと運転手って誰なんですか?ここには来ていないですよね?」 


 さすがにこういうことには厳しいカウラがさらにバッグから二本目のカップ酒を取り出すランを見て苦笑いを浮かべながら声をかける。


 この場にいる全員がこの捜査の一番の障害がランが常に発動している『身体強化』の法術によるノイズであるということを口にしたかったが、その事でどういう方向でランが逆ギレするかを想像すると恐ろしくて誰もそのことを口には出来ずにいた。


「まあー隊長との賭けに勝ったからな。おかげで隊長のとっておきのカップ酒を取り上げてこうして飲めるわけだ。これから先の運転も隊長がやる。だからアタシは何の心配もなく酒が飲める。良い気分だな」 


 そうランは得意げに切り出した。


「あの『駄目人間』と賭け?そちらはずいぶんと暇そうだねえ……あと、姐御。どうせコンビニで叔父貴の真似して珍味でも買っただろ?食って良いぞ。アタシ等はもう姐御がここにいる限り仕事になんねえから」


 相変わらずかなめの視線は冷めていた。その視線には今回の捜査の一番の障害が目の前で安酒を煽るラン本人であることを指摘できない自分への諦めの色が誠にも見て取れた。


「そりゃあオメー等が居ないのはでかいよ。特に西園寺が問題を起こさないからアタシの仕事も減ってアタシも自分の仕事がはかどって……毎日定時退勤だ。いーだろ」


 ランはそう言ってカップ酒を飲み切った。


「うらやましいねえ……こっちは夜までこのつまらない画面を目を皿のようにして見つめる毎日だって言うのに……その大半が誰かのせいによる二度手間三度手間のフィルター処理業務だなんて……アタシには言えねえ」


 強気なかなめでさえ、それがランこともはやその言葉を口にする事さえ疲れ果ててきて全員から『アレ』と呼ばれる人物から発せられる強力な波動によりアストラルゲージに激しいノイズが入るから仕事の邪魔になっているという事実を告げることはできなかった。


「フィルター処理業務?なんだそりゃ?アストラルゲージの反応を見るだけだろ?あれは東和政府肝入りの代物だぞ?問題があれば政府が悪いんだ!そんな不良品を作った会社はどうせ菱川だろ!いーだろう!隣の工場長にアタシが怒鳴り込んで菱川の技術力の限界を教えてやる!ここは大船に乗った気で捜査に専念しろ!」 


 ランはまるっきりそのフィルター処理業務の原因が自分であることに気付いていないというようにすべてを飲み込んだと言うように見当違いの方向で理解すると酒を飲み続ける。


 戦闘用に調整された義体のサイボーグのかなめもその精神まで強化されているわけではない。そこに捜査の邪魔を無自覚でしている当の本人が目の前にいる。この状態でその事実をランにぶちまけてランが逆ギレして暴れまわる光景を誠は見たくないとひたすら願っていた。


 戦闘用に遺伝子操作で生み出されたアメリアやカウラも、慣れない『待つ』と言う任務に疲れてすでに集中力の限界を迎えていた。そこにさらに無駄な作業を傷口に辛子を塗り込むように加えて来るランこと『アレ』を目の前にして言葉も無く椅子に座り込んだままランを見つめて黙り込んでいた。


 誠が目を向けても三人とも憔悴しきっているのが分かる。それを見抜いたとでも言うような笑みを浮かべたランは三本目のカップ酒のプルタブを引いた。


 それを見て恐らく嵯峨は勝利を確信してその酒を賭けたのだと誠は理解した。


「さっきの隊長との賭だが、今回の捜査でいつオメー等が正しい捜査手法にたどり着くかってのを賭けたんだ。隊長はラーナと西園寺がいつかは喧嘩して西園寺が暴力でラーナを追い出すと読んでたが……茜の読みどおり西園寺は自分の専門じゃ無いことではおとなしいからな。おかげで今日は運転手付きで飲みにいける。アメリア、オメーのパーラをこき使う気持ちがようやく理解できたわ。あの『駄目人間』を運転手代わりにこき使うなんざ本当にこれ以上の快感はねーな!ああ、コンビニで珍味を買ったのは事実だが、あれは『駄目人間』への駄賃としてくれてやった。アイツは今頃、署の駐車場のアタシの車の中でそいつを食べながら泣き言を言っているだろーな。いーきみだ!」


 実感としてラーナと助け合って捜査をしているつもりだったのに嵯峨はそんなことを信用していなかったことが分かってかなめは不機嫌になった。そのタレ目がご機嫌なランを睨み付けた。 ここですべての業務量が増えている原因がランであることをかなめがぶちまければ何が起きるか分からないと誠やアメリア、カウラの顔が緊張した。


「勝手に飲んでろ!ガキ!それと下手なもんに触るんじゃねえぞ!餓鬼の扱える代物じゃねえ!」 


 そう叫ぶとかなめは自分の席の端末に首筋のジャックからコードをとしだして差し込もうとした。だがその手をランの小さな手が握り締めた。


「おー勝手に飲んでやるよ。カウラ、オメーは先に上がれ。アタシの運転手に任命してやる!『駄目人間』の運転は荒っぽくて好みじゃねー!その点オメーは理想的な運転手だ!ありがたく思えよ!」


 ランはまた勝手なことを言い出したのでカウラは戸惑った。ランは身体が小さいので少しの量の酒で酔った状態にはなる。ただ、その状態が不死人以外ならたとえ250キロの巨漢の相撲取りでも急性アルコール中毒で死亡する程度の量の酒を飲んでも同じペースで飲み続けることができるのがランの底知れぬ恐ろしさの一つと言えた。


「クバルカ中佐……私も仕事が有るので」


 カウラは戸惑いつつそれを断ろうとした。ここでもカウラはその仕事の大半がランの発するノイズを除去する業務であるということはできないでいた。


「いいじゃないの?どうせアストラル反応なんてそう簡単に出ないわよ。行ってらっしゃいな。でもちゃんと戻ってくるのよ。今日は九時まで監視を続ける予定だから」


 アメリアはそう言って時計を見た。時計は七時前を指していた。アメリアもまた、業務量の増加の原因がランであるという指摘はしないつもりなのはその涼しい顔といつもの糸目が物語っていた。


「九時までですか……まあ、僕だけ残業手当が出るんですからね。まあ、仕事があるだけましですよね」


 誠は連日続くこの監視業務に飽きていた。それ以上にランが動き回るたびに乱れて異常な反応を示すアストラルゲージの反応の処理業務にうんざりしていた。


「そーだぞ。画面をただ眺めているだけで給料が出る。こんないー仕事他にはねーぞ」


 三杯目のカップ酒を口に運びながらランはそう言った。それを見てカウラも立ち上がった。


「しかし、私だけで良いんですか?どうせ行くのは月島屋ですよね」


 カウラは念を押すようにそう言うと日本酒をあおるランに向けてそう言った。


「おいおい、根詰めすぎだぜ。これから長いんだ。今日は終りにして飲みにでも行こうじゃねーか。アメリアも毎日九時まで残業なんてやめてオメーも来い!神経の弱い神前が潰れちまうぞ。今日くらいゆっくりしよーや」


 ランは気が変わったというようにそう言った。 


「それランちゃんのおごり?私もランちゃんにおごってもらうだけの十分な理由があるんで……ランちゃんに直接そのことを言ったらキレられるから絶対言わないけど」 


 アメリアが飛び上がるようにして立ち上がった。それを見たランは満足げにうなずいた。ランはアメリアが言葉の後半に差し込んだ逸れとないラン自身が捜査の一番の邪魔であるということをまるで理解した様子は無いようだった。


「ならいいか!もうこんな監視作業は飽き飽きだ!今夜ぐらいパーッとやろうじゃねえか!どうせ姐御のおごりだな!姐御のせいなんだもんな!当然だよな!」 


 突然立ち上がるかなめの行動は誠達にすでに予想されていた。かなめはにんまりと笑いながら誠に絡みついた。さすがにカウラやアメリアの目があるのが気になるが暴力サイボーグに逆らう度胸は誠には無かった。


「いいわけないですよ!いつ犯人が特定されるか分からないんですよ!それにクバルカ中佐の反応を消す時間を考えると……」 


 誠がそう言おうとするのを女子三人はそれを口にするなと誠を睨みつけてくる。

挿絵(By みてみん)

「おい、神前アタシが何かしたとか今言わなかった……そんなわけねーよな?気のせいだよな?」


 さすがに鈍いランもつい誠の口を突いて出た言葉でこれまで自分に奇妙な態度をとる誠達の不穏な動きに何か気付いたようだった。


「いえいえ!姐御がそんな邪魔になってるだなんて……な?神前?アタシ達が安心してここで画面に集中できるのは姐御が隊でどっしり腰を据えていてくれるおかげだもんな……そう言え……死にたくなければな……」


 そう言いながらかなめはいつもの脇に見えるように下げた茶色いショルダーホルスターをポンポンと叩いた。


「そうですよ!僕は何も言ってません!クバルカ中佐は酔ってるんです!」


 誠は必死になって自分に不審そうな視線を向けて来るランにそう叫んだ。ランも自分には嘘はつけたいものと信じ込んでいる誠の言葉を真に受けてすぐに機嫌を直した。

 

「そーだ!オメー等がこんなところで暇をつぶしてられるのもアタシのおかげだ!ついでと言っては何だが遊びも大事だが仕事が一番だ!自分が今日したことの反省と明日へ向けて立てたプランをちゃんと把握しておけよ。神前、犯人が特定できたとしてどうする?」 


 ランの鋭い視線に誠は驚いて口ごもった。全員がその障害として一番にあげられるのがランであることを指摘できずにただ黙り込んでいた。ため息をつきながらランは自分が捜査の一番の障害であるということはまったく理解せずに言葉を続けた。


「オメー等の資料は法的には何の資料的価値も無い代物だ。司法局のデータバンクは本来門外不出で外部に出ることはあり得ないことになっている。各自治体の法術適正結果も同様だ。オメー等が15人を絞り込んだのはこの二つの資料をつきあわせた結果だろ?任意で出頭を求めるにしても担当は豊川署の捜査課になる。オメー等の仕事にゃならねーよ。つまりオメー等のやってることは警察の手柄にはなってもアタシ等の手柄にはならねー。そんなつまらねー仕事しててもむなしいだけじゃねーか?だったら少しは手を抜いて連中にも苦労を分かち合ってもらおーじゃねーか」 


 ランは冷酷に現実を誠達に叩きつけて見せた。ただ、その現実をより苛酷にしているのはランだとこの場の全員がツッコみたかった。


「クバルカ中佐のおっしゃるとおりっすね。もし容疑者が特定されても捜査権限は豊川駅前法術殺傷事件の捜査チームの仕事っすから」 


 ランの言葉にランは静かにうなずいた。そして彼女が顔を上げたときに彼女の同盟司法局法術特捜での上司に当たる嵯峨茜警部が狭苦しい部屋に入ってきた。


 いつものように鮮やかな空色の地に見事な鳥の刺繍の留め袖姿の茜に恐らくランが発するノイズが捜査の邪魔になることを予想していた茜までもがランにその事実を知らせていない様子なのをみてさすがに温厚な誠も茜があの性格の悪い隊長である嵯峨の娘であることを再確認した。


「そう言うことですわ。今日はクバルカ中佐が私の車に乗っていただけませんこと?ちょっと捜査の事でラーナを含めてお話ししたい事がございますので」


 潔癖症の茜には薄汚れた元用具入れのこの部屋の様子は耐えられないようだった。いかにも珍しそうに古ぼけた机や痛んだ壁を眺める紫色の着物が似合いすぎる茜に誠達は見とれていた。


「皆さん……月島屋は抑えましたわよ。急ぎましょう」 


 茜の手早さには定評がある。誠達はそこまで言われたら断る理由は無かった。


「けっ!」


 明らかに場違いな格好と上品な物腰は対極に立つかなめの声と同調して全員をアフターファイブモードへと切り替えていた。


「じゃあ……ラーナちゃん。先に着替えてるわよ」 


 アメリアはそう言うと恐る恐る端末を終了しているカウラを引っ張って廊下に向かう。かなめもニヤニヤ笑いながらその後に続いた。


「クバルカ中佐、神前曹長。ちょっとラーナと話がありますから」 


 遠慮がちにつぶやく茜の言葉に棒立ちの誠の腕を撮ってランが誠を廊下に連れ出した。


「あいつ等も色々あんだよ。とりあえず着替えて来いや」 


 そう言われた誠は不承不承定時ということで更衣室に向かう事務職員の流れに続いて建物の奥の男子更衣室に向かった。


 豊川署では誠達は明らかに異物のように思われていた。それぞれに楽しそうに雑談を続ける署員から離れて一人更衣室で着替えをしていれば、さすがにホームだった司法局実働部隊の隊舎が恋しくなってきた。


「それで……うちの家内がな……」 


 嘱託職員のような白髪の男性署員が年下の巡査部長に身の上話をしていた。最年長が47歳の嵯峨と言う司法局実働部隊では味わえない空気を感じながら誠はジャケットを羽織った。そんな中で突然派手に扉を叩く音が誠の耳に飛び込んできた。


『出て来いよ!神前!』 


 あまりの激しいノックにこういうことが日常茶飯事のかなめの日常を知らない署員達は驚いた。そしてその視線は必然的に誠へと注がれた。驚いた誠は慌てて着替えを済ませると走り出した。


「すみませんお騒がせしました……西園寺さん!」 


 完全に『特殊な部隊』の気分の抜けないかなめを誠は気弱な瞳でにらみつける。


「なんだよ遅いテメエが悪いんだろ?」 


 迫力のある面持ちでかなめは誠を見上げた。その隣には髪を結びなおす途中で出てきたと思われるカウラとコートの襟を整えているアメリアがいた。


「そんなに急いでどうするんですか!」


 誠は明らかに急いで支度をしてきた女性陣にため息をつきながらそう言った。 


「いいんだよ。タダで酒が飲めるんだから!これであのちんちくりんの気が変わったらどうするんだよ!姐御がおごると言ってるうちにきっちりおごられる。それも生きていく知恵だぞ!それに茜の奴、今回の捜査で姐御が一番の障害になると知ってて黙っていやがる。アイツはアタシ等が姐御にお願いだから動かないでくれって言いだすまで黙っているつもりだぜ。それはアタシらへの挑戦か?単なる嫌がらせか?性格が悪いのは叔父貴そっくりだな!だから彼氏いない歴=年齢なんだ!」


 かなめは自分の酒は自分持ちと言う月島屋のルールを忘れてそうつぶやいた。 


「アタシはオメーのボトルまで頼まねーからな。いつも通りオメーの酒はオメーが払え」 


 満面の笑みのかなめに背後から突如階段を小走りに下りて現れたランが突っ込みを入れた。


「自分で言いだしといてそりゃないですよ。姐御もたまにはラムを……」


 かなめはなんとか自分の酒代をランに出させようと食い下がった。


「アタシは日本酒党なんだ。ラムみてーに強いだけの酒なんて飲めるかってーの!」

挿絵(By みてみん)

 ランはかなめに向けて非情にそう言い渡した。この時点でもランはこの事件の捜査活動の一番の障害が自分だということに気付いていないようだった。


 周りの帰宅しようとしている女性署員の痛い視線が誠に向かってきていた。どれも殺気が感じられて誠はひたすら居づらい感覚に襲われた。



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