第60話 永遠の搾取
「旦那……そんなことを忘れない俺だと思ってるんですか?俺には目的がある。俺はいずれ死ぬ……旦那と違って俺は不死人じゃ無いからな。でも、そんな旦那も含めた不死人の為にこの世界を変えなきゃいけないという強い意志だけは忘れたことが無いんですよ。俺は何処に行ってもどこまで行っても革命家なんだ」
北川は急に真面目な顔をして桐野にそう語りかけた。
「不死人か……貴様に何が分かる。貴様等死ぬ人間には死なないことの恐怖を理解することなど死ぬまでないだろうな。死ぬこともできずに永遠に生き続ける。この生きること自体が苦痛の世界でその苦痛を永遠に味わい続けることになる。それのどこが楽しいというんだ?それのどこが羨ましいというんだ?俺はいくらでも罪を重ね続ける。俺の辻斬りと斬った女を犯すのはその贖罪だと思っている。俺に斬られた女は死ぬが、おかげでそんな苦しみを味わい続ける子供を作らずに済む。女は子供を産むというこの世で一番許されざる罪を犯す。だから斬る。それが俺の贖罪だ」
桐野の表情は冴えなかった。
「別に旦那と哲学論議なんてするつもりは無いですよ。そんなもんは偉い哲学者さんにでも任せておきなさい。それより、この国は建国四百年とされるが、実際のところ……こんなことは俺も知らなかったが地球人がこの星に到着する数百年前からもうすでに近代化が始まっていたらしい。大学時代の知人に政府の人口統計局に勤めてる奴が居ましてね。そいつの口から出た言葉だ。まず間違いないでしょう」
北川のそんな言葉を聞いて初めて、桐野はこの店に入って初めて興味深げに北川の顔を見た。
「意外でしょ?いや、意外でもなんでもない話だ。俺をはじめとする『干渉空間』を展開できる法術師なら遼州と地球の距離なんて有って無いようなもんだ。だから当時から一方的に東和共和国は地球の文明を吸収し、文明を取り入れることが出来た。だから遼州独立戦争にもこの国は一切参加せず、地球圏の力の無い連中もこの国には手出しができなかった。なんと言っても互角の装備なら法術師が居る東和に分があるに決まってる。そんな負ける勝負を挑むほど地球圏の連中も馬鹿じゃ無かったということですかね?地球圏も自分達が間違いなく自滅するような戦争をするほど戦争好きではないみたいだ」
そう言う北川の言葉には誇りや力への慢心は無かった。むしろ疲れたような表情が浮かんでいた。
「その話は初耳だな。俺は甲武の生まれだが、遼州独立の手柄は甲武にあると教わって育った」
桐野は相変わらずの無表情で冷酒を煽った。
「その方がこの国にとっても都合が良いんですよ。甲武の『サムライ』達が自分の武勇が遼州圏と言う新たな価値観を持った国家群を宇宙に打ち立てたと言った方がかっこいいじゃないですか。そうして地球から追放されてやって来たこの遼州圏の元地球人たちの国々がそれぞれに自分の勝手な理想を掲げてぶつかり合って消耗戦を繰り広げていてくれる方が、この俺の産まれた汚れた国である東和の身勝手な一国平和主義を貫ける確率が上がる。何しろ甲武やゲルパルトなんかの元地球人の国が派手に立ち回ってくれた方が目立ちませんから。この国には地球圏も遼州圏の元地球人の国々もこの国に関わる気にならない。目立つ奴……あの金が普通に石ころのように転がってる遼帝国のあった大陸は地球の軍事力に蹂躙された。だからこの国は目立たないように遼帝国の前身のゲリラたちに最新鋭の武器を渡し、地球圏と戦わせ自分達の安全を計った……生まれた国を悪く言うのは何ですが、この国はそんな狡い国なんですよ」
北川の自虐的な笑みを見て桐野は口元にうすら寒い微笑を浮かべた。
「一億年前。まだ地球人の祖先がまだ哺乳類以前の存在だった時代から遼州人は今の姿のまま焼き畑農業を続けていた。そして地球人類が生まれてもまだ遼州人は焼き畑農業、地球人が宇宙に出るようになって初めてここ東和共和国……当時は『ワの国』と呼ばれていたそうですがようやく地球人類から文明を吸収して進歩を始めた……世の中にはそう言っておいた方がこの国にとって都合がいい。もしこの国が遼大陸とは別に地球の文明の進む速度と同じペースで文明を進めてたなんてことがバレたところでこの国にとって何一ついいことは有りませんからね」
そう語る北川の表情にはある種の哀しみがにじみ出ていた。
「遼州人がこの星に根付いてから一億年。この東和共和国にも多くの不死人が生まれた……その数は正確なところは俺も分からないですけど実はこの国の人口の半分くらいは不死人なんですよ、旦那。ビールお代わり!」
北川はそう言うとパートの店員にビールを頼んだ。
「ほう……その割にはよく法術の存在が今まで地球人にバレなかったな?死なない人間がそれだけ居れば鈍い地球人でも嫌でも気づく。それに俺が斬った女に不死人はいなかった。斬った女はあっさりと死んだ。どこに居るんだ?その人口の半分を占めるという不死人達は」
皮肉めいた笑みを浮かべる桐野に北川は話を続けた。
「人口の半分の不死人の存在を無きものにする。その為のこの国の戸籍の電子化の拒否ですよ。手で書いた戸籍はいくらでも訂正が出来る。訂正しなくても一々ページをめくらないといけないから誰も調べようとしない……その結果数千万人の不死人がこの四百年間平穏無事に何事も無かったかのようにこの国で暮らしてきた……まるで存在自体が消された様にして……」
北川の表情からはいつもの仮面のような笑みは消え、深刻な表情が浮かんでいた。
「存在自体が消された様にして?どういう意味だ?」
北川の言葉に桐野は激しく反応した。
「不死人達はこの国の隅っこでひっそりと存在を消された様にして暮らしているんですよ。俺も公安の追及を逃れてこの国中を逃げ回って嫌でも分かってきたが、この国の農業と建築業と製造業の単純作業を支えているのはそうした不死人達だ。元々学の無い文明化以前に産まれた不死人に会社勤めが勤まると思います?連中に都会の文明社会に溶け込んで生きるような器用さを求められます?連中に出来ることはこれまで通り農業を続けることと、日雇い労働者として建設現場で働くこと。この二つしかなかった。田舎に行けばいくらでもある孤立村落。大体はそこに住んでいるのは不死人ばかり。その不死人達がコンバインに乗って土地改良も進んでいない田圃を耕してるのを田舎に行けば嫌と言うほど見られますよ。まあ、器用な奴は期間工として製造業に従事したり、文明化以降に海に放たれた地球の魚を獲って暮らす道もあったがそんなのは一握りだ。ほとんどは食うや食わずの収入以外をすべて力ない資本家に搾取されて最低の暮らしを送っている。想像するだけで反吐が出る」
北川は店員からビールを受け取りながらそう言った。
「俺はね、桐野さん。公安から追われて逃げてる間、各地の飯場を転々としてきた。時にはそんな孤立村落で農作業の手伝いをして一宿一飯の恩で命をつないできた。そこで汗水たらして働いているのはどこに行っても居るのは俺より年下にしか見えない若者達ばかりだ。それだというのにその顔にはまるで希望の色は見えない……そりゃあそうだ。いつまでも続く単純労働。ほとんどの銭は現場監督の死ぬ人間達に吸い取られる。孤立村落だって死ぬ人間の農地は政府の手で効率よく農作業が出来るようになっているのにそんな恩恵にあずかることも永遠にない。特に日雇い労働者たちはわずかな日銭で簡易宿泊所に泊り、金が溜まれば同じ不死人の立ちんぼを買い、それが余れば焼酎を飲む。それが連中のすべてなんですよ。永遠の命を持ちながら、待っていたのは永遠の搾取……ひでえ話じゃないですか……」
そう言って北川は唐揚げを頬張った。
「俺も似たようなものだ。永遠にあの茶坊主を追い続ける。それだけが俺の人生……」
桐野はそう言ってようやくつまみに鶏の刺身に箸を伸ばした。
「桐野さんは三谷をご存じで?」
北川は話題を変えて桐野にそう尋ねた。
「いいや、俺は甲武の出だ。この国の事情は知ろうとも思わん。貴様は先生に向いているな。今からでも遅くない革命家なんてやめて警察に自首して教員の免許でも取って人生をやり直すのも悪くないぞ」
鳥の刺身をつつきつつ桐野は酒を飲んだ。
「教員ねえ……自分勝手にグレた餓鬼を更生させるなんて言う面倒な仕事は御免ですよ。じゃあ、三谷について話しましょう。あそこに行けば桐野さんも本当の意味で陛下の理想の実現の必要性を痛烈に感じることになる。俺も飯場を流れて行き着いた先が東都の三谷だった。あそこには簡易宿泊所が沢山あるから寝るのに困ることは無い。人集めに現場監督が必ず朝にはやってくるから仕事にあぶれることも無い。不死人の立ちんぼ達が山と居るから女に不自由することも無い。まさに不死人の理想郷だ。そこでは俺よりまだ若く見える不死人の建設作業員たちが永遠の搾取に耐えて永遠に続く単純労働だけの生活を生きている。何の希望も持たず……ただ今日を生きることで精いっぱい。それなのに命は永遠なんだ……こんなひどい話があるか?こんな不平等があっていいものか?」
北川の口調が熱を帯びてきて声が大きくなってきた。
「北川、飲み過ぎだな。俺達はどこまで行っても追われる身なんだ。わきまえろ」
冷たく桐野はそう言い放って冷酒を飲んだ。
「あの三谷の永遠に繰り返される地獄の光景。退屈と絶望感だけが支配する世界。アレを見たら俺だって……そうですよね。俺達はこの国をひっくり返そうと……いや、この宇宙の秩序をひっくり返そうとしているんだ。そうなりゃ永遠の被搾取者である不死人の建設作業員や立ちんぼがこの宇宙の王になる……その頂点に『廃帝ハド』が立つ……見てみたいもんだな。そんな世界。俺がフランスで作る子供達にもそんな世界で生きてもらいたい……」
北川はそう言って笑った。そこには酔いがもたらした心の底からの笑みが有った。
「北川。貴様は酒は弱いんだな。良く分かった。今日はこれくらいにしよう。貴様は酔ってる。声が大きくなってきているぞ。俺達の話は今は人様に公にして良い種類の話じゃ無いんだ。その点をわきまえる分別も無くなってきている。これから俺が案内する俺の知り合いもそれなりに丁重に扱わなくてはならない御仁だ。これ以上の酒は無用だな」
桐野はそう言うと立ち上がった、
「確かに俺は酔ってますよ。酒は強い方じゃなくてね。勘定くらい俺に払わせてくださいよ。俺が騒いだんだ。迷惑料代わりと言うことで」
そう言うと北川はジャンバーのポケットから財布を取り出した。
「ああ、勘定を頼む。しかし、珍しいな、焼鳥屋のカウンターの向こうにラム酒の瓶が並んでいる。この店……茶坊主の匂いがする……この街は茶坊主の街だ……仕方のない話か……」
桐野はそう言って店を出て行った。
「女将!勘定!」
北川はレジによたよたとした足取りでたどり着くとそう言って財布の中から一万円札を取り出した。
「ありがとうございます」
妖艶な女将の笑顔に見送られて北川と桐野は豊川の街へと消えていった。




