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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第二十九章 『特殊な部隊』と暗躍

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第59話 月島屋に来た悪党

「ここですよ、旦那。店構えからして良い感じでしょ?この店構えは甲武生まれの旦那には懐かしく感じるんじゃないかなあー……そんな俺なりの気遣いなんですよ。少しは察してくださいよ」

挿絵(By みてみん)

 北川はそう言うとありふれた何処にでもある商店街のこれもまたありふれた真新しい焼鳥屋を指さした。


 確かに木造三階建ての新しいわりに作りはいかにも古風な『大正ロマンの国』と呼ばれる甲武のそれなりに金のある層の平民を相手にするような店構えには桐野にはどこか見覚えのあるような雰囲気を持っていた。


 そこには『月島屋』と言う看板が出ていた。甲武は伝統を重んじるゆえに横書きの文字は右から左に描くものだが、それが逆なのがいかにも東和らしいと桐野は苦笑いを浮かべていた。


「焼鳥屋が昼からやっているのか……この好景気だというのに。この辺りは元から菱川の工場の工員が多い上に最近では住宅造成の作業員たちも飯場から流れ出てきて夜もいくらでも稼げる時期だというのに。昼にまで営業をして金を稼ごうというのか?そんなに金を稼いで何が楽しいのか……世の中酔狂な人間もいるものだ」


 桐野は関心が無さそうに北川に案内されるままに縄暖簾をくぐった。


「いらっしゃい!」

挿絵(By みてみん)

 三十半ばという感じの紫地の和服の美女と呼んでもいい女将が笑顔で北川達を迎えた。その姿に見とれる北川を引っ張るようにして桐野は慣れた調子で一番奥にあった二人掛けのテーブル席に着いた。


 北川が目当てで来た女将は挨拶をしただけで奥の厨房に消えて、代わりに不愛想な中年の女の店員が北川の所にやって来た。


「とりあえずビールと……」


 そう言うと北川は桐野の顔色を伺った。そこには明らかに不機嫌そうな桐野の顔があった。


「日本酒を冷で頼む」


 北川と桐野の注文をそれぞれ聞くとパートの不愛想な女店員はそのままカウンターの向こうへと消えていった。


「じゃあ、アテはなんにするかねえ……なんだよ。焼鳥屋だって言うのに焼鳥は夜しか出さねえのか……じゃあ、鶏のから揚げと鶏の刺身でもつまみますか。旦那は?」


 北川は昼用のメニューを手に取るとそうつぶやいた。


「俺は何でもいい。鶏のから揚げを二人前頼めばいいだろう。甲武の人造肉よりはるかにマシだ。東和生まれのお前には所詮下級士族の暮らしは分からないだろうな。甲武風の店構えを見て貴様は気を利かせてこの店を選んだようだが、こういう店はそもそも甲武では大規模コロニーの街にしかない。そこでもこういう店に好んで通うのはそれなりに名の通った会社で中間管理職が出来る程度の平民か、軍でも中尉どまりの俺の気に入らない下級士族とは名ばかりの多少は士族身分に見合う特権を握っている連中だけだ。俺のように出世できても曹長どまりの下級士族の中でも最下級の人間にはこういう店の空気は肌に合わない。貴様には無駄な気を使わせて悪かったな」


 桐野は無関心そうに言って店員が出してきたお通しに箸を伸ばした。


「それは俺の気の回し方が旦那を傷つけたようですみませんね。あそこの身分制度については俺は東和国民なんでそこまで細かくは気が回らないんで。それにしても旦那……今回の仕事で俺達のコンビもしばらくは解消って訳ですね。俺は正直肩の荷が下りた気分ですが……旦那はどうですか?少しはここで人間らしく寂しいとでも言ってくれると俺としてはうれしいんですけど」


 北川はしんみりとそうつぶやいた。

挿絵(By みてみん)

「貴様の地球行きの話か?貴様には世話になったな、礼を言っておこう。ただ、寂しいという感覚は無いな。ただ、貴様は役には立った。これからは俺が気を使わなければならない立場になるのだからそれを考えると憂鬱な思いが先に立つ。正直な俺の感想はそれだけだ」


 桐野は珍しくそのプライドの高そうな表情を崩して笑みを浮かべた。


「桐野の旦那からそんな言葉が聞けるとは思ってなかったですよ。こりゃあ雪でも降りそうだな。確かに次の相棒……と言うか、旦那を動かす御仁はあの女ですからねえ……あの人は俺も何度も会いましたけど、あの女には正直俺にはついて行けねえな。旦那以上にイカレタ人間だって30分話したら嫌でも分かってきた。そんな人間のお世話をすることになる。旦那の好きな人斬りもあの女が駄目だと言えばしばらくは出来ませんよ。まあ、その方がこの国の女性労働者の権利の為には必要なことなのかもしれませんがね」


 北川は皮肉を込めた調子でそう言った。


「確かにな。次に来る俺と組む人物は『廃帝』の娘だと聞いているからな……色々気兼ねなく話せるお前の方がやりやすかったのは事実だ。俺は生きている女には関心が無い。女は死んだ女に限る」


 桐野はそう言って店内を眺めた。ありふれた郊外の焼鳥屋の店内の風景がそこに広がっていた。

挿絵(By みてみん)

「そうですね。『廃帝』陛下の娘さん……リョウ・カラとか言いましたか?あの人も旦那と同じ不死人らしい。まあ、見た目はさっき見たこの店の女将と同い年くらいに見えるってことは不死人として覚醒した歳が遅かったんですかねえ……。ただ、雰囲気はここの女将が何でも話を聞いてくれる優しい人間なのに対して、あのカラとか言う女にはそんな隙はまるで無いんだ。いや、むしろこちらが隙を見せればいつでも命が無くなるような殺気をぷんぷん漂わせている。まあ、旦那みたいに死ぬ心配のない不死人にはそう言う相棒の方が面倒がかからなくっていいのかもしれませんがね。なんでも遼帝国の『法術武装隊』の隊長をしてた御仁だとか……元が正規の軍人と言うことは俺みたいに何をしようが仕事の時さえちゃんと動いてくれればいいという活動家崩れと違って、ちゃんと軍の正規教育を受けた人間と言うことになりますよね。そうなると当然上官と部下に対する上下関係って奴も振りかざして来るんじゃないですか?そうなれば俺みたいに私生活には一切介入しない主義ってことは考えにくい。そうなるとこれまでみたいに旦那が自由に辻斬りをするわけにもいかなくなる訳だ。これまでの様に辻斬りをしては死んだ女を犯す楽しみもできなくなる。そりゃあ、旦那には災難ですね」


 北川は声を潜めながらそう言って笑った。


「とりあえず、ビールと日本酒です」


 酒を運んで来たのは意外にも女将の方だった。彼女を見る北川の視線にいやらしい表情が浮かぶ。


「ありがとうさん。女将さん、きれいですね。今話してたのは、この人の次の上司が美人は美人なんだが、うわさではきつい性格の人らしくてねえ……とても女将さんみたいに客商売が出来るような女性じゃないみたいなんですよ。いっそのこと代わってあげてくれませんかね?旦那もその方がうれしいでしょ?」


 北川は人懐っこい笑顔を浮かべて妖艶な和服の女将にそう言った。


「そんなことを言っても何も出ませんよ。それにうちにお世話になってる人達の中にも一人キツイ女の子が居ますけど、その子はその部下の男の子を結構気に入っているみたいですわよ。そう言う関係になれればいいんじゃないかしら?」


 女将はそう言ってビールと日本酒をテーブルに置いてそのまま立ち去った。


「まあ、世の中きつい女は一人じゃないか。良いことを聞いたな、北川。それにしても『廃帝』がフランスと協定を結ぶとは意外だったな。地球圏でもあそこは法術には並々ならぬ関心を持っているが米帝に比べて技術も遅れてるし法術師の数も少ない。その割にこの遼州圏では欧州でも屈指の艦隊を保有している。潰すなら一番最初に潰すべき敵だと俺は踏んでいたのだが」


 日本酒を飲みながら桐野はそんなことを口にした。


「なんでもあのネオナチの爺の口利きらしいですよ……本当はドイツかイタリアに声を掛けたかったらしいが、どちらにも袖にされたってことはあの爺さんの顔も知れてますね。でもフランスですよ!フランス。なんと言ってもあの国は革命の国だ。俺みたいな革命家が子を残すにはふさわしい国だ!フランス美女が俺を待っている!いやあ、楽しみだなあ」


 そう言う北川にはいやらしい歓喜の表情が浮かんでいた。


「下品な表情だな。それに貴様は行ったところで誰にモテると言うわけでもあるまい?その面では」


 桐野は冷たくそう言い放った。


「舐めちゃいけないですよ。おれはあの『近藤事件』の英雄『光の(つるぎ)』の使い手を軽くあしらった切れ者の法術師と向こうじゃ喧伝されているんだ。毎日のように俺の子を欲しがる女共の相手をするとなると……今から楽しみで楽しみで……」


 ニヤニヤ笑う北川を不気味そうに見ながらパートの女店員が山盛りの鶏のから揚げと鶏の刺身を運んで来た。


「向こうとしてはそれが目的なんだろうな。覚醒した純血の遼州人の法術師と異星人の間の子は確実に覚醒した法術師になる。地球圏では法術師の数を一番揃えているアメリカに対抗する手段としてはそれが一番手っ取り早い。要は貴様は選ばれた種馬と言うわけだ」


 一切、目の前の料理には関心も見せない様子の桐野はそう言った。


「なんてったって俺は大学でフランス語を第二外国語として学んでましたからね。大学を除籍されても革命の日を夢見てフランス語の学習には余念が無いんですよ。女を口説くことぐらい朝飯前です。向こうも俺に抱かれたくてうずうずしている女達ばかりだ。こりゃあ楽しい一年間になりそうだ」


 北川はそう得意げにそう言い放った。

挿絵(By みてみん)

「種馬が偉そうなことを言うものだ。どうせ妊娠可能な女を無理やりあてがわれて毎晩子作りをさせられることになるんだ。面倒な話だ。俺なら会って即座に斬り殺してから犯すがな。そんな女の相手なんぞ虫唾が走る」


 無関心そうに桐野はそう言った。


「まあ、冗談はさておき。俺の目的は向こうの条件である俺の子を沢山あちらの女に孕ませることに有るんじゃない。あの神前誠と言う生意気な餓鬼に対抗するためにシュツルム・パンツァーパイロットになることに有るんですよ。この年でパイロット訓練とは……ずいぶんと遅いデビューかと思いますが、要は機械だ。俺も公安に追われて逃走期間中に飯場巡りをしていた時に土木機械の運転を任されることが多かったんでね。その延長だと思えば大したことじゃないですよ。あれはあれで結構コツが要るんで。まあ指名手配されていたんで免許センターとかには行ってないですから免許は無いですが、その分、腕には自信があるんで。今度は正規のパイロット養成課程を受けるんだ。エースの称号を持って帰りますよ」


 そう言うと北川は旨そうに鳥の刺身を口に運んだ。


「そうだ。貴様はパイロットとしてあの茶坊主の切り札の餓鬼を始末できる技量を身につける。そしてフランス政府は貴様の血を継いだ不細工な娘や息子を法術師として戦力に組み込む。これが貴様のフランス行きの目的なんだ。それを忘れるな。これはあくまでお互いの利益のための行為。それだけを考えろ……連中を信用するな。所詮力のない金にしか興味のない人間はいずれ俺達に従うだけの存在だ。そう割り切って行動しろ、良いな?」


 桐野は相変わらず料理に手を伸ばすことなく酒を飲み続けた。



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