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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第二十九章 『特殊な部隊』と暗躍

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第58話 豊川に来た辻斬り

 同時刻、一人。黒いトレンチコートを着た男がありふれた豊川の街の公園のベンチに腰掛けていた。

挿絵(By みてみん)

 冬晴れの空。誰もが着ているコートやマフラーを押さえて北風に耐えていた。そんな中ではトレンチコートを着た男の存在は決して目立つものでは無い。そんな無関心の中、男は長細い筒を持ったままじっと目の前の鳩に菓子パンをちぎっては投げる動作を延々と続けていた。いつからその動作を始めたのか、いつまでそれを続けるのか。誰にもそのことは分からない。その濁った目の中に狂気を見た者は自分を納得させてその場を立ち去るだろう。それほどに男の目は濁りつつも奥に不気味な光を湛えて目の前の鳩をただ眺めていた。


「旦那!桐野の旦那!辛気臭いのもいい加減にしてくださいよ!」 

挿絵(By みてみん)

 お気に入りの革ジャンを着た男が駆け寄ってきて彼に声をかけた。だが桐野と呼ばれた男は無視して鳩にえさを投げ続けた。まるで人違いだというように無視を決め込んで菓子パンをちぎった。


「いやあ、冷えますね。これだけ冷えると薄着が信条の俺でも身体に堪えますよ。この上にコートの一枚でも羽織りたいくらいだ。温度管理された甲武のコロニー生まれの旦那にはこの寒さは堪えるんじゃないですか?」 


 だがいくら無視されても革ジャンの男は笑みを絶やすことはしない。それどころか桐野と彼が呼んだトレンチコートの男に話を振ると手にしていた暖かい缶コーヒーを差し出した。


「東和の冬は冷えるものだ。年中気象条件が調整されている甲武が懐かしいと俺が言い出すと思ったのか?北川。別にそれが当たり前ならそれが当たり前だ。なにも不思議なことは無い」 


 桐野はようやく気が済んだというように菓子パンを粉々にして空にばらまいた。鳩達はそれまでの奪い合いから一気に増えた餌めがけて争うようにして飛びかかった。桐野孫四郎はその様を満足そうに見ながら缶コーヒーのプルタブをゆっくりと起こした。カチンと響く音に驚いたように鳩が一度桐野の足元から去るが喰い残しのパンを見て再び彼の前にたむろした。


 北川公平はしばらくその様子を確認した後、どんな言葉も桐野の関心を引けないと諦めて自分の分の温かい紅茶の瓶のふたを開けた。


「豊川市……司法局実働部隊のお膝元。嵯峨惟基の地元ですよ。乗り込んだのは良いが……まったく何にもない街ですね。どこに行っても菱川の下請け工場と開発中の住宅造成地。こんなに同じ家ばかり作ってそこに住むって何を考えてるんですかねえ……プチブル気取りの連中は」 


 北川も嵯峨に興味のある人間の一人だった。彼が地球圏資本排斥を主張する左翼グループのセクトに属していたときから遼帝国で悪の限りを尽くしたと言う鬼の憲兵隊長と呼ばれた当時は三好大蔵と名乗っていた嵯峨惟基と言う男には興味を持っていた。ゲバ棒を片手に東和南港に向かった仲間の一人がなぜかあの男の写真を持っていたことも懐かしく思い出される。


 ただ、今の嵯峨惟基は同盟と言う自分の作った檻に飼われる人懐っこい猛獣と化したと北川は思っていた。いや、猛獣ですらない。牙を抜かれ、自分の資産にものを言わせて作った『司法局実働部隊』と言うおもちゃでじゃれるただの大きな愛玩動物と言うところだ。


 北川はそのことを嘆きつつも、自分の隣にいる明らかに未だに猛獣であり続ける男をちらちらと眺めていた。そしてそんな自分も法術と言う牙を持った猛獣でしかも飼い主がいるという皮肉な事実を改めて理解すると自然と笑みがこぼれてくるのが不思議だった。


「……別にあの男がいようがいまいが関係ない。ただ……手ぶらで帰れば『廃帝』陛下が悲しむからな。話は変わるが、仕事がしやすいように知り合いに部屋を借りた。ここでの仕事は長くなりそうなんだろ?俺なりの気遣いだ」 


 桐野は濁った目の下に薄ら笑いを浮かべて北川を眺めてきた。何度見てもその目は何度見ても肝が冷える。そう思いながら北川は何とか軽口で自分の心を安定させることに決めた。


「へえ……旦那に知り合いが?そんなものが居るとは驚きだ。よくそいつで斬られなかったもんだ」 


 満面に皮肉を貼り付けた表情の北川が桐野の手の横に置かれた筒に目をやった。その中身、備前忠正の存在を知っている北川は桐野のリアクションを諦めて彼の前にたむろする鳩に視線を落とした。北川がびしびしと背筋に感じる桐野の放つ殺気は隠しようが無かった。鳩はまるで無関係だというように桐野のまき散らしたパン屑を拾い集めることだけに執心していた。その様がちょうど二人に関心も持たずに通り過ぎる東和の人々に似て見えて北川はいつもの人懐っこい笑みを取り戻した。


「そう言えば、我々にとっては不愉快極まりない法術演操術者……大人気のようですよ。アングラサイトにその情報を売り渡した遼北の工作員崩れの死体が港北に上がったそうです。水面下では同盟加盟国も地球圏の連中もあの法術師の情報を集めようと躍起になってる。俺達が一番に見つけなきゃ意味が無いですよ。特に地球圏の連中になんかに見つかって東和から連れ去られでもしようものなら大変だ。さすがの俺も地球圏まで足を延ばすとなるとそれなりの覚悟が必要になるし……あの放射能防護服が必要な星で非合法活動なんてうんざりですから」


 北川の言葉を聞いているのかいないのか。ただ桐野は黙ってコーヒーを啜っている。北川としても昔のコネクションで手に入れたそれなりに新鮮な情報を無視されて気分がいいわけもなくわざとらしく大きく咳き込んで見せた。 


「遊びか……何かのメッセージがあるのか……ともかく会って見るのも悪くないな。その法術師」 


 ようやくあった桐野の言葉に北川は安心したような笑みを浮かべた。とりあえず桐野が彼と因縁のある嵯峨のいるこの街に居を構えたらしい法術師に関心があると分かって北川も少しだけほっとしてほほえんだ。そしてそのまま鳩に目をやると一羽の鳩が突然もだえ始めた。


 鳩は声も立てず、何かに首の辺りを握り締められたよう羽をばたつかせた。北川が驚いて桐野の表情を見るがそこにはもぬけの殻のようにじっとその鳩を見つめている悪鬼のような男の姿があった。


「桐野の旦那……鳩がそんなに珍しいんですか?甲武は人でさえ食うもんが無いって話ですからね。鳩なんかいたらあっという間に丸焼きだ。おいしいらしいっすよ、鳩」 


 北川が口を開いた瞬間。目の前でもだえていた鳩の首がぽとりと落ちた。


 思わず北川は周りを見渡した。駅近くの公園だが寒さと平日の日中と言うことで誰も異変に気づいたものはいなかった。

挿絵(By みてみん)

「旦那!鳩とは言え無益な殺生は止めてくださいよ。俺達の敵は力も無いのに威張り散らしてる地球人共。それ以外の命を奪うなんて愚の骨頂ですよ」 


 北川は革命家としての自負からそんな言葉を桐野に掛けていた。


「なあに、ちょっとした悪戯さ。貴様もやってみろよ、気分が少しは楽になるぞ」 


 そう言うと桐野は立ち上がった。北川は言いたいことは山ほどあったが口の中にそれを飲み込んで歩き出した。遼州星系第二惑星『甲武国』の少年兵上がりで嵯峨の従卒だったこともあるらしい。北川が桐野について知っていることはそれくらいだった。それ以上は知る必要もないし、知りたくもなかった。


 ただこうして目的を一つにして行動しているだけに言いたいことは山ほどある。


「陛下もご立腹ですよ。旦那が東都に来て何人斬ったと思ってるんですか?しかも若い女ばかり。そして斬った後に必ず犯す。変態行為もいい加減にしてくださいよ」 


 北川は小声でつぶやいては周りを見回した。そのおびえた表情に余裕のある笑みを桐野は返した。


 『廃帝ハド』。北川の今の飼い主であり、法術の公表以前から活動を続けている非公然法術師集団の長。自分が法術師であることを教えたその身元もしれない人物に付き従うようになってから長いが、そんな中でつきあった相棒の中で桐野は一番手に負えない人物なのは間違いなかった。


 周りを気にして小声で話す北川をあざけるような表情で一瞥した後、桐野は手にした缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。


「俺は人が斬れるから陛下に飼われてやっているんだ。斬れなくなればおさらばさ。それに女は殺してから犯す方が気持ちいいもんだぞ。お前も試してみると良い」 


 そう言う桐野に北川は大きくため息をついた。そして周りを見渡すが豊川駅前南公園。ベットタウンの日中。しかも真冬と言うことで長い筒に黒いトレンチコートとそれに不釣り合いな大きめの製図ケースを手にしているという明らかに異質な桐野の姿は異様に過ぎた。通りを急ぐ中年女性やランドセルを背負った小学生も関わり合いになるまいと避けている分だけ彼等の異常さには気がついていないようだった。


「それより……最近東都で悪戯をしている馬鹿だが。見つけたとして……斬ってもいいのか?」 


 赤信号に立ち止まった桐野の言葉に北川は頭を抱えた。

挿絵(By みてみん)

「いいわけないじゃないですか!どうせ自分の力の価値も知らない馬鹿ですよ。先日の政府の愚策の法術適性検査の無料化で受けてみたら適性があって、社会に牙でも向いているつもりなのが見え見えですよ。そんな奴……」 


 北川はそこまで言って桐野を見上げてみた。自分の言った言葉の半分くらいは北川自身にも当てはまるという自覚はあった。桐野の目が笑っているように見えるのはその自覚のせいだろう。桐野には元々自分のことなど見えていないのだから。


「別にどんな奴でも良いんだ。俺が聞きたいのは斬って良いのかということだけだ。どうなんだ?」


 桐野の笑み。それを見ると何を言っても無駄だと分かりながらも北川は彼に答えを出すしかなかった。

 

「駄目です!絶対やめてください!」 


 北川の言葉に何度かうなずいた後、桐野は信号が変わったのを確認して歩き出した。いつもの気まぐれか、北川は諦めかけながらも小走りに桐野の後をつけた。


「旦那。どこに行くつもりですか?」 


「どこ?別にどこでもかまわんぞ」 


「はあー……」 


 淡々と答える桐野の言葉に北川はため息をつくとそのまま桐野のポケットに突っ込んでいる左手を取った。


「とりあえずその宿を提供してくれると言う協力者の所に行きましょう。旦那はただでさえ目立つんだから……」 


 そのまま腕を引っ張る北川を死んだ表情で見つめながら桐野はそのまま繁華街のアーケードの方へと歩き出した。


「ああ、このまま旦那と同類と会うのは気が引けるからこういう時は昼間っから一杯ひっかけるってのも悪くないですね。良い店を見つけたんですよ、行きませんか?」


 北川は相変わらずの人懐っこい笑顔を浮かべて気難しく表情を崩さない桐野に声をかけた。


「昼間から酒か……そう言う趣向も悪くないな」


 桐野はそう言って苦笑いを浮かべて歩いていく北川に付いて行った。


「夜は焼鳥を出してるらしいんですが、昼間は定食と鶏関係のつまみを出して軽く飲ませる店なんですよ。さあ、旦那行きましょう」

挿絵(By みてみん)

 北川はそう言うと桐野の前に立って豊川中心部のアーケードに向けて歩き出した。



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