第55話 ランという最大ノイズ
相変わらず暖房の効きが悪い豊川署の用具入れだった詰め所に彼等はいた。じっとしていることが性に合わないかなめがうろうろと歩き回っていた。
「どうだい、もう半日待ったんだ。結果ぐらい出てもいいだろうが」
十分おきに一度は繰り返される話だった。かなめはそう言うとラーナがじっと見つめているモニターをのぞき込んでいた。そこには警邏隊のアストラルデータの値がグラフで表示されていた。
「そう簡単に見つかれば楽できるんすけどね。演操術系のアストラルパターンは隠そうと思えば簡単に隠せるんっすよ。だから何度も同じ巡回ルートで何度も接触して、犯人が油断しているところを見つけるしか無いんっす。大事なのは繰り返し、根気、どんな些細な変化すら見逃さない観察眼っすね。でも、クバルカ中佐のノイズがどこも多くって……この地域はクバルカ中佐フィルターを強めに……ああ、消えちゃった。最初からやり直しか……」
そう言うとラーナは椅子の背もたれに体を預けた。軋む椅子。その音に驚いたようにラーナは背筋を伸ばした。
この捜査方法の一番の障害が自分達の成長を一番期待しているランの発する大きすぎる上に出しっぱなしの法術反応だという事実を何度も目の当たりにして誠は苦笑いを浮かべた。
「ある程度絞り込めれば後は私達でもどうにかなるだろう。いや、正確につかめない方がいいな。素人の警察の連中でも分かるデータが出てしまえばこれまでの怒りの持って行き場が無いからな。それにしてもクバルカ中佐のこのノイズはなんとかならないのか?本当に邪魔だ。中佐が強いのは分かるがもっといつも態度を小さくして……態度いつも大きいが、サイズをあれ以上小さくするとそもそも幼稚園児にしか見えない状態になってしまう。私も幼稚園児の部下なんて御免だ」
さすがのカウラもこれまでの警察のやり方には腹に据えかねるものがあったのだろう。そんな珍しい感情的な言葉にアメリアもうなずいた。いつもなら合いの手を入れる彼女が浮かない顔で黙っているのを見て、誠はアメリアのモニターを見た。そこではネットオークションで同人漫画を落とそうとしているらしい様子が見て取れた。いつものことだ。誠は大きくため息をついてつまらなそうに画面を終了するアメリアを見つめていた。
「すべては運任せ、天任せ、他人任せってのは……でもランちゃん!捜査を進めろと言って一番邪魔をしているのはアナタじゃないの!なんてここにいない上司に向けて叫んでもどうにもならないじゃないの!しかもその他人に手柄を取られるのはどうしても避けたいとなるとこれもまた……こりゃあ退屈かつ面倒なお仕事になりそうだわ」
そんなアメリアの言葉に全員が同意するような雰囲気をかもし出していた。誰もが部屋に閉じ込められてこうしてデータだけを与えられる状況に飽きてきていた。
「あと定時まで30分か……今日は帰りに月島屋を冷やかすか?あそこの酒はこの捜査の一番の障害であるランの姐御の払いなんだ。あの姐御のおごりで酒が飲めるってことならアタシも納得してやる!今日はアタシの『レモンハート』の代金も姐御につけるからな!女将さんもこれだけ姐御がアタシ等に迷惑をかけていると分かれば納得してくれるはずだ!」
冗談めかしてかなめはそう言って周りを見回した。
「それはいいんだけど……よかったのかしら。支給されたショットガンをみんな隊に送っちゃって。確かに慣らしも済んでいない銃じゃあ使えないのはわかるんだけど……でも後でチェックされたらどうするの?それに今反応が出たら丸腰で現場に出かける気?」
アメリアの言葉にカウラとラーナの視線がかなめに向かった。かなめは面倒くさそうに椅子に腰掛けると端末を起動していた。
「そう簡単に犯人は特定できねえって言ってたのはオメエじゃねえか。犯人に逃げられたら終りだろ?良いんだよ。名人は道具も選ぶもんさ」
かなめは気軽にそう答えた。
「かなめちゃんは射撃の才能ゼロの誠ちゃんも名人に入れる訳?誠ちゃんも?なんで?」
冷やかすようなアメリアの声に誠はかなめに目を向けた。かなめは一瞥した後大きくため息をついた。
「そんな……僕だって多少は射撃も上手くなったんですよ!最近は拳銃なら25メートルの的は外さないし、ライフルだって100メートルぐらいならマンターゲットに当たるようになったんですから!」
射撃下手の自覚は有るものの数をこなすことで誠のその短所も何とか見られるものにはなっていた。
「多少はな……それは普通の兵士なら初めて実弾の射撃を許された段階でできることだ。だかそれじゃあ本番にはどうなるかわからねえ。アタシ等は精強精鋭が売りの『特殊部隊』なんだ。オメエは甲武じゃ徴兵三日目の新兵程度の実力だ。自慢なんかすんな」
相変わらず誠をからかう調子のかなめ。誠にも多少は意地があるむっとしてタレ目のかなめをにらみ付けた。
「そんなに気になるなら……西園寺。突入の時は神前と組んだらどうだ?下手な神前のカバーは貴様がすればいい。射撃は生身を遥かに超えるスペックを持ってるんだろ?それが自慢ならそれを活かせばいいだけの話だ」
カウラの冗談にかなめはいかにも面倒くさそうな表情を浮かべた。その顔を見て誠はいつもどおり落ち込んだ。
「それもこれも……ちゃんと犯人が見つかってからの話っすからね……またクバルカ中佐の反応!いい加減にしてほしいっすよ!」
相変わらずラーナは画面に張り付いたまま手にしたせんべいを口に放り込んでいた。
「でもアストラルパターンデータ。便利よねえ。こうして事務所で座っているだけで良いんだもの。戸別訪問に比べたら楽ちんで。確かに嫌でもあっちこっちでランちゃんの反応を拾っちゃうのは困りものだけど……でもこのまるで『近藤事件』の後に次々と開発される法術に関する装置や機械の群れを見ると……少し怖くならない?まるであの事件が起きることを隊長やランちゃん以外の誰かが予想してみたいに感じるのよ」
突然のアメリアの言葉に視線が彼女に集中した。そのうんざりしたような視線を浴びるとアメリアは慌てたように両手を振った。
「だってそうじゃないの。確かに法術の研究は誠ちゃんが全世界的に存在を示しちゃった『近藤事件』の前から進んでたけど……それにしてもなんだかどんどん対応製品が出てきて……恐くならない?特にうちの隣の菱川重工……と言うかあそこを傘下にしている菱川ホールディングス。あそこの製品がまるで法術師が当たり前になる社会がやってくることを前提にしたような商品を次々と発表してる。私達が使ってる現在最高精度のアストラルゲージも菱川精密製。なんだか気になるわね……」
そんなアメリアの言葉に一同はうなずかなければならなかった。まるで『近藤事件』が起きることを予期していたかのように法術に対する研究成果が次々と発表されている事態は、法術は明らかにその存在が隠されていただけで関係者なら皆が知っていた公然の秘密であったことを一同に思い知らせた。
「まあな。その筋の専門家は……うちじゃあひよこ軍曹殿だが……。実際法術研究はどこまで進んでるのか表にまるで出てこないからな。あいつも実際どれくらい自分が知っているのかなんて絶対に言わないからな……そんなに秘密ばっかり抱えてるからへんちくりんなポエムしか書けねえんだよ。仲間だろ?もっと腹を割って話し合おうや」
アメリアに言ったかなめの言葉の中のひよこのことを思い出して誠が噴出した。だがひよこが法術に関する専門家だと知ったのは『近藤事件』での甲武海軍の演習空域で誠が貴族主義者の近藤中佐貴下の部隊と衝突した『近藤事件』の後の話だったことを思い出した。それまではただの看護師だとかなめ達も教えられていたとことの後で聞かされた。それほど法術の存在は丁寧に隠蔽されてきたものだった。
一度気になり出すとどこまででも疑問が膨らんだ。
「やっぱりどこまで研究が進んでるのか……気になるな。東和政府はまだ我々に隠していることがある。他の同盟加盟国も地球圏ではアメリカがそうだ。これだけの製品がアメリアが声をかけた途端にすでに開発済みと用意されている。これは法術に関して我々の知らないことはあまりに多そうだ」
エメラルドグリーンのポニーテールの毛先を弄っていたカウラが目があった誠につぶやいた。
「あら、カウラちゃんもそういうこと気になるわけ?意外と『研究が進んでるんだから良いじゃないか』とか言い出しそうなのに」
アメリアは冷やかし半分にそんなことを口にした。
「そんなことはない。私だって想像の範疇を超えた力が存在してその力がどのように使用されるか分からないと言うのは不気味に感じるものだ」
画面から目を離さずに仕事をしているカウラの姿はこの前連れていかれたパチンコの台を前にしてのカウラそのものだと誠は思っていた。
「ふーん。私は便利だなーとか、ランちゃんいい加減にしてよくらいしか思わない。それ以上のことは考えても無駄なんじゃない?話をしたくない人にいくら質問しても無駄な時と同じことよ」
カウラの言葉に納得してみせたアメリアの視線は自然と誠を向いた。
「僕だってこんな力は知ったのは例の事件の直前ですよ。普通の人は誰も知らなかったんじゃないですか?あんな力」
法術を公式に初めて使ったという自負も込めて誠はそう言った。
「アタシは知ってたっすよ」
モニターに目を向けたままラーナは手を上げた。その突然の行動にかなめが立ち上がる。
「どこでこいつが法術使いだって……」
かなめは『特殊な部隊』の隊員しか知らないはずの部外者のラーナが知っていたのか不思議に思っていた。
「一応トップシークレットっすから。それこそ業務上の秘密って奴です……へへへ」
そうすげなく言ってラーナは端末のキーボードを叩く作業を再開した。
「けっ!つまらねえな」
ラーナの事務的な反応に舌打ちをしたかなめを見て笑みを浮かべるアメリアだが、その目は笑っていなかった。
「ラーナちゃんが知っていたってことは……その筋の人の間では誠ちゃんて有名人だったの?」
アメリアも驚いた様子でラーナに向って訪ねた。
「さあ……アタシは一巡査ですから。他の部署の事はなんとも……」
またラーナはとぼけてみせた。相手を読めるアメリアは何を聞いても無駄だと思ってそのまま黙り込んで席に体を押し付けた。
「僕の力の話はここですることじゃ……」
誠の言葉に不思議そうな顔をするかなめがいた。面倒くさそうに一度視線を外した後ため息をついた。
「ここまでの話の流れと事件の容疑者の能力で分からないか」
カウラのその言葉を聞いてようやく誠は結論に行き着いた。
「僕を外すと言うことですか」
ある程度は誠にも分かる話だった。相手は法術師の能力を奪って暴走させることで世間に何かを伝えたいと思っている愉快犯であることが想像できる。ならばその法術師の再発見のきっかけを作った誠の能力を暴走させることが犯人の最大の喜びにつながるだろうことも想像できた。
「でも……外したら隊長がこのメンツで東都警察に私達を出向させた意味が分からなくなるじゃない。私としても誠ちゃんが外れた方がいいと思うけど……隊長の意向もあるしね。誠ちゃんというその能力を乗っ取られるようなことになったら危険極まりない隊員がいる状況でもこんな法術師の相手が出来るようになれ。そう言いたいんじゃないの?あの『駄目人間』は」
出向を提案した張本人であるアメリアにはその程度の自覚は有った。
「叔父貴の都合か……そうだけどな」
アメリアのフォローにもただかなめの表情は曇るだけだった。誠の能力は干渉空間展開と最大火力の格闘の能力で誠の必殺技と言える『光の剣』と領域把握能力の二種が確認されていた。干渉空間を展開し、その中の存在を有る程度意のままに操れる。それは先日の死者を出した事件を見ればかなり危険な能力だった。そして領域把握能力をハッキングして他の隊員の意思を読み取られてしまえば逮捕どころの話ではなくなる。
「今の神前に必要なのは自分の力を使いこなすこと。そしてアタシ等が試されてるのは法術師を使いこなせってことか……相手が誰でも……そう言いてえのは分かるんだけどさ」
再びかなめがこめかみの辺りの長い髪を掻きあげた。沈黙がその場を支配した。
「でもアタシも法術師っすけど?」
ラーナは相変わらずモニターから目を離さずにそうつぶやいた。思い出したようなかなめの表情。そしてアメリアがうれしそうにうなずいた。
「かなめちゃん。ラーナちゃんも捜査から外すつもり?そうしたらずっとこのままラーナちゃんにはランちゃんのノイズの処理だけをお願いするつもり?」
アメリアはかなめに向けて肝心の人物を外してどうするんだと責めるようにそう言った。
「こいつは慣れてるから良いんだよ!それとコイツも神前みたいに危ない力は使えねえって言ってるんだからアタシ等が危ない思いをする訳ねえじゃねえか!それなら何の問題もねえ!」
かなめはやけになってそう反論した。
「慣れてるって……この種の法術師が発見されたケースはほとんどないっすけど。確かにアタシの力は乗っ取られても直接的意味は今回は何にもないっすけど、場合によっては神前部長よりもっと悪質かも知れないって茜警部も言ってたっすよ?そんなアタシの力も乗っ取られるかもしれないっすよ。まあ、アタシにはそうならない自信はあるっすけど」
そんなラーナの言葉にかなめはさすがに頭に来たようで手を上げかけたものの静かに右の握りこぶしを静かに下ろした。
「ああ、ようやく我慢を覚えたか」
カウラは静かにそう言うと再び画面に目をやった。
「うるせえよ!」
カウラに茶化されてかなめは苦笑いを浮かべていた。




