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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第二十五章 『特殊な部隊』と保護者達

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第54話 手持ちの戦力

 司法局本局の最上階のレストランの大きな窓の外にははるかに広がる東都の街の光を背景にして食事をする一人の女性と向かい合って座る小さな女の子の姿があった。

挿絵(By みてみん)

 遼州同盟機構の警察幹部、上級裁判官、各国法務機関の幹部職員が会議の為に訪れることもあるこのレストランは典型的な役所の職員の為の食堂と言った趣ではなく、どちらかと言えば高級ホテルのレストランのような優雅な雰囲気を漂わせていた。


 そんな中でもひときわ眺めの良いテーブルを囲む二人はにこやかに笑いながら会話を楽しんでいた。


 ただ、どう見ても母親のように見える女性がその女の子に敬語を使ったりあからさまにへりくだった態度をとるのが二人を知らない人物には少しおかしなものに見えたかもしれない。


「奴等もかなり本質に近づいてきたみてーで……ひと安心だよ。ラーナを貸し出した甲斐があるってもんだろ?違うか?茜」 


 その一方のこんな場所には不似合いなほどに小柄な女の子はそう言って笑った。その言葉は見た目がどう見ても8,9歳の小柄な幼女のそれでは無かった。ただし彼女の着ているのは同盟司法局と同型の制服。その襟章に中佐の階級章と胸にいくつもの従軍章や栄誉勲章が光っている様を見れば軍の人間なら彼女がただの幼女ではないことはすぐに分かるはずだった。


 特にそんな勲章の中でも今は無き遼南共和国黄金柏葉剣ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章の20カラットのダイヤモンドが光っているのは誰もが目にするところだった。その勲章の受章者はこの宇宙でたった一人。共和国のエース、『真紅の粛清者』と恐れられたクバルカ・ラン中佐本人以外にそれを付けて許される人物はいない。


「クバルカ中佐。こちらこそラーナにはいい勉強をさせていただいておりますわ。感謝しなければならないのはこちらの方かも知れません。法術については知識があるけど、捜査方法に関しては無知な捜査官に普通の警察官の一般の事件と同様の捜査方法がそれなりに効果があってそれがすべての犯罪捜査の基本であることを教え込む技術。それをラーナが迷惑を掛けても問題の無い中佐の目の届く範囲で出来ることが分かった。それだけでも(わたくし)としては中佐には感謝の言葉しかありませんわ」


 ランの母親と呼ぶには若い年齢のこちらも司法局の制服に身を包み警部の階級章を付けた金髪のポニーテールの女性、嵯峨茜は笑顔で静かにフォークでこのレストランの最上級のステーキ肉を口に運んだ。


「これまでそう言う仕事は私がしていましたが、これからはそんな仕事もラーナに頼めるし、ラーナが今その手順書を本局の法術特捜本部に提出すれば同盟加盟国の法術犯罪捜査のレベルは確実に上がるはずです。そもそも法術専門の捜査官が急に増えることは考えられませんもの。ああ言った捜査指導はこれからのラーナには必須になります。今後もその全く法術に関して知識のない一般警察官への法術犯罪対応に関する教育指導についてどうすれば良いか結論を出すようにラーナには宿題を出しておきました。ラーナの成長のいい機会を与えていただいて中佐には感謝の言葉しかありません」 


 ふと気が向いたように茜が街を眺めた。昼下がりの東都の街並み。二千万人という人がうごめく街は地平線の果てまで続いていた。ランもまた和やかな表情で街並みに目を遣った。


「話は変わるが……それにしてもオメーが追ってる例の辻斬り。やっぱり見つからねーか。うまく隠れているもんだな。まあ、こんなに広い街だ。すぐに見つかると考える方がどーかしてる。ただ、あれだけ変わった犯行を行う人間なのにもかかわらず何一つ対抗手段も犯行が予想される場所も特定できねー。確かに被害者が一人で行動している時にだけ事件を起こす。だがその場所は東都の近辺と言うだけでそのロケーションもバラバラ。時間は日が沈んでからという犯行時間帯以外は共通事項は何一つねえ。ただ、そいつが法術師でたとえその現場に警官がたどり着いてもこれも一刀のもとに切り捨てるからその犯人を見て生きている人間は一人も居ねー。面倒な事件だな」 


 ビルの続く東和共和国の首都の街を二人は眺めた。ビルと道路とそこにあふれる車と人。ランの故郷である遼南の首都央都の低い建物が続く街並みに比べて明らかに無機質で複雑に見えた。

挿絵(By みてみん)

「木を隠すには森が一番。人を隠すには街が一番。そう考えれば確かに人が隠れるには街が一番ですものね。それにしても辻斬りなんていう古風な犯罪。できる人物が限られていると言うのに……。司法局の上層部はこんなイカレタ人間一人見つけられないのかと……私達を無能と思っているかも知れませんわね。あの犯人は増長して犯行の頻度を上げるというわけでもない。淡々と一定周期で事件を起こし、そのまましばらくは鳴りを潜める。もしかしたらどこかの法術に関して十分な知識を持つテロ組織の構成員……ああ、これはあくまで個人的な推測です。ただ、この手の殺人と性犯罪を同時に行うタイプの犯罪者は自分がなかなか逮捕されないとなると大胆になってより犯行頻度を上げる傾向があるのに、この辻斬りにはそんな様子は見えない……誰かがこの辻斬りの所業を知って抑えにかかっている可能性は否定できませんわ」 


 茜は長い髪を静かに掻きあげると再びおさげ髪の少女に目を向けた。ランは見た目とは違ってまるで自分より年下の子供を心配するような視線で茜を見上げていた。


「なんだよ、意外と犯人像が茜の中では出来上がってるんじゃねーのか?それを聞いてアタシも安心した。でも、それは相手がそれなりに手ごわい相手だということであって、自分を責めるんじゃねーぞ。隊長は間違いなく桐野孫四郎の仕業だというが……隊長の方がよっぽど偏見に凝り固まって決めてかかってるんだ。確かにアイツが犯人なら茜の今の予想にすべて当てはまる。人を斬るのに何のためらいも持たず、『廃帝ハド』と言う法術師集団に属している以上、自分達に火の粉がかかるのを恐れてさすがの『廃帝ハド』も自由に桐野に事件を起こさせるわけにはいかねーかんな。ただ、それをつなげる肝心の証拠がねーんだ。それにそのすべての犯行が桐野のものだとしても簡単に捕まるなら司法局の出るまでもなく東都警察の所轄の連中が誇らしげに連れてきているはずだろ?しばらくは我慢するしかねーよ。それにこの一月被害者が出てねーんだ。これも茜の手柄と言っていーんじゃねーのか?いや、それが次の犯罪を待っているよーでオメーの心を傷つけてるのは分かるが、とりあえず落ち着け」 


 乱暴だが余裕のある言葉遣い。それが見た目は子供でもこの人物がいくつもの経験を積んだ歴戦の強者であることを証明しているように見えた。


 ランは静かにコーヒーのカップを置くと平らな胸のポケットから端末を取り出して画像を表示した。

挿絵(By みてみん)

「オメーの指示でアイツ等がようやく捜査に区切りをつけたらしいや。アイツ等もようやく一人前になりつつあるよーにアタシには見えるようになった。これはアタシには今回のアタシの出向許可の収穫だな。アイツ等もいつまでもお遊びしているからうちが『特殊な部隊』と呼ばれている訳じゃなくって、どんな敵でも手玉に取る食えない集団だから『特殊な部隊』と嫉妬を込めて呼ばれるよーになってもらわねーとその副隊長であるアタシのプライドに関わるんだ。隊長はプライドゼロの男だからどーでもいーだろーがアタシには『人類最強』の『汗血馬の騎手(のりて)』と呼ばれたプライドがあるんだ。何でも隊長は自分基準で物事を考えやがる。世の中の人間がアイツ並みの頭脳ならアイツはとっくに『策士』失格だ!」 


 表示された立体映像には15人の容疑者の映像が映し出された。満足げにランと茜がうなずいた。


「そう言いながらも……クバルカ中佐、顔が緩んでますよ?機動部隊副長としては感無量なんじゃなくて?最近の神前さん達の活躍。ラーナから聞いてますわ。あの人達も本格的に『特殊な部隊』の暴力馬鹿じゃなくて『有能な司法執行機関員』に生まれ変わろうとしている……歓迎すべきことなんでは無くて?そうなるように日々あの人達を指導しているのはお父様ではなくって他でもないクバルカ中佐なんですから」


 茜は余裕のある笑みを浮かべてランに尋ねた。 


「まあな。アイツ等も多少は使えるようになってきたわけだ。予定ではあと数か月前にこの状態になっててくれると楽だったんだがな。アイツ等の成長の遅さは見てて腹が立つ!もう少し頭を使え!アタシを『義理と人情の二ビットコンピュータ』と西園寺辺りが陰口を叩いてるが、アイツの方がよっぽど低性能コンピュータだ。アイツの脳には確かにデジタル技術のモノだけど量子コンピュータが電脳デバイスとして組み込まれてるんだぞ?あの安城みたいに東和国民限定の『アナログ式量子コンピュータ』入りの電脳義体より電子戦能力が低いのは分かるが、そんなことは成長が遅すぎる理由にはなんねーよ」 


 思わずランの頬に笑みが浮かんだ。それを見て茜もうれしそうな表情を作った。

挿絵(By みてみん)

「さて、これからどう事件を纏めるか……期待してるぜ。アメリア、カウラ、西園寺、神前。今回の事件を解決に導いたらようやく『武装警察官仮免』くらいはアタシからくれてやってもいーくらいだ」 


 ランはそう言うと立ち上がった。


「あら、クバルカ中佐。何か急ぎの用でもあるのですか?私は次の会議までここで時間を潰そうと思っておりましたけど」 


 デザートを前にして席を立つランに茜は驚いたように声をかけた。ランは頭を掻きながら面倒くさそうに天を見上げた後、茜の顔を見据えて笑った。


「いやあ、実はこれから東和国防省の会議室で、古巣の東和陸軍の教導隊の連中と打ち合わせだよ。アタシの後任の教導隊長の指導が甘いとか言うことで東和陸軍のお偉いさんにどやされに行くところだ。アタシの教育方針は今でもそうだがぶっ叩いて育てるって言う方針だからな。最近のもやしっ子に色目を使う今の教官じゃ使い物になるパイロットが育たないんだと。どこでもそうだがまったく面倒な話さ、人を育てるってのはよ。教えている側も教わってる側も教えている間はそれが本当に効果があったのか分からねーんだ。実際に効果があったかどうか分かるのはその実習が終わって実際に敵が目の前に現れたときにはじめてわかる。実戦をしねー東和陸軍なら目の前にいるのは実弾を撃ってくるわけじゃねーアグレッサー部隊だが、うちの馬鹿の場合は相手は実弾を撃ってきたり法術を展開してきたりする。そん時にこれまでの訓練が無駄でしたじゃそいつの命はねーんだ。教えるこっちもそれが心配で仕方がねーよ」


 ランはらしくないと言うように肩をすぼめた。


「本当にお互い人を育てるのは大変ですわね」


 茜はそう言うとデザートのアイスクリームを口に運んだ。


「まあ気長にやるさ……事態は気長には待ってくれねーが。これがアタシの手持ちの戦力の限界なんだ。こればっかりはどーしよーもねー話だ」


 ランはそのまま周囲の関心を引きながら手にしたコートを纏めて持ってそのまま食堂から出て行った。


 そんなどこかはかなげな少女を茜はほほえみで見送っていた。

挿絵(By みてみん)

「本当にそうですわね……手持ちの戦力は限られていても事件はそれを考慮して起きてくれるわけでは無いですもの。できれば私の追っている人斬りと今回の事件が無縁でありますように」 


 茜はそんな独り言を残してステーキを食べ終えると、デザートを待つことなく立ち上がりそのままランの後を追って行った。



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