第53話 オレンジ色の切り札
アメリアは明らかに杉田がアメリアの思惑通りの言葉を口にしたことを確認すると糸目をさらに細めて柔らかい笑みを浮かべた。
「そんなに身構えられても私としては困るんですよね。同じ豊川署の署員じゃないですか……今のところは。別に任意の聴取のためにこの15人全員に出頭命令を出せなんて無理なお願いをするつもりは私にはありません。今までお願いしていた警邏隊の巡回活動をこの15人を重点的に行っていただければ結構です。それと……」
そう言って立ち上がったアメリアは部屋の隅の大きな箱に向かった。誠も見たことが無いいつの間にか置かれた上下1メートルほどの箱をアメリアが持ち上げようとした。
「ちょっと!そこの怪力二人!」
アメリアはいつものくだけた口調で誠とかなめに声をかけてきた。
「誰が怪力だ!」
誠はアメリアの助けに向かうが売り言葉で挑発されたかなめは叫ぶだけで立ち上がる気配も無かった。仕方なく立ち上がってそばまで行った誠はアメリアと箱を持ち上げようとしてみた。結構な重さと中に入った多くの小箱が箱の上から見えた。
「菱川精密機械株式会社……」
誠は隙間のラベルを見て読み上げた。二人で運ぶ大きな箱に杉田は興味を示しているようだった。
「これが……新型の演操術系法術反応対応の簡易型のアストラルパターンゲージです。街角にあるあれよりも効果範囲が狭いので持ち歩く必要があるのが難点ですが」
テーブルの横に箱を置くとアメリアはそのダンボール箱の中の一つの小箱から何かの測定機械のようなものを取り出した。その大きさは20センチ四方くらいで誠も大学の研究室で見た違法電波を測定する装置によく似ていたが、違いはアンテナのようなものが無いところくらいだった。それを見て杉田は興味を引かれた様に思わず立ち上がった。そしてアメリアは彼の興味深そうな瞳を一瞥した後その一つを取り出し開封した。
緩衝材に包まれた小型の弁当箱のようなものが誠の席からも見えた。そして渡された杉田はいくつかのモジュラージャックとディスプレイのついたアストラルゲージをまじまじと眺めた。
「これまでの順路を多少変えて、警邏隊にこれを持ってパトロールさせるくらいのことはできますよね?この程度の事で犯人逮捕につながるなら簡単な話じゃないですか?警邏担当の課長さんにはもうすでに話は通してありますが、その程度のことなら協力できるという話なんですよ。でも、ここは杉田さんの許可を取らないと杉田さんの立場が無いですよね?だから今お話をしている訳です」
これ以上は妥協できない。そんなアメリアの意志のようなものを感じる鋭い視線が杉田を捉えていた。
「ええ……そのくらいのことなら……それに警邏の方には許可を取ってあるんでしょ?それなら私はその事実を知っていれば特に問題が無いのは確かなんですが……」
そう言いながら杉田は珍しい機械を興味深げに見た。彼としてもアメリアの提案は呑めないものでは無かった。
「これでこれまでのすべての犯行現場で観測されたアストラルゲージの値と一致する人物を特定していただければ結構です。後はうちのお仕事ですから。ただパトカーにちょっと寄り道をしてもらうだけで事件が解決するかもしれない。簡単な妥協点ですよね?」
アメリアは妥協点としてこの事実を杉田に示して見せた。
「はあ……確かに……その程度の協力で済むのなら……警邏の責任者の許可も出ているのなら私には何も言えません……」
アメリアの自信に満ちた言葉に裏打ちがないことは誠には分かっていた。杉田は興味のある機械を眺めながら曖昧にうなずいた。
杉田の視線は興味深い機械に向けられていた。ただ黙り込み、じっと考えを巡らす老刑事にとってアメリアの提案は呑めないものでは無い。それでもそんなに簡単に15人から一人の犯人を特定できる装置が開発されていたなどと言う寝耳に水の話を信用していいのかどうか。
沈黙は長く、永遠に続くかに思えた。そしてその一つを手に取るとようやく心を決めたというように杉田は立ち上がった。
「それではその線で話を進めましょう……この機材は……持って行ってもいいんですか?」
杉田は興味深げに機械を見つめながらアメリアに尋ねた。
「すべてお持ちいただいてもよろしいですよ……なんでしたら運びましょうか?警邏課まで」
アメリアの表情にはいつものアルカイックスマイルが浮かんでいた。
「いえいえ……警邏課の若いのを呼んで運ばせます」
アメリアのサービス精神に杉田はきびすを返すとそのまま部屋を出て行った。先ほどまでイライラを溜め込んだ表情をしていたかなめがにんまりとタレ目をさらに酷くしていた。
「なに?その顔」
歪んだ笑みを浮かべるかなめを見てアメリアは不機嫌そうにそうつぶやいた。
「いいじゃねえか……それにしてもオメエにしてはよくやった。愉快痛快ってやつだ!」
かなめとアメリア。二人ともニヤニヤしながら席に戻った。カウラは何とか乗り切ったと言うように慣れない東和警察の襟の形を気にしながら席に戻った。
「これで一段落……と言うかしばらくはすることがなくなるわね。これからはあのアストラルゲージがいつ反応するかをこの部屋の端末で見てるだけ……退屈でしょ?かなめちゃんは特に」
アメリアはかなめを挑発するようにそう言った。
「そうか?いきなりドカンと本命にぶち当たるかもしれねえぞ。それにしてもこの機械……本当に使えるのか?演操術は中々見つけるのが難しい法術だってひよこの奴は言ってたぞ?」
かなめはあまりに話が上手く行きすぎているというような顔で機械を眺めていた。
「さあ……」
首をひねるアメリアにかなめは呆れた表情を浮かべていた。
「使えるかどうか分からない機械で何する気だ?」
思わず叫んだかなめの肩をアメリアが叩いた。
「いい?かなめちゃん。相手は今回、これまでのいたずらを超えることをやってのけた。違う?」
アメリアの表情がふざけたものから真剣なものに一瞬で変わった。
「まあな。人が一人死んだんだ」
しぶしぶかなめはそう言った。
「じゃあこれまで以上に警戒感が強くなってるわよね。当然身を守るべく法術を発動する可能性は高くなる。これも理解できる?」
子供をなだめすかすような調子のアメリアの言葉。かなめも筋は通っているアメリアにはうなずくしかなかった。
「そんなハリネズミのような心で武装した法術師が能力をビンビンに発揮して歩き回るところを地道な市民との協力関係を築いている豊川警察署の皆さんの情報網を使って目星を付ける。折角お世話になってるんだから県警を少しはあてにしましょうよ。そして十分な事前調査をした後には……あれの出番が来るかもしれないしね」
そう言って先ほどの箱の隣の黒いケースを指差すアメリア。そしてその姿から誠も中身が大体想像がついた。
「あの毒々しい色のショットガンですか?例の変な弾を撃ちだす」
誠はかえでのセクハラを思い出しつつそう言った。
「そう、それよ。低殺傷性のね」
誠の質問にあっさり答えるアメリアを見るとすばやくかなめが立ち上がった。慣れた調子でその一番上のケースを運んできてテーブルの上でふたを開いた。
「相変わらず派手な色ね。警察のも」
その蛍光オレンジで染め上げられたショットガンにアメリアは苦笑いを浮かべた。
「実弾入りと区別がつかないとどこでも困るんだよ。元々低圧の制圧弾やゴム弾を使用するんだ。実弾入りのショットガンと同じ色だと最悪バレルが破裂するなんてことにもなりかねないからな」
そう言うとかなめはショットガンを取り出しすばやくそのフォアエンドを握り締めて引いた。かなめの顔が何か引っかかるようなことがあるというように曇った。そしてそのまま同じ動作を何度か繰り返してから銃をまじまじと見つめていた。
「たぶん弾はここの装備課からの支給になるな。警察の銃器使用に関する各種内部書類を閲覧して見たがそう言うことらしい」
カウラの一言に手にしていた銃を抱えるとかなめは明らかに不満そうな顔をしていた。
「弾も警察持ちか?信用できるのかよ。弾のトラブルでバレルが破裂なんて洒落にならねえぞ」
かなめの言葉にカウラも複雑な表情を浮かべた。
「一応これも東都警察の借り物だ。違う系統の弾丸の使用許可など絶対に出ないだろうな。県警にも面子と言うものがある」
そう言うカウラを無視してかなめは銃を構える振りをした。その表情は冴えなかった。
「確かに技術部の連中の選んだ弾なら信用できるけど……元々こういう非殺傷銃器の扱いなんて扱い慣れない素人の千要県警の下っ端のこの署の銃器担当者の選んだ弾でしょ?いざと言う時不発で泣くのは私達だからねえ……」
アメリアの表情も冴えなかった。誠はわけも分からず目の前に置かれたオレンジ色の塗装が施されたショットガンを眺めていた。
「そんなにトラブルとかが多いんですか?低殺傷性の銃弾って……」
銃については軍人失格の誠にはそう言う事しか出来なかった。
「オメエははじめはリムファイアの22LRのグロッグを使ってたからな。遅発、暴発当たり前のあれよりはマシだと思うが……」
かなめはショットガンをテーブルに置くとそのまま座って分解を始めた。
「元々低圧力での作動ということで調整されているはずだけど……場所によってはただ色を塗っただけのを支給しているところもあるのよ。そう言うのでセミオートで撃てばバレルの破裂は大げさとしてもガス圧が安定しなくて……」
アメリアはまるっきり銃を信用していないというようにそう言った。
「排莢不良ですか?それとも……不発?」
ただでさえ射撃にアレルギーのある誠には銃の誤作動などもってのほかだった。
「両方だね。銃で問題になるような出来事はいくらでも起きうる。うちのメンテナンススキルは伊達じゃないんだ。お前さんのグロッグもモーゼルパラベラムも気難しい銃のわりにしっかり動いてるだろ?奴はその程度のことはやってのけるのさ」
珍しく人を褒めるかなめを見て誠は小火器担当の下士官のごつい顔を思い出していた。
「それじゃあ今回もうちに持ち帰って整備してもらうんですか?警察の銃器は信用できないですから」
誠は射撃訓練すらろくにしていない県警の実情が分かってきていたのでそう尋ねた。
「神前。そんなに気にするな。とりあえず手動で対応すれば不発はそのまま無視して排莢すれば問題ない。たしかに隊に持ち帰って動作確認くらいはした方が良いかもしれないがな」
カウラはすっかり警察の銃器を信用する気は無いようだった。
「カウラ。甘ちゃんだぞ。相手は追い詰められて必死の演操系法術師。どうなるかなんて読めないんだからな。こんなもんで足りるかどうか……県警も港湾施設警備や空港警備の機動隊はサブマシンガンを使ってるはずだ。そっちを借りるか?」
かなめの顔はいつもの残酷さを帯びたまま手慣れた様子で銃を解体していく。
「どう、かなめちゃん」
アメリアは銃器に関してだけはかなめの事を信用していた。
「見たところ油はちゃんと注してある……っていうかこいつは一回も撃ってないな。グリスに汚れがまるでねえ……しかも部品のエッジが立ってやがる。慣らしでもやらないとどうなるか分からねえぞ」
かなめは不安げに銃を何度かドライファイアしながらそう言った。
「勘弁してよ……こいつをセミオートで撃ったら絶対トラブル起こすわよ。これはポンプアクションも可能なモデルだから良かったけど、これをセミオートで撃つなんてことは自殺行為よね」
あきれ果てたというようにアメリアは天を仰いだ。
「ならポンプアクションのみで対応しろ。使えるものは使えるように使う。それが遼州圏の常識だ」
カウラはどこまで行っても合理主義者だった。
「冷たいのね、カウラちゃんは」
アメリアはそう言うと自分の銃をまじまじと眺めた。
「犯人の特定は人任せ。特定できても獲物はこれ。できれば今回の犯人も本当に自首とかしてくれないかしら」
アメリアはそう言ってポケットから取り出した銃器用の携帯工具入れを取り出した。そしてそのままかなめが指でこじ開けた銃身の下にある弾倉部分を開きにかかった。
「アメリア!無責任なことを言うな!犯人が向こうからのこのこ出て来るなんてそんなに簡単に話が済むなら警察はいらねえな!アタシもこんなかび臭い部屋に押し込められるなんて言う酷い目にも遭わずに済んだ!そこんところを考えてものを言え!」
警察官の制服を着ているかなめがつぶやくと誠から見てもかなり滑稽な光景に見えた。




