第52話 分かりたくない男
「容疑者は計15名……ですか。司法局は法術以外にもいろいろ魔法が使えるみたいですね。深くは詮索しませんけど……その際に色々面倒ごとが起きた場合には私は責任は持てませんのでその件はそちらで処理してくださいね……、ああ、皆さんはそれを知っててこれを出してきたんですか。なるほど『特殊な部隊』と言われる訳だ」
豊川署の連絡係である杉田と言う老刑事はどうにか言葉を絞り出したと言う体でつぶやいた。
それまでなんとかこの15人の共通点を提示して見せたカウラの言葉を杉田は黙って聞いていた。そんな彼女の苦労に誠はただ黙って賛辞を送るだけだった。だが明らかに杉田の表情は気に入らないことばかりという風にしか見えなかった。
狭い元物置の豊川警察署の誠達の詰め所。空気はどんよりと重い。情報将校の自治体のサーバへのハッキングの事実がこのデータを裏付けているとは言うわけにもいかず『同盟厚生局の資料』と言う言い訳で何とか説明しようとしたが、明らかに杉田は胡散臭い目つきでモニターを動かすカウラを眺めていた。
「さっき説明に出てきた同盟厚生局の資料から絞り込んだという話ですけど、同盟厚生局がどんな資料を持っているか知りませんが……そんなよく分からない資料で絞り込んだ15人を名指しで指定して捜査を進めろと?確かにこれだけ絞り込むなどと言うことには我々には無理ですが、先ほどの説明程度のことで人員を割いてくれと?ただ、そうなるには根拠が足りない様にしか私には聞こえなかったんですよね。話になりませんね。馬鹿馬鹿しい」
そんな杉田の一言にかなめが飛び掛かりそうな勢いで立ち上がろうとするのをアメリアが何とか制した。しかし誠にもかなめの気持ちはよく分かった。
「もうすでにこの事件では犠牲者が出てしまった。県警はそれを防げなかった。この事実は消しようが無い。それとも県警はこれからも犠牲者が増え続けるのを黙って見ていろと言うのか?それでは我々は何のためにこの部屋に居るのだ?この扱いと今後の県警の対応策によりどれだけ犯人逮捕に近づくことができるかの具体的根拠を私にも納得できるような形でお聞かせ願いたい。それが出来なければ貴様の言っていることは単なる組織を守るための愚痴だ。そんな愚痴を叩くために千要県警は存在しているのか?それなら警察なんて必要が無いと言うことだな。県警の幹部組織は不要だが、その組織網は我々も有用だと考えているから県警は今すぐ警部以上の階級の警察官を全員免職して残りの人員を司法局の管理下に入れるべきだ。そうでなければこれからもこの犯人やそれに続く同種の法術犯罪者を野放しにすることになる」
感情的になることの少ないカウラが怒りを抑えるようにしてそうつぶやいた。
「随分とまあ思い切った組織改革の提案ですね?それが同盟機構による東和共和国への内政干渉に当たることで、同盟機構の職員であるあなたがそれを口にして東和共和国の公務員である私がそれを聞いた……ああ、私も問題を複雑にして何の得にもならないことは分かっているのでその事は聞かなかったことにしておきましょう。まあ、あなた方が出してきた資料は出どころはともかく有益に見える。それは分かっているんですが……万が一、この資料が正しいとしましょう。それではこの15人を呼んで任意で聴取を取るとして、根拠は何ですか?うかがった限りではその呼び出しをかける資料が同盟機構の持ち出し禁止の資料らしいじゃないですか?そんなものに頼って呼び出したところで弁護士を立てられたら即、任意聴取は打ち切りですよ。それに出来ても任意の聴取。しかも確実に後々に問題になりそうな根拠による聴取を我々にしろと?実に無責任極まりない話ですね。ただでさえ裁判所は最近のあなた方司法局や我々警察の法術師の予防検束的な態度に苛立っている。その状況下でこんな証拠で……話になりませんな。とても署長の……いいえ、県警本部長の許可が出るとは思えない」
杉田はまるで話にならないという口調でそう言った。
「そんなことは最初から分かってんだよ!人が死んでんだ!証拠なんざ後でいくらでも用意する!犯人の特定が出来ればそいつがどこにいたかが分かる!そこに街角に設置されているアストラルゲージのパターンが一致すれば物理的証拠も揃う!その為に国は予算を割いてアレを設置したんだろ!あんな便利なものがありながらその使い方ひとつわからねえ県警の連中が全員無能だってだけの話だ!」
かなめはあいまいに首を振り続ける杉田の態度についにキレて机を叩き折ってしまった。その轟音と迫力でさすがの杉田も飛び上がってあとずさった。杉田を殺気を込めた瞳で睨み付けるかなめの前にさっと出たアメリアがかなめの壊した机をそのまま脇にどけた。そして何事も無かったかのように元の椅子に戻った。
「確かに。私達も起訴が難しいことは十分予想していますよ。でもね、杉田さん……もしこの事件の犯人に興味を持つ人物が悪意を持ってこの15人の中にいるだろう犯人と接触を図ったとしたらどうします?いいえ、別にその人物が犯人である必要は無いんですよ。その悪意ある人間にとってこの15人の人物の法術発動時に発生するアストラルパターンにこそ興味があるところなんですから。私は今、この15人に接触を取りたがっている人物を悪意ある人間と言いました。その人間がどんな手段を取るかまでは言っていません。ここで、豊川署を揺るがすような強引な手段にその悪意ある人間が出た場合……杉田さんはそれを防げなかった責任なら取ることができると判断してもよろしいんですね?あなたの経歴を見させていただきましたが……ああこれは合法的な手段を使ってですのでご心配なく。あなたは私が言う悪意ある人間については相当知識をお持ちだとか……そうなると彼らが最悪どんな手を使うかに関しても精通されているはず……違いますか?」
アメリアはその通称『伝説の流し目』と呼ばれる色気のある視線を杉田に向けた。こういう時はアメリアは悪いことを考えているものだった。
「クラウゼ中佐……いや、警部。言っている意味が分かりませんが……悪意ある人間?どんな人間がいるんですか?そこのところを具体的に言ってもらわない限り私には理解は出来ません。それとその時に彼らが取るこの署を揺るがすような手段とはどんなことでしょうか?それが分からない限り私の独断ではなんとも……」
杉田の表情が明らかに曇っている。誠は直感した。杉田はアメリアの言うことが分からないんじゃない分かりたくないんだと。事実、杉田の手元の湯飲みに伸びる手は震えていた。アメリアは当然のようにたたみ掛けた。
「杉田さん。私はあなたはそれほど愚かだとは思っていませんよ。分かりませんじゃなくて分かりたくないって意味なんじゃありませんか?先ほど申しあげたとおり私はあなたの経歴を存じております。たしか以前は東都警察の外事課に居られたとか……そうなると、この15人に他国勢力の接触が予想されることぐらいの事は当然頭に入ってらっしゃるんですよね?犯罪者とは言え東和の国民が他国勢力に利用され、東和の不安定化の道具にされる状況を黙って見ていろとおっしゃりたいわけでは無いですよね?地球圏の国々は核を使うことをためらわない人間を指導者として崇め奉るための選挙により選ばれた民主主義国家です。核の一つを使うことに何のためらいも持たない人達がどんな手段を取るかなんて、そういう種類の人間の行動を常に把握して時にその暴走を止めてきたあなたと違って私に想像がつくわけが無いじゃないですか?違います?」
アメリアの流し目が凡庸な顔立ちの杉田を捕らえた。しばらく目をそらし、頭を掻きながら杉田は考えた振りをしていた。その様子がさらにかなめをいらだたせて立ち上がる口実を与えた。そして当然のように驚いた杉田が椅子を後ろに下げた。
「地球圏の有力国家は置いておいても、実際前の『同盟厚生局事件』を見れば分かるように同盟加盟国にも法術の違法利用を推進する勢力が居るのは事実ですし、ゲルパルトの非合法テロ組織やベルルカンや東モスレムのイスラム至上主義勢力による法術師の覚醒実験や取り込みの動きがあるのはご存知ですよね?彼らが15人の存在に気付いた場合、彼らに法律的に何の問題にもならない穏やかで穏当な取引によりその15人に協力を求めるという平和的な勧誘活動を行う人種だとあなたは予想されているのですか?外事課で彼らのやり方を知っているあなたならそんなことは有り得ないと即答すると私は思っているんですが違いますか?彼等にとってはレアな法術師は戦力として喉から手が出るほど欲しい。そうなると当然……杉田さんがそれほど愚かな方とは私は思えませんが……捜査協力を断るのであればそれに対する対応策を私が納得できる形で提示していただくのが当然の話だと思うんですけれども……私は間違っていますでしょうか?」
アメリアの落ち着いた言葉遣いに何とかかなめにおびえる心を奮い立たせるように杉田は椅子を元に戻した。
「しかし……それはいかにも話題が飛躍しすぎのような……」
杉田がそんな言葉を口をにするところでアメリアはそれを制するように言葉を続けた。
「現在、私達同盟司法局でも他者の法術適正を発動させると言う今回のような能力を持った例を確認してはいません。我々にとってもまた今回の容疑者の能力はきわめて興味深いんです。それはどの組織にとっても同じことだと言うのが専門家の一致した見解です」
『専門家の一致した見解』と言うアメリアの言葉に鬼の形相だったかなめが思わず噴出しそうになった。単にここに座っている誠達と嵯峨の意見をそれらしく修飾した『専門家』と言う言葉。その意味を知って必死に笑いをこらえているかなめの姿がおかしくて誠は思わず噴出したが、冷酷そうに見えるアメリアの細い目ににらまれて誠はそのまま黙り込んだ。
「つまり……法術に関心を持つ組織が本当に実在するとして、彼等がこの15人との接触を図ると言いたいんですね?それなら理解できます。確かにその事態は大きな問題になる可能性がある……実に問題だ……」
さすがにここまで言われて杉田は苦々しげに話の序の口に当たる前提条件をようやく認めてみせた。彼も警察組織の一員である。法術師を研究対象として集めている組織が多数あることも杉田は知っているだろう。集める手段も多額の報酬を払っての自発的協力から誘拐まで様々あることも十分分かっているはずだった。
それでも治安の守護者である警察が勝手気ままにテロ組織や他国の工作員に自分の庭を荒らされている事実を、身内ではない司法局に認めるわけには行かない。そして組織人である杉田もまたその事実を自分の口から吐露することだけは避けたいというように表情をゆがめて座っていた。
「本当にそんな組織が実在するかどうかだって?認めたく無いのは警察だけだろ?いい加減みとめろよ!オメエは今回の事件を甘く見てる!」
また怒りがふつふつと煮えてきたのかかなめがつぶやいた。その言葉に杉田は不快感を隠そうとしなかった。カウラはかなめの肩に手を伸ばすがかなめは心配するなと言うようにそれをふりほどいた。
「別にそれらの組織に対する警察の内偵の実情まで知りたいわけではありませんから。それに東和警察お得意の別件逮捕や予防検束をお願いするつもりは無いですよ。人手を必要とするような戸別訪問も必要ありません。我々に与えられた時間は少ないですが……司法局は警察の面子をつぶすのが仕事ではありませんから……私がお願いしたいことは本当にちょっとしたこと……ええ、ほんのちょっとしたひと工夫をお願いしたいだけなんですから」
アメリアの言葉に杉田は大きく安堵のため息をついた。それを見てまたかなめが噴出しそうになっているのが誠の腹筋を刺激した。




