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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第二十三章 『特殊な部隊』と罪を認めない者

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第51話 無罪の殺人者

 四月から始まる法科大学院の授業に向けて、水島徹は勉強に抜かりが無かった。


 自分の年齢から考えれば後がないのは分かり切っている。法学部卒業直後に入学して来るであろう、世の中を知らない大学生から白い目で見られることを十分想像しながら、それでもその上を行く知識と学習意欲で弁護士資格を取ってしまえば何の問題にもならないという意識が水島を叱咤して机に縛り付けていた。


 元々今度入学する明法大学より格上と思われているが大学同士の交流が盛んな馬場大学の社会学部出身と言うこともあり、時には明法大の法学部のノートを見せてもらったこともあったので、私学最高峰で一部の学生にかなりの有力者の子女が多く派手な馬場大と違い、地味な学生が大学に入るとはじけて馬鹿をやるということが多いという明法大の雰囲気もなんとなくつかめているような気がしていた。


 とりあえず初歩的な憲法を中心とした研究書の気になったところにラインを引いていく作業を続けている。そんな彼の隣ではテレビが音も無く光っていた。とりあえず勉強の合間にちらちら見る。それが昔からの水島の勉強法だった。そしてそこに先日の異常な法術を展開して腕が取れるのを目撃した自分の能力の被害者の姿を見て少しばかりその手を休めた。

挿絵(By みてみん)

「死んだのか……そうか、死んだのか……。俺のせいか?俺のせいなんだろうな。ただ、それを立証できるだけの証拠があればの話であってあの時あの場に俺の法術を察知できる人間は一人もいなかった。つまり、あの若者の死に俺が関係したという具体的証拠は一つも無いということだ。つまり、警察は俺を捕まえることはできない。例え捕まえられて俺が自白を強要されたとしても、それは裁判所で検察の不手際と言うことで俺は間違いなく裁判では無罪になる……結局は俺は何も悪いことはしていないことが社会的に証明される……俺は悪くない」 


 あの名前も知らないアメリカ軍の関係者を名乗る少年からその事実を知らされてから二日。水島は自分が人殺しになったという実感が沸かなかった。実際、あの時は水島にすれば異常な法術の力を制御できずに慌てていたのは事実だった。それまでのパイロキネシストやテレキネシス系の能力者を操るときのように思うがままに操縦ができない感覚。発動する瞬間のまるで意識をそのまま持って行かれるような感覚がまだ頭から離れない。


 それは本当に初めてで予想ができなかった感覚だった。近くにいたテレキネシス能力者の脳を通じて感じた被害者の感じた驚き。そして突然訪れた激痛とそのまま自然に叫び声と全身の筋肉が硬直していく感覚が頭の中に流れ込んできてしばらく動けなかったことを覚えていた。


 そして周りの傘を手にその状況を見守る通行人の恐怖と困惑の思念の流入の中にいつも法術師を見つけた時の引っ掛かりが一つも無かったことだけは水島には確信していた。


「確かに、法的には俺は人殺しではないかもしれないが、物理的には俺も立派な人殺しか……法律家になる資格は有るのかね、俺に……でも、法的には殺人ではなく、物理的には人殺しであるという自分の状況を客観的に観察できるということはその資格があると言えるのかもしれないな」


 水島は罪悪感とそれに反発するような法律や裁判制度が生み出す自分が無罪になる可能性が限りなく高いという事実の間で自問自答を繰り返した。


 あれは人の能力を使ったとは言え殺したのは確かに水島である。その罪の意識が水島を苛んだ。ただ、それは自分の力ではなく、その力を水島が操ってその状況を作り出したと証明することがほぼ不可能であるという事実がその罪悪感を水島から消し去るという状況が際限なく続いていた。

挿絵(By みてみん)

「あんなことになるとは思わなかったんだ……あんな力が有るなんて知らなかったんだ……そう、その事実を予想できる人間は一人もいない。そしてその推測によって俺をその事件の犯人であると決め付けて罰を与えられる人間もこの宇宙には一人もいないんだ」


 水島は言い訳がましくそう言うと参考書を閉じた。そして座椅子を寝転ぶ位置に変えると天井を見上げた。


 真新しい天井にはすでにいくつかシミが浮いていてこのアパートが手抜き工事で出来たありあわせのものだということを水島に思い知らせた。


「俺の能力もありあわせのもので十分なのに……欲しくもない力。力の存在があると知った時から力の認識と行使を行うようになった力。そもそもその力の存在が隠されていた時代に俺と同じ力を持ってその力を使った人間が居たとして、そいつ等はどうなったんだ?間違いなくそいつ等はいまでもこの社会で何も悪いことはしていないという顔で普通に生活を送っているはずだ……。ああ、そいつにも法術適性は有るはずだから俺みたいに会社を首になって日雇いのアルバイトでもしているのかね?」


 水島はそんな独り言を吐いた。そしてそんなタイミングの悪い時代に生きている自分が不運なのか幸運なのか分からなくなっていく自分を思い苦笑を浮かべた。


 罪悪感とそれを消し去るような理論の応酬が脳内で際限なく続く中で、水島は気分を変えることができなかった。そのまま手元にあった携帯端末で半年前の法術の存在の発表と同時に制定された法術使用適正化法の文面に目を通す。

挿絵(By みてみん)

『第六十三条、許可無く法術を使用した場合には科料を課す』 


『第九十二条、法術の発動の責任は発動した法術師が負うものとする』


「これは違法法術展開罪が適用対象だな。俺はただ……あそこで物理的な証拠が残る法術発動は俺はしていない。確かに俺が法術を使ったのは事実だが、それを証明する証拠は一つも無い。俺は物理的には何もしていないのと一緒だ。俺が殺したんじゃない。物理的には、証拠的には、法的には……」 


 思わず独り言でも言い訳をしていた。水島は偶然清掃員の女性の頭の中を覗いただけだった。それが違法な法術発動であることは確かに彼も認めざるを得なかった。だが青年の腕を切り落とした能力を発動したのはその清掃員の女性なのであり自分では無いと言い聞かせた。


 水島は何度となく法律の文面を口の中で小声で繰り返した。


「大丈夫。俺は悪くない。俺は人殺しじゃ無い……あれは既にあんな力を持っているあのおばさんの犯罪であって俺の犯罪では無いんだ。俺はただの傍観者だ。そのきっかけを作ったのは確かに俺だが、その証拠は何一つないのだから」 


 言い聞かせるだけ惨めになるのは分かっていた。それでもそう言い聞かせなければそのまま中断していた憲法の授業の予習に入れそうになかった。いや、そんな自己暗示のような無駄な努力をしてもしばらくは勉強などできる気分にはなれそうになかった。


 自然に水島の考えは仕方なくあの自分の能力を買っているらしいアメリカ連絡事務所付きの武官を名乗る少年についてに移っていた。まるで見下すような笑みを浮かべて水島を見つめるどちらかというと線の細い少年に何が出来るのだろうか?彼は水島を必要としているという。法律が想定していなかった特殊な能力を買うというにはあまりにも頼りない存在に見えた少年の不思議な存在だった。


 少年の言葉も正直、昨日の闖入が無ければ信じてはいなかった。


 閉ざされた部屋の中に少年は突然現われた。そして少年はそのままあの清掃員の女性が作り出したのと同じような銀色の平面の中に飲み込まれて消えた。まるで異次元への入り口を作り出したかのような少年の能力。その力は水島のこれまで聞いていた法術の能力のどれとも違うものだった。自然と彼の心臓の鼓動が恐怖に高鳴っていくのが感じられた。

挿絵(By みてみん)

 テレビのニュースが切り替わり天気予報が始まった。それを見ると再び水島はもうやる気は出ないことくらい分かっていたが、無理矢理起き上がって参考書に目を落とした。


 文字が見えなかった。


 自分が殺人者だと指摘する理解不能な力を持った少年の存在が気になって勉強に集中できない。何度となく少年の言葉の中の『死』という言葉が頭の中で繰り返されていく。元々、友人を作るのが苦手で孤立しやすいところからリストラを食らった自分の人生を考えると、人の死に出会ったのは父が去年全身に転移したガンで死んだ時くらいの記憶しかない。


「簡単に死ぬんだな、人は……そう言えば『近藤事件』で演説をした司法局所属のシュツルム・パンツァー部隊の指揮官のクバルカ・ラン中佐とか言う女の子は自分は不死人だと言っていたな。つまり、世の中には死なない人間もいるわけだ。あの死んだ若者も、不死人だったら死なずに済んだ。つまりは、あの若者が運が悪かったというだけの話だ。俺は何一つ悪くない」 


 まるで水島の学生時代にこの惑星遼州を覆った大戦の時の甲武あたりの将校が言いそうな台詞だと自分で言っていて思った。水島の母国、この東和は戦争の惨禍とは無縁な国だった。むしろ学生時代は甲武向けの加工食品の工場でバイトをした時の景気のいい話ばかり思い出した。


 8年前に起きた甲武での内戦で発生した食糧生産コロニーの停止により東和に要請された食糧支援要請により缶詰工場は通常の人出では足りずに割のいいバイトとして学生には人気のバイトだった。内戦と言う国の方針をめぐり簡単に殺し合う甲武の元地球人たちに恐怖を忘れるための冗談をかわしながらひたすら加工肉を缶に詰め込む作業をしていた学生時代を水島は懐かしく思い出した。


 そんな簡単に人を殺して自分の意思や利益を確保して喜ぶ地球人とは違い人の死とは無縁だった水島が初めて見た突然の死。それが自分でもコントロールできない能力との遭遇による事故だといくら思い込もうとしても無理な話だった。絶え間なく訪れる不安感が水島を襲った。どうにも耐えられずにただじっと放心するほか無い。


「人が死んだんだ。もう警察は動いているだろうな……でもこんな能力はそう無いんだ……法術犯罪で違法発動が決められている力にはこんな力は無いし……無能なこの国の警察に俺を止めることは出来ない。そもそも俺にそのきっかけを作ったということを連中は証明できない。つまり俺は無罪だ」 


 もう何度目の自問自答だろうか。明らかなのはすでに自分は勉強をできるような心理状態では無いことだけだった。


 水島はそのまま立ち上がると押し入れから布団を取り出しにかかった。

挿絵(By みてみん)

 睡眠という仮の死だけが自分を解放してくれる。そう思うほかに水島は今の不安感を解消する術を知らなかった。



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