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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第二十二章 『特殊な部隊』の汚い部隊長

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第50話 悪党は静観していた

「隊長は悪人だな……神前の野郎、意外と脇が見えるようになってきやがった。今回の犯人がこの銀河で今どう見られているかと言うことは隊長並みの認識を持ってるみたいだぞ。アタシとしても毎日30分社会常識講座の時間を設けた甲斐があるってもんだ。ただ、それでも不十分……というか、あの言葉は最初にアメリアかカウラ当たりが言わなきゃならねー言葉だったというのが隊長の望みなんだろ?あの二人は可能性は分かっていたが、口にすることを本能的に恐れていた。その点、何にも世の中の仕組みを知らなかった神前はそう言うことへの恐れが少ないから最初にその事実に気付いた段階で口にした。そー言うことなんじゃねーの?」 


 早朝、まだ部隊には人影は少ない。そんな中『ゴミ屋敷』の異名のある司法局実働部隊隊長室で通信端末の電源を切る嵯峨惟基の姿があった。それを横目で見ながら機動部隊隊長であるちっちゃなクバルカ・ラン中佐のにやけた顔がある。自宅の六畳一間のボロアパートに帰るのが面倒くさいという理由で嵯峨は大概隊長室の寝袋で過ごすのが日常だった。


 ランとしては豊川署に出向させた四人の中で一番自分が手を掛けている誠が最初に自分達が置かれた状況を正確に言葉に出来たことに十分満足だという笑顔を浮かべていた。


「まあな。お前さんの教育のおかげで考え方は神前もだいぶ合格点に近い所まで来てることは分かったのは収穫だよね。アイツもこれまで数字と趣味にしか頭を使わなかっただけであって、社会知識も一つ教えれば十理解する程度の頭はあるんだ。でも他の女三人……あいつ等も少しは成長してもらわにゃならないよね。特に神前があんだけ成長しているのに自分は……と言う危機意識を持ってくれると上司である俺としてはうれしいね。さっきの神前の状況分析でアイツは意外と伸びるというランの見立ては間違いないことは分かった。それでもいざ、一人で物を考えて事件を回せるような使い物になるのは五年先か……十年先か……」


 そう言うと嵯峨は口にしていたスルメを噛みしめながら甲種焼酎の入ったクラスを口に運んだ。


「そりゃあまあ、随分と気が長い話だな。確かにアタシや隊長みてーな不死人ならではの発想とは言えるが……そこまであの『廃帝』やネオナチや地球圏の連中が待ってくれる保証はどこにもねーぞ」


 嵯峨のいかにも気長な誠の成長計画にその実施者であるランは抗議を込めてそんな嫌味を言った。


「そんなことは俺も分かってるの。でもそんな神前の足りないところを補うために、お前さんは副隊長と神前達の直属の上司の機動部隊長を兼任しているんでしょ?ちゃんとアイツ等が間違ってる時は口をはさんで治してあげなきゃ上司失格だよ。神前も今はただの『駒』だが、アイツも考えることを覚えれば相当なものになる。俺はそう踏んでるよ。その点はお前さんのアイツの査定にそう言う期待の言葉があったのは俺も見てるし、だからこそ俺はあの査定にシャチハタ押したんだもん。俺のシャチハタは適当に押してるってランはいつも言うけど、俺は速読家だからそう見えるだけで、報告書なら抑えるべきところを抑えているかと言うところだけは俺は見落とさないんだ。確かに、神前の報告書はどうでもいい話が多くてまだまだ本来書いていなきゃいけないことが抜けている状態なのは事実だけど、それも日に日にマシになってる。どうだ?俺はお前さんが上げて来る書類にはちゃんと目を通しているって理解してくれた?」 


 嵯峨は朝から焼酎を飲みながらスルメをつまみに一杯やっていた。


「意外に神前の奴を買ってるじゃねーか。これは意外だった。隊長はアイツはただのおもちゃとしてしか見ていねーと思ってたわ。事実、アイツには隊長は助言らしい助言なんてほとんどしねーし。隊長は助言するのはあの中では自分の後釜に据えるつもりのアメリアにだけじゃねえか」 


 そう言いながらランは手元で器用に作っていたココアの中にお湯を注いだ。ミルク無しでは飲みたくないと言うように嵯峨はランが入れてあげたカップから目をそむけて立ち上がった。

挿絵(By みてみん)

「アメリアが俺の後釜?それは俺も考えてるけど、今の成長度だとかなり不安だな。それに神前の成長株なのは確かだけど、俺から言わせると遅すぎる。気長にもなるもんだぜ。これじゃあ百年経ってもおむつのまんまだ。俺の部下に『駒』は必要ないんだよね。自分で考え自分で行動できる『戦力』が必要なの。部下ってのを『駒』として見る人間はそいつの命や生活なんてまるっきり考えない非情な命令を出して使い捨てにする。だから考えない『駒』であった方が良心が痛まないから都合がいい。でも、俺は違う。俺は俺の部下には俺が倒れてもこの『特殊な部隊』の俺の席に座っても問題の無いレベルになることを求めてるからね。いずれは俺の代わりを務めるかもしれない人間を捨て駒になんかできないよ。そうしたら自分自身もいつ捨て駒にされるか分からないんだから」 


 嵯峨が伸びをするのを見ながらランはぬる目のお湯でココアを溶いたものを口に含んだ。


「美味くないだろ?味にこだわる中佐殿の顔を見れば分かる。今はまずいものを口にした時のお前さん特有の顔だ」 


 嵯峨は朝から飲酒する上司に対する嫌味のつもりでココアを飲むランに向けてそう言った。

挿絵(By みてみん)

「えー、まー。ただ喉が渇いたから飲んだだけだ。味なんか期待してねーよ。オメーの飯と今飲んでる焼酎と同じだ」 


 咳き込みながらつぶやくランをにんまりと笑いながら嵯峨は眺めていた。


「でも本当にゲルパルトのネオナチや『廃帝』は動かねーのか?連中も今回の奇妙な法術師の情報を知らねー訳がねー。ネオナチにとってはまさに『駒』にするのに最適な存在に見えるだろうし、『廃帝』は法術師集団だから勝手に自分の力を使われるのは面白くねーはずだ。神前の見立てじゃどちらも動くというが、隊長はまだその兆候は見えねーという。でも、それがブラフでねー証拠はあるのか?」 


 ランの問いにしばらく考えた後嵯峨は椅子に腰掛けて目をつぶって腕組みをした。


「ナチの連中については現在数名の法術師を抱えてその調整にてんてこ舞いだと言う情報があってね。それを考えれば元々遼州人を信用しない連中のことだ。手を出す可能性は少ないな。それに対して『廃帝ハド』の配下は法術師集団だ。人に自分の力を使われるのは面白い話じゃないだろ?動くとしても自分の力を完全制御可能なクラスだ。そうは数を揃えられないさ……ただ、情報収集程度……本格的な動きは無いと思う。たぶんアイツ等で対応可能なこの東都で動き回ってる法術師である北川公平と桐野孫四郎の二人を動かすのが関の山だろうね。それならこちらの出す法術師は神前一人で十分……と言う状況になってくれないと俺としても困るの」


 そう言うと口寂しいのかそれまで無視していたランの入れたカップに手を伸ばした。すぐに顔を顰める嵯峨。その表情が面白くなってついランは吹き出していた。 


「っふ!っと……冗談はこれくらいにしてと。それにしてもずいぶん楽観的な話だな。ネオナチの連中の場合は隊長の好き嫌いの問題だろ?アイツ等だって情勢分析ぐらいしてるんじゃねーのか?それこそ隊長のゲルパルト観がにじみ出てんよ。いつも情緒で政治を語るのは最悪の馬鹿野郎と言っている口から希望的な観測が聞けるとは……こりゃあ傑作だ」 


 そんなランの皮肉に嵯峨は苦笑いで答えた。


「俺だって連中が介入しない確証は欲しいんだけど……それほどはっきりと動きを見せてくれるほど甘い連中じゃないしな。そして俺は地球勢力については何も言ってないぜ?地球圏はどっかが動いてるはずだ。ただ、その証拠がまだ俺の手元には届いていない。憶測で物を言うのは若者の特権と言うことで俺みたいなオジサンは目で見た現実しか話さないもんなんだ」 


 嵯峨はそう言いながらゆっくりと二杯目のココアを口に含むランを見つめていた。


「隊長、さっきからアタシの顔をじっと見てるみてーだけど……もしかして飲みたいのか?」 


 ランの問いに嵯峨は大きくうなずいた。


「飲ませて。焼酎もスルメも腹の足しにはならないんだ。ココアなら糖分があるから腹が膨らむし」 


 嵯峨の月3万円生活のもたらす甘いものの魅力にあっさりと嵯峨は負けた。


「じゃあさっきまでみたいなひどい顔はすんじゃねーよ。それは食通で売っているアタシへの侮辱だ」 


 ランはそう言うと渋々嵯峨が差し出すカップを受け取った。


「地球勢力の動きは……あるんだか……ないんだか……まあ十中八九動いてはいるだろうが俺の情報網に引っかからないんだ……うまく動いてやがるのか、連中がツイているのかどっちかは知らないけどね」 


 カップに注がれるお湯を見ながらつぶやく嵯峨の表情に喜びが差した。それはすぐにランに見つめ続けられることで先ほどのココアの何かが欠けた味を反芻しているように歪んでいた。


「国内の主義主張のある連中の公然組織に動きがないのは確かだけどよー……裏では相当動いているんじゃねーの?」 


 ランはそう言いながらココアを不味そうに飲む嵯峨を見守っていた。

挿絵(By みてみん)

「当然だろ?連中も慈善事業じゃ無いんだから。自分に利益になると分かればすぐにでも飛びつくような連中だ。今回の奇妙な法術師は使いようによっては最強の『駒』になる。そのくらいのことは誰にでも分かることだよ」 


 嵯峨はランからカップを受け取ると静かに薄いココアをすする。そして再び顔を顰めた。


「地元の利のある神前等だって今回の犯人の目星がついちゃいないんだ。もし今回の犯人がいたずらをしようとする現場に出くわしでもしない限り神前達の方が先に犯人に巡り会うことになるさ。そんな事が起きたらそれこそ俺としては今回の事件はお手上げだね……俺は『策士』だが、『神』じゃないんだから。まあ、そうも言ってられないのが司法執行機関の隊長の悲しいところなんだけどさ」 


 そう言いながら嵯峨はさすがにしばらく休むというようにカップを遠くに置いた。目を何度もパチパチと動かし、ただ黙ってランを見つめていた。ランはと言えばようやく口に慣れてきたココアをゆっくりと啜っていた。


「ああ、それにだ」 


 嵯峨は気がついたように自分の金属粉で覆われた机の上に汚れるのもかまわず身を乗り出してきた。


「なにかあるのか?」 


 ランは嵯峨の言葉に少し不思議に思いながらそう尋ねた。


「接触ができたところで法術師を山ほど抱えている『廃帝』と法術研究に一日の長のあるアメリカさん以外はそう簡単には手は出せないさ。貴重な法術師が能力が乗っ取られて暴走しましたなんて言ったら目も当てられない。法術師はどこでも今のところはVIP待遇だ。そんなVIPを危険にさらす訳がない。となると、接触されると面倒なのはその二つ。コイツ等がこの事件の犯人と接触したようならかえで程度には動いてもらわないといけない可能性がある」 


 確信があるという嵯峨の目。ランは首をかしげつつ、それまでになく目を輝かせている自分の上官を見つめた。


「アイツを動かす?物騒な話だな。そこまでデカい話になるのか?」


 ランの問いに嵯峨は確証を込めた言葉で答えようとした。


「法術師の力を操る化け物が相手だ。相当の手練れが動くならそいつは自分の能力を組織で高く評価させるためにすぐには実力行使には出ない。もしその時返り討ちに遭えば自分の評価ががた落ちになるからな。法術師をさっき言った『駒』として使えるほど抱えているのは『廃帝』とアメリカだけだ。使い捨ての『駒』が自爆覚悟で暴れだしたら神前じゃ手に負えないよ。そん時はかえでを出さなきゃならないね。悪いね、お前の嫌いなかえでに活躍の機会を与えるなんて……気に食わないんだろ?」 

挿絵(By みてみん)

 満足そうな嵯峨の顔を見てランは大きくため息をついた。


「日野の変態ぶりには辟易してるがアイツは悪い奴じゃねーから嫌いってわけじゃねーよ。それに、アイツ並みに手のかかる島田もアタシは嫌いじゃねー。そんな個人的な好き嫌いはどーでもいーんだ。じゃあそんなことを考えない馬鹿が動いたときは?」 


 ココアを飲むランの問いは続いた。


「なんでそんな馬鹿の心配を俺がしなきゃならないんだよ。そんな奴はあっさり犯人に返り討ちにされるか、驚いた犯人が大暴れして嫌でも俺達の出番になるさ。その程度の実力の法術師を抱えた勢力が今回の犯人とかち合ってくれるのが俺としては一番理想。だって、そうすれば、嫌でも犯人が特定できるし、県警も全面協力せざるを得なくなるし、神前程度でも十分制圧できる。ただ、そんな幸運が訪れるなんてことを期待して良いことなんて一つも無いって俺は学んでるだけ」 


 嵯峨の口元にはいつもの騒動を待ち望むときの悪い笑みが浮かんでいた。


「相変わらずやり方が汚ねーな。どう転んでも県警の手柄にはならねーって話じゃねーか。アイツ等を出向させた意味がなくなるじゃねーか」


 ランのあきらめたような言葉に嵯峨はうっすら笑みを浮かべた。

挿絵(By みてみん)

「誉め言葉と受け取っとくよ。それが俺の売りでね」


 そんな嵯峨の言葉にランは大きくため息をついた。



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