第49話 『廃帝』の影
誠はしばらくアメリアの言葉に引っかかりを感じていた。
誠にはアメリアの言葉から導かれた一つの最悪の仮定が思いついたが、それを口にするのもはばかられるほど最悪の想像に誠には思えた。
ただ行き詰って腕組みをしているだけのかなめ達を見ているとその雰囲気に冷や水を浴びせるのを覚悟して静かに口を開いた。
「地球圏の法術師スカウトキャラバンの連中は無視するとして……最近聞く……例の『廃帝』ですか?あの人達の売りは『銀河最強のどんな政府にも属さない法術師集団』ってことじゃないですか。あの人達の多くは法術師ってことですよね?そうなると人の能力を乗っ取る法術師ってあの人達にとって脅威でもあるし、同時に自分達の利点を生かせる武器にでもなると思うんですよ。アメリアさんが言う今回の犯人に関心を持っている人達って『廃帝』のことですか?」
何気なく口にした誠の言葉に最初に反応したのはかなめだった。その殺気だった視線に負けないように覚悟を決めて誠は言葉を続けた。
「それにもし、あの人達を危険だと考える地球圏の政府が今回の犯人を保護して『廃帝を倒す』と言うことでその組織のアジトとかを特定して襲撃を仕掛けたらそれこそ『廃帝』一味は僕たちが何もしなくても大損害ですし、逆に『廃帝』があの犯人を味方につけたら僕たちは手も足も出ませんよ。それこそ東都警察の法術部隊なんて法術師の全員が法術師を『廃帝』の味方になったあの犯人に乗っ取られてどうしようもなくなったうえで、あの北川公平や桐野孫四郎やらが暴れまわるんですよ?そんな状況になったらどうなります?それこそクバルカ中佐が本気で大暴れでもしない限りどうしようもない状況になって東都は焼け野原になりますよ……僕の推測は間違ってますかね?」
じっと誠を見つめるかなめは瞬きもせずに驚いた表情で誠を見つめた。カウラとラーナも誠がこれまで考えていなかった法術師に関して関心を持っているはずで十分この犯人に接触する機会を狙っている存在とそれを脅威と感じている地球圏の国々の存在を思い起こさせた。
法術の威力は明らかになればなるほど恐るべきものだと言うことが知れ渡ってきていた。各国の政府機関や軍がそれぞれに法術の研究を行っている。だが、そんな中、司法局に提供される資料の中で法術師の互助会的な組織の存在が指摘されることが増えてきていた。
政府機関関係者の間では、『廃帝ハド』の組織名こそ表立って語られていないものの、すでにタブロイド紙に目的不明の法術を使用したテロ行為を行う団体が存在すると言う記事を書かせるほどの活動を始めていた。地球圏の国家がハドが目的とする『力ある者を頂点とした宇宙の再編』と言う思想に対して警戒感を強めているというのは月例の会議でもランから口を酸っぱくして言われている事だった。
法術師の調査のために観光客やビジネスマンを装って東和に入国している地球圏の有力国の諜報員の東和の情報収集の目的が『近藤事件』以降は主に法術師に関するものに変わっているとも会議ではランは必ず語っていた。そうなれば地球圏が『廃帝ハド』の存在に気付いていることは自明の理であり、『廃帝ハド』の掲げる目的が自分の脅威以外の何者でもないことも理解していることは想像が難くない。
嵯峨への人体実験をためらいなく行ったアメリカをはじめとするこれらの国々がもし、この犯人の情報を東都警察内部に配置した協力者から得るような事態になれば彼らがこの状況を黙って見守っているわけが無いことはこの場の誰にでも想像がついた。
当然、法術師集団である『廃帝ハド』もこの状況を黙ってみているとは考えにくい。法術師集団『廃帝ハド』の存在は同盟機構も東和政府などの同盟加盟国政府も必死になって否定しているものの、ネット世界では完全に実在すると信じる人々が多数派を占めていた。
技術部のハッカーたちは『廃帝ハド』自身も法術覚醒の兆候の書き込みをしたアカウントが数日後に突然閉鎖されるケースが複数見られたと確認していた。そして、そのアカウントを追っていくと必ず何者かとその閉鎖の直前に連絡を取った形跡があり、そこから導かれる結論は『廃帝ハド』はネットワーク空間で自分の思想に同調する法術師を集めているのは間違いないというのはハッカーたちがたどり着いた結論だった。
「私もそう感じてたけど、誠ちゃんもそう思うんだ……確かに、その事はあまり考えたくない事だったけど、そう言う動きは間違いなくあるでしょうね。『廃帝』が法術師集団である以上、法術師としてはあまりに異質な今回の犯人について『廃帝』の思想に同調するような東和警察内部の有志の協力者たちからこの事件についてある程度情報を得ていると考えるのは自然よね。それに『廃帝』だけじゃないというのも正解だと私も思うわ。法術師を欲しがってるのは誠ちゃんが言うように『廃帝ハド』を敵視せざるを得ない地球圏の有力国ばかりではない」
アメリアはこの話題を誠が口にしたことに満足そうにうなずきながらそう言った。
「この遼州圏内の同盟加盟国もこちらは司法局からの報告と言う正規ルートでこの事件の概要については把握している。そうなれば『廃帝ハド』と言う同盟機構の不安要素に対応する能力を持つのは自国だけだと言うことで同盟機構での主導権を取るために動き出している。他にも似たような能力を持っている法術師が見つかる可能性が高い遼州人の国である東和警察にはそのあたりの危機感がまるでない。たぶん、同じく遼州人の国である遼帝国以外の同盟加盟国の諜報機関は血眼になってこの犯人を追ってるでしょうね。まあ、いつも情報が漏れた場合の自決用の青酸カリを手放さないそんな国の諜報員たちを捕まえてもお話を聞けるとは思えないけど」
いかにも含むところがあるというようにアメリアのつぶやいた。彼女も直接は口にはしないが地球諸国や外惑星のネオナチ組織、さらに以前の同盟厚生局のように同盟組織内部でもこの事件の主犯の力に関心を持っているのは間違いない事実だ。そう思うと誠はこの事件の捜査が極めてデリケートに行われなければならないと言う事実を痛感した。
「つまりだ。アタシ等の仕事はこの15人の全員の身柄を安全に保ちつつ、その中でこの前のアストラルパターンを持った人間を特定して生きたまま逮捕することだ。分かるだろ?元々、そう言う法術師もいて不思議じゃないと普通の法術犯罪として処理する程度の危機感の持ち合わせしかない根っからが『平和ボケした宇宙人』の遼州人の国である東和警察にそんな危機感があるなんて期待する方がどうかしている。まあ、危機感を持ってるのは東和警察内部の外国勢力の協力者をやってる連中くらいのものだろうな」
かなめの言葉に誠はつばを飲み込む。要人略取や暗殺を主任務とする甲武陸軍特殊部隊出身のかなめにそう言われるとさらに事件の解決へのハードルが上がるような気分になる。
「でも、先に犯人をその危機意識の無い東和警察に捕まえて普通の犯罪者として『廃帝ハド』でも今のところ手を出していない警察機関に身柄を拘束してしまえば良いんですよ。『廃帝ハド』の配下も警察官を襲撃したことは有っても、警察署を襲撃したというケースはこれまでないですから。それにこの豊川にはクバルカ中佐が居ます。豊川署の地下のいつも島田先輩やかえでさんが通い慣れてる拘置所を狙って『廃帝』の配下が襲撃を仕掛けたら逆に中佐に返り討ちに遭うのは目に見えていますし、そんな無謀なことはしないでしょ。つまり、彼らより先に僕たちが犯人にたどり着いてしまえばすべては丸く収まる……んですけど……この人数で15人の中から犯人を特定する?そんなの……無理なんじゃないですか?」
誠にもどうやってそんな離れ業をやってのけるのかという疑問が沸き上がった。
「無理だろうが何だろうがやるしかないの。わかる?さっき、いかにこの犯人を欲しがっている勢力が多いかって言い出したのは誠ちゃんじゃないの。つまり状況はそこまで切迫している。県警だけじゃなくって東和警察全体にはその危機意識はない。じゃあ、その危機意識を持ってる私達だけで何とかするしかないでしょ?これまでだってそうしてきたじゃないの」
アメリアはそう言いながら味噌汁をすすった。それにうなずきつつカウラはおかずの鰯を口に運んでいた。見た目は緊張感の無い光景だが、周りの隊員はすべて誠達の話を聞きながらいつでも捜査協力に立候補するようなそぶりを見せているのが誠にもわかった。
「とりあえず測定可能な場所まで近づくのが一番だろうな。今回の違法法術行使はすべて同一犯の犯行と言うことはアストラルパターンデータで分かったんだから。別に15人に近づくだけだったら令状も何もいらねえわな。それで違うとなれば次に移る。これまでこの豊川の住人8万人を全員容疑者と考えなきゃいけなかったことに比べれば15人なんて数のうちに入らねえよ」
茶碗の中の茶を飲み終えたかなめは覚悟を決めたようだった。
「でも本当にそうなの?このデータ自体に問題が無いと言い切れるわけ?今回だって私達のところに演操術の存在が知らされるまでタイムラグがあったわよね?もしこの15人を調査して全員外れでしたと言ったら最初のかなめちゃんの思い付きのやくざ屋さんが社長をしている不動産屋さんに行った時とおんなじで完全に振出しに戻る訳よね?」
アメリアの何気ない指摘に突然かなめの表情が変わった。彼女の言葉で味噌汁を飲んでいたカウラの顔色も変わる。
「能力演操のデータは少ないっす。それが同じ人物によるものかはなんとも……ただ、アメリアさんの言うことも否定できない事ではないっす」
ラーナの言葉に全員が言葉を呑んだ。これまで同一犯と思っていた事件が複数による犯行なら……そう考えるとすべての捜査が無駄になるように思えてきた。誠達は黙り込む。この人数で事件解決することはできない。その結論が出ようとしているときだった。
『そりゃあねえな。自分の調べたデータだろ?もう少し自信を持てよ。そう言うところがお前さん達の悪いところなの。試してもみずに最初からそのデータに何の価値もないなんて考えるのは無能な司令部の『勘ピュータ』で動いてるロートルの将軍だけで十分なの。何事も『トライ&エラー』なんだ。違っていたらそれを参考に次に進む。それが世の中で生きていくこと。違う?』
突然端末のスピーカーから聞こえてきたのは嵯峨の声だった。いつもの嵯峨の監視癖を思い出したが誠が周りを見渡せばかなめもアメリアもカウラも救われたような顔をしていた。
『島田から聞いたよ。演操術系の法術のデータなら今そちらに送ったぞ。これはかなり長期の研究の成果だからな信憑性が高いからな。まあこちらも証拠としては使えない某国の秘密実験データのコピーだから犯人の特定以外の役には立たないけど。つまり犯人を逮捕して自白させない限りこの事件は解決しないわけだ。まあ、その犯人の特定すらできない今の段階ではあっても無駄かもしれないけど、もしかしたら使えるんじゃないかと俺も気を使ったんだ』
嵯峨の誠達を馬鹿にするような不敵な笑みを想像して誠は嫌な気分になった。
「叔父貴!アタシ等を踊らせて楽しいか?それにオメーはどうせ今頃隊長室でスルメ食って焼酎飲んで笑いながらアタシ等を覗き見てるんだろ?性格悪いぞ!」
腹に据えかねたようにかなめが叫んだ。顔にこそ出さないがカウラもアメリアも同意見というようにラーナの端末に映る部隊指揮官の顔を睨み付ける。
『だって俺の性格が悪いのは生まれつきだもん。こればっかりはどうしようもない。それくらい生まれた時から俺のことを知ってるかなめ坊なら知ってて当然だろ?ああ、そんなに怖い顔するなって。お前等も俺やランが支えてやらなきゃならねえほど餓鬼じゃねえだろ?自立してもらわないと俺も困るんだよ……じゃあ期待してるから』
そして突然のように嵯峨の言葉が終わった。
誠にも意味は分かった。状況証拠が揃っても意味が無い。犯人を特定するだけでも無駄。すべては生きている犯人を逮捕して自白をさせ、それにあった承認や証拠を別にそろえなければ事件は解決しない。
「つまり犯人を見つけても蜂の巣にはできないわけだな。結局は自白させなきゃ解決しないわけだから」
かなめは私服を着ても懐に下げている愛銃を叩いた。その滑稽な動きにカウラが微笑む。
「そう言う事っす。多少の捜査の工夫が必要になると言うこって……ちょっとこのデータを茜警部に送りたいんすけど……」
遠慮がちなラーナの言葉にかなめとカウラが大きくうなずいた。ラーナはそれを見ると再び端末にかじりついた。
「茜のお嬢さんの調査が終わるまで……時間が惜しいな。どうする」
かなめが周りを見渡した。すでに彼女の言葉が分かっているカウラとアメリアがうなずいた。
「とりあえず15人の現在の住所を確認。見つからない程度にその現状を観察していつでも調査結果に対応できるシミュレーションを行なう」
カウラの決断は早かった。
「カウラ。それだけわかってりゃ十分だ。神前。飯を食え」
かなめは満足げに握りこぶしを向けてきたカウラの右手に自分のこぶしをぶつけた。誠は一斉に出勤準備を始めた隊員達を後目に自分の朝食を取りに厨房の前のカウンターに向かって歩き出した。
「なあに、これだけ絞れれば……私としては十分かなーとか思ってるわけよ。かなめちゃん、カウラちゃん。一応、運航部部長と言うことでお偉いさんの御供をして色々コネのある私がこの現場の責任者だということを忘れないでよね♪隊長、隊長の後釜に私を据えたいって言ういつも私に言ってることに対する私なりの答えの準備……着々と進んでるのよねえ……かなめちゃん達はちょっとびっくりする方法かもしれないけど」
そんなかなめ達を椅子に座ってゆったりと番茶を飲みながらアメリアは笑顔で見送っていた。




