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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第二十一章 『特殊な部隊』は階段を上る

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第48話 証拠にならない真実

 軽い打撃音が何もない意識の中で大きくなるのを感じていた。それが次第に具体性を帯び、そしてそれが寝ている自分の部屋を叩いている音だと気づいた。そんな中、誠は目を覚ましていた。


「なんだよ……今何時……ちょっと……まだ暗い……冬だから仕方ないんだけど……」 


 相変わらず寮の誠の部屋のドアを叩く音は続いている。


 いきなり踏み込んでの実力行使がかなめの誠の起こし方である。アメリアならばより過激かつ誠も想像もつかない方法を思いついて実行に移すことは誠にも理解できる。


 だが、今はノックをするだけで踏み込んでくるわけでも上から何かが降ってくるわけでもないということは誠を起こそうとしている人物はかなめでもアメリアでもない。


 そうなると消去法ですぐにそれがカウラが誠を起こそうとしているのだと直感した。誠も半年近くあの三人と暮らしていればかなめやアメリアならこういうときは怒鳴り込んできているはずだと言うことくらいわかっている。


「すみません……ちょっと待ってください!今起きますから!僕もう目覚めてますから!」 


 そう言って布団を払いのけて立ち上がったところでドアが勝手に開いた。

挿絵(By みてみん)

「のんびりしやがって……」 


 呆然と立ち尽くす戸惑った顔のカウラを押しのけてこういう時は必ずと言っていいほど同じパターンを取るかなめが怒鳴りつけてきた。その手にサイボーグの怪力でねじ切ったドアノブがあるのが見えて誠はおそらくその修理費用を寮長の島田から請求されることになることが予想がついてうんざりした気分になった。


 ただ、そんなことをかなめに言うだけ無駄なので、誠もいつものことながら憮然とした表情でかなめを見つめていた。すでに二人とも出勤前の身支度は済んだという感じで、パジャマ姿の誠を見下すような感じで見つめていた。


「……技術部の情報将校の皆さんの調査が終わったんですか?お二人の格好を見るとそんな感じに見えますよ」 


 誠はまだ半分眠っている頭に浮かんだ言葉を口に出してみた。二人とも顔を見合わせて大きなため息をついた。


「まあ、そんなところだ。とっとと着替えて食堂に来い!オメエは車や無重力だけじゃなくって朝にまで弱いんだな!血圧を上げるように努力しろ!塩分を過剰摂取すればあっという間に血圧なんて上がる!今度からオメエの飯にはアジ塩一瓶ぶっかけるからそれを食え!」 


 かなめはそれだけ言うと立ち去った。カウラは黙ってそのまま立ち尽くしていた。ようやく布団の上にあぐらを掻いた誠の間に気まずい雰囲気が漂った。体がまだ睡眠の余韻に浸って言うことをきかない誠は何とか立ち上がろうとした。


「まあいい、ちゃんと起きてから食堂に来い。それに……そのパジャマ。ちゃんと洗濯しろ。臭いぞ」 


 それだけ言い残しカウラは食堂へと消えていった。


「ドアぐらい閉めてくれても……洗濯か……寮備え付けのコインランドリーは西園寺さん達が来てから多少マシになったけど古くてしょっちゅう洗濯中に止まるんだよな……面倒だな」 


 誠は直感でそのままドアの部がかなめに壊された扉に伸ばした手を止めた。すぐにその手は何物かに強く握られている。

挿絵(By みてみん)

「アメリアさん……一体何がしたいんですか?時々、アメリアさんは僕の理解を超えた行動をとるんで、アメリアさんが三人の中で一番僕は反応に困るんですけど」 


 ドアの影のアメリアの紺色の長い髪に誠はため息混じりにそう口を開いていた。


「びっくりした?びっくりしてくれないと私も困るのよねー……」 


 アメリアはいかにも嬉しそうにそう言った。


「いえ、慣れましたから。大体、あの二人が来た後には絶対にアメリアさんが来る。これまでのパターンで十分学習しています。僕は島田先輩と違って馬鹿じゃ無いんで」 


 アメリアのこんないたずらはいつもの事なので誠は完全にスルーすることに決めていた。


「そうつまらないのね。せっかくここまできた私の行動が無駄になったじゃないの。なんとかする責任は誠ちゃんにあるのよ……わかる?」 


 誠の手を離してアメリアはそのまま消えていった。誠は仕方なくそのまま戸を閉じると着替えることにした。とりあえず黒い量販店で値段だけを見て買ったパジャマを脱いで美少女戦隊モノのTシャツに袖を通した。


「はあ……情報将校さんの検索結果か……アメリアさんは結局全責任を人のせいにするんだよな。うちの女子で自分で自分のしたことに責任を持ちそうな人ってクバルカ中佐とカウラさんとパーラさんだけじゃないのか?あとは全責任は僕のせいになるんだ」 


 ため息をつくと今度はジーンズに足を通した。そのまま寒さに耐え切れずにセーターに袖を通した。二月も半ばになり、地球と同じ公転周期を持つ遼州の日差しもなぜか冷たかった。


 これも量販店で買ったジャケットを羽織ると誠はそのまま廊下に出た。住人に整備班員の占める割合の高い寮は出勤時の騒動の中にあった。廊下を歩いても誠の隣を駆け抜けていく技術下士官が三人もいた。


「僕も急がないと。西園寺さんがキレると何をするか分からないからな」 


 そう言って誠は階段を駆け下りる。そして途中で洗面所に立ち寄った。


「おはようございます!」 


 突然の大声に眠っていた誠の意識が瞬時に醒める。見てみれば技術部に先日転属してきた甲武国出身の技術兵だった。年は確か誠よりも二つくらい上。額のほくろが特徴で時々それをアメリアに弄られているのをよく見かける。


「ああ、おはようございます」 


 誠はどうにも年上の相手に直立不動で敬礼されるのがむず痒くなって、困惑しながら顔を洗っていた。その間も技術兵は敬礼の姿勢を崩そうとしない。


「すいません。そんなにかしこまられても……」 


 誠はどうやら先日実家の農家を継ぐということで除隊になった整備班員の代わりに来た技術兵の態度に辟易していた。


「我が隊のパイロットに対する当然の礼儀であります!」


 西とは違い東和共和国になじめない甲武国出身の技術下士官に同情しながら誠はその様子を見守っていた。 


「うちじゃあそう言うのは流行りませんよ……西は甲武出身ですから東和の普通の軍や警察の態度を学んだ先輩として参考にしてください」 


 誠も自分が先輩になっていくのを実感しながらそう注文した。


「了解しました!」 


 大声で叫ぶ技術兵の迫力に閉口しながら、誠はいつものように誠は食堂のドアにたどり着いた。


「遅い!遅い!」 


 カウラが珍しく大きな声で誠に叫ぶ。彼女の隣にはかなめとアメリア、そして隊の近くのアパートから来たらしいラーナの姿もあった。


「緊張感が足りないんじゃないっすか?」 


 ラーナのきつい一言に頭を掻きながらカウラ達の座るテーブルに席を確保する。


「そんなことより……結果は出たんですか?」 


 そんな誠の言葉にカウラ達は顔を見合わせた。


「法術適性があって時期的に豊川付近に移住している人物のピックアップはできたんだが……」 


 一冊のファイルをカウラが手にしているのが見える。表には写真と経歴。ぱっと見たところでページ数は二、三十ページという風に見えた。

挿絵(By みてみん)

「でもだいぶ絞り込まれてきたじゃない。ローラー作戦とかをやると思えば労力は雲泥の差よ」 


 アメリアはラーナの調査結果に満足しながらそう言った。


「まあ……確かにそうだ」 


 カウラの表情は冴えなかった。一方のアメリアは納得したような表情を浮かべていた。かなめは今ひとつ納得できないと言うように腕組みをしていた。


「ともかく対象はかなり絞られたんす。後はそれぞれのアストラルパターンを検出。そして符合した人物の行動を追っていけばいいんすよ」


 ラーナは持ち前の楽天的な口調でそう言った。 


「簡単に言うなあ、お前さんは。そんなだからお巡りさんは今でもこの事件の犯人を野放しにしてるんだ。この調子じゃ奴のやりたい放題がしばらくは続くぞ」 


 ラーナの言葉にかなめが眉をひそめた。そして誠も今ひとつ理解できずについ朝食の乗ったトレーを持って珍しそうに自分達を眺めている島田と目があった。


「俺は……とりあえずしばらく無理だから。あの『武悪(ぶあく)』は本当に手がかかるわ。何しろ近づくだけで暑いだけじゃなくってそもそも甲武はシュツルム・パンツァーを作る技術力も無いのに無理やり作ったというのが見え見えの作りなんだわ。確かに27年前はあの『現代のゼロ戦』と言われている九七式と言う傑作シュツルム・パンツァーがあったのは事実だけど、そりゃあ、相手が50㎜機関砲とアンチパルスシステムの前には何の意味も無い空対空ミサイルが最大武装の航空機や航宙機を相手にしてたからだろ?今の230㎜のレールガンで撃ち合う戦場で活躍できるシュツルム・パンツァーなんてあの国に作るのはそもそも無理なんだよ。そんな甲武が見栄を張るために作ったけれども手に負えなくって隊長に押し付けた理由もよく分かるくらいだ。しかも隊長のこれまで蓄積した行動パターンデータを見たが……あの人の機動は独特すぎて解析するのに時間がかかるんだわ。面倒くせえ」


 自分の今の業務を披露して見せる島田だが、本心では先月の厚生局の法術違法研究が露見した一件のように参加したい気持ちでいっぱいなのだろう。島田は味噌汁の椀を手に持ったまま恨めしそうな視線を誠に向けてくる。 


「島田。いい加減捜査に未練を持つのは止めろよ。テメエは最初からあてにしてねえよ。それとアタシはあの国一の貴族様なんだ。そんな人間に甲武の悪口を言って無事で済むと思ってんのか?」 


 そんな島田の気持ちをあえて踏みつけるようにかなめはつぶやく。なんとも雰囲気が良くないことで誠も少し状況が読めてきた。


「確かに絞れたと言えば言えるっすけど……この人数でこれだけの人物から犯人を特定するのは時間がかかりそうっすね。しかも情報ソースが県警にバレたら大変なことになる資料っすから県警の人達に手伝ってもらうわけにもいかないっすから」 


 手にした冊子を手渡そうとするカウラを制して、ラーナは端末の画像を誠にも見えるようにしてみせた。そこには15人の男女の写真と経歴が並んでいるのが見えた。

挿絵(By みてみん)

「この全員に『警察のものですが……失礼ですが任意検査になりますがアストラルパターンデータの計測をお願いできますか?』と言って回るわけか……これまでだって防犯パンフを配るついでに法術について聞いてあんな調子なんだぞ。そんなこと言ったら殴られるぞ、マジで。そもそもそいつに『何を根拠にそんなことをしなきゃならないんですか?』と聞かれた時になんて答えるんだよ?情報士官がヤバいデータを無理やりこじ開けて調査結果あなたを特定しましたとでも答えろってのか?そんなことしたらこっちが県警に通報されて逮捕だな」 


 かなめの言葉が食堂にむなしく響いた。そしてアメリアがため息をついた。


「でも……任意の調査でお願いすることは……」 


 誠の一言に全員の生暖かい視線が誠に向けられた。


「おい、この元となる資料が何なのかは神前も知ってるだろうが。もし運よくホシに巡り合って検挙したとしてこれをその根拠に使うつもりか?どれも技術部の情報将校共の違法なアクセスで見つかった資料だ。証拠どころかアタシ等が大悪人に仕立て上げられて終わりだよ」 


 かなめの言葉にはある種の諦めのようなものがあった。


「さすがの西園寺もそのくらいは分かるんだな。確かにこれで犯人は逮捕に近づいたのは確かだがそれを裁判にかける段階で検察が嫌な顔をするのは間違いないな。良い弁護士ならその証拠性を重点的に攻めれば間違いなく犯人は無罪放免だ。いくら捕まっても無罪になると勘違いしたその犯人が釈放された後に何をするか……それこそそちらで起きる被害を考えると私でも恐怖を覚える」 


 カウラも容疑者を絞り切れなかったことに不満があるようで、いつもの鉄面皮を晒したままデータに目を通した。


「そのくらいって何だよ!その場に神前を同行させて神前の法術を乗っ取らせて違法法術行使の現行犯で逮捕すりゃあいいじゃねえか!そうすりゃあ間違いなくホシはこれまでの事件を全部取調室で吐く!何ならアタシが吐かせてやってもいいくらいだ!」 


 カウラとかなめがにらみ合っていた。誠もようやくこの15人を一人に絞り込むことの難しさに納得した。


「西園寺さんの誰から見ても無茶な提案は無視するとして、じゃあ……全員の行動にうつりましょうよ。こんなところで言い争いをしても何にもなりませんよ」 


 誠が立ち上がりかけたところでアメリアがそれを遮った。


「だから!誠ちゃん。その行動を始めた後でなぜこの15人なのかを知られたら拙いわけよ。それに下手をすれば私達の行動を嗅ぎつけて他の組織が動き出しているかもしれないしね。誠ちゃんもいつも誠ちゃんを地球圏の連中が嗅ぎまわってるの忘れたわけじゃ無いでしょ?」

挿絵(By みてみん)

 アメリアの言葉に場の空気が不意に冷えてきたのを誠は感じていた。先ほどは完全にかなめに拒否されて島田はへそを曲げていた。彼も『他の組織』という言葉を聞くと、箸を止めてしばらく考え事をするようにテーブルに茶碗を置いてこちらの様子をうかがっていた。 


「それはあるかもな。結局、あの島田の観察者を気どってるハッカー連中も島田と同レベルの馬鹿だということが分かっただけだ。それと西園寺の手法は隊長のやりそうなことだ。貴様が隊長の姪であることだけはこのことでよく分かった」 


 かなめはそう言うとほとんど食べ終わっていた茶碗に湯飲みの番茶を注いだ。食事を終えようとする彼女を見ても誠に食欲はわいてこない。極めて嫌な予感がその原因であることは誠にもわかっていた。



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