第46話 ノイズの中の犯人
突然の着信があった通信端末をのぞき込んでいたかなめの顔が緊張した。
「ついに死人か……意外と早かったな……犯人も驚いてるんじゃねえのか?人の力を乗っ取れる。しかも、乗っ取った相手は普通のどこにでもいるおばちゃんだけどその能力は干渉空間展開なんていう神前に匹敵するレベルの能力だった。別にあのおばちゃんを神前の代わりにうちの05式乙型に乗せて『近藤事件』を起こしてもよかったんじゃねえの?下士官とは言え正規の軍人を引き込むより、パートの臨時パイロットを使えばうちの苦しい懐事情をよっぽど楽にできるぞ」
司法局実働部隊豊川基地。そのコンピュータルームに着いた誠達はそのニュースに眉をひそめた。
それを見越したようなかなめのジョークも死者が出たと言う深刻な事態の前ではかすんで聞こえた。
「いつかは出ると思っていたけど……かなめちゃんが言うように本当に早かったわね……日々あの法術師の攻撃性は強まってる……ラーナちゃんの言うように愉快犯ほどだんだん起こす事件をエスカレートさせるのね。しかも自分の力じゃなくって人の力なんだから、相手が無限に強い法術師ならそれだけの破壊を行うことができる。誠ちゃん……くれぐれも誠ちゃんの能力を乗っ取られないでね?誠ちゃんの能力を乗っ取られて自由自在に使われたらこのメンバーじゃどうしようもないから……そうなったら私達は誠ちゃんをその犯人と一緒に撃たなければならなくなるかもしれない……そんなの想像するのも嫌だわ」
アメリアは最悪の状況をまるで予想していたかのように平然と受け入れていた。そしてその結論として自分をアメリア達が撃つという言葉に誠の恐怖は何処に向ければいいのか分からなくなっていた。
確かにこの犯人と自分が遭遇したとしてもひよこの推理では誠の力は乗っ取られることは無いという。しかし、それはあくまでひよこの推測に過ぎない。もしその犯人が自分よりも強大な法術師であればアメリアの言うような事態も十分にあり得ることくらいは誠にも分かる。
確かにアメリアの言葉通りそのような状況が起きない保証はどこにもないのは誠にも分かった。法術暴走にしろ今回の法術を乗っ取るという法術師にしろ自分が法術師であるという事実を目の当たりにした『近藤事件』以前の自分ならこの場で泣き崩れてもおかしくないような残酷な現実が目の前にある。
それでも誠はどこかある程度アメリアの言葉を冷静にできるようになっている自分に気付いていた。以前、嵯峨が力を持つ者にはそれにふさわしい責任があると言ったことを誠は思い出していた。その言葉を思い出すと湧き上がる恐怖を誠は押しとどめることはさほど難しいことでは無かった。
その時が来たならば誠は素直にアメリア達に撃たれよう。彼女達を傷つけるくらいなら殺される道を選びたい。誠は心の中でそんな覚悟を決めることしかできなかった。
「アメリア、今はそんな仮定の話をしている場合ではない。安心しろ、アメリアはああいうが、私は貴様を撃たないしアメリアも恐らくは撃たない。西園寺も貴様よりも先に犯人をその場で射殺するだろう。私達が神前を撃つなどと言うことは有り得ない事なんだ……私はそう信じている。それじゃあ……西園寺。そのまま普通に東都警察警備部機動隊第三中隊にアクセスしろ。そうすれば我々は必要な情報を得ることができる。その為に我々はここに来たんだろ?くだらない仲間割れの妄想をする為じゃないんだ」
アメリアの緩んだ笑いもカウラの緊張した言葉に吹き飛んだ。ラーナと誠が見守る中、かなめはそのまま端末の前に腰掛けると首筋のジャックにコードを挿して端末を起動させた。
「普通にそのままログインすればいいんだな?妙なところにセキュリティーの為に電脳が焼き付くようなトラップが仕掛けてあるなんて言うのは御免だぜ」
かなめの目の前で端末の画面は生身の人間には判読できない速度で展開していく。
「安心しろ、東和警察のデータベースにはその手のトラップは無いと技術部の情報士官達も言っていた。『ビッグブラザー』の手先の公安調査庁のデータを当たるというのなら話は別らしいがな。それにエルマも今日は非番だと聞いているが本庁のサーバーに張り付いていてくれているはずだ。貴様が手間取るようなら多少はサポートしてくれる手はずになっている」
そんなカウラの言葉にかなめはにやけた笑みを浮かべた。その目の前の端末がとても追えない速度で切り替わり始めた。
「機動隊……第三中隊っと」
かなめのつぶやきと同時に飾り気の無い画面が映し出された。青い地に数字と枠。この画面について知識のない人間の入力を拒むかのような画面だが、かなめにとっては慣れたものだった。
「そのまま右下の空欄に……」
かなめはここで初めてキーボードに手をかけた。
「8954356か?アタシでもパスワードが拾えるんだからかなり楽勝なんだな」
慣れた手つきでかなめはパスワードを入力した。
「そう言いながら枝は残さないでよ。見つかったらそれこそ私達全員諭旨解雇よ」
アメリアに茶化されたのも気にせずかなめは本庁の資料室にアクセスした。
「法術系の……アストラルゲージ……とりあえず東和警察が仕掛けているその装置の配置でも見てみるか?」
かなめはそう言うと相変わらずの無愛想な画面にキーワードを入力していく。画面が急に地図と言う個性を持つとようやく誠も安心できた。
「ずいぶんと数だけはあるのね……半年でこれだけ配置するなんて準備がいいこと」
東都と関東一円を示した地図には満遍なく設置されたアストラルゲージの位置が示しだされた。それはほとんど一つの町内の公的な監視カメラに対応して一個と言う数のものだった。確かに準備が良すぎるが誠達は警察もまた法術の存在を隠蔽してきた組織の一つだと思って納得していた。
「これだけ設置して犯人が捕まらないのか?職務怠慢だろ、警察は」
かなめは東都警察の無能を嗤った。
「アストラルゲージ法術適正がある人が通ればある程度反応するっすから。そもそもこの街にはその反応の関知を難しくするほどの人がいるんすよね。年中法術出しっぱなしで歩き回ってるのクバルカ中佐。聞いた話じゃあの人は同じ道しか通らないっすけど、逆にそれゆえにあの人が通る道のアストラルゲージは完全に強力な法術波動に慣れ過ぎて壊れてる可能性があるっす。まあ、あの人がたまにしか通らないところのゲージは生きてるんで、クバルカ中佐が発する独特のパターンの反応のすり合わせなどの技術は同盟司法局も千要県警には教えてないっすから……」
黙って様子を見守っていたラーナは専門捜査官らしく警察の現状を語った。
「縦割り行政の弊害って奴か?少しはサービスしてやれよ。一地方公務員相手とは言え東都警察との待遇の差は後々問題になるぞ。それと姐御。アンタ強すぎ。折角法術犯罪を防ぐために設置した監視装置を司法執行機関の副隊長自ら無意識とは言え一々壊して回ってどうすんだよ。この前の映画じゃねえけどあの存在は完全にデチューンしねえとこの世は終わるぞ」
ラーナの言葉にかなめは苦笑いを浮かべる。彼女はそのままこれまで演操術による法術暴走が起きた場所近くのアストラルゲージを指定していった。
「確かに姐御の住まいと隊の最短ルートのアストラルゲージは全滅だわ……まあ、姐御は駅にはめったに行かねえから、例の殺傷事件があった場所のパターンが読めれば何とかなるか?」
素早くすべての指定を終えるとかなめはパターン検索の指示を出した
「かなりノイズがあるんじゃないのか?特に遠くでもあのクバルカ中佐のノイズは遠くからでも拾ってしまうからな。本人も悪気があって我々の邪魔をしている訳じゃないんだから仕方がない。これは仕様だと諦めよう」
カウラも豊川署管内のいまでもランの強力すぎる法術波動で生きているアストラルゲージも遠方でもランの存在を感知してそのデータに揺らぎが起きていることに苦笑いを浮かべた。ラーナもまた手元の司法局のデータベースにつながる端末で照合を行なっていた。証拠になるのは昨日の殺人と変わった法術暴走事件の現場で取れたアストラルパターンデータ。そこで採取されたアストラルパターンデータはすでに法術を乗っ取られた掃除のおばさんの空間干渉能力発動の時に発生した波動を取り去ったものがすでに採取済みだった。
かなめの操作していた画面にそれぞれの事件当時のアストラルパターンデータが表示される。まるで共通点のないグラフの波にかなめは顔をしかめた。
「こりゃ……共通項を見つけるのはかなりの手間だぞ。でもマジ姐御のノイズ、勘弁してくれよ。またフィルターかけねえと姐御のノイズを拾っちまう。というか、アストラルゲージがぶっ壊れた位置をつなげればランの姐御が日頃どこで何をしているのか全部わかるように出来るぞ。犯人逮捕よりも姐御の私生活を知る方がよっぽど楽な作業だ」
ラーナももう少しそれぞれが似た波形をしていると思っていたようで難しい表情で再び自分の端末に視線を落とした。
「クバルカ中佐は例外っすよ。たぶん、西園寺さんがあれほど恐れてる西園寺さんのお母さんがこのあたりを歩き回っても同じ現象が起きると思うっすよ。まあ、神前曹長や日野少佐クラスの法術師のアストラルパターンなら波動が大きすぎるのですぐに分かりますが……たぶんアストラルゲージが壊れるということは無いと思うんで」
誠がラーナの携帯端末をのぞき込むと誠の顔と棒グラフが並んでいる画面が移っているのが見えた。
「急ぐことは無いだろ。慎重に進めてくれ。いくら能力値が高くても我々が探しているのは強力な法術師ではなくてその能力を自在に操る犯人の方だ。外れを引いたら意味が無いんだ。別に我々の仕事は即戦力になる強大な力を持った法術師のスカウトじゃないんだからな。我々が追っている犯人は一人。しかも特殊な能力の持主だ。慎重にも慎重を期して対応すべきだな」
カウラはそう言うとそのままドアに向かった。
「カウラちゃん?」
その突然の離席に驚いたようにアメリアはそう言った。
「ああ、コーヒーでも買ってこようと思ってな。全員マックスコーヒーで良いな?」
その言葉にアメリアは目を点にした。だが次の瞬間には満面の笑みといつもの流し目が顔に浮かんでいた。
「進歩したのね、カウラちゃん。以前の気の利かないカウラちゃんなら考えられないくらい。何がカウラちゃんをそう変えたのかしら……もしかして誠ちゃんのせい?」
いかにも先輩『ラスト・バタリオン』らしく、まだ稼働9年の時間しか持たないカウラに向けてアメリアはそう言った。
「馬鹿にしてるのか?それと神前は関係ない。社会経験の成果だ」
捨て台詞を置いてカウラが出て行った。かなめとラーナはそれぞれデータの照合作業を続けていた。沈黙。かなめは絶え間なくその中でキーボードを叩き、首筋のジャックに挿したデータ出力端子から情報を送信していた。
「やっぱりノイズが多すぎるな……ランの姐御……本当にいい加減にしてくれよ!なんでそこに姐御が居るんだよ!本当にアタシは姐御の日常を調べてるわけじゃねえんだよ!まあ、ランの姐御の異常な反応はさっきコツを覚えたから簡単に除去できるようになったけど、嫌でも姐御の私生活を知らされるこっちの身にもなってみろってんだ!それを除去しても姐御のノイズに反響してさらにノイズがって……迷惑だよ姐御!それにしてもこの反応の多さ……本当に法術師の発生割合は政府の発表やひよこが言う通り2%なのか?東和政府はまだ隠してるんじゃねえのか?それともまた姐御がアタシ等に試練を与えるために分身でもしてるのか?」
かなめはそう言って苦笑いを浮かべた二度目のフィルターをかけたアストラルパターンデータだが、まだそれぞれはかなりの違う波形をしているばかりだった。
「一般人でも感情の起伏によってアストラルパターンの異常は起こるっすから。どうしてもそういうものまで拾っちゃうんすよ。今のところ法術師の法術を発動した時のみに反応を拾うようなアストラルゲージはまだ開発できてないっすから。恐らく地球人でも感情崩壊するくらい泣いたりわめいたりしたらそれまで拾っちゃうっす。ただ、ひよこ軍曹が教えられた法術師の割合と東和政府が発表している法術師の数が出鱈目なのは私も茜警部の下で働き始めて一週間で分かったっす……この国は法術師で満ちている……ちょうど私の国遼帝国くらいに……」
かなめの泣き言にラーナは苦笑いで付き合った。誠とアメリアはただ次々と流れていくアストラルゲージを眺めているだけだった。
「でか……また姐御か?いい加減姐御、悪気もなくアタシ等の捜査の邪魔はしないでくれ、頼むから!」
突然のかなめの言葉にラーナの手が止まった。そしてすぐにかなめが検索した四件目の放火事件の現場のパターンに目をやった。考えられる法術師のアストラルパターンを除去したのにもかかわらず巨大な波がそこに残されていたのが見えた。
「何ですか?これは……でも大きすぎますよ……でも都内でしょ?クバルカ中佐は正月は成畑山に初詣に行くのが習慣なんでちがうっすよね?そうすると嵯峨大佐でもいたんですかね?あの人も制御が苦手と言うことで都内のあの人が通っている違法カジノが近くにあったとか?」
ラーナはその反応の大きさに驚きながらそう言った。
「アタシに聞くなよ。アタシは叔父貴の保護者になったつもりはねえ!叔父貴の保護者はオメエの上司の茜だ!」
誠も目にしたパターン。それはアストラルゲージが完全に振り切れるほどの反応を見せていた。
「それは別件でしょ。次に行って頂戴よ」
投げやりにそう言ったアメリアにかなめはにらむような表情で見つめ返した。
「いいのか?」
かなめはあまりに大きな法術反応に冷や汗を流しながらそう言った。
「良いも悪いも私はそのバカでかい力を持った法術適性者には今の私は関心が無いもの。それに法術の能力が高い人間を全員逮捕して要ったら日が暮れちゃうわよ」
アメリアの反応はあっさりしたものだった。
「関心が無いって……確かに今回の事件には関係ねえかも知れねえがな……こいつが目覚めたらそれこそうちじゃあ対抗できるのはかえでかランの姐御ぐらいだぞ」
かなめは画面から目を離してアメリアをにらみつけた。
「止めておけ。コーヒーだ」
いつの間にか戻ってきていたカウラがコーヒーの入った缶を配りながらかなめをにらみつけた。マイペースのアメリアはそれを受け取るといかにもおいしいというように目を閉じて黙り込む。二人の間に立ってカウラは苦笑いで隣で作業中のラーナに目をやった。
「アメリアさんの意見の方に理があるっすね。私達の任務はすべての法術適性者を監視下に置くことじゃないっすから。そんなことしてたらいくら捜査官が居ても足りないっすよ」
ラーナはかなめとアメリアの間に入ってとりなすようにそう言った。
「そ……そうだな」
かなめの視線が誠に向かう。誠はただ頭を掻きながら作業を続けるラーナを見つめていた。
「もう少しノイズを抜けば見えてくると思うんすけど……演操術系のパターンは特徴的っすから……」
それだけ言うとそのまま自分の作業を続けるラーナ。かなめも仕方なくアストラルゲージを眺め始めた。
「共通項って……どうやったら分かるの?」
アメリアの基本的疑問にラーナは得意げに説明を始めた。
「β波が特徴的っすね。法術が使えない一般人の約一万倍の強さで出るっすから。パイロキネシストや領域把握系の法術ではほとんど通常の人間との差異は見られませんが空間干渉系の法術発動時にはそれなりに出るっす。ですから今回のように空間干渉系の法術の事件が他にも起こっていればなかなか共通項を見つけ出すのは大変かもしれませんが、そういう話もないっすから」
ラーナはそう言う間にも自分の手元の端末を弄っていた。誠は黙ってかなめの目の前の端末の画面に映るグラフの変化を見つめていた。
「ふうん……それって法術発動時以外にも出るの?」
アメリアは再び疑問を口にした。
「他の法術と違って意識しないでもある程度発してるっすから……出た!」
ラーナの叫びに視線が彼女に集中した。
「港南区の放火未遂事件。ちゃんと出てるっすよ」
そう言うとラーナは画面を事件直後の映像に切り替える。ごみの山が半分ほど焦げた状態の現場と結局は不起訴になった容疑者の顔写真が映し出される。明らかに悪人と言うような表情の頬に傷のある男。思わず誠は苦笑いを浮かべた。
「おい、こいつが犯人じゃねえのか?」
かなめは明らかに顔だけで犯人を特定していた。
「違うっす。意識をトレースした結果この人物が放火をしたという意識の残滓はなかったっす。それに彼にはこの場所で放火をする理由がないっす……」
呆れた様子でラーナはかなめの希望的観測を否定して見せた。
「意識トレースか。実用になっているんだな」
法術の研究の急激過ぎる発展で得ることができた脳反応をトレースしての意識を読む技術。おかげで警察の取調べの手間はかなり少なくなったと誠も聞いていた。
「で……一箇所じゃ決まらないだろ?続けんぞ……ランの姐御……この日は休みだよ……姐御が気まぐれに事件が起きた日に都内の名店にグルメツアーをしていませんように」
かなめは感心することも無くそのまま自分の端末に目を移して作業を開始した。そしてこの操作方法では邪魔な存在以外の何者でもなく、その結果ほぼこの事件発生後の行動がかなめにまるわかりになっているランの存在について誠は笑いをこらえるのに必死だった。




