第43話 特殊な部隊に休日は無い
屈辱の日の翌日。誠達は全員非番だった。昨晩はアメリアに今回は凄いからと言われて見たかえでの動画の中の待ち針を使ったプレイが頭から離れず、誠は寝不足だった。
朝、目覚めて着替えを済ますと誠はそのまま階段を降りて寮の食堂に向かった。もしかしたらかなめ辺りがすっかり出勤するつもりでいて、寝癖をつけたままぼんやりしている自分を怒鳴りつけてくるかもしれない。そう思いながら食堂に入ると、そこには普通に今日の朝食のうどんを食べているかなめの姿があった。いつも休日の時に見られる冬だと言うのに黒いタンクトップにジーパンを履いた姿でリラックスしてうどんを食べているかなめと目があった。
その様子は完全に休日満喫モードで仕事をする気はまるで無いとうどんを口に入れているかなめの顔には書いてあった。
「おはようございます、西園寺さん。うどん美味しいですか?」
誠の言葉にしばらく呆然とした後、かなめはどんぶりをテーブルに置いた。いかにもおっかなびっくり様子を伺うように自分を見つめて来る誠にかなめはうどんを啜るのを辞めた。
「なんて顔だよ。ははーん。その顔はアタシが一人で暴走するとでも思ってた顔だな?アタシがそんなに単純に見えるか?『特殊な部隊』で単純な脳みその構造の持主は島田の馬鹿とランの姐御だけで十分なんだ。あの二人に対抗するほどアタシはもの好きじゃねえんだ」
タレ目で一度誠を見た後、かなめは再びどんぶりを手に取った。もみ上げの辺りが長めになっている髪型のせいでそのままうどんの汁に付きそうになる髪の毛を気にしながらかなめはうどんを啜った。出勤組の整備班員が書き込むようにうどんを食べた後、カウンターにどんぶりを置いて駆け出していく中。誠はただうどんを食べ続けるかなめを見つめていた。
「どうしたのよ、誠ちゃん。どうせ昨日の夜はかえでちゃんの愛のマゾ動画を見て興奮して眠れなかったんでしょ?ああすると一番かえでちゃんは愛されてるって感じるんですって。誠ちゃんも結婚したらやることになるのよ。耐えられるかしら?待ち針で突き刺されるのが一番愛を感じる瞬間だなんて……やっぱりかえでちゃんの趣味は理解不能だわ」
背中に声を受けて誠が振り返る。そこには朝のシャワーを浴びてすっきりしたような顔のアメリアがいた。こちらも紺色のスタジャンに短めのスカート。出勤の時のアメリアは大体スーツを着るので休日の捜査など考えに無いという感じでそのままかなめの前の席に座って誠に手を出した。
「だって、アレの感想を一々答えないとかえでさんはいつもの自分は見捨てられたんだモードに入って一気に機動部隊の詰め所に入るのが嫌になるほどどんよりとした雰囲気を醸し出して来るんですよ?そんなの耐えられます?これは職場の雰囲気を良くするための僕なりの貢献であって興奮するために見ているかと言うと……すいません、少し興奮しました。それと地球人のモテ慣れた人ってあんなに撃たれ弱いものなんですか?僕は遼州人なんでモテないことがデフォルトですから別に気にならないんで、少しでも自分が関心を持たれないことにあれほどショックを受けるかえでさんの地球人を引くモテる人の気持ちはよく分かりません。それより何か言いたいことがあるんじゃないですか?何ですか?」
ぼんやりとした頭で立ち尽くす誠の顔をアメリアは笑顔で見つめた。
「お茶入れて。上官命令。私は寝起きで喉が渇いているの。カルキ臭い寮の水道水なんて飲みたくないの。お願い」
当然のようなアメリアの言葉に誠はここで反論しても十倍にしてアメリアに言い返されるのは知っているので、カウンターの手前に置かれた湯飲み三つと番茶の入っているポットを持ってアメリアの隣に座った。
静かにお茶を入れてアメリアに差し出した。彼女はそれを受け取るとひじをついてずるずると音を立てながら啜り込んだ。
「下品な飲み方をするんじゃねえ。茶は上品に飲め。現代の甲武を代表する茶人である叔父貴の部下でしかも叔父貴の後釜に座ることが内定している人間がそんなんじゃ、伝統文化にうるさい甲武の軍や警察の人間から笑われるぞ」
かなめはうどんの汁をこちらもとても甲武一の貴族の飲み方とは思えない下品な様子で啜った。
「下品なのはかなめちゃんだけで十分だものね。まあかえでちゃんみたいに所作は上品だけど性根が下品なのと誠ちゃんはどっちが好みなのかしら?興奮するからかえでちゃん?それはちょっと悲しいなあ」
にらみ合う二人。なだめる気分にもなれずそのまま誠はうどんを食べ終えてくつろいでいるかなめに湯飲みを差し出した。
「皆さん……今日は非番なんですから。喧嘩は止めましょう。穏やかに……」
誠は非番だろうがこの『特殊な部隊』にその常識は通用しないことを知っていた。
「非番?そんなもんはアタシ等にはねえっていつもランの姐御が言ってるじゃねえか。今日は自主捜査だ。今のところラーナ待ちだ。揃ったら出かけるからすぐに食事を済ませろよ……ほら、カウラも来やがった」
緑色のセーターが食堂の入り口に見えた。エメラルドグリーンの髪を後ろで纏めながらカウラが歩いていく。そして彼女はそのまま厨房に足を向けた。
「でも……非番だと……確かにちっちゃいのに仕事人間のクバルカ中佐を基準にうちが回っているのは事実ですけど、それをいつでも適応するなんておかしくありません?」
誠は出来ればアメリアから頼まれていたエロゲの立ち絵を仕上げたかったのでそう言ってみた。
「非番だからなんだよ。そんなもんうちには関係ねえんだ。文句があるんならそう言う方針で隊を運営しているちっちゃい姐御に言え。たぶん姐御なら『アタシに勝ったらその理屈を認めてやる!』とか言ってオメエは『賊将の剣』を持って、中佐は『関の孫六』を持っての斬り合いになるが……勝てるか?」
誠の口答えに番茶を飲みながらかなめがにらみつけてきた。
「いえ、なんでもないです。と言うか、握力が人工ダイヤモンド製造器並機能付きの中佐に勝てる人がこの銀河にいるんですか?」
そう言う誠にはアメリアが頼んでおいてと言う恨みがましい表情が浮かんでいた。
「嘘よね。何かある顔よ。昨日見たかえでちゃんの動画が気になるからまた見て昼間っから……まったくさすがはかえでちゃんの『許婚』ね。たぶん今日は一日あの変態行為をかえでちゃんにどうお願いして見るか頼むときの台詞を考えることに決めてたんじゃないの?たぶんどんな頼み方をしてもかえでちゃんがOKするのは間違いないけど、数週間後にはかえでちゃんとリンちゃんと一緒に豊川署の留置所でランちゃんの迎えを待つ誠ちゃんを目撃することになるのは間違いないわね」
そう言いながら当の本人のアメリアも紺色の長い髪をなびかせながら立ち上がった。
「うどん二つ!どちらもカウラちゃんより多くね!」
うどんを受け取って歩き始めたカウラを意識したようにアメリアが厨房の中に叫んだ。カウラは苦笑いを浮かべながらかなめの隣に腰を下ろした。
「上官にサービスさせるとはいい身分だな」
言葉は皮肉めいているがカウラが言うと皮肉に聞こえない。そんなことを考えている誠を無視してカウラはうどんを啜り始めた。
「はい、どうぞ」
うどんをゆっくりと啜るカウラを見ていた誠の視界に突然現れたアメリアはそう言いながら誠の目の前に大盛りのうどんの入ったどんぶりを置いた。
「食べちまえよ。さっさとな。ラーナは時間感覚というものがねえ遼帝国人なんだからいつ来るか分からねえぞ」
かなめに言われるまでも無く誠もテーブルの中央に置かれた箸に手を伸ばした。
「でも非番の日に捜査なんてやって良いんですか?非番の日の僕らは単なる民間人と同じですよ。そんな権限無いと思うんだけどなあ」
久しぶりの休日くらいアメリアから頼まれたイラスト作成に没頭したい気分が誠にはまだ残っていた。
「普通はやらないけど……うちは『特殊な部隊』でしょ?権限?そんなもの知ったことじゃないわよ」
すごい勢いでうどんを啜り上げた後、満足した表情でアメリアがつぶやいた。それを見ると誠も急いで食べなくてはと言うような義務感に駆られて一心不乱にうどんを啜り上げ始めた。
「遅れてすいませんっす!」
食堂に集う寮の住人達にざわつく気配を感じて顔を上げた誠の耳にラーナの声が響いた。
「良いわよ私達も見ての通り食事中だから」
私服の皮のジャケットを着たラーナはいかにも申し訳ないというように再びうどんを啜り始めたアメリアの正面に腰を落ち着けた。
「どうせ命令の範疇を超えた話になるんだからもう少し楽にした方がいいな。これはあくまで私的な行動。別に遅刻も何もない。クバルカ中佐が言うには私生活における遅刻は1億年までは許すのが寛容な人間の基準なんだと言う。ただ、そんな1億年も人を待ち続けることができるのはクバルカ中佐だけだと私はその言葉を聞いた時に思った。私なら寿命で機能停止してしまう」
カウラはそう言って遅れたことを今にも詫びかねないラーナに向けて優しく笑いかけた。
「おい、カウラ。いつからそんなに話が分かるようになったんだ?以前なら『捜査は捜査だ。非番だろうが関係ない』とか言い出す奴だったのに。遅刻が許されるんならこれからはオメエの車が出る時間も後十五分ぐらい遅らせてくれ。アタシはゆったりとタバコを吸いたいんだ」
かなめの皮肉にこめかみをひくつかせながらカウラは無視してうどんの汁を啜った。
「話が分かるも何もベルガー大尉には本当に感謝っすよ。東都警察機動隊の端末を経由して千要県警本部のサーバーにアクセスできればかなり詳細な分析結果を見れるっすから」
ラーナはこの早朝からすでに捜査官モードに入っていた。
「機動隊?サーバー?」
突然のラーナの言葉に誠は吸い込んだ麺を吐き出すところだった。
「機動隊の隊長をしているカウラちゃんの友達のエルマさんがいるでしょ?その人にお願いしたら上には内緒と言うことで手配してくれたのよ。しかも非番の日だからネットを監視している管理者の人も今日はお休み……楽しい仕事になるわよ♪」
アメリアは嬉しそうにそう言いながらうどんを食べていた。
「でも良いのかねえ……機動隊のパスでサーバーに入るってのは本来拙いんじゃないのか?」
かなめは性能的には国家機密クラスのセキュリティの解除すら可能な能力を持つ義体のサイボーグながらも面倒くさいという理由でそんなことは一切しないわりにそう言うことには詳しくらしくそうつぶやいた。
「かなめちゃん……いつもかなめちゃんが物理的に銃でやってることをシステム的にやるだけの話じゃないの。それとも気付いてないの?それともいつも自然にやってることだから無自覚なだけかしら?」
アメリアはうどんの汁を飲みながらかなめを見上げた。
「西園寺が鈍いのはいつものことだ。自分がやっていることが命令に即していないと言う自覚が無いんだろうな。だが、命令無しに発砲はするな。システムで人が死ぬ可能性は無いとは言えないが簡単ではない。一方、銃では引き金を引いただけで死人が出てもおかしくはない。そんな危険な真似はこれからは止めてくれ」
アメリアとカウラの皮肉に明らかに気分を害したと言うようにかなめは立ち上がると冷えたどんぶりと番茶の半分ほど入った湯のみを持って厨房に向かった。
「でも……機動隊の端末を弄るとなると東都警察の本部に行くんですよね。入館証とかは大丈夫なんですか?」
今度は誠の言葉にアメリア達はきょとんとした顔で誠の顔を見つめた。
「馬鹿だろオマエ。端末のところまで行かなきゃ情報が見れないなんて……いつの時代だよ。うちの端末から機動隊の端末にアクセスして県警本部のサーバーにログインしてそのまま今回の事件のアストラル波動計測のデータを覗くんだよ。要するに県警に追い出されたから、東都警察の知り合いの端末を踏み台にして県警のデータを盗み見するって話だ。県警のサーバーもセキュリティーはかかってるけどスタンドアローンってわけじゃねえんだからそのセキュリティーを東都警察という正規の入り口から入れば簡単に覗き見られるって寸法だ。そんな事も分かんねえなんて……オメエ理系だろ?ああ、オメエは危険物取扱者一種持ちの化学がメインの理工学部出身者だったな?でも、そんなことは理由にならねえんだ。オメエは無知!それが今はっきりした!」
戻ってきたかなめはそう言うと番茶の入ったポットに手を伸ばすがすでに湯飲みを返してきたことを思い出してすぐに手を引っ込める。カウラがその様子をうどんの汁を飲み干しながら見つめている。そしてその視線に気付いたかなめが威嚇するような顔をするのを見て苦笑いを浮かべると、満足したようにどんぶりを置いた。
「それと……ついでと言ってはなんだが、これまで何度か豊川署のデータベースにアクセスしたときに見つけた私達の知らないデータもあるからな。そちらも見てみるのもいいかもしれないな。豊川署は我々に他にも何か隠していることがある可能性がある。そちらの確認もできればしておきたい」
かなめとカウラの言葉に今ひとつ納得が行かないまま誠は静かにどんぶりの底に溜まった汁を啜り始めた。
「それにしてもさあ。いけ好かない県警の連中の下衆野郎が必死で隠している秘密を探るってのはさあ……わくわくしねえか?」
かなめの表情にはいたずらっ子のそれが浮かんでいた。
「貴様は子供か?秘密を知るのが目的なんじゃない。その先の事実を知ることが目的なんだ」
「子供で結構!アタシはその場の雰囲気が楽しければそれで良いんだよ!」
ノリの悪いカウラを馬鹿にするようにかなめが手を振り回す。驚いた整備班員がかわそうとするがよけきれずにそのまま顔面にサイボーグの怪力でのパンチが入った。
当然、整備班員は倒れ込んで相手がかなめだと分かると頬を抑えたまま黙り込んでかなめを見上げる。
「なんだその目は!アタシは上官だ!それにこんなことはこれが初めてじゃねえ!だから危ねえって言ってんだろ!」
明らかに相手の整備班員が悪いと言う口調のかなめは反省する様子も無かった。




