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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第十六章 『特殊な部隊』と急展開

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第41話 雨の駅前、切断の現場

 誠達が到着した時はすでに現場はすでに所轄の警察が規制線を張り、捜査を開始しているところだった。昼下がりの地方のターミナル駅での怪事件である。すでに人だかりができていて誠達が現場にたどり着くまでに恐怖と好奇心を顔に浮かべた人々の波を何度もかき分けてきた。

挿絵(By みてみん)

「よう、遅えじゃねえか。渋滞にでも引っかかったか?まあ、カウラは裏道にも詳しいからそんなことはねえか、見ての通りってわけだ。法術関係の事件と聞くとどこからともなく野次馬が現れてこのありさまだ。アタシが銃の乱射事件を起こすよりたぶん神前がこれまでのたまったストレスで頭がぶっ壊れて『光の(つるぎ)』で通り魔事件でも起こそうもんならこんな騒ぎじゃ済まねえだろうな」 


 すでに到着していたかなめがそう言うと雨に濡れながらロープをくぐってきた誠達につぶやいた。あと三十メートル行けば東口駅の庇の下に入るような駅前の広場の一角での事件だった。それを取り巻く野次馬達の数は誠の予想した以上の数で、彼らが持つ色とりどりの傘の下から好奇の目を誠達に投げつけてきていた。そこには恐怖とも好奇とも違う複雑な心の色が見て取れて、誠はこれまで訪問してきた家の住人から浴びた視線を思い出してうんざりした気分になった。


「豊川は地方都市とは言え、ここは駅前なんだ。特に産業道路付近の下請け工場の沢山ある地域では渋滞もそれなりにあったしな……そう言えば、アメリアはどうした?またどこかでサボっているのか?貴様にはアイツを監視するように言っておいたはずだぞ」 


 カウラは防刃ジャケットを弄りながらかなめに尋ねた。


「ああ、アイツなら車だよ。なんでも調べ物があるんだと。アタシの電子の脳にかかればネットにすぐに接続できるって言うのに、なんでアイツは自分の調べ物は自分の端末で調べねえと気が済まねえんだ?アタシがそんなに信頼できねえってのか?確かにアイツは余計なことばっか言ってアタシを苛立たせて時々言い争いになるから、アイツが知りてえ情報をアタシが理解するまでに時間がかかるってのは分かるが、そりゃあアイツが余計なことを言わないで聞きたいことを素直に言えば解決する話じゃねえか」 


 かなめはアメリアが何か言うとすぐ感情的になって話を脱線するところがある自分には責任はまったくないと理屈をこねると、東都警察の制服の上のコートからタバコを取り出した。しかしすぐに捜査官と周りの『市民』達の目に気が付いて仕方が無いと言うようにそのまま仕舞いこんだ。


 捜査官が集まっている事件が起きた現場の中心では、目撃者の一人らしいコンビニの店員の制服を着ている男に捜査官が傘の下で話を聞いていた。カウラはそれに加わるつもりで歩き出すがその手をラーナが押さえた。

挿絵(By みてみん)

 その思わぬ行動に驚いたようにカウラは振り向いた。そこには笑顔で首を振るラーナの姿があった。


 その顔は自分達はあくまで部外者だからぶっきらぼうな口調で遠慮なく聞きたいことを聞くタイプのカウラでは捜査官の心証を悪くするだけだとそのドングリのような瞳でカウラに言い聞かせているように誠には見えた。


「とりあえず現場との交渉はアタシが一番慣れてるんでアタシが行ってくるっす」 


 そう言い切るとラーナは尋問中の青い傘の方ではなく、駅の方へと歩き出した。見れば何度か豊川署の廊下ですれ違った覚えのある『係長』とか呼ばれていた刑事が制服を着た捜査員からの話を黙って聞いている姿があった。


「なるほど、物事には順序があるとラーナは言いたいんだな。ここで、目撃者の証言を取っているこの現場の責任者の部下の中で一番経験豊富な人間の会話に割り込めば、あのこの件の責任者の顔を潰すことになる。さすがにラーナは正規の教育を受けたうえで短いとはいえ現場の経験もあるだけあって分かっているな。私もうかつだった」


 ラーナが笑顔でこの場の責任者の私服の刑事にあいさつする様を見ながらカウラはようやく自分の未熟を悟ったようにそうつぶやいた。


「ラーナは分かってるねえ……うちの小隊長とは大違いだ。アタシはその点、サイボーグだから先ほど被害者が居た場所に収音マイクを置いといたからあの目撃証言を撮ってる警官の会話なんかここからでも丸聞こえなんだけどな。なんでも突然銀色の板みたいなものが現れたと思うとそのまますごい勢いで移動を始めて、気づいたら被害者の大学生のあんちゃんの腕がもげてたそうだ。さっき連れて行かれた掃除のおばちゃんが言ってたよ。あれだな……そのおばちゃんが今回利用された法術師みたいだな……典型的な干渉空間を攻撃的に使った時に起きる現象だ。神前にも簡単に同じことが出来るぞ」 

挿絵(By みてみん)

 そう言うとかなめは駅の入り口近くの公衆便所を指差した。鑑識が流れて広がろうとする血液を必死に集めている地点からはおよそ二十メートルあった。


 その距離を目算で測りながら気が付いたようにカウラが口を開いた。


「なるほど、周りの県警の捜査官達が私達に嫌そうな目を向けてくるわけだ。強引に割り込んであの刑事の顔を貴様は潰して見せた訳か。ラーナも苦労することだろう。それより、被害者に法術適正はあるのか?もしかしたら被害者の法術が突然覚醒して制御不能に陥った自爆事件かも知れない」 


 カウラがそう言った所で髪に合わせたような濃紺の傘を差したアメリアが渋い表情で登場した。


「カウラちゃん、それは無いみたいよ。県警に問い合わせたら私が相手だとかなめちゃんと違って素直に今分かってる情報を教えてくれたわよ。被害者は宮野信二。二十二歳大学生。法術適正は無し……これ以降は後で教えるだって」 


 アメリアはここでも部外者扱いされていることに不満があるような顔でカウラを見つめた。


「つまり自作自演は無し。完全な他者による傷害事件なわけだな」 


 そう言うとカウラは駅の庇の下に眼をやった。現場を取り仕切る『係長』にラーナは頭を何度か下げた。『係長』もあまりに下手に出る若いラーナに気が引けるのか苦笑いを浮かべながら二人は話し込んでいた。


 ラーナが現場検証に立ち会う許可を求める間誠達は何もすることが無い状態で取り残されていた。彼等がラーナを見つめているとようやく『係長』もラーナに合わせるように頭を下げ脇で話を聞いていた制服を着た部下と何かを話しながらそのまま公衆便所の前で地面にはいつくばっている鑑識に向けて歩き出した。


 誠達に近づいてくるラーナは少しばかり収穫があったというような笑顔を浮かべていた。


「すいやせん、やっぱ例の他人の法術を操作する法術師の犯行って豊川署は見てるみたいっすね。こっちも資料が欲しいと言ったら近隣のアストラルゲージのデータを本部に転送するってことになったっす。とりあえずそれを見てから対策を立てましょう」 


 ラーナはそう言うとそのままカウラが車を止めた駅前ターミナルに向けて歩き始めた。


「おいおい、もうお帰りか?今でもその犯行現場に立ち会ったらしいコンビニ店員と捜査官が話してるぞ。まだ色々目撃証言が取れそうじゃねえか。アタシが置いて来た収音マイクの電波の送信範囲なんてこのあたりがギリギリだぞ。帰っちまったらそれもプッツン。それにさっきアメリアが聞いた情報もラーナが頭を下げて聞き出した情報もあの杉田とか言う気に入らねえ刑事が帰り際にはアタシ等の机の端末に送ってきそうな内容だぞ。そんなのここに来なくっても手に入る情報だってことだ。それだったら何しにきたんだよ、アタシ等は」 


 そんなかなめの皮肉にすぐに振り返りむっとした表情を浮かべてラーナは立ち入り禁止のテープの前で立ち止まった。だが相手がかなめだけに下手に言ってもごねるだけとわかって少し言葉を選びながら話し始めた。

挿絵(By みてみん)

「確かにそうっすけど、現場を見る。それはどんな事件でも一番の基本っすよ。例え、そこで分かることが後で報告書でより分かりやすく整理されて目の前に回ってくるものであっても、報告書にその現場の状況と矛盾する部分が有るか無いかは現場に来ないと分からないっすよ。それより、皆さんは繁華街でのアストラルゲージ設置の話は知ってますか?」


 ラーナの腫れ物に触れるような態度が気に食わないのか、かなめはざわざわ騒ぐ野次馬達に威嚇するような視線を何度か送ったりしながら立ち尽くしていた。年下のラーナの教え諭すような態度が子ども扱いされたように感じたらしくかなめはふくれっ面で立ち止まった。


「西園寺!」 


 カウラが急かすとようやくかなめが俯きながら言葉をつむいだ。 


「知ってるよ!『近藤事件』の三か月後に国会で『法術犯罪予防法』が成立してそれと同時に各地に設置されてる監視カメラに併設形で設置されてるアレだろ?法術の違法使用を防ぐ目的であっという間に広がったからな。元々民間企業にまで法術の存在を『近藤事件』以前に知ってたんじゃないかと言う噂が広がってマスコミが大騒ぎして必死になって東和政府が火消しに回った奴だ。テレビで散々騒いでいたし、あの時ばかりは荒れないことで有名なこの国のネット民も大騒ぎだったからな。まあ政府は否定しているけれど、その裏側にいるアタシ達が法術の存在を知ってたということは政府につながりのある有力企業も知ってる公然の秘密だったのは間違いないんだからな。知らなかった……いや、知らないふりをしていたのはマスコミと国民だけ。何も知らない国民たちには寝耳に水なんだろ?でも知った結果が……今日アタシもさんざん嫌な思いをした法術を持つ者と持たないものの不信の連鎖だ。世の中知らねえ方が良いことの方が多いことの一つが法術だったということだな」 


 かなめは人の目が無いのをいいことにここでタバコを吸い始めた。


「西園寺さん。政府を批判しても、始まらないですし、法術の存在を知って憎みあうようになった人たちを非難しても状況は変わらないっすよ。いつかは来るべき時が神前さんのおかげでやってきた。完全に情報が公になっていいタイミングで銀河のすべての国が覚悟した状態で法術の存在が明らかになった現状の方が、思いもせずにそれがバレてしまって誰にもコントロールできなくなるよりだいぶマシだって思うんすがね。アストラルゲージと言うのはあれっす!あの街灯の下に監視カメラがありますよね?あの下にこぶし大の大きさの箱があるでしょ?あれっす」 


 そう言うとラーナは街灯を指差す。LEDの電灯の下の監視カメラの下に小さな見慣れない箱が誠にも見えた。


「それこそこの反応のデータを転送するならわざわざこんなところに来なくても良いんじゃねえのか?それにラーナの説教まで聞かされたなんてアタシには無駄足以上の何者でもねえ」 


 タバコの煙を吐きながらかなめは不愉快そうな態度でそうラーナに言った。


「西園寺大尉。何度も言いますけど捜査の基本は現場を見ることっすよ。これは覚えといてくださいよ。やっぱ全般的に……」 


 ラーナの説教が長くなりそうな気配を感じてかなめは首を振りつつタバコをふかした。


「分かったよ!オメエは事件は現場で起きる!その現場に来ねえ人間は事件については何も語るな!そう言いてえんだろ?まどろっこしい言い方は止めろ!つまりアタシ等にここを見せたかったんだろ?それよりこんな雨がきついんだから帰るぞ!今日の戸別訪問は終了!後は明日からにすんぞ!」 


 そう言うとまだ不満そうにかなめは立ち入り禁止のロープをくぐる。野次馬達もその剣幕に押されて遠慮がちに彼女のための道を作った。アメリアも同じく納得できないと言う表情でそのままかなめについていった。


 集まる群衆にパニックが始まるのを予防するべく、警防を振って通行人を隣の中央口に誘導する警察官の姿が見える。誠は周りを見ると自分達が何とか雑踏から脱出できたことを確認した。


 傘を叩く強い音がしていた雨は更に強くなって激しく降り続けた。すでに三人とも胸の辺りまで冷たい水が染み込んできていた。


「もしかしてラーナさんにとってはこれまで西園寺さんに話したことより僕が来るのが重要だったんじゃないですか?現場を見るのが捜査の基本と言うのは分かりますけど、西園寺さんの言うことも僕にはわかります。ラーナさんは法術師である僕がこの現場に来ることに何か意味があると思ってここに連れてきたんじゃないですか?ラーナさんの法術は相手の法術を特定できることだけですから。そうなると法術の気配を察知できる僕がここに来ることには意味があるような気がしてきたんですけど?」 

挿絵(By みてみん)

 そのまま急ぎ足で駅前ターミナルに並んでいる警察車両を見回しているカウラの後ろで誠が呟いた。肩の水滴を払っていたラーナは驚いたような表情で彼を見上げていた。


「これはラーナの指示ではない。茜警部の助言を受けて私とラーナで決めたことだ。アメリアにも西園寺にはそう説明するように言ってあったんだが……アメリアは仕事は手を抜くからあの様子だと西園寺には話していないようだな。法術使用の場合、アストラル系の変動の残滓が残るらしいからな。神前ならそれを見分けられると踏んだのか。見たところ無駄だったようだが」


 自分の車を見つけたカウラはそれだけ言うとそのまま車に向けて走り出した。誠とラーナも遅れまいとその後に続いた。


 カウラの車にはそれを不審がる警官が一人張り付いていた。旧車の見慣れないスポーツカーに誠達、東都警察の制服を着た人間が乗り込むのを見ると、彼は合点が行ったというようにそのまま路線バスの通行の妨げになっているテレビ局のマイクロバスの運転席めがけて走り始めた。


 低い車高の車に誠達は体を押し込んだ。しばらくホッとして濡れた上着をどうするかというように顔を見合わせた後、ラーナはシートベルトに手を伸ばした。


「今回は一人の人間が重傷を負う事態になっちゃいましたから。これまでより大きな精神波動があったって予想したんすよ。で、もしかしたら波動の残滓が残ってんじゃないかと思って……最低でも能力発動を引き起こした人物の思考特性の特定くらいはできるかなあと思ったんす……けどその様子だと誠さんは何も感じていないみたいっすね……」 


 ラーナはそう言うとこの中ではそう言うことには一番あてになりそうな誠を見つめた。


「なら無駄にならないように神前の感想を聞こうか。何も感じなかったというのも立派な感想だ。答えてくれ」


 エンジンをかけたカウラが誠を振り向く。 


「特に……すいません。役に立たなくて。カウラさんの言う通り何も感じませんでした」 


 体を折り曲げながら狭い後部座席で呟く誠の言葉。ラーナは少しばかり残念そうにうなずくとそのまま正面に点滅するパトカーのテールランプに目をやった。


「気にすることは無いっすよ。これまでは人的被害が無かったと言うことは元々犯人はそう言うことを望んでいる人間では無いらしいって思ってたんすが……そうでも無いみたいっすね。これが分かったことでさらに犯人像が出来上がってきたっす。被害者が出ないに越したことが無いですが、多くの場合、こういった愉快犯は気が大きくなってより大きな事件を起こす傾向があるんっすよ。今回の犯人もそんな典型的な愉快犯だということは分かったっす。つまり、出来るだけ早く犯人を捕まえる必要がある……それこそ本当に取り返しのつかないようなところに犯人が足を踏み出す前に……それが社会と犯人の為っす。犯人も喜んで人殺しをするようなタイプじゃないことはこれまでの事件の傾向から明らかっすけど、これで一切自分の身に手が及ばないとなると次に何をするかは……言わない方が良いっすよね?人が破滅していく様を喜んでいるように聞こえるのは、アタシも嫌なんす」 


 自分に言い聞かせるように呟くラーナを思いやるような視線で見つめたカウラは慰めるような笑みをラーナに送った。車はそのままロータリーを出て豊川署への道を走り始めた。



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