第4話 演操術師の影
「結局こうなるのね……せっかくの休暇のはずが……なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!これじゃあ折角の新年が台無しじゃないの!きっと『ビッグブラザー』の仕業ね!意地でも2685年にしないつもりよ!奴は!この国を『永遠の1984年』にするつもりなんだわ!そんなに1984年にこだわって何がしたいのよ!まったく理解不能だわ!」
アメリアはそう言いながら不機嫌そうにいまだに焦げた匂いのしみ込んでいる紺色の長い髪をとかした。
突然の発火事件現場から誠の実家に帰った一同は東都の下町の誠の実家で破れた晴れ着を誠の母、薫がもったいないと丁寧にたたんでいる光景を目にすることになった。薫に向けてアメリアは折角のカウラの誕生日を口実に『特殊な部隊』の実質的な最高権力者であるクバルカ・ラン中佐に無理を言って取った休暇でひどい目に遭ったと嘆きつつ、今回の火事の鎮火にいかに自分が必要だったかをすっかり焦げ臭さの染みついた晴れ着を畳む薫に大げさに話した。
そんなところに誠達と同じ司法局の直属捜査部署である法術特捜の主席捜査官嵯峨茜警部から今回の事件の目撃者として警察署に出頭するようにとの連絡があり、とりあえず時間をもらってシャワーと着替えだけを済ませてこうして東和東都朝草警察署の取調室へとたどり着いていた。
そこには振袖姿の少女が取り調べの警察官の前で知らないと連呼しながら泣きじゃくっていた。火の粉を浴びて焼けた穴の目立つ振袖を着たまま、ただの新年のはしゃいだ雰囲気からこのような窮地に追い込まれた彼女にそもそも冷静な対応など期待することに無理があるように誠には思えた。
「あんなに泣いてたら取調べにならないだろうが……それにアタシ等が来た意味あるのか?法術関連の捜査は全部東都警察が面子にかけて解決するんじゃねえのか?こんな餓鬼が泣いているのを見る為だけにアタシ等を呼んだとしたのなら、ここの署長は馬鹿だ。そんな馬鹿があの本命の法術師の辻斬りなんか捕まえられるわけがねえ!」
かなめはそう言いながらマジックミラーの向こうをいかにも不愉快そうな顔で眺めていた。捜査官もすっかり取り乱して泣くことしかしない少女に何もできずに黙り込んで彼女が気が済むまで泣かせることを決めたようだった。
ただ、誠達が到着してもう二時間が経過しているので、少女も泣きつかれた様に俯いて肩を震わせるのが精いっぱいのように見えた。
「でも、彼女以外にパイロキネシス能力の適性がある人物は居なかったたんだから……ああ、かなめちゃんが口から火を吹いたと言う線もあるわね。サイボーグなんだからそのくらい出来てもおかしくないかも!」
ここに来るまでのカウラの『スカイラインGTR』の車内で、一番せっかくの休暇がつぶれたと愚痴っていたアメリアがかなめを挑発するようにつぶやいた。思わずかなめがにらみつけるがアメリアは手にしたコーヒーの香りを楽しみながらまるで気にしていないという表情で歩き始めてしまった。取調室ではほとんど質問を諦めたという表情の捜査官を見ながらカウラも仕方なくコーヒーをすすった。
「拘束した者の他にもパイロキネシストがいる可能性はあるな。それと適性検査自体もまだ技術的に確立されたものではないからな。資料に無くても思念発火が出来る人物がいた可能性もある。西園寺、法術適正のあった連中は一通り身元は確認したんだろ?その中に彼女以外の容疑者になりうる人物はいないのか?警察が手に出来る法術適性の検査結果の最新データは3か月前のものだ。その点貴様なら厚生省の直近のデータにアクセスできる。そちらは探ったのか?」
カウラは先ほど久しぶりにタバコを警察署の喫煙室で吸ってそれなりに落ち着いてコーヒーを飲むかなめにそれとなく声をかけた。
「そりゃあまあ……でも能力適正が低い人物は簡易検査じゃ引っかからないからねえ。あの程度の火事を起こすくらいの力なら他の適正で引っかかった奴の犯行の可能性も捨てきれねえな。それに法術適性は遼州同盟機構なら同盟厚生局の管轄、東和共和国なら厚生省の管轄なのは知ってるよ。さっきデータを見てみたが……完全に外れだ。そもそもこの国がやってる検査なんてうちのその道の専門家のひよこに言わせるとざるみたいなもんだって話だぞ。データそのものに信頼性ゼロなのにアタシの情報が何の役に立つ?でもまあ、仕事だもんな……一応再チェックはするけど……期待すんじゃねえぞ」
かなめはそう言うと珍しくおとなしく手持ちの携帯端末から伸びるコードを自分の首筋のジャックに挿して情報収集を開始した。
「感覚的には……この子じゃないと思うんですけど……殺気と言うか……あの発火の瞬間に感じたのは一種の『憎悪』に似た感覚でした。そんな感覚はこの子には感じません。だからこの子が犯人だとは僕には思えないんですけど……」
誠は直感的にそう口にしていた。ぼんやりと思いを口にしただけの誠に、かなめ、カウラ、アメリアの視線が一斉に突き刺さった。
「は?『あんなかわいい女の子が犯罪者のはずは無いです!』とか言い出すつもりか?ばーか。女のアタシが言うのもなんだが、女は嘘をつく生き物だ。あの餓鬼も女だ。あの延々と続く泣いている状況も演技じゃないって誰が言える?『ついむしゃくしゃして』とか言う理由で思春期の男女は非行に走るんだ。うちの島田を見てみろ。いまだにあの餓鬼と同じレベルの感性で『つい』車を盗んだり『つい』万引きをしてランの姐御に迷惑をかけているんだ。現実を見ろ!神前!」
かなめの馬鹿にしたような口調に誠は何も言えずに自分のために入れてもらったコーヒーを手に取った。
「そう言う意味じゃないですよ!だって法術適性反応が出るといろいろ面倒な話を聞かされるらしいじゃないですか。そもそも適性が出た段階で『法術師手帳』と言う手帳を渡されて外を出歩くにもそれを持ち歩かないといけなくなる。例えばコンサート会場では人が集まる場所で法術を使われると面倒だということでその際は法術発動を防ぐ目的らしいヘッドギアを強制されますし、僕だって司法局の局員と言うことで何とか誤魔化してますけど、声優のイベントとかではそう言う融通が利かないからそれをして客席に向かうんですよ?そんな面倒を押し付けられて自分が普通に見えても目立つのを分かり切ってる人間がわざわざあんなどう考えても逃げようがないところで放火なんかすると思いますか?」
誠はかなめの言葉に馬鹿にされたと感じて感情的にそう言い返した。
「そうね、まずそもそも法術適性者と認定されると最初に市役所とか区役所での法術発動封印の誓約書を書かされて、そのあと警察署で法術に関する諸法の講習を無理やり受けさせられる。それに能力ごとに消防署だとか陸運局だとかに提出する書類があって……嫌でも自分がいつ放火魔に仕立て上げられても文句が言えなくなるということを思い知らされる。それが分かってて力を使うなんて普通は有り得ないわね。たぶん彼女も消防署で火事があったら最初に自分が疑われると消防官から口が酸っぱくなるほど言われてると思うわよ。島田君みたいにそう言われると逆に逆らいたくなるヤンキーにはあの子は見えないから犯人じゃないという誠ちゃんの推理は筋が通ってるわね」
誠の話をアメリアが引き継いだ。その言葉を聞きながら再び誠は取調室の中を見た。相変わらず少女は泣くばかりで事情聴取はまるで進んでいなかった。
「あの少女の前後の行動に関する供述にも矛盾はないな。そして肝心のあの放火の場面においては法術の発動については何も知らない……気がついたら火が目の前に広がっていた……。そもそも火事が起きれば疑われるのは自分だと知っている。そしてあの現場には警察官が群衆の整理のために何人も並んでいる。そんな場所でわざわざ自分の法術を使って見せるなんて言う意味が全く理解できない。となると」
カウラは顎に手を当てながら難しい表情でそうつぶやいた。
「能力の暴走の線が有力ですわね」
その緊張感を嫌でも煽るような響きの高い声で後ろから声をかけられてかなめは驚いて座っていた机から飛び降りた。そして彼女の後ろには見慣れた東都警察の制服を着た女性が腕組みをして立っていた。それこそ、最近は司法局本局への出頭が多く、司法局実働部隊のある豊川で顔を合わせることが少なくなった法術特捜主席捜査官の嵯峨茜警部だった。
「茜か……。さすがキャリアの警部殿は態度が違うねえ……今頃出てきやがって……人を呼び出して何してた?デートか?そんな訳ねえもんな。オメエは『鋼鉄の処女』だから。オメエに彼氏が出来るなんてことが起きたらそれこそこの宇宙が終わる」
冷やかすような調子で笑顔のかなめは茜に声をかけた。
「いいえ、かなめさんとは違って昨日から徹夜ですの。東都警察から依頼された法術に関する捜査マニュアルの作成ですわ。法術適性の無い警察官が法術師と遭遇した時にどのように対応すべきかと言う話なんですけど、今頃そんなものを作ってくれと私に言ってくるなんて東都警察の危機意識の無さには呆れますわ。あれは『近藤事件』の直後に用意すべき性質のマニュアルです。その辺をまだ東都警察の幹部一同にもご理解いただけていないだなんてなかなか思うように行きませんわね」
上品そうにそう言うとそのまま取調室が見えるガラス越しまでやってきて中を覗き込んだ。
かなめの従妹で誠達の所属する司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐の娘である同盟司法局法術特捜の主席捜査官嵯峨茜警部だった。いつもどおりに表情を変えずに中を一瞥した後ついてきた補佐官のカルビナ・ラーナ巡査が捜査器具を取り出した。
「ラーナ。なんだそれは?奇妙なもんを持ち出しやがって。何するつもりだ?」
かなめの質問にラーナは顔を上げるがまるで興味がないというように視線をおろして取り出した器具の制御をする為に端末にコードをつないだ。
誠も初めて見るその器具は数々の小さなモニターが並び、いかにも先端機器と言う雰囲気を放っていた。ラーナは無言でそれの電源を入れるとモニターに次々と波形を示す緑の線が映し出される。誠とカウラとアメリアもそれに興味を持ってそれに自然と近づいていった。
ラーナはそれぞれの画面を確認しながらそのままその部屋の超高速アナログ通信回線にそのコードの一本をつなげた。
無視されて冷静でいられるほどかなめは人間ができていなかった。そのままつかつかとラーナに近づいて懐から取り出したコードを自分の首のジャックとラーナの端末に接続した。
「そんないきなり西園寺大尉!勝手なことをされたら困るっす!」
勝手なかなめの行動にラーナは困惑したように顔をこわばらせた。ラーナから見てもかなめは凶暴で手を出せば何をされるか分からない存在に見えていた。 かなめの暴挙にラーナはそのそばかす顔で困った表情を作るが、今は一秒でも時間が惜しいというようにかなめを無視して機械の画面の各データを確認すると、バッグから取り出したキーボードをつなげていた。
「うるせえ!平の巡査は黙ってろ!情報共有だ!アタシ等は法術特捜の補助任務もその仕事の一つなんだ!当たり前の話だろうが!」
茜は一瞥して困った顔のラーナにうなずいて見せてかなめの情報収集を黙って許した。
「演操術師の特定か……それなら辻褄が合うな」
かなめのつぶやいた『演操術』と言う言葉にその場の空気が冷えていくのを感じた。その中で誠は聞き慣れない法術の種類に目を茜に向けた。
「なんだか分からないけど面倒なことになりそうなのね。言葉から想像するに人の能力を操作する系の法術ってわけね。なんだか嫌な予感」
アメリアがコーヒーを口に含んでその様子を眺めている。
「わたくし達が動く事件は大体が面倒なことなのではなくて?これまでだって一つとして……ああ、みなさん『特殊な部隊』の人達の主な任務は千要県警の下請けの駐車違反の取り締まりでしたわね。そちらの任務は確かに面倒なのは違法駐車をしても開き直る車の持ち主との交渉程度でしょうけど」
上品に答える茜にアメリアは手を広げて知らぬふりと言うような態度を示して見せた。
「確かに……今回も面倒なことになりそうだな。それに千要県警から依頼される駐車違反の取り締まりは我々の主任務ではない。その点については警部の方が訂正するべきだな」
カウラはそう言うと静かにコーヒーをすすった。そんな彼女の前で茜は大げさに直立不動の姿勢をとった。カウラも気づいて敬礼した。
「嵯峨茜警部、事件を引き継ぎます」
誠達に向き直って姿勢を正した茜はそう言うとカウラに敬礼を返した。
「よろしくお願いします」
カウラはそう言って茜に敬礼を返した。その有様を相変わらずラーナの機械を弄りながらかなめが眺めた。アメリアはと言えば部屋の隅に置かれていた事務机にかけてあったコートに袖を通していた。
「アメリアさん……」
誠が恐る恐る声をかける。その脇を安心したと言う表情のカウラが通り過ぎる。
「引継ぎは終わったわけだな……帰るか。これから先は茜のお仕事。アタシ等の仕事は終了ってわけだ。とっとと家に帰って残り少ないお休みを楽しもうじゃねえか」
かなめはラーナを虐めるのは飽きたと言うように機械から離れるとそのまま出口へと向かった。
「いいんですか?事件はまだ……」
そこまで言いかけたところで茜が誠の肩を叩いた。
「初期消火とその後の対応お疲れ様。後は私達が引き継ぎますわ。正月休み、ごゆっくり。私達の仕事は身体が資本なのよ。休むのも仕事のうちですわ。そしてまたお仕事をお願いするかもしれませんけど、その時はよろしくお願いしますわね。それに演操術の法術師が今回の事件に絡んでいるとなれば……私だけでは手に余りますわ。単に意識を乗っ取るだけの法術ならば通り魔一つ作り出して終わりなんでしょうけど……今回の事件の本当の犯人が私の知っている種類の演操術師ならば……事はもっと複雑になりますわね」
どう見ても遼州人の嵯峨の娘には見えないドイツ系の整った顔立ちに金髪のポニーテールが映える茜が凛とした口調でそう言った。その口調には、この事件を誠達に押し付けるような気配があった。面倒ごとを他人に押し付けて大笑いする父・嵯峨に似た余裕を感じて、誠は少しうんざりした。誠は少しうんざりした気分になった。
「はあ……でも……いや、休みます。また、僕たちが面倒に巻き込まれる前に休めるだけ休みますよ」
誠は自分と二歳上なだけのエリート警察官の言葉に何も言い返せないことは分かっていた。そしてそのまま帰ろうとする三人の女上司の後を追って取調室を後にした。




