第3話 晴れ着のまま非常出動
その時。一瞬、誠の意識が飛んだ。
何か強大な揺らぎのようなものが誠の身体を震えさせた。
そして次の瞬間に参拝客が絵馬をつけるため群がっていた一隅に一瞬で火が回った。乾燥した木の燃え上がる炎に人々が驚いたように悲鳴を上げた。
それと同時に誠を襲った異様な感覚が誠から消え、誠は目の前で燃え盛る祠の光景を呆然と見つめている自分に気が付いた。
「なんだ!放火か!こんなめでたい日に罰当たりな奴だ!神前!とりあえず消火だ!」
騒動となると必ず食いつくかなめが急に発火して一瞬で火が回って燃え上がる祠を見ると飛び上がって誠達に目を向けた。
カウラも一瞬は目の前で起きた信じられない現象に呆然としていたが、すぐに事態の重大性を理解するとあたりを見回し防火水槽を見つけて走り出した。
一挙に火の燃える香りと黒い煙が狭い参道に満ちて行った。
「ちょっと!何よ!テロ?テロなの?」
アメリアはしばらく叫んだ後、火の粉が移った人達に近づいて自分の紺色の振袖を振り回して火を消そうとしていた。
「おい、神前!オメエも法術師だろ!何か分かったか!分かったこと全部言ってみろ!」
かなめは一瞬訪れた衝撃から回復したばかりの誠を見上げるとそう叫んだ。
「この感覚……以前にも……いや、法術兵器の実験で何度か経験しましたけど……これはパイロキネシストが法術を展開する時の周囲の法術師に与える思念圧迫ですから……発火能力者です!この近くに居ます!気を付けてください!」
誠はとりあえず周りを見回して警戒しているかなめを見守っていたアメリアに向けてそう叫んだ。
「そうね!そこの巡査!本部に応援を!それと東都警察の法術機動隊に連絡!最悪の事態に備えるのがあなた達の仕事でしょ?」
先ほどまでふざけてばかりだったアメリアが緊張した面持ちで両隣の警察官に指示を出した。
駆け出していく警察官を見送るアメリアを見ながら誠は自分の後ろで控えているかなめに目を向けた。
「パイロキネシストは連続攻撃が基本ですから!テロリストならこのあたりの燃えそうなものに次々と引火させてこのあたりをパニックに陥れるのが発火能力者テロリストの定石です!」
誠はそう叫ぶと自分の襟をつかんで来たかなめを見つめた。
「こんな火の気のないところにいきなり一瞬で火が回るなんてこの火事がパイロキネシストの仕業なのは見りゃわかる!他に何かわかったことはねえのか聞いてるんだ!アタシは今そいつがどこにいるかと聞いてるんだ!そんぐらい察しろ!」
誠はようやく何物かの介入が止んで力が入るようになった膝で参道の中央に立ち上がった。そしてその誠の様子を確認するとかなめは慌てて駆けつけてきた警備の警察官に自分の身分証明書を見せた。
「司法局?これは法術事件ですか?こんな火の気のないところで火事だなんて……パイロキネシストによる放火ですかね?正月から放火なんてまったく罰当たりな連中だ!」
驚いた太り気味の警察官はしばらく唖然とした後、周りを見回した。防火用水の隣のポンプを目にしたカウラが近くの客達に助けられながらそれが格納されている小屋からポンプを引き出そうとしているのが見えた。
「法術犯罪の可能性がある!すぐにこの場にいる人物の身柄の確保を始めてくれ。一人も漏らすんじゃねえぞ」
かなめは避難誘導をしている警察官を怒鳴りつける。
「もし東和に恨みを持つ東モスレム系なら人混みに紛れる!一人も逃がすな!」
かなめの言葉に警察官と飛び出してきた町会の役員達が大きくうなずいて走り始めた。その中には先ほどの顔役の姿もあった。皆ただ突然の惨事を見てそれぞれの持ち場へと散っていった。
そんな中、誠は何をして良いか分からずに大きく息をしてしばらく立ち尽くしていた。だが火が大きく揺れて一気に逃げようとする参拝客に襲い掛かろうとしたところで自分が司法機関執行官であることを思い出してそのまま消火活動中のカウラに向かって駆け出していった。
「神前!貴様はホースを!持て!貴様が射撃が下手なのは知っているがあれだけ目標が大きいんだ!貴様でも当てられる!冷静に対応しろ!」
放水の為にポンプを起動している町会の役員達と共にカウラが叫んでいた。その振袖には火の粉がかかり、一部が焼け焦げているのも見えた。誠はカウラからホースを受け取るとそのまま空高く炎を上げて隣の葉の落ちた木々にまで延焼し始めた祠にホースを向けた。
「行けます!放水開始!」
誠はじっと筒先を構えるとすぐに大きな反動が来た。それをなんとか自慢の左腕で何とか抑え込もうとする誠の手の放水口のその先端から水がほとばしり出た。周りの人々が逃げる先には警察官に混じってちぎった袖でパニックに陥った群衆を沈めようとしているアメリアの姿もあった。誠はそれを確認すると安心して燃え盛る祠に放水を続けた。
ただし、やはり誠の放水の先は射撃が下手な誠らしく右に左に揺れるだけで一番激しく燃えている祠の中心には命中しない。
「大丈夫か?つうか、オメエはマジでやってんの?そんなんじゃ消えねえよ。何してるんだか……まったく」
応援の警官隊の配置を終えたかなめが何とか慣れない放水をしている誠に手を伸ばしてきた。
「おい!オメエに任せといたら東都が全部焼け野原だ!貸してみろ!こうやるんだ!」
かなめはそう言って誠からホースを奪い取ると火の中心に的確に放水をした。ポンプの設定が済んだカウラも力が抜けて倒れそうになる誠を何とか支えた。
「大丈夫か?さっきはお前にも何かあったんだな……ただ、今はこの火事を消すのが優先だ。幸い、他に火の手が上がった様子が無いところから見てテロリストの仕業ではないようだ。自然覚醒の愉快犯がいたずらでつけたんだろう。ただ、油断はするなよ。法術の発動を感知できる力があるのは貴様だけなんだ。油断せずその気配があったら私に知らせろ。それからあとは私とアメリアで対応する」
的確に状況を分析したカウラの言葉に力なく誠はうなずいた。
「この祠に火が入る直前にパイロキネシストの力の発動を感じました。ただ……あまりに突然だったので本人の意志で発動したのか……法術暴走なのかまでは分かりません。ああ、今は消火活動でしたね。そちらに集中します」
放水口を燃え盛る祠に向けているかなめを支えようとホースを手にしていた誠は戸惑った表情のままカウラにそう答えた。
「そうかわかった。それ以上の事は考えるな。今の貴様はただの法術センサーだ。その機能だけを発揮していろ。今の我々にとっての最大の任務は消火活動だ。それにもし法術暴走だったとしたらその連鎖が起きて貴様にまで法術暴走が起こったら私も辛い」
目の前ではほとんど鎮火してきた祠に水を撒くかなめの姿があった。
かなめの的確な放水であれほど激しかった火の勢いが急激に静まっていった。
数分で火がほぼ鎮火するとかなめはポンプを操作しているカウラに放水を止めるように合図した。放水が止まり、周りを取り巻く野次馬達にも安堵の表情が浮かんでいる。
いつの間にか周りには警察の非常線のロープが張られ、朝草寺に向かう通行客の整理をしていた警察官たちが野次馬の規制を始めたのを見て誠はようやく一息ついた心地だった。
そして避難の誘導の為、最初に現場に来た二人の警官を指揮していたアメリアも誠達の所に戻ってきていた。
「ああ、これ結構高かったのよね……これじゃあまたかなめちゃんに買ってもらわなきゃね……まあ、この前カウラちゃんにあんな買い物をしてあげるかなめちゃんからすれば大した出費じゃないとは思うんだけどね。違うかしら?かなめちゃん?」
そう言うとちぎった袖をひらひら振りながら消火ポンプのホースを片付けているかなめに見せびらかした。かなめはちらりとアメリアを一瞥したが、任務に忠実に無視して放水口をカウラが撒き上げた小型放水機にホースを巻き戻した。
しかしそれからは誠達の本業である遼州同盟司法局特別機動部隊の仕事の領分となった。焼けた振袖のままのかなめを先頭に誠達は祠の裏手に並んでいる警察車両の中の指揮車と思われる車へと足を向けた。先にこちらで被疑者の拘束を担当していた警官を先に到着していたアメリアが疲れた表情で誠達を迎えた。
「容疑者は特定できたのか?パイロキネシストはそれほど多い法術師ではない。それに法術適性検査の際の発見率の高い法術だ。特定できた方が後々楽になる」
警察車両と警察官を目にするとカウラはそう言って周りを見渡した。警察官たちは見慣れない焦げの目立つ晴れ着姿の女性陣と一人ごく普通の私服の誠に面食らったように顔を見合わせるばかりだった。
「カウラちゃん。ここにいる人達は現場検証をするための準備をする人達よ。私がそちらの方はカウラちゃん達が火を消している間にすべて手配済み。一応、近辺にいた人達はすでに車両で移動して警備本部でお待ちいただいているわよ。パイロキネシスなんて珍しい能力だものすぐに犯人は特定できるわね……それにしても馬鹿な犯人ね。こんなに人がいるところで発動させて誰にも気づかれないとでも思ったのかしら?しかも、今の東都警察は法術師の辻斬り対策で違法法術行使の取り締まりは結構厳しくやっているのにねえ……まあ、そんな東都警察の事情なんて愉快犯のパイロキネシストの知るところではないでしょうけど」
アメリアはそう言うと発火事件のあった場所の状況をシミュレートしている画面を眺めている女性警察官の方に目を向けてため息をついた。
「どうした?アメリア。なんか珍しいもんでもあったのか?」
かなめは一仕事終えた感慨から笑顔でアメリアにそう尋ねた。
「これ……穴が開いちゃってる……さっきも言ったけど、かなめちゃんにまた買ってもらわなきゃ……お金持ちなんでしょ?私達お友達じゃないの♪」
かなめの問いにアメリアは火の粉で穴だらけになった青い振袖の袖をいかにもかなめが買ってくれるのが当然という顔をして翻して見せた。
「何度も同じことを言うんじゃねえ!別にアタシからしたら大したもんじゃねえし、今回は緊急避難的処置だからな。あとで弁償してやるよ」
ため息交じりのかなめの一言が漏れた。アメリアはいかにもやってみせたと言うような表情で誠に笑顔を向けた。
「まあ……けが人も無かったわけだからな。あとは所轄の警察の資料が上がってくるのを待とうか……パイロキネシストの法術の特性から考えてあの炎上した祠の見える位置に犯人は居たと考えるべきだ。そうなればある程度人物は特定できるはずだ」
そう言うとカウラはそのまま指揮車の入り口に手をかけた。
「カウラ……」
かなめは少し気の抜けたような顔でカウラに声をかけた。
「なんだ?」
かなめの顔を見てカウラは煤で汚れた頬を拭いながら振り向いた。
「誠の家……ラムはあるか?オメエは一番あの家で薫さんを手伝ってた。酒の場所ぐらい何度も見ただろ?」
カウラは、こんな状況でも酒を欲しがるかなめに呆れ果てた顔をした。
「は?」
カウラもアメリアも誠も突然のかなめの言葉に呆然とする。
「いやあ、こういう突然の仕事の後は強い酒をきゅっと飲みたい気分でさあ……」
かなめの突然の問いに誠は戸惑いつつ実家の父の酒の事を考えてみた。
「父は基本的には焼酎より強い酒は飲みません!それにそもそも母は酒を飲みません!」
誠も大人になってからは全寮制の私立高校の剣道教師をしている父が帰ってくるたびに酒に付き合わされるのでそのことくらい分かっていた。
「ああ……そう……かよ。三が日は焼酎で我慢か……久しぶりにラムが飲みたい気分になった。ここんところ神前の実家と言うことでタバコも我慢しているんだぜ?ほとんど拷問だよ、神前の実家暮らしは!もっと強い酒を飲ませろ!」
本当に力なく、まるで抜け殻のようになりながらかなめはそれを見守るカウラ達に見送られながらよたよたと指揮車を後にした。




