第39話 斬大納言、旧物置に座す
戸別訪問を終えて疲労困憊した誠達は豊川署のロビーで遅れて到着したかなめ達と合流するとそのまま旧物置部屋の自分達の捜査本部に向った。
その扉をいつも通り姐さん気取りで先頭を歩いてドアを開けたかなめの表情が突然驚きを通り越した呆れた表情に変わるのが分かった。
「なんで?こんなところになんでオメエが居るんだ?オメエはアタシ等が隊にいない間の大事な留守番だろ?今は確かに戦闘を伴うような出動は不可能な状態なのは分かるが、いついかなる時でも落盤事故や海難事故に備えて05式を待機状態にしておくのがオメエの仕事のはずだろ?その為に神前の機体をオメエ用に調整したんだ。その自覚はねえのか?オメエは第二小隊の小隊長だろ?だったら機動部隊の小隊長の席に座ってろ。違うか?かえで?」
ドアを開けたかなめがそう言ったのも当然だった。足を棒にして一日歩き回って豊川警察署に与えられた部屋に戻るとそこには紺色の柔らかそうなベストに金の手が込んだ刺繍が施されたものを羽織り、その下には白いフリルの映えるシャツ。そして赤い乗馬ズボンにはこちらも手の込んだ銀色の刺繍の施されたまるで中世の王子様のような姿のかえでとこちらもその時代設定に合わせたような黒の燕尾服姿のリンが紅茶を啜っていた。彼女の座っているアメリアの席の端末は起動済みで彼女が誠達が集めた情報を先ほどまで見ていたらしいことがわかった。
「ああ、ごきげんよう、お姉さま、そして僕の愛する誠君。カルビナ巡査が加わったことで捜査も順調に進んでいるようじゃないですか。ああ、災害出動に関することかい?それこそ『同盟厚生局違法法術研究事件』で失地回復に必死な東和陸軍が喜んで出動してくれるんじゃないかな?あの事件への深入りで東和国民の東和陸軍への風当たりは強い。それこそ何かあれば僕が出動すると言っても押しのけて出動許可をクバルカ中佐にねじ込んでくるのは間違いないんだから……僕としても暇を持て余していてね」
かえでは涼しい顔でそう言うと用意した小皿に置かれたスコーンを口にした。
「もう日も沈んだんだ。オメエは使用人と乳繰り合ってりゃいいんだ。そもそもここには変態に出来ることはねえ、とっとと帰れ!それともアタシにぶたれたり殴られたり縛られたりしたくてここに来たのか?そんなことアウェーのここでやったらアタシまでオメエと同じ性犯罪者になる。そんなのは御免だ!」
かなめの皮肉にもまるで答えずかえでは平然として紅茶を飲み続けた。かなめとのこんな日常には慣れっこのラーナ以外はすでに口を開く気力も無くそれぞれの席に腰掛けた。かえでに自分の席を占拠されたアメリアもそれをとがめる力も無いというように空いていたパイプ椅子に腰を下ろした。
「でも……この数。256件ですか?データで見るのと一軒一軒訪ねるのはずいぶん違うんだろうね。それと僕を性犯罪者と呼ぶのは早計だよ。これまでは僕の愛する『許婚』である誠君の好みに合わない僕の趣味に走っていたのは事実で、その結果この国の法律に触れたのは事実だけれども、それがいずれ僕のすべてを手に入れる誠君の好みに合わないと分かればそれを我慢する程度のことは僕には出来るんだ。誠君にすべてをささげる事こそが僕の望みなんだから。その深慮遠謀の為には目先の快楽に飲まれるような安い女と僕を見ているのならお姉さまは僕を見誤っているということだね。少し残念かな」
かえでは手にしたティーカップを置くとそのまま端末に鋭い瞳を送った。そこにはこれまで見たことの無い『斬大納言』の異名で知られる切れ者のそれがあった。
「でも僕達はこんなことをしていていいんですか?司法局本局からの出動要請とかがあっても……こんな状態じゃ対応できませんよ。確かに今は東和陸軍は僕たちを押しのけてでも災害出動などにでしゃばるのは目に見えてますけど、東和陸軍だけで対応できないような大災害が起きた場合はどうするんですか?その為の司法局実働部隊じゃないんですか?」
疲れから頭が切れるのは分かるが自分が関わると間違いなく暴走するかえでを無視して誠は本音を口にしていた。それを見て少しがっかりしたと言うようにかえではため息をつくと再びティーカップを手にして紅茶を飲んだ。
「ああ、クバルカ中佐からはその点では安心して良いという話だよ。誠君の機体の僕向けへの調整ばかりでは無くて、お姉さまの機体は一時的にアンが乗るということでサイボーグ用のコックピットから通常の人間でも対応できるそれに換装してあるからね。ベルガー大尉の機体は同じ『ラスト・バタリオン』であるリンが乗る。二人とも特に機体には不満を持っていなかったよ。どんな事態が起きても僕達第二小隊で対応できる。これまでもお姉さま方は一個小隊で事態に対応してきたんだろ?それなら僕にそれがこなせないわけがない。お姉さまも誠君も優秀な妹や『許婚』を持ってうれしいだろ?」
かえでの言葉にうわの空でうなずきつつそのままかなめは自分の端末を起動させていた。かえでと誠達との会話の間もラーナは自分の席で聞き込みの最中に手にした情報を記録したデータを彼女が持ち込んだ小型端末にバックアップを取っていた。呆然とその有様を誠達は見詰めていた。
「ベルガー大尉。カルビナ巡査ばかりに頼らずに自分のデータはちゃんと自分の端末に落としておいた方が良い。これからもカルビナ巡査が居るとは限らないんだ。当然の話だろ?日頃、君が僕を嫌悪感を帯びた目で見ているのは理解できない事ではないが、それはそれ、これはこれだ。甲武海軍でそういう指示を何度となく現場の指揮官に出してきた僕が言うんだからそのくらいのアドバイスは受け入れてくれても良いんじゃないのかな?」
かえでは当たり前のようにそうカウラに言うとまだカウラの事を諦めてはいないようで妖艶な瞳でカウラを見つめた。
そのあからさまに色気ばかりが先行しているかえでの視線を明らかに不快に感じたようにカウラは自分の席に着くと端末を起動した。
「日野に言われることは無いんだがな。最初からそうするつもりだった!」
カウラはエメラルドグリーンの前髪を疲れたような手で軽く撥ね退けた後、皮肉を言うかなめに力ない一瞥を送った。
「まあ同じ法術師であるかえでさんがここにいるからこんなことを言うのもなんですけど……かなり法術の存在は嫌われてますね。これほどとは僕も思っていませんでした。まるで法術師は罪人かさもなければ人を食べる害獣扱いですよ」
それが誠の本音だった。法術と言う言葉を聞いただけで住人の大半は嫌な顔をした。時にはいかに法術師が危険で抹殺すべき存在なのかと言う極論を展開し始めて冷静なはずのカウラがこぶしを握り締める場面もあったくらいだった。
「誠君。言わなくても分かるよ。ただ、この事態は法術が明らかになる前からすでに想定されていたことなんじゃないかな?僕はそれ以前から自分が法術師であることを知っていたから、君達の今日の訪問で出会ったようなことが東和で起きたところで別に不思議なこととは思えないね。君が起こした『近藤事件』以来この国に……いや、地球圏も含めて宇宙は猜疑心で一杯だ。アイツは俺の心を読めるんじゃないか、あの通行人はうちに火でもつけるんじゃないか。そんなありもしない疑惑。どれも荒唐無稽な妄想なんだけどね。法術を使いこなすとなると僕の様に良い師匠についてのそれなりの訓練か誠君みたいに戦場に放り込んで極限状態まで追い詰めることが必要になる。しかし、今、法術犯罪に手を染めている輩にはそんな良い師匠などいるわけが無い。誠君に発動の必要に迫られた経験も無い。ただ単にそれまで出来るはずが無いと思うことが実は簡単にできたと言う偶然に酔っているだけにしか僕には見えないね。例えば目の前のゴミの山に火をつけようとすればすぐに燃えだした。空を飛びたいと思えば本当に飛べた。そんな自分の力に酔っている中での不届き者が法術は勝手に発動してはならないという法律に反して勝手に法術を発動する。だから法術犯罪が起きる。この程度の事は遼州同盟も地球圏も起きて当然の事件だと認識していると言うのが僕の見立てだ……何か僕の言葉に間違いでもあるかな?」
そこまで言うとかえではのどを潤すように優雅にティーカップの紅茶を啜った。
「そこに今回のこの事件だ。悪意があれば何でもできる能力を保持した連中が悪意の赴くままに暴れているんだ。これまでの法術師への恐怖が憎悪に変わったところでそんな考えの持ち主を責めるわけにもいかないね。それでも僕も法術師だ。正直良い気分はしないよ。力ゆえに憎まれるというのは地球では『超富裕層』がそれにあたり、甲武では貴族が血がそれにあたる。ただ、それは『資本』や『血筋』などと言うそれ自体により犯罪行為に走れるような力ではないが、それが『法術』と言う地球科学では解明不能な力と言うことになると話は違う。その憎悪はたとえ同じ遼州人の間でも蔓延したとしても少しも不思議なことでは無いよ」
そう言うとかえでは立ち上がった。襟巻きを強く巻きなおし、周りを見回す姿は誠にはどう見ても貴族の男性が立ち上がる姿にしか見えなかった。その巨大に過ぎる胸が無ければだれもがそう思っただろう
「じゃあ、僕は上がるね。今日は僕は茜お姉さまとの訓練でちょっと疲れていてね。リンや使用人たちに慰めてもらうつもりだ。お姉さまに言われてから前と後ろに常に誠君を感じて勤務するのは誠君のお気に召さないということで僕なりに気を使っているんだ。今でもその時の快楽が待ち遠しくて仕方がない」
かえでは相変わらずの愛の目線を誠に送ってきた。
「なんだよ……言ってた割には付き合い悪いじゃねえか。というかあんなもんを付けて日常生活を送ってる方がどうかしてるんだ。まあ、今の発言もかなりどうかしているという自覚を持った方が良いな」
見た目は疲れて見えないもののかなめの表情に力の無い。そんな彼女をいつものさわやかな流し目で見つめると、かえでは愛想笑いのようなものを浮かべて出口へと歩いていった。
「お姉さまの言う通り今日の夜は長くなりそうだ……体がほてって仕方がない」
かなめをからかうようにそう言うとそのまま出口の扉に手をかけた。
そのまま出て行くのかと見ていた誠だが、かえでは気がついたように威儀という言葉がふさわしい見事な外套に手を当てながら振り向いた。
「そうだ、カルビナ巡査。茜お姉さまが合格点だという話だ。君はもう一人前の法術捜査官だそうだ。良かったね、君はもう茜お姉さま無しで生きていける立派な一法術捜査官だ。ただ、見つけた法術師が君や誠君の手に余るようであれば……僕を呼んでくれてもいいよ。正直なところ茜お姉さまや誠君だけではどうも僕にはどうも不安なんだ。僕が目の前に現れればその哀れな法術犯罪者もその無力さを嫌でも思い知ることになるだろうからね」
かえではそう言って振り向きざまラーナに笑いかけた。
「え……ありがたいっす!」
かえでの珍しく柔らかい口調にラーナは飛び上がるようにして立ち上がるとかえでに敬礼をした。
ラーナは何か言い返そうとして、しかし言葉にならなかった。ただ、敬礼した手だけが震えていた。
その滑稽な姿に満足すると、かえでは軽く手を上げてそのまま副官のリンを連れて外に消えていった。
その場にはかえでの飲んでいた紅茶のカップとスコーンを置いていた皿だけが残された。
「かえでの奴、最近さらに生意気になってきやがったな……神前の野郎をアタシの許可なくべたべた触っていやらしい目で見ていやがる。誰が主人なのか身体に刻み込んでやろうか?」
苦々し気な笑みを浮かべてかなめがつぶやいた。カウラの端末からのデータ転送が終わったことを告げる画面を見ながら誠はラーナを見つめていた。いつまでも呆けたように立ち尽くす少女の面影の残る法術専門捜査官ラーナは上司に独り立ちを認められたのが嬉しいのか、心の底からの笑顔で突っ立っていた。
「さっさと今日取れた情報の整理をしましょうよ!かえでちゃんの変態度が下がっていることは良いことなんだから!そのことがかなめちゃんには迷惑だったんでしょ?いくらかえでちゃんが生意気になってもセクハラ三昧の毎日よりそっちの方がかなめちゃんには良いんでしょ?私には複雑……明らかにかえでちゃんは自分を誠ちゃん好みに変えるように修正を計っているわね。これは予想外の展開だわ。最初に会った時はあの変態度合いは治癒不能なレベルだと思ってたのに。でもまあ、かなめちゃんにとっては思う通りに進んでるんだったらいいことじゃないの」
アメリアの言葉で我に返ってラーナは腰を下ろした。そんなラーナの姿に誠達は疲れも忘れるような暖かい微笑が浮かんでくるのを感じていた。
「とはいうものの、明らかに誠ちゃんの好みの女に近づこうとするかえでちゃんの態度……確かに最近のかえでちゃんの行動は目に余るわね……私の誠ちゃんにべたべた触りまくってたけどそれでは誠ちゃんは落ちないと分かるとすぐ方針を変えるなんて……かえでちゃん……なんて恐ろしい子!きっと自分が誠ちゃんの好みのストライクになったところでおいしく誠ちゃんをいただいた後に自分好みのあの変態世界になんとしても誠ちゃんを引きずり込むつもりよ……。誠ちゃん今週のかえでちゃんからの動画を見た?」
アメリアは端末を叩きながら誠にそう尋ねてきた。
「いえ、先週のが凄かったんで今週の例の動画はまだ……」
かえでは誠とアメリアに自分の痴態を移した無修正動画を毎週送りつけていた。誠には愛を、アメリアにはアメリアが作るエロゲームの参考になればと言うことで送られてくるその動画にはかえでをはじめとするかえでの屋敷に住む6人の女達が裸で行為に及ぶ姿が映されていた。
「今回のはひたすら誠ちゃん向けよ。自分の身体がどれだけ誠ちゃんにふさわしいかを、延々と語っているの。かえでちゃんは完全に誠ちゃんを落とす気満々よ……いいえ、この動画を送っていること自体が誠ちゃんには変態と見られていることが分かればそれも止める。どこまでも誠ちゃんを手に入れるためには手段を選ばない。侮れない敵ね」
平然とした表情のままアメリアはそう言った。
「そんな内容なんですか……見たいような見たくないような……」
そうつぶやく誠の耳に机をたたくかなめの右腕の音が響いた。
「かえでの奴!神前はアタシんだって言ってんのになんで分かんねえのかな?月に一回の調教を止めてやるぞ!そうすればアイツのマゾの本性が目覚めてアイツもアタシを求めて来るんだ。神前にこれ以上手を出したら承知しねえかんな!」
怒りに震えるかなめをアメリアは冷ややかな目で見つめた。
「やっぱりかなめちゃんも誠ちゃんに気が有るんだ。まあ、私は誠ちゃんに気があるって公言してるからどうでも良いけど」
アメリアはそう言ってかなめの怒りに火をつけた。ただ、今はそのような馬鹿話をしている時間では無いことだけは誠にも分かった。
「誰が神前に気があるだ!オメエみたいな男日照りでアレがでかい神前に惹かれてるだけの色ボケの馬鹿と一緒にすんじゃねえ!」
かなめがそこまで言ったところでカウラが突然立ち上がった。
「貴様等いい加減にしろ!ここは職場だ!恋愛談義をするところじゃ無いんだ!そんな当たり前のことも分からないのか!」
突然キレたカウラにかなめもアメリアも静かに黙り込んだ。
「神前。日野少佐の色香に騙されるな。アレは魔性の女と言う奴だ。貴様を悪の道に染めたくない。だから今は静かに仕事をしていろ」
カウラはそう言うと静かに椅子に座り直して仕事を再開した。
誠はカウラの言うことももっともだと思いながらも例の今週のかえでの無修正動画の内容が気になって仕方が無かった。




