第35話 何も進まない夜
部隊の溜まり場、月島屋。店に来て三十分も経たずにすでにかなめは二本のラムの瓶を空けていた。
「あそこまで行きながら結局、何にも具体的な糸口はつかめねえ。窓口の姉ちゃんの帳簿を見るのも、玄関に設置されてた防犯カメラの映像を見るのも、今のアタシ等の『ただのお巡りさん』の身分の人間には出来ねえんだ。いくら所属が県警になったって令状がなきゃアタシ等は動けねえのは司法局の制服を着てた時と同じなんだな……でもなあ、捜査会議にも出れないってのはどういうことなんだ?そっちに出るか出られるかを決めるのは署長の決める事だろ?あの白豚署長には犯人逮捕を本気でする気あるのか?これじゃあアタシ等が豊川署に出向した意味なんて何にもねえじゃねえか!」
かなめは自分の名案が何の意味も無かったことと、明らかに県警が自分達をのけ者にしている現実に怒り狂っていた。
「アレか?アメリア。オメエは単にお巡りさんのコスプレを一日中したかった為だけにこんな無駄な企画を企てたのか?そんなもん、司法局の制服と大して変わらない制服を着ているだけじゃねえか!そんなに司法局の制服を着るのが嫌なら茜に紹介してもらってどっかの田舎の県の県警にでも紹介してもらえ!そこではオメエはたぶん何か事件があったら経験豊富な法術関係の捜査官としてうまく行けば捜査チームのリーダーとかもできるかもしれねえぞ?」
誰もそれを止めない。カウラは黙って烏龍茶を啜った。
誠から見てもかなめの怒りももっともだった。署に帰った誠達を杉田が待っていた。彼はぼそぼそとつぶやくように愚痴り始めた。現場を見た後に勝手に行動を開始するな。そんな連中には捜査会議に出る資格は無い。そして明日はその会議の結果どおり後で動いてくれとのことだった。かなめがそれを聞いて暴れださなかったのが今考えても不思議なくらいだった。
「まあ県警は当てにならないことは分かったものね……完全に私達には情報は流さないつもりよ。意地でも今回の事件の手柄は一切私達の手は借りずに自分で持っていくつもり。運よく私達が役に立つ情報にたどり着けば先回りしておいしいところをいただこうって算段な訳ね。あのちび署長、さすがキャリアだけあって考えることがえぐいわねえ」
アメリアはビールを飲みながらあの杉田の顔を思い出しているのかあからさまに嫌な顔をしていた。
「アメリアの言う通り県警は意地でも自力で成し遂げた自分の手柄にしたいんだろうな。その為に自分が情報を管理して必要な情報をあの杉田と言う男を通じて我々に流す。その結果ある程度自分達より法術に関する知見のある我々がある程度容疑者を絞り込めてきた段階で、そのまま一気に大量の捜査官を投入することで最終的には我々を締め出して犯人逮捕と言う絵を描いているのだろう。私から見ても卑怯なやり口だ」
アメリアもカウラも黙ってはいるがそのはらわたは煮えくり返っているのが痙攣しているこめかみや口元を見れば誠にも分かった。誠も確かにほとんど監禁状態でトイレに行くのにも係員がついてくる豊川署のやり方には腹に据えかねるものがあった。
「私も言われたから一応島田君にも頼んでみたけど……法的にはネットの情報は改竄がいくらでもできるから証拠としては弱いんですって。それに住民登録関係のセキュリティーは技術部の情報将校でも足がつくのを覚悟しないと個人名の特定まではできないって言われたわよ。県警ばかりか千要県庁や豊川市役所まで敵に回すのはごめんだから証拠探しには足を使えって。結局島田君が出来る支援もその程度。結局私達はその程度のことしかお手伝いできないわよ」
呼び出されたアメリアと同じ人造人間で運用艦『ふさ』副長、パーラ・ラビロフ大尉は暗い表情で突き出しを突付いていた。
「迷惑かけたわね……パーラ。島田君は見栄っ張りだから自分を面白がって観察対象にしているだけで腹の中では見下している情報将校たちに言える事には限度があるってことは分かってるのね。まあ、今の『武悪』の改修中に技術部で内紛なんてことになったら本当に島田君はランちゃんから何をされるか分からないから。本当に島田君はランちゃんとサラには全く頭が上がらないんだから」
運用艦『ふさ』の副長であるパーラには何度か県の公文書館にアメリアが調べ物を頼んでいたことは誠も知っていた。
「何よ。迷惑かけたのが分かってるならこれからも付き合わせなさいよ。それに警察がうちを目の敵にしてるのはいつもの事でしょ?アメリア、それくらいの覚悟もせずに出向の進言をクバルカ中佐にしたの?まったく思い付きで行動するのもいい加減にした方が良いわよ。県警が『特殊な部隊』所属のアメリア達に嫌がらせをしてこないと考える方がどうかしてるわ。島田君と日野少佐が迷惑をかけるたびにランちゃんが『関の孫六』を持って訪れて恫喝同然に連れて帰るなんて言う目にこれまであの人達は何度もあってきてるのよ。そんな目にしょっちゅう合わされていて嫌がらせをしてこないお人好しなんてこの銀河に一人もいないわよ。居るとすれば私くらいね」
パーラは水色の短い髪をかき上げながら豚串を口に頬張った。店に着くなりアメリアのマシンガントークの洗礼を受けた上にこれまでの警察との確執を知る二人は完全に捜査に参加する気でいた。そのあまりにもやる気が前面に出た姿に誠も少しばかり困ったように店の奥で心配そうにこちらを眺めている女将の家村春子に目をやった。
アメリアとパーラが話をしている間に仕事を忘れたい気持ちが誰の目にも分かるかなめが三本目のラムに手を伸ばした。
「西園寺さん。飲みすぎですよ。いくらサイボーグの肝機能が高いからってそこまで飲んだら僕は何もできませんよ!西園寺さんは重さが130キロ近くあるんですから。そんな重い人を背負って寮の階段を三階まで上がるなんて僕でも嫌です!」
つい誠の口を出していた。目の前のグラスばかり見つめていたかなめの鉛色のタレ目が誠に向かってくる。肝臓のプラントの機能を落としてわざと泥酔しているかなめのにごった瞳。そこには自分の失敗を悔いる色が嫌と言うほど見て取れた。
「いいアイディアだと思ったんだけどなあ……不動産屋の線から犯人へ直行。今頃は警察の連中も人海戦術で同じこと始めてるだろうし……そうなったら察しのいい犯人なら最悪高跳びされるし悪くてもその捜査官と当たり障りのない会話だけで済ませて自分は関係ないと思わせるための対応策を練られるぞ。あれだけあからさまに県警が自分を狙って動いているなんてことを知れば勘の良い犯人ならそれに気付いた段階で悪戯を止めて、アタシ等も県警も手掛かりの糸がプッツンと切れてそれでパーだ。警察は法術師の勘を甘く見てる。これで逃げられたら元も子もねえぞ」
そう言っただけですぐにかなめは目の前の空のグラスに酒を注いだ。
「西園寺さん飲み過ぎですよ。女将さんからも言ってやってくださいよ」
誠は思わず話題を遠くで聞いていた春子に振った。
「いいじゃないの。西園寺さんはサイボーグなんだから二日酔いとかとは無縁なんだから。飲みたいだけ飲ませてあげなさい」
春子は優しい調子でそう言うと誠に向けて妖艶な笑みを向けてきた。
「女将さんはそう言うが……西園寺、金の無駄になるぞ。貴様が金に頓着しないのは知っているがそれにしても限度と言うものがある」
カウラはかなめが金の心配をする身分では無いのは知っているがそう言ってかなめに忠告した。
「いいんだよ、たまには。こう言うときは思いっきり飲ませろよ」
カウラの言葉に顔も上げずにかなめは酒を飲み続けた。
「まるでお通夜よね……私も正直騒ぐ気にはなれないわ。これだけ県警に馬鹿にされた態度を取られるとは私も予想してなかった。もう少しプライドよりも治安を重視する組織だから東和の治安が銀河一だと思ってたのに」
そんなアメリアの言葉に誠もただ乾いた笑みを浮かべるだけだった。手がかりは見つけては消え、ただ時間だけが過ぎる。同盟司法局の捜査責任者である茜のコネで手に入れた千要県警の警察官の捜査権限。しかし本来の所属が警察とは所轄の被る司法局と言うことで警戒する県警からつまはじきにされて定時に仕事を終えたらこうして酒を飲むより他にすることが無い。また何か動いて豊川署の捜査官と衝突すれば今度は県警上層部の介入も容易に想像できた。
「焦ってきますね。これだけ県警から目の敵にされ、仲間外れにされると。アイツ等たぶんもっと重要な秘密を僕達に隠してるんじゃないかと言う気になってきますよ」
誠のその言葉に全員が大きくため息をついた時がらりと月島屋の引き戸が勢い良く開けられた。
「たのもー!」
突然の突拍子もない叫び声に店の客達は入り口に目を向けた。
そこには入り口を開けたところに立っているピンクの長い髪にピンクのロングコートと言うピンクづくめの女性の姿が見て取れた。
「サラ……アイツが来ても状況が何か変わるとは思えねえなあ……アイツは島田並みの馬鹿だから。そもそもアイツは本当に平均IQ200を平均とするという規格で製造された戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』なのか?体力は普通の人間並み、知力はあの割り算にポケコンが必要になる島田とどっこい。本当にその存在自体が失敗作だ」
かなめが呆れたようにつぶやいた。ピンクのパーカーを着たピンク色のさらさらヘアーをなびかせたサラ・グリファン中尉の能天気な笑顔にそれまでの自分が浮かべていた仏頂面を思い出して一同に自然と笑顔が浮かんだ。
「サラさん!お散歩ですか?」
店の奥から飛び出してきたのはエプロン姿の月島屋の看板娘の中学生、家村小夏だった。
「うん!お散歩だよ!そしていつもの!」
サラの言葉に小夏はそのまま厨房に消えていく。
「しかし暇なのかね?アイツは?確かにアイツは島田と一緒にいるかこうして夜中に徘徊しているかどっちかだよな?まあ、かえでみたいに全裸徘徊じゃねえからお巡りさんのお世話にならないだけマシってことか?」
呆れたようにかなめはそう言った。
「やっぱりサラは和むわねえ。良いじゃないの。それも個性ってことで。私の教育でパーラを始め運航部の『ラスト・バタリオン』の女子達は皆個性的な女子になった。その中でも最優秀で個性的なのがサラだわ」
「そんな教育私は受けたくもないし、そんな理由で個性的になりたかったわけじゃないんだけどね」
アメリアは悲劇的な運命を持つ『ラスト・バタリオン』でありながらそんなところをみじんも見せない部下のサラを見て笑顔を浮かべていた。そしてそのアメリアのどう考えても論点がずれている部下教育論にツッコまざるを得ないのも常識人であるパーラの悲しいサガだった。
「和んでる場合かよ。アタシ等はアタシ等を笑いものにしている県警をどう見返すかの議論をしていたはずだろ?」
アメリアの言葉に思わずかなめはツッコミを入れていた。だがサラの闖入でそれまでの重い空気が吹き飛んだのは事実だった。
「アイツ、いつもこんな時間にここに来るのか?暇なのか?アイツは?アイツの行動パターンなら今の時間帯はテレビのバラエティー番組とかを見て腹を抱えて笑い転げてるのが定番だと思うんだがな」
ラム酒を飲みながらかなめは呆れた調子でそんな言葉を口にしていた。
「そう言えば、中尉。確か中尉は今日夜勤でしたよね?基地からここまで歩いたんですか?」
半分呆れ果てた調子で誠はそう言って疲れの様子も見えないサラを見つめていた。
「アホか……そうか!島田はどこだ!サラは島田のバイクの後ろに乗って来たんだ!どこかにアイツが居るはずだ!探せ!」
かなめが立ち上がるとパーラも立ち上がった。そしてそのまま二人は二階の座敷に駆け上がっていく。そんな三人を確認すると静かにサラの背後から島田が現れた。
「島田……付き合いが良いのもいい加減にしろよ。だからテメエ等はバカップルって呼ばれるんだ!」
かなめはバカップルを見てあきれ果てたようにそう吐き捨てた。
「島田……暇なのか?『武悪』の改修後の運用データのシミュレーションは終わって無いんだろ?」
カウラに言われて頭を掻きながら島田はどっかりと椅子に腰掛けた。
「まあ、うちの連中も『武悪』の扱いにこなれてきて作業が早く終わるようになったんで……それよりどうです、捜査の方は?やっぱり俺の助けが必要になってきたころなんじゃないかなーとか思って」
突然、島田から聞かれてアメリア達はため息をついた。
「まあ慣れない捜査活動だから。成果が出る方がどうかしてる……って言うけど茜のお嬢さんも前回の厚生局の件で味をしめたから……そうそういつもいい結果が出るわけじゃないのに。県警は俺らには内緒で県警本部に捜査本部とか設けてそっちで人海戦術を展開しようって腹なんでしょ?そのあたりまでは情報担当の士官に調べさせましたから。そうしたらこちらも人間の数を増やせばいいだけのはずじゃないですか」
そう言うと島田はアメリアの頼んでいた新しいビールを手にして飲み始めた。
「分かっているなら動いてくれても……私達は捜査のプロでは無い。それと島田。貴様は今ビールを飲んだな。これで運転すれば飲酒運転だ。バイクは寮まで押して帰れ。今は私達は豊川署員だ。貴様がバイクにまたがった時点で飲酒運転の現行犯で逮捕する」
捜査開始時はあれほど捜査から外されたことに不満を言っていた島田が一切整備班の人員を割いてくれないことにカウラは不満を述べた。
「へいへい、ベルガー大尉は真面目なことで。まあうちは慣れてきたとはいえ『武悪』の調整に人手ばっか取られて大変でして……隊長の許可がねえとどうにもならねえんですよ。今回も捜査の仲間に入れて欲しいのは山々なんですが俺にも班長と言う責任があるんで。でも優先事項から言うと今起きている事件の方が優先されるってことで、ようやく一人前になって来た西に『武悪』の調整を全部任せて俺とサラが捜査に加わるなんて言うのはどうでしょう?二人だって四人より多い!これでこちらも人海戦術を……」
カウラに聞かれて答える島田の顔は少しばかり悪戯をした子供のような雰囲気があった。
「島田先輩、四人が六人に増えた程度で何が変わるんですか?そもそも人海戦術って言うのはそんな一桁の人数でやるものじゃないんですよ。あちらは本部長の一声で千人を超える捜査官を動員できる県警なんです。千人と六人のどっちの数が多いかぐらいは島田先輩でも分かりますよね?それよりそんなに全部の仕事を西に任せてるといつの間にかクバルカ中佐が整備班長を西にしちゃいますよ。でも、こうしている間にもあの違法法術発動事件の犯人は……」
誠は自分達の事情ばかり話して捜査の進展を目指そうとしないかなめ達に呆れてそう口走っていた。
「はいはいはい!確かに一流大学を出ている神前の正論有難うございましたとでも言えというのか?それよりちょっと待てよ。落ち着けよ。俺達も腹が減ってるんだ」
そう言うと島田は店内に入ってきてパーラの座っていた席の向かいの席に腰掛けた。
「とりあえず烏龍茶と生中。それに豚串大盛で」
島田はカウンターに腰を掛けると春子にそう注文した。
「島田さんは烏龍茶ね……どうせバイクでしょ?さっきのビールは見ないことにしておいてあげるから。不死人の肝臓のアルコール分解能力なら烏龍茶を飲んでるうちに飲酒運転に引っかからない程度にアルコール濃度は下がると思うから」
島田の注文を受けた春子が厨房に消える。入り口ではサラと小夏が楽しそうに語らっていた。
「おい!島田!」
二階から降りてきたかなめを満面の笑みで島田は迎えた。
「すいませんね。おじゃましてます」
「まったくよう……忙しいとか言う割にはきっちり定時に帰れてるみたいじゃねえか。良い身分だな」
愚痴りながらかなめは席に戻る。付いてきたパーラも仕方がないというように席に戻った。
「お待たせしたわね、はい烏龍茶と生中」
春子が生ビールを置くとサラはうれしそうに席に戻った。
「正人、何食べるの?豚串だけじゃすまないんでしょ?」
サラが彼女らしい気遣いで島田にそう言った。
「そりゃあ俺は焼き鳥盛り合わせだな。お前もそれで良いか?」
「うん!」
闖入者のおかげで誠達は完全にペースを乱されていた。何を話すべきだったか忘れてしまったかのようにカウラは渋々烏龍茶を啜る。アメリアは自分の紺色の長い髪の枝毛を探していた。
だが、笑い声が戻った月島屋の外で、事件だけは彼らを待ってはくれなかった。




