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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第十二章 『特殊な部隊』と神になった男

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第34話 練習という名の犯罪

 水島はしばらく震えが止まらなかった。すでに暗くなりかけた部屋の中。静かに内から湧き出てくる笑みを我慢していた。突然の火に驚いて自転車から転げ落ちる女子高生の顔が頭の中をぐるぐると回転しているように感じる。その恐怖の表情に水島は快楽を感じる自分を発見していた。

挿絵(By みてみん)

 もし覚醒剤にでも手を出すとこう言う感じを味わえるのだろうか?そんな思いが頭をよぎった。しかし、水島にはそんな麻薬に頼ってまで高揚感を高める必要は無い。


 今は彼には力があった。この高揚感には副作用はない。水島はいつでも限りなく健康である。ただ、どちらも違法であるというのは同じだと考えると水島の笑みは急に堅いものに変わった。


「そうだ……俺は神にもなれるかも知れないんだ……この力……最強だ。他にどんな力が有ろうとすべては俺のコントロールの下にしか無いんだから……誰も俺を止められない……最高じゃないか!違法法術行使?良いじゃないか!この高揚感が欲しくて薬に手を出す人間が地球圏にもいるんだぜ?俺は売人から危ない思いをして高い金を払う必要もなくこのハイな気分を味わえる!犯罪?上等じゃないか?薬は証拠がいくらでも残るが、俺の力の行使には何の証拠も残らないんだ!捕まえられるもんなら捕まえてみろ!」 


 これまで彼が『力の使い方を教えてやった』連中の驚いた顔が次々と頭をよぎった。そうすると妄想が膨らみさらに笑みが広がるのが感じられた。自分に力が無くても相手に力が有ればそれを使える。しかも強ければ強いほど自分は強くなる。その思いは水島の笑いをさらに加速させた。


 最初のうちは偶然に見えていると思った他者の能力が意識して見えるようになったのはほんの最近。しかもそれも偶然だった。


 年末。朝からの法律の勉強で疲れていた水島は参考書を持って日がとっぷりと沈んだ都心のビル街を歩いていた。通り過ぎる車の列。かつてそんな営業車の一台に自分が乗っていたことを思い出すと石でもあれば投げたくなる衝動に駆られていた。


『どこかにカモがいないかね』 


 そう思いながら水島は湾岸地区のあの帰りたくもないアパートへと走る地下鉄の駅へ急いだ。水島を魅了してやまない自分の力を使うことで味わえる高揚感を味わうために今日もカモを探していた。


 そんな彼の目の前に立体駐車場の出入り口が目に入った。ビルの隙間に申し訳程度に付けられた事務所の横では足元に空き缶を置いた警備員がタバコをくゆらせていた。


『なんだろう、こいつは』 


 いつもならそのまま目をそらして通り過ぎてしまうところだが水島は男から眼が離せなかった。男の手の中のタバコの赤い光が強くなったり弱くなったりを繰り返している。そんな男に水島は意識を集中してみた。


 突然警備員の意識が自分に流れ込んできた。倦怠感、疲労、妬み、快楽、嫌悪感、嫉妬。そんな混乱した他者の意識に触れた瞬間、水島は恐怖のあまり手にしていた参考書を取り落としそうになった。


『なんだ!脅かすな!』 


 声にならない叫びが漏れた。そしてその意識の端にいつも法術を持つものに出会うと感じる独特の引っ掛かりがそこに感じられた。


『これは使えるな』 


 男の前を通り過ぎながら水島はニヤリと笑った。すぐにその力、パイロキネシス能力を発動させてやった。


「熱!なんだ!熱い!」 


 背中で男の叫び声が聞こえた。水島はとりあえず男の手にしていたタバコを消し炭にすることでこの場は満足して足を速めた。


 もしそれだけで終わっていれば、これからも機会があれば悪戯する程度で済んでいたことだろう。だが次の瞬間。街の人々のさまざまな意識が流れ込んできていた。

挿絵(By みてみん)

 誰もが敵意を意識の下に抱えていた。彼とすれ違う高いヒールを履いたやせぎすの若い女は何かに憎悪を燃やしているのを必死に理性で押し殺しているのがすぐに分かった。信号待ちでまわりをきょろきょろと見ているタクシーの運転手にはあからさまな前の客への怒りが見て取れた。道端で大きな腹を見せびらかしながら商談相手との挨拶のため大げさに頭を下げているサラリーマンには頭を下げる相手への苛立ちばかりが目に付いた。


 自分が失業をしてから世間に対して自分だけが持っていると感じていた感情のすべてが街に満ちていた。


『こんなに人は負の感情で動いているのか……俺もそうだった……俺はこんな世の中に生きてきたんだ……そしてこれからも生きていく……』 


 ただ黙って歩いていてもその感情に飲み込まれそうになる自分がそこに居た。


 そしてその目の前を歩く少年の姿を見て水島は驚愕した。


 少年。12歳ぐらいだろうか。すでにどんな格好をしていたかは覚えていないが、その表情は妙に老成しているような印象を水島に与えた。


「じろじろ見るなよ……そんなに法術師が珍しいのか?」 

挿絵(By みてみん)

 明らかに自分に向けて投げられた言葉にしばらく水島は呆然と立ち尽くしていた。


「意識ののぞき見なんてずいぶんと趣味が悪いじゃないか。それにそのことが僕に丸見えだなんてオジサンには自分が犯罪行為をしていると言う自覚は無いのかな?」 


 続けて少年から吐かれた言葉。今でもその時の衝撃は忘れていない。


 そこは水島が住む湾岸地区へ向かう地下鉄が入っている東都新開地駅西口だった。


 再開発のビルと雑居ビルが混じった混沌の街での二人の出会い。それを思い出すたびに水島の心は震えた。


「おじさん……今何かやったね。僕がとやかく言うことではないかもしれないけどあまりその力の使い方は感心しないな」 


 その言葉を聴いて水島は体の力が抜けていくのを感じた。明らかに誰も知らないはずの自分の力を見られた。初めての体験で混乱する意識の中でも彼は少年が自分を告発しようとしているのではないかと思って身を翻して早足で逃げ始めた。


「逃げなくてもいいじゃない。別に責めてるわけじゃないんだから。おじさんには価値がある。それだけが僕の言いたいことなんだから」 


 少年は水島がいくら足を速めても駆け足でついてきていた。水島の心臓は高鳴った。誰も自分に関心など持たないと思っていた都心の繁華街。その中に明らかに自分に興味を示してさらに水島の悪事の一部始終を見物していた少年がいる。握り締めた法律書にも冬だというのに汗が染み出てきた。


「僕もおじさんの意識を読ませてもらったけど……。失業中か。つらいよね。そうだ、できれば就職先でも世話してあげても良いよ。僕にはコネクションが有ってね。高給好待遇のお仕事だ。きっとおじさんも満足してくれると思うよ」 


 少年がそこまで言ったところで水島は覚悟を決めて振り返った。


「いい加減にしたまえ!君は俺の何を知っているんだ!」 


 しつこい少年の追跡に振り向いた水島はついに少年を怒鳴りつけていた。少年は頭を掻きながら立ち止まり、そして大きく深呼吸をした。


「なるほど……ご自分の力の意味をご存じないようですね……その割には手慣れた使い方だった。でも、そんな使い方じゃあ遠からず警察のお世話になるよ。嫌でしょ?オジサンもそうなるのは。東和の警察はそれなりに優秀だよ……それなりにだけどね」


 少年は水島のこれまでやったことすべてを知っているかのようにそう言った。 


「力?なんだねそれは……」 


 水島の声は震えていた。ただ警備員の力を利用してその男のタバコを燃やして見せた。しかも自分の能力を使ったわけではない。だと言うのになんで少年からつけられねばならなかったのか。そしてなんでその水島の力の使い方を少年は知っているような口ぶりなのか。水島はただ何もできずに少年を見下ろしていた。


 目の前で少年はそんな水島を見ながらしばらく考え事をするように腕組みをした。通り過ぎる人々は親子か親戚が何かでもめているだけとでも思っているようで、無関心のまま通り過ぎていった。


 そんな中、少年はいい考えが浮かんだというように目を輝かせて水島を見上げてきた。


「OK。いきなりスカウトなんてちょっと突然すぎたかもしれないね。オジサンも大人なんだからそれなりの心の準備が必要だと言うのも分からないでもないね。それならその前段階としてちょっと僕の友達になってくれないかな……」 


 少年の言葉に水島は言葉を失った。どう見ても12歳くらいの少年。先ほどの感覚からして相当な法術適正の持ち主のようだがあくまで子供だった。気まぐれか、それとも何か狙いがあるのか。水島の心が猜疑心で満たされていった。


「友達?なんで俺が君の友達にならなきゃならないんだ?」 


 オウムのように繰り返す。それでも少年の笑顔は絶える事が無かった。


「そうだよ。おじさんと僕は秘密を共有する仲間じゃないか。じゃあ端末を貸して」 


 手を伸ばしてくる少年にまるで操られるように水島は自分の携帯端末を貸していた。


「これ、連絡先。いつでも連絡してきてくれていいよ。何ならその住所に遊びに来てくれてもいいように手配してあげてもいいくらいだ。たぶんそこの仲間達もみんなオジサンのことを歓迎してくれると思うよ」 


 そんな少年の言葉に水島は端末を手にして操作してみた。


「アメリカ陸軍東都情報管理局第三分室……住所はアメリカ合衆国東和共和国連絡事務所?」 

挿絵(By みてみん)

 足が震えた。自分の行動や心理をすべて見通していた事実を見れば少年の能力は明らかに自分よりも優れているのは明らかだった。そしてそんな彼の連絡先は軍の関係の施設だと言う。しかも所在地は東和共和国とは国交の無いアメリカ連絡事務所の敷地の中である。


 つまりこの少年は、ただの法術師ではない。地球圏、それもアメリカ軍の施設に出入りできる存在なのだ。そう思うと水島の喉が妙に乾いてくるのが分かった。


「別に気にしなくていいよ。僕はただの見たまんまの子供だから。住所が連絡事務所なだけであって他に僕に変わったことなど何もないよ。安心して友達になってくれると楽しめるんだけど」 


 まるで当然の事実のようにしゃべる少年。その態度にさらに水島の鼓動が加速していった。


「それでも十分すごいことなんだけどね。君はアジア系?どう見てもアメリカ人には見えないけど……日本語も上手だし。地球圏から来たアメリカ人はたまにテレビにそう言うタレントがいるけど日本語がいつまでたっても不自然だけどそんなところまるで無いよね……」 


 そう言う水島の言葉は震えていた。


「そう?そうでもないと思うけど。それと僕は国籍こそアメリカ国籍だけど遼州人だから。同じ遼州人として遼州人が話す日本語が出来るのは普通の事じゃないかな?」 


 少年が怪しげに笑う。


「じゃあ気が向いたら連絡くれるとうれしいな。できれば早めに連絡くれると良いな……せっかく知り合えたんだもん。楽しくやろうよ」


 少年はそう言うとそのまま手を振って立ち去ろうとした。


「なんなんだ君は!俺を……」 


 水島の搾り出した言葉に気がついたように振り替える少年に驚きの表情が浮かんでいた。


「十分法術を使えるようになったらお話聞かせてもらうよ。それまで練習していてね!ああ、あまり大事は起こさないでくれないかな。下手に国際問題とかになったら大変でしょ?今でも十分警察沙汰を起こしている訳だし」


 少年は満足げに微笑んだ。水島の手はついに参考書を地面に取り落としていた。その音に気がついたように少年が再び振り返った。


「ああ、あくまでも軽い練習くらいにしてくれないと困るよ。面倒だから警察なんかの世話にならない程度にね」 


 にんまりと笑う少年の顔がそこにあった。その妖しげな姿に水島は呑まれていた。そして自分の言いたいことはすべて言ったと言う表情で少年は人ごみの中に消えていった。


 たぶん周りの通行人は二人が何を話していたのかなどは気がつきもしないだろう。そして自分の力も去っていく少年以外には関心の外の出来事だった。


「練習か……しかも地球圏最強の国家であるアメリカ合衆国の公認の練習と言うわけか」 


 なぜか気が付けば水島は自分の右手を見つめていた。そして思い出して落ちた参考書を拾い上げた。


 そして再び自分の手を見つめた。その手は今もこうして変わらずに水島の目の前にあった。


 端末を叩くのと本のページをめくること以外得意なことは何もない手があるばかりだった。


『突然の出来事か……必然の出会いか……』 


 今は豊川市のアパートでこうしてその『練習』を終えた満足感で満たされた状態で一人部屋で横になっていた。


『まあ練習は続けるさ。こんなに面白いんだから。それに俺を誰も止められないんだから。そしてもっと上手く力を操れるようになってやる。もっと多くの力を自在に使ってみせる。俺にはその権利と実力がある。当然の話じゃないか?』 

挿絵(By みてみん)

 そう思うと水島の顔に笑みが自然と浮かんでくるようになっていた。それを感じると水島はあれから自分が笑うことが多くなっている事実に気づいて少しばかりあの名乗らなかった少年に感謝の言葉を送りたくなっていた。



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