第32話 『負け犬は死ね』
「そこの横丁を曲がるんだ。連中は大通りに立派な店を構えるほど図太い神経は持っていねえからな……そこを突く。アタシらしい良いアイディアだろ?」
かなめは確信を込めた調子でそう言った。
「西園寺。私がこのあたりの地理について何も知らないとでも思っているのか?確かに、指定暴力団が資本を出している不動産屋なら当然、警察にマークされかねないと人目を避けるのが当然とは言えるが……こんな裏道に店を構えて商売が成り立つのか?西園寺はそちらの情勢にも詳しいからな。成り立つんだろうな」
カウラは観念したように左にハンドルを切った。大きく車体は傾き、カウラのエメラルドグリーンのポニーテールが揺れた。突然現れた近代的な建物。誠にもそれがどうやら不動産屋の店舗だと言うことが分かった。カウラはそのまま車を駐車場に乗り付け、再び思い切り急停車した。
「カウラちゃん……運転はもっと丁寧に」
ドアにしたたか太ももをぶつけたアメリアは自分の紺色の長い髪を掻き揚げながら苦笑いを浮かべた。その座席を後ろに座るかなめが蹴り上げた。
「まったく西園寺は……他人の車だと思って……これは私の私有の車だ。もっと丁寧に乗降してくれ」
ため息をつくとカウラはドアを開けて外に出る。アメリアもつられるように出て助手席のシートを倒す。何とかかなめ、誠が狭い後部座席から降車した。
「ここが一軒目か。こんな裏通りで商売なんかできるのか?確かに日頃、東都戦争でこういう非合法の資金調達を好む暴力団関係の人間達が出来るだけ目立たない様に通常の商業活動も行っていることは聞かされているが……それにしてもこれではまるで客を拒んでいるようにしか見えないぞ」
カウラの言葉にかなめは苦笑いを浮かべながらうなずいた。
周りの家々がどう見ても建て替えの費用が無くて修理に修理を重ねて住み続けているという平屋ばかり。そのなかでコンクリート製の築一、二年と言う二階建ての店構えはあまりに目立つものだった。しかもどんと立つ店の看板は磨き抜かれたように光沢すら放っていた。
「カウラさんの言う通りですよこんな裏小路に入ったところで商売ができるんですか?普通お店ってのは大通り沿いに看板とか出しとくもんですけどそんなものもありませんでしたよね……それなのになんでこんなに羽振りが良さそうなんだろう?」
誠は半分呆れながら白地に金の字で『豊和不動産』と書かれた看板を見上げていた。
「まともな営業をしている不動産屋なら即倒産だな。でもまあ……その筋の人間がやっている店なら話は別だ。それに後ろ暗い法術師が住処を探すならこう言うところのほうがぴったりだろ?借り手も後ろ暗いところがあるから普通の不動産屋にも相手にはされない。そしてここのスポンサーもそう言うまともな借り手なんか相手にするつもりは最初からねえ。そうなれば、不動産業の営業許可が得られる程度の資金を表の金として用意して店を構えて、その筋の借り手専門で店を構えれば十分に金が黙っていても転がり込むように出来ているのがこの世界だ。その世界に法術師と言う表の不動産屋では相手にされない新規顧客が加わった。連中にとっては濡れ手で粟の大儲けの大チャンスなんだ。後ろ暗い金じゃなくって堂々と金を稼げる機会をあの金に汚い連中が見逃すわけがねえじゃねえか」
そう言うかなめの視線の先には黒塗りの大型高級車が止まっていた。
その車を見ればかなめの言いたいことは誠にもすぐに分かった。ここは要するに、表の不動産屋に断られる人間だけを相手にする店だということが。暴力団関係者、外国人の訳あり客、そして今は法術適性者。そんな人間の情報にせつうしているであろうここの店の責任者をかなめの得意の方法で締め上げれば何かわかる。かなめの狙いはそこだった。
「まるで明石中佐の車ですね。典型的なやくざ屋さんの車。やっぱりそう言う人専門に扱っている不動産屋さんみたいですね……なんでも警察が普通の不動産屋さんにはやくざ屋さんには出来る限り家を貸さないように内示しているみたいですからね。やくざ屋さんだって家が無いと生きていけないですから。まあ、この三か月一度も家に帰っていない隊長みたいな『駄目人間』が世の中に居るのは確かなんで、やくざ屋さんも隊長みたいな生き方をすれば家が無くても平気かもしれませんけど」
誠はそういいながらこの不動産屋がかなめ担当のその筋の人間の経営するものであることがわかった。
誠の言葉に一度ほくそえんだかなめはそのまま自動ドアの前に立った。
『いらっしゃいませ!』
店内に声が響いた。店員達が一同に立ち上がり誠達に頭を下げている。民間企業での仕事の経験などは学生時代に工場で鉄板を並べていたくらいの誠には異様な光景に見えて誠は思わず引いた。
『あんなあ。その筋の絡んでる店ってのはみなこんなもんだぜ。妙に統制が取れてて店員の教育が完璧。そう言うところがむしろ怪しいんだ。要するに店員を暴力で支配しているんだからな。暴力団の名の通り従業員を金と暴力で教育する。そう言う会社はほぼすべて暴力団と特別な関係にある。神前、こんな不自然に統制された店では買い物はするなよ。そこの金は暴力団に流れて、いずれはアタシ等と鉛玉でお話しすることになるからな。こういう風に妙に愛想が良くて……ああ、あそこを見な……ここの精神がよく見て取れるわ』
小声でかなめがつぶやくその視線の先には大きく張り出されたスローガンが見えた。『負け犬は死ね』と言う筆で書かれた文字が壁に張り出されている。
「あの……失礼ですが警察の方ですよね?」
入ってきたかなめの着ているのが千要県警の制服だったことに気づいた受付の女性が一番声がかけやすそうに見えたアメリアに語りかけてきた。誠も声をかけた小柄な長い髪の受付嬢の化粧が一般のOLのそれより明らかに濃いのが目に付いてなんとなくかなめの言いたいことが分かったと言うようにアメリアに目をやった。
「ああ、お仕事の邪魔かもしれないけど……ちょっとお話を聞きたいの。ちょっと面倒な事件に関して中々貸してくれる部屋が無い人がこの店を訪れたかなーなんて思ってるわけよ」
明らかに回りに聞こえるような声でアメリアが口を開いた。その様子におどおどと受付の女性は背後の事務所を見た。そこにはどう見ても回りの緑の制服を着た事務員達とは毛色がまるで違う黒い背広の恰幅のいい男の姿があった。
『やっぱりこれは西園寺さんの担当だな。さっきから西園寺さんは殴る蹴るが自由にしていいって感じで生き生きしてるもんな。ここの店員もそんな訪問者には慣れてる感じだし』
男が仏頂面で立ち上がるのを見て誠も納得した。以前の誠ならその男の威嚇するような視線におびえて足が震え始めるところだったが、この男と同類の司法局調整官の明石清海中佐が同じような格好をしていたので、とりあえずかなめ達を盾にして後ろで男と目が合わないように天井を見上げる程度で落ち着くことができた。
「申し訳ありませんね。うちは……個人情報の遵守をモットーにしてますから……見てください」
男は受付にたどり着くと背後のついたてを指差した。不動産業の営業許可証の隣には個人情報保護基準達成の証書が飾られている。だがかなめはまるで臆することはない。彼女が得意な腕っ節でなんとかなる相手に遭遇した時独特の笑みを顔に浮かべて受付に手を着いた。
「そりゃあ殊勝な心がけですねえ……まったく頭が下がる納税者さん。応援していますよ……納税者さん。順法精神には感心させられますよ……納税者さん」
かなめが三回『納税者』という言葉を続けると、なぜか悪趣味な背広の男はこめかみに手をやって誠達を一人一人値踏みするような視線を向け始めた。
「さっきから様子を黙って見てたんだけど……あんたら本当に警察の人?そこのねえちゃんなんかもろにホルスターぶら下げて臨戦態勢で……警察の人は普通拳銃は隠すもんでしょ?どこかの組の関係者がコスプレして正面からカチコミ駆けてきたようにしか見えないんだけど?どこの組?正直に言えば穏便に済ませて五体満足で返してあげても良いんだけど?」
真顔でかなめに向けて聞いてきた男の視界から突然かなめが消えた。誠も黙っているうちに男はそのままかなめに組み敷かれて床に転がっていた。
「おう、良かったな。アタシ等は現在千要県警に出向中の司法局の実働部隊員だ……まあアタシの籍は今でも甲武陸軍の非正規部隊にあるけどな……なんなら試してみるか?その右腕辺りで。身分は警察官だが本業は非正規部隊で暗殺やら爆破やらをやるのがアタシは得意なんだ。何ならこの店ごと奇麗に消し飛ばしてやろうか?銃も格闘も仕込まれた人間が、わざわざ来てやってるんだ。やくざみたいに全部我流の素人がどうこうできる人間じゃねえことくらい察しろ……な?」
その言葉。そして生身とは思えない動きと重さで口をかなめに押さえつけられている男がうめいた。その顔を見てかなめの表情がさらに残酷そうな笑みにゆがんだ。
「ほう……アタシは何度か租界でテメエの顔を見てるけど……出世したもんだなあ。鉄砲玉君。よく今まで死なずに済んで来たのかこれはアタシも思いもしない出会いって奴だ。テメエみたいな馬鹿の処理もアタシの仕事だった事が有るんだ。良かったなあ、そん時にお目にかからなくて。まあ、テメエみたいな使い捨ての駒なんざアタシの暗殺対象には無かったからな」
かなめの立て続けの言葉に男は何かを思い出したように動きを止めた。明らかにかなめを見るその顔は驚きと恐怖が男を支配しているのが分かる。かなめは納得したように立ち上がりスカートの裾をそろえた。
「なんだと思ったら……西園寺のお嬢ですか……噂はかねがね。そうならそうで……って納税?」
男はかなめの『租界』内部での工作活動時の顔見知りの様にかなめと知るとすぐに卑屈な笑顔を浮かべてかなめのご機嫌を取るような姿勢を取った。
「そう!アンタ等が今年の純利の約40パーセントを金に変えて租界に運んで……それをベルルカン経由で地球に……」
かなめはかつて男がしていた裏の仕事の内容をペラペラとしゃべりだした。
「お嬢!勘弁してくださいよ!何が目的ですか?なんか事件でも追っているんですか?甲武の官派の残党狩りですか?うちでも後ろ暗い外国人には物件を紹介してますが、甲武浪人はヤバいってんで断ってるんですよ!うちは後ろ暗いところがあると言ってもそんなうちでは手に負えないようなヤバい客は全部断ってますから!」
泣き出しそうに跪く男に誠は哀れすら感じた。恐らくかなめはこの不動産屋の裏帳簿をネットで拾って脱税の記録でも見つけたんだろう。さらにまともな不動産屋のすることではない違法な活動の証拠も握っているかもしれない。彼が振り返るとカウラもアメリアもかなめのすることがはじめから分かっていたようににんまりと笑みを浮かべている。
「じゃあ、オメエの事務所。そっちで話そうか。ここじゃあ拙い話も出てくるんだろ……あ?お互い本音で行こうや。アタシもここでの会話は今だけ所属している県警には黙っていてやるからさ」
とても遼州一の名家の令嬢とは思えない顔つきでかなめは男をにらみつけた。男も仕方なく立ち上がると事務所の職員が失笑を浮かべているのにいらだちながら立ち上がった。
「じゃあ……二階で。お嬢、県警には内密にお願いしますよ?確かに連中には目を付けられてるのは事実ですけど、姐御が間に入ってくれるなら姐御の望む情報くらいは話せると思うんで」
そう言うと男は静かに横にあるドアを開いた。かなめが誠達を振り返りにんまりと笑うとそのまま付いて二階に上がった。カウラとアメリアも誠を引き連れてその後ろについてあがった。




