第31話 他人の火で遊ぶ者
「怪我人は無しか。いいことじゃねえか。こんなの法術師じゃない愉快犯の放火魔だってできることだ。しかも死人が出てねえってことはそれなりに臆病な放火魔。つまり、今回の法術乗っ取り犯は臆病だってことだ。それが分かっただけで十分だろ?それ以上の事なんてさっき気の弱そうな巡査を締め上げて聞き出したが県警も何も掴んでねえぞ」
全焼した廃屋を見上げながらかなめがつぶやいた。すでに能力暴走を起こしてパニック状態に陥ったパイロキネシス能力者の豊川北高校の女子生徒は警察署へ向かうパトカーに乗せられて消えていた。
あたりは消防隊員と鑑識のメンバーが焼け焦げた木造住宅の梁を見上げて作業を続けていた。
「西園寺の個人的感想を聞かされるのはうんざりだ。それよりもこれで豊川では二件目になるわけだ。もう例の犯人は豊川市に拠点を移したと考えるべきだろうな。この事件に利用された法術師がそもそも自分に危害を加える可能性の少ない女性や老人であるという共通点からしてみても東都南部で起きた事件とその犯行の手口はかなり近い。同一犯と考えるのが自然と言い切るには早いがそう考えても悪いことは一つも無い」
カウラは断定口調でそう言い切った。
「たった二件で結論を出すなんてカウラちゃんにしては珍しいわね。ちょっと結論急ぎすぎじゃないの?結論を出すにはまだ早いような気がするんだけど。後二、三件起きてくれないと同一犯だなんて言いきれないわよ。まあ、それはそれで困るんだけどね」
そんな口調が気になったように心配気味にアメリアはそう尋ねた。慎重派のカウラのその言葉に誠も驚きを隠せなかった。
「まあ私も『厚生局事件』以降は私も考え方が変わったからな。法術に関してはどんどん先回りして考えないとすべてが手遅れになる。被害が大きくなってからでは遅いんだ。あの事件で私が学んだ教訓はそれだ。それに貴様のまるで犯人にこれからも連続して事件を起こしてくれと言うような口調は問題だぞ。不謹慎そのものだ。警察官が口にしていい話題ではない」
カウラは張り巡らされた黄色いテープを持ち上げて現場に入った。アメリアやかなめ、誠もその後に続いた。焦げ臭い香りが辺りに漂っていた。現場の鑑識の責任者らしい髭面の捜査官がカウラに敬礼をした。カウラ達も敬礼をしながら辺りを見回した。
「ああ、司法局さんからの出向している方達ですか」
それまで証拠写真を撮影していた中年の鑑識官が誠達の姿を見て声をかけてきた。
「よくご存知で。いつの間にかアタシ等は有名になったんだねえ」
焼け焦げた家を見つめるかなめに向けられた鑑識の男の笑みが誠には苦痛だった。専門技術者らしく署長はじめとする豊川署の警察官僚の含むところのある笑みとは違う頼りにしていると言っているような笑顔だったがそれほど純粋に頼りにされることは誠にとってはプレッシャーでしかなかった。
だがすぐにその顔は周りの生暖かい目で見る刑事達と同じ色に染まり始めた。組織の壁はやはりどこでもとてつもなく高い。
「まあ……うちは狭いですから……それに噂はかねがね」
含むところがあるというような笑みにカウラもあわせて乾いた笑顔を浮かべた。
「連れていかれた女の子が……いわゆる『法術操作者の被害者』と言う奴ですか?」
誠の言葉にうなずきながら鑑識の男は辺りを見回した。彼が口を開くより早く、現場の責任者らしい頭頂部まで禿げ上がった髪が目立つ定年間近と言う風な感じの巡査部長は誠の階級章を見ながら頭を掻きながら前に出てきた。その姿を見て鑑識の髭の男は誠達に背を向けるとそのまま先ほどまで続けていた燃えた廃屋の前の道路に散らばった家の破片を集める作業を再開した。
巡査部長は余計なことを鑑識が言わなかったかと威圧するような視線で髭の男を見送ったあと明らかに面倒な相手をあしらうような口調で説明を始めた。
「今のところパイロキネシストの能力を使用しての放火と考えるのが妥当ですな。事実、我々が探し出した宅配便の運転手の証言でこの道路から見える壁が一気に発火したと言うことが分かりましてね。物理的にそう言う燃やし方をすれば出る科学物質の反応もないですから……すぐに非常線を張りましたから他にパイロキネシストがいたとは考えられません。まず間違いなく彼女のパイロキネシス能力が利用されてこの建物が燃えたのは事実だと……」
いかに自分達がこの捜査の主役か強調したいと言う意図が見え見えの口調に明らかにかなめは苛立ちを隠せない様子だった。アメリアの押しとどめる手を叩き落としてそのまま同じくらいの背の警部に挑戦的な視線を送っていた。
「で、その餓鬼が何か言ってたのか?これまでのケースでは脳内に声のようなものが響いたという報告が有るんだ。同じような現象は無かったのか?」
警部補の階級章のかなめに見つめられると頬を緊張させながら巡査部長が頭を掻いた。
「まあそんなことを聞き出そうにもかなりのパニック状態で……本部で改めて調書を作成したときに……」
巡査部長がそこまで言ったところでかなめは現場にもかかわらず煙草の箱を取り出して下卑た笑みを巡査部長に向けた。
「悠長だねえ。その間にまた一つ二つ事件がおきるんじゃねえの?県警の捜査の遅さはアタシ達への何か考えがあっての嫌がらせか?それとも自分が無能だって言いてえわけか?」
かなめの言葉にはいつもの凄みがあった。言っていることにも間違いが無いだけに巡査部長はどぎまぎしながら言葉を続けた。
「聞き出せたことは……自転車でこの道に入ってしばらくしたら意識が朦朧として気が付いたらこの廃屋が燃えていたと……それ以上の細かいことは彼女が落ち着いてからでないととても……」
巡査部長は遠慮がちに自分を威嚇する視線を送ってくるかなめに向けてそう言った。
「ほう?気が付いたら?放火の意図があったかどうかは確かめて無いんですか?これはまたまた悠長なことで。能力を持つ者には責任があるって警察では法術適性のあった人物を対象に講習会をしてるらしいじゃないですか?その講習会で言ってることはまったく意味が無いと言いたいわけですか?ふーん……」
やけに丁寧に口を挟むかなめにむっとした表情を浮かべる鑑識の責任者の巡査部長に誠はいつの間にか同情していた。
「ですがこれは都内で昨年から続いている……」
明らかに動揺している哀れな巡査部長にタバコに火をつけたかなめは軽蔑の視線を向けた。
「そんなこと聞いてんじゃねえんだよ!」
口答えをする相手にかなめがキレた。突然の恫喝の声。先ほどまで誠達の相手をしていた禿の鑑識が驚いて振り返りあんぐりと口を開けている。
「あの餓鬼が嘘ついているとか考えたことがねえのか?あ?」
かなめの様子は、誠にはやくざそのものにしか見えなかった。
「しかし……それじゃあ演操術の法術師はいないということであなた方はただの無駄飯食い……」
焼けた柱を丁寧に観察していた先ほどの鑑識の担当者の口から思わず本音が出た。かなめはそれを見て満足げにうなずいた。
「かなめちゃん。いじめはいけないのよ!この人にも私達に言っていいことと悪いことくらいの分別はついてるってわけ。この人も大人なんだから当然でしょ?」
さすがにアメリアはここでかなめを止めにかかった。このままならいつまでもかなめは目の前の巡査部長をつるし上げるばかりで話が進まない。
「いいだろ?合法的なストレス解消法だぜ」
座敷牢同然の部屋に閉じ込められて溜まった鬱憤を晴らしたかなめはすっきりした調子でそう言った。
「まったく趣味が悪いな」
いつものことなのでアメリアもカウラもニヤニヤと笑っていた。その様子が薄気味悪いと言うように巡査部長は襟を揃えると去っていった。見てみるとそこにはようやく到着した幹部と思える背広の警察官がいてすぐに敬礼すると誠達が入ることすら許されなかった廃屋の敷地へと彼等を案内していた。
「間違いなくこっちに来たんだな。人の褌で相撲をとる馬鹿が。アタシもカウラの勘の方に賭けるぜ。アメリアは悠長すぎる」
これ以上の詮索はただの無駄。そう判断して振り向いたかなめのその言葉に一瞬で真顔に戻ったカウラとアメリアがうなずいた。誠はただいつものように彼女達が暴走しないように見張っていた。
「でも……放火魔ってこう言う野次馬の中にいることが多いんですよね。それにさっき法術師はすべて調べたなんて態度でしたけど法術適性検査は任意でしょ?だったらその犯人がこの状況を今でも見ていても僕たちは何もできない……僕たちが出向してきた意味って何なんです?教えてくださいよ、アメリアさん。出向の話を持ち出したのはアメリアさんじゃないですか」
誠は話題を変えようと野次馬達に目を向けた。何名かの警察官が時々野次馬に声をかけて質問をしているようだが、時折逃げていく人物もいるのでとてもその質問が役に立っているようには誠には見えなかった。
「まあね。非常線を張った?そんなのトラロープを張って車を一々停めて『法術適性証はお持ちですか?』って聞いてただけでしょ?そもそも犯人が法術適性検査を受けていなかったら何の意味も無いじゃないの。そんな時間の無駄ではた迷惑なことをやって仕事をしてますだなんて笑っちゃうわね。本来法術について知らなかった現場の捜査官の認識なんてそんなものよ。あの連中じゃまず犯人逮捕は無理ね。だからその状況を打開するために視点の違う私達の存在が必要と言うわけ。それが出向の話を私が持ち出した理由。誠ちゃんでもそれくらいのことは分かるでしょ?」
住宅街のお化け屋敷が延焼したことで遠くを見るとさらにこの騒動を見ようと人が集まっているのが見える。
「しかもここの捜査官の調べてるのは実際に火をつけた人間ばかりだ。この事件の主犯は火をつけるんじゃなくて火をつけさせるんだからな。放火魔みたいにいつまでもこの現場にいるかどうか……なあ、アメリア」
かなめはそう言ってアメリアに笑いかけた。
「私に聞かないでよ。放火魔の心理なんて知らないわよ!私には放火の経験はないの!」
迷惑そうにかなめに向かって言うアメリア。誠はただ訳もなく野次馬達が増えていく様を眺めていた。
「ともかく例の不動産屋めぐりを始めねえとな。いつ人死にがでるかわからねえ……例の犯人が住める場所なんて限られてるんだ。そっちから締め上げればあっという間に事件解決だ。このアタシのナイスアイディアは絶対県警には教えんじゃねえぞ。連中は表の看板はまともだが裏ではかなりヤバいことをやってる連中からモノを聞き出す流儀を知らねえ。そういうたぐいの連中は用心深いし金を払う人間にはどこまでも親切なんだ。県警が動いたなんて分かればあっという間に犯人の耳まで県警やアタシ等の動きが筒抜けになっても何の不思議もねえ」
かなめの言葉に誠達の顔に緊張が走った。法術関連の事件は誠がその存在を示して見せた半年前の『近藤事件』以来、いったんは低下の傾向を見せた後は増加の一途を辿っていた。好奇心で受けた法術適性検査で突然自分に力が宿っていることを告げられた人物が暴走する話。そんな事例は法術特捜の首席捜査官の茜から嫌と言うほど聞かされていた。
ほんのちょっとした好奇心でそれは始まる。それがいつの間にか人を傷つけるようになり、さらに重大な事件を起こすことになる。そんな典型的な法術関連事件。今回は趣が違うが確かに自分の力の使い方が狂ってきているという意味で同じ様相を呈してきた。
「じゃあ西園寺が言うところの私達だからこそできる捜査を始めるとするか。期待しているぞ。違法行為を平気でやる人種の相手は貴様が一番上手いのは私も知っている。恐らく県警の暴力団対策班や組織犯罪対策課にも貴様ほど適任な人物はいないだろうな。なにしろ甲武の軍人という身分で数々の非合法な活動をしてきた当の本人なんだから。県警の警察官に実際に違法行為の常習犯だった経歴の人間はいないらしい。ああ、島田の高校時代の同級生が神名川県警にいると言う話だな……いっそその男を呼ぶと言うのはどうだろうか?」
すでにカウラは車の運転席に乗り込もうとしていた。いつも通りカウラの『スカイラインGTR』に誠達は乗り込んだ。後部座席に押し込まれた誠が現場検証中の刑事達を見れば、まるで哀れんでいるような薄笑いを浮かべて誠達が車を出すのを眺めていた。
細い路地を抜け幹線道路へと車は進んだ。
「島田先輩の高校時代の同級生?あの人が暴走族のヘッドをやってた時の友達ってことは元暴走族ってことですよね?そんな人が良く警察官試験通りましたね。面接で落ちると思うんですけど……まあ、島田先輩が司法局にいると言うことを考えるとあってもおかしくはないような気がしますけど……止めておいた方が良いと思いますよ。要するに島田先輩が増えるだけですから。そんなになったら僕は耐えられません」
誠はカウラの提案の結果、要するに法術犯罪以外の犯罪者が神名川から千要にやってくるだけのような気がしてそう答えた。
カウラも先ほどの話題は気まぐれで口にしただけのようでそのまま黙って信号が変わろうとするのを見てアクセルを吹かして車を加速させた。
「それはどうでもいいんですけど愉快犯ですかね……それとも法術師が社会からつまはじきにされている事への不満分子?どちらにしろその犯人は単独犯ですかね?テロとか政治的意図でやるにしては規模が小さすぎますから」
誠の一言にかなめはにんまりと笑った。そして次の瞬間誠の足はかなめのチタン合金の骨格を持った右足に踏みしめられた。
「痛いですよ!西園寺さん!」
誠はかなめのいつもの気まぐれにうんざりしながらそう言った。
「当たり前だ。痛くしてるんだからな」
かなめのそんな言葉に振り向いたアメリアが苦笑いを浮かべていた。カウラはまるで聞いていないと言うように変わる信号の手前で車を止めた。
「まだまだ小手調べ程度の気分だろ。この前の婆さんを標的にした時は珍しく空間制御で時間軸をいじると言う大技を使ったが、まだ空間制御系の法術を借りて何かをするって所までは考え付いていないみたいだからな。アタシなら次は干渉空間展開能力のある奴を見つけて宝飾品店に忍び込んで……」
かなめの妙に具体性を帯びた話にかなめにもし同じ力が有ったら実際にやりかねないというような恐怖が誠の脳裏をよぎった。
「ずいぶん具体的ね。能力が有ったら自分でやる気?丁度、誠ちゃんと言う干渉空間を展開できる法術師が身近にいるんだからやってみたら?そんな能力をハッキングするなんて器用な真似をしなくてもかなめちゃんお得意の銃で脅せば誠ちゃんは協力してくれるわよ」
アメリアが茶々を入れたので身を乗り出そうとしたかなめだが、カウラはうんざりしたと言うように車を急加速させた。
「おい!カウラ!」
後頭部を座席にしたたかぶつけたかなめが叫ぶ。だがカウラは振り向くこともしなかった。
「ああ、分かってる。速度超過で白バイ隊員にでもみつかったらこのままあのゴミ箱部屋には帰ることになるからそれは御免だと言いたいんだろ?分かってる。西園寺がさっき作ってたハイキング表の通りに行くつもりだがいいか?貴様の言う通り犯人が豊川に拠点を移したなら、必ず住む場所が必要になる。しかも法術適性者は普通の物件では弾かれやすい。だったら、法術適性者に部屋を貸すような不動産屋から当たる。それが一番早いと言う理屈には合理性があるのは事実だからな」
カウラは冷静にそう言うといつも通りに国道を走った。
「カウラちゃんはクールねえ。上官命令、それでいきましょう!」
かなめは複雑な表情でうなずく以外にすることは特になかった。再びカウラは左にウィンカーを出すと一方通行の横道へと車を乗り入れた。表通りから見えるビルの裏は曲がりくねった道。かつての街道筋のままの細い道の両側に狭い店舗が続いていた。
「まったく場当たり的な造成しやがって……再開発はまだなのか?地球圏の国々に貸し付けてた戦時国債の償還期間が来たからって急に金が余ってむやみに開発を始めるなんて……金のある国は考えることが違うね。金が無くて軍縮軍縮の甲武とは大違いだ」
あたりに広がるまばらな建設中の一戸建てを見ながらかなめはそうつぶやいた
「そんなに計画的なのが好きだったらかなめちゃんのお小遣いで何とかすれば?そのくらいのお金は有るんでしょ?マンション一棟引っ越し祝いにくれるくらいなんだもの」
アメリアは冷やかすような調子で周りを見回すかなめに向けてそう言った。
「やなこった!なんでアタシがそんな市役所の仕事の代行業を受け負わなきゃならねえんだよ!」
かなめとアメリアのやり取りに誠はつい噴出す。すぐにかなめのタレ目が威圧するように彼をにらんできた。店が終わると今度はトタンでできた安っぽい壁ばかりが並ぶ平屋の家々の中へと道は進んだ。




