第30話 かなめの勘
「まったくなんであの餓鬼だけ寮に通ってくるんだ?寮生全員を『漢』にする?そんなの無理だって。なんなら手っ取り早く金さえもらえばアタシが女を教えてやって『漢』にしてやろうか?」
かなめはそう言うといやらしい笑みを浮かべて誠を見つめた。
「かなめちゃんの男日照りの犠牲者を出してどうするのよ。ただ男が欲しいだけなんでしょ?それだったらかえでちゃんの屋敷に行ってかえでちゃんに男役をやってもらえばいいじゃないの」
アメリアの茶々を完全に無視するかなめの機嫌はあまりよくなかった。そしてこうしてつい三日ほど前までは物置だっただろう豊川警察署の北側の狭い与えられた部屋を見回すと、余計今朝のランの言葉が気になるようで伸びをしながらそうかなめがつぶやいていた。
「ランちゃんは世話焼きだからねえ……でもランちゃんのプライドを守るためだけに私達は仕事をしている訳じゃないんだけどね……東都警察と千要県警の手柄の取り合いにうちの副隊長のランちゃんまで参加をしてどうすんのよ」
アメリアは半分諦めた調子で世話焼きを通り越したランのお節介に呆れていた。
「世話を焼くにも限度と言うものがあるだろ?西園寺の言うようにあのだらけた連中を『漢』にするにはあと百年はかかるぞ。クバルカ中佐は生きているだろうが、寮生は島田以外は全員老衰で死んでいるぞ」
口を挟んだカウラをかなめはにやけたたれ目で見つめた。
「おい、珍しいなあカウラがアタシと同意見とは。あれか?それは建前でなにかすごい深い理由が別にあるのか?オメエには」
そこで初めて笑顔を見せたかなめがバックミラーに映るカウラの目を覗き込んだ。
「深い理由?」
しばらく無表情で黙っていたカウラが急に頬を染めて目をそらすと自分の端末を起動した。
「やっぱり下心か……神前はアタシがおいしくいただく予定だからそれ以外の誰かを襲おうとか考えているんだろ?正直に言えよ。これだから純情ぶったむっつりスケベは手に負えないねえ。かえでみたいに堂々としたエロの方がまだ手に負える」
かなめはいつもかえでのセクハラにうんざりしていると言う割にそんなことを口にした。
「どっちもどっちじゃないの。それにかえでちゃんのはエロじゃなくて性犯罪よ。付き合ってるかなめちゃんもどうかしてるわよ」
アメリアは呆れたようにそう言ってため息をついた。
「なんだ?アメリア!言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
かなめの声が急に怒声に変わった。それを見てカウラはなぜかホッとしたように吐息を漏らすと起動した端末に目を向けてキーボードをたたき始めた。
誠はこれ以上の騒ぎはたくさんだと先ほどのランの話題に話を持っていこうと口を開いた。
「そう言えばクバルカ中佐はこういう何かあった時の翌朝や夕食時に必ずと言っていいくらい寮に来るんですけど、どこに住んでるんです?なんだかやくざの組事務所に居候しているっていう噂……アレは嘘ですよね?嘘って言ってくださいよ!あんなにちっちゃくてかわいい中佐が毎日強面の若い衆にお見送りされながら出勤する姿を想像したら気分が悪くなってきますよ!」
そんな誠の問いに三人は黙り込んだ。
かなめは怒るのも馬鹿馬鹿しいとそのまま後部座席で座り直す。それを見ながら助手席のアメリアが指を頬に当てて少し考えていた。
「ノーコメント。そのうちオメエはその残酷な現実を直視することになる。その時までオメエには何も言うなと姐御には言われる」
かなめは明らかに興味無さそうにそう答えた。
「ここから近いわよ……歩いていけるくらい……まあ誠ちゃんは行ったらそのあまりの強面のお兄さんがついている光景にビビっちゃって口もきけなくなるような場所だけど。カタギの人はあんなちっちゃな子に部屋を貸すなんてしないからあそこくらいしか住む場所が無いのよ。でも私も月に一度はランちゃんが自宅でご飯を食べさせてくれるってことで行くけど……明らかにその筋の人と分かる人が最敬礼でランちゃんを迎える光景を見るのは何時もシュールすぎて自分の神経がおかしくなるのは確かよね」
アメリアの言葉に一言突っ込むとカウラは再び目の前の画面に向かう。しばらくカウラのキーボードを叩く音ばかりであたりを沈黙が支配した。
突然かなめが手を叩いた。全員の視線が何事かと彼女に向かった。
「おい、アメリア。もう一回言ってみろ!オメエは今大事なことを言った!アタシにはそう聞こえた!言え!」
後部座席から身を乗り出したかなめに驚いてカウラは急ブレーキを踏んだ。車は急に赤信号で停まり、それに驚いたアメリアはかなめをにらみつけた。
「驚かせないでよ!何よ!私なんか変なこと言った?事実を事実としてそれを認めていない脳みそお花畑の誠ちゃんに現実を教えてあげただけじゃないの!」
かなめの大声に誠は二人の会話に何があったか思い出そうとしたがどうも誠にはかなめが言うような重要な話があったとは思えなかった。意味が分からないまま誠はかなめを見る。かなめの表情は何か重要な事実に気が付いたとでもいうように歓喜の色を湛えている。
「だからだ!もう一回!オメエは今アタシの勘に引っかかる大事なことを言ったんだ!もう一回言え!」
そのままかなめは今度は立ち上がってアメリアの座る助手席に身を乗り出すと襟首をつかんで引っ張りあげた。驚いたアメリアがかなめの手にすがりついた。だが誠はとりあえずかなめが怒ってはいないらしいと言うことで安心した。そしてその強力なサイボーグの怪力におどおどしながら何を言えばいいのか迷いながら彼女のタレ目を見つめていた。
「なによ、かなめちゃん。ランちゃんがやくざの組事務所にしか住むところが無いのがどうしたのよ!」
アメリアの言葉を聞いたかなめは誠の襟首から手を放した。そのままどすんと自分の椅子に落っこちる誠。そんな彼の目にはまるで子供が宝物にでも出会ったように満面の笑みを浮かべるかなめが映っていた。
「そうだよ!馬鹿だなあ。アタシ等がこのちんけな部屋から出るにはそこからはじめなきゃならなかったんだ!」
かなめは満面の笑みで自分の思い付きに納得したようにうなずいた。
「うるさいぞ、西園寺。そんな何かつかめる糸口でもあれば苦労しないと思わないのか?」
カウラにまで言われると憤慨したようにかなめはカウラの肩を叩く。
「何をする!」
カウラの声もむなしくかなめはカウラの愛車である『スカイラインGTR』に後付された連絡用端末の画面を開くと、取り付かれたように凄まじい速度でフリック入力でデータを入力し始めた。
「気が付かなかった……馬鹿だった……」
かなめはそう独り言を言いながらカウラの目の前の端末の操作を続けた。
「かなめちゃんが馬鹿なのは昔から知ってるけど」
そんなアメリアの一言にチョップを入れるとかなめは画像を表示させた。
「不動産情報?賃貸物件の契約状況……?」
誠は不思議そうに不動産情報の検索結果の映る画面をどうだと言わんばかりに見せつけるかなめの表情を見ながらつぶやいた。
かなめは得意げに笑った。それとは対照的に誠もカウラ、そしてアメリアもぽかんと彼女の笑顔を見つめた。
「かなめちゃん……寮を出て行くのね……。うるうる」
アメリアのわざとらしい演技にため息をついた後かなめはさっと端末の画面を指差した。
「勘違いするんじゃねえ!賃貸契約の全容を把握するんだよ!もし今回のホシがこちらに拠点を移したとなれば絶対に部屋を借りると考えるのが自然だろ?今のご時世、法術師の入居はいろいろ面倒が付きまとうはずだ。当然、法術師に部屋を貸す不動産屋なんてまともなところがあるはずがねえ。そもそも国際公務員や東和陸軍の籍のあるランの姐御だって、あの見た目と事情でまともな不動産屋じゃ部屋を借りにくい。だったら法術適性者も同じだ。普通の物件じゃ弾かれる。そこに必ず足跡が残る!だから、そこから足取りを探る……良いアイディアだろ?」
かなめはそう言うと今度はポケットからコードを取り出し自分の後頭部のジャックに差し込んで端末とつながった。意識が途切れたように首が折られるがそのまま画面には検索モードの様子が映っていた。そしてそれを見てカウラが手を叩いた。
「そうか。法術師が部屋を借りる。貸してくれる大家は限られるしうまくいけばどこかで足が付くか」
カウラも珍しくかなめの妙案が気に入ったようで、ちらりと端末を見た後視線を路上に戻してハンドルを握りながら笑顔で画面に目をやった。
「そう?検査なんて東和は任意じゃないの。法術適性を受けている人間が犯人と決まったわけじゃないでしょ?」
アメリアは半分期待はしていないと言う感じだが、その視線は明らかにかなめの検索の模様を眺めているものだった。
「法術適性検査を受けている人間の犯行だと僕は思いますよ。人の能力を横取りして発動させるんですから。法術に興味のない人物の犯行だとはとても思えないです」
誠もかなめの思い付きに賭けてみることにした。
「でも最近東都の都心からこちらに引っ越してきた人間なんて山ほどいるじゃない。いちいち調べるの?いくら少ないとはいえこの時期に転居した法術師の数なんて相当な数だと思うわよ……全部ついて回る気?」
明らかに乗り気でないアメリアは面倒くさそうに頭を掻いた。
「しかたねえだろ……235世帯か……所帯持ちは外しても156件」
かなめの言葉にうんざりしたと言うような顔のアメリア。だが彼女の肩をカウラが叩いた。
「何万人と言う豊川市の人口から比べればわずかなものだ。四人で見回れない数じゃない」
カウラはそう言うと信号が変わったのを確認してギアをニュートラルからローへと叩きこんだ。
「でもその中に犯人がいると言う保障はあるの?そもそも法術適性検査は匿名で行なわれてるのよ。その156人だって一人も法術師がいないかもしれないじゃない。いたとしても嘘をつかれれば……どうせ捜査令状は下りないんだから」
そんな言葉を吐くアメリアをケーブルを首から外したかなめが哀れむような目で見上げる。
「なによ……かなめちゃん。その目。そんなに私の言ったことがそんなにおかしかった?」
アメリアは不満げにじぶんに憐みの視線を投げて来るかなめにそう言った。
「お前。馬鹿だろ?」
かなめの言葉に容赦は無かった。
「馬鹿はかなめちゃんでしょ?それは前から知ってたけど」
いつもの挑発合戦にうんざりした顔でカウラと誠は見詰め合った。
「アタシ等はこの豊川に犯人が豊川に来ている場合に備えるために出向してきたんだ出向してきたんだ。そして今はアタシ等は豊川署の署員だ」
かなめはかみ砕くようにそう言って見せた。
「そうよ。当然じゃないの。私達は今は本当のお巡りさん。地域の住民の安全を守るのがそのお仕事。それがどうしたの?」
アメリアの典型的な模範解答にかなめはあきれ果てたように頭を抱えた。
「はー……なんでこんな当たり前のことが出てこねえかなあ……」
アメリアはまだ分からないと言うような表情をしていたがその曖昧な顔が突然ゆがんだ。明らかにアメリアもかなめの言いたいことがよく分かったようだが彼女がかなめに頭を下げるつもりがないことは誠にもよく分かる。
「その為にわざわざ出向してきたのよ。もしこの町に犯人が転居してきたのならそいつを捕まえなきゃ意味がないんじゃないの!」
アメリアは一向に自分の考えていることを話さないかなめを非難するようにそう言った。
「犯罪抑止が最低任務であって、逮捕は私達の仕事の範疇ではない」
アメリアのくい付きの悪さに苛立って立ち上がり行ったり来たりしているかなめを見つめながらカウラはそう言った。
「カウラちゃんは黙っていて!」
アメリアに思わぬ八つ当たりを食らったカウラが口をつぐんだ。誠は噴出しそうになりながらいらいらしているアメリアを眺めていた。
「なんだよ。別に戸別訪問をしようというわけじゃねえんだ。すべての転居に関わった不動産屋を訪ねて回れば自然と犯人のめぼしはつく。容疑者を限定できればそいつを張っていれば事件にたどり着く。そしてそこを現行犯逮捕ってシナリオだ。なんでそんな簡単なことが分からねえかなあ……」
かなめはここでようやく自分の思いついたグッドアイディアを口にした。
「そんな……相手の不動産屋さんはド素人よ。犯人らしい人物かどうかなんて分かるわけ無いじゃないの。それに一応不動産業者も個人のプライバシーに関することについては……」
そう言いながらアメリアは頭を掻いた。元々そう言う任意の捜査においてはかなり高圧的に対応して結果を残すのが得意なかなめである。プライバシーとか守秘義務などという一般社会の常識はかなめの捜査手法にはありえなかった。それに他に何か捜査の方法があるのかとかなめに聞かれれば思いつく方法はアメリアには無かった。
「おう、抗議するんだろ?さっさと言えよ。アタシのアイディアより良いアイディアがあるっていうのなら聞いてやる。言ってみろよ」
やる気に満ちて目を光らせているかなめを止める勇気を持つものはこの車には乗っていなかった。
「むー……」
膨れるアメリアだが、カウラの車載通信端末が着信を告げたことで誠達の興味はそちらに移った。
「はい、ベルガーですが」
端末に出たカウラ。かなめは卓上の画面を操作して相手の画面を映し出した。そこには先日この部屋に誠達を押し込めた杉田という刑事の顔があった。
「今度はパイロキネシス暴走ですか……発生場所は?」
誠達は顔を見合わせた。捜査の手がかりを探す段階は過ぎていた。
「とりあえず文句は後だ、現場に行くぞ!」
かなめはそう言うと運転手役であるカウラの肩を叩いた。
「先ほどの西園寺の話はともかくとして事態は動いているんだ。私達の想像以上に早くな!」
通信を切るとカウラはシフトダウンしてアクセルを踏み込む。それに合わせてアメリアがダッシュボードから回転灯を取り出してサイレンのスイッチを押した。二人の姿を見て誠は自分達が明らかに後手に回っている事実に気づいた。
もう議論をしている時間は無かった。走る車の中で誠は法術犯罪の現場にたどり着く時間が一分一秒でも早いことだけを祈っていた。




