第29話 適材適所
酷い部屋での散々な一日が過ぎた。杉田と言う得体のしれない刑事以外誰も訪れないこの部屋で誠達はすぐに自分達が捜査の蚊帳の外に置かれていることに気づいた。
資料のほとんどは確かに見ることが出来た。茜から渡された同一犯と思われる事件資料の他にも県警が独自にまとめた目撃情報、被害者の共通点を調査した資料、発生時刻に近くを巡回していた警察官の氏名まですべて知ることが出来た。
ただ、その結果分かったことは二つだった。
一つは、県警の今ある資料だけでは絶対に犯人にはたどり着けないという確信。
もう一つは、東都警察が県警と連携し、誠達には隠した別口の資料で独自に捜査を始めているらしいという断片的な証拠だった。
各資料を閲覧するには毎回違う暗証番号が自動的に振り出されることに気づいたカウラがかなめに探らせたところ、東都警察本庁の捜査一課と警備部のいくつかの端末から頻繁に『特殊な部隊』の技術部の情報士官の管理しているデータベースへのアクセスが行われていることがわかった。
県警は今度こそ司法局実働部隊を笑いものにする準備を整えている。帰りのカウラの『スカイラインGTR』の中でアメリアはきわめて雄弁だった。そのイライラを発散すべくかなめは危うくロッカールームで破壊活動に走るところだったと言う。アメリアはそれをどうやって自分が身を挺して抑え込んだかをいかにも彼女らしく大げさに語った。誠はその苦笑いを引き摺ったまま寮につくとすぐに風呂に入り、眠り、目覚めてこうして朝の寮の食堂にたどり着いた。
「本当にこうしていていいんですか?昨日は要するに僕たちはこの国中の警察の笑いものになるためにあの部屋にいるってことは昨日一日でよく分かったじゃないですか?それでも今日もあそこに行くんですか?」
次の日、朝食に寮の名物と化している強いかつおだしの効いた粥を食べ終えた誠の言葉に同調するようにかなめもうなずいていた。勤務地が変わっても司法局実働部隊の寮の生活は変わらなかった。いつものように朝食を食べ、早出の技術部の隊員達がどたばたと階段を駆け下りるのをのんびり食堂で聞きながらお茶を飲んだ。
「東和警察も多少は経験を積んでるんだからね。あの人達もこれまで私達には散々トンビに油揚げ状態で、ひたすら世間から『無能』の烙印を押され続けてきたんだから。しばらくは県警の面々の捜査を見守りましょう。多少はうまいこと調べてくれないと私達だって体は一つなんだから。それで最終的には私達がおいしいところをいただくと……所詮、連中は法術に関しては素人よ。法術が絡む事件や法術に関する知識においてはこちらには一日の長があるわけだし、いざとなったらかえでちゃんや茜ちゃんみたいな一流の法術師を動員することもできる。まあ、その日が来るまで気長に待ちましょう」
番茶を茶碗に注ぐアメリアは笑いながらすべては想定していたような顔をしていた。
「そもそも犯人の姿すら見えていない状況で私達が動いても時間と手間の無駄だわ。東和には各町には交番があってお巡りさんがいる。そしてそのお巡りさんは定期的に街を巡回している。だったら、事件が発生した時にそこにお巡りさんがいても不思議なことは一つも無い。そう言う状況が来て、容疑者が浮かび上がってから私達が動けばいい。そのくらいの情報は見られるということは昨日のデータ検索で分かったんだからそれで良いじゃない」
今日もまたアメリアは雄弁だった。
「まあ……そううまくいけばいいですけど。捕らぬ狸の皮算用と言う言葉もありますから。それにそんな犯行現場に警察官がいるなんていう偶然をあてにするなんてそもそも僕たちが警察署に来た意味ないじゃないですか。そんな偶然が起きると本気で思ってます?」
余裕のアメリアを見ながら誠が苦し紛れにそう答える。
「なに?まるで私達の出向が無駄だったって一日で決め付けているみたいじゃない。でも実は茜お嬢様からの資料じゃ分からないデータも手に入ったわよ。県警も無能じゃ無いってことが分かったし、かなり捜査自体は進んでることも分かった。そんなせっかちなことばかり考えてるから誠ちゃんは何時まで経っても童貞なのよ」
アメリアはそう言うとおもむろに目の前のどんぶりを横にどけて腕の携帯端末の映像を拡大投影した。
「ずいぶんと細かい資料だな……なるほど。能力を乗っ取るのが得意な法術の種類か……こういう資料を作らせると警察は見事なものだな。ただ、その犯人像が全く具体的には分からないと言うことが分かったという資料なんて有っても何の意味も無いがな」
カウラは興味深げに画面を覗き込んだが、その資料を見終わるとその資料の結論をそう断言した。
「茜もまだまだだな。法術に疎い県警だってこれくらいの資料は作れるんだ。関与の疑いのある事例を検索にかければそれなりに資料としてまとまるじゃねえか。まああそこは資料の整理とかはラーナ一人でやってるからな。専属の資料整理の事務員でも雇う予算はねえのかね、法術特捜には」
カウラとかなめはアメリアの作った東都警察の違法法術能力発動事件に関わるデータを眺めて感心した。
「パイロキネシスが半数。空間干渉や空間制御が続いて……当たり前だけど体再生機能発動は無し。でもこれは事前に想定されていた範囲ね……もう少し詳しいデータはたぶん東都警察が独占してるんでしょうね。警察内部の管轄を超えるとその権限争いで責任の押し付け合いになるのはこの国の警察の悪いところね。東都警察は『同盟厚生局違法法術研究事件』でうちに相当恨みを持ってるからそちらを使って今度こそうちの鼻を明かそうという魂胆が見え見え。嫌になるわ」
アメリアは淡々とデータを読み上げていった。
「やっぱり他人の褌で法術事件を起こしてる犯人もきっと放火魔みたいな奴なんだろうな。火の回る様子ってのは妙にすきっとするからな!パイロキネシストを利用したがる気持ちも分からねえでもない」
不謹慎な発言でかなめは一同の空気を一気に下げた。
「それはかなめちゃんの好きな法術の種類でしょ。もしかしてあなたが犯人なんじゃないの?」
アメリアは面白半分にかなめをそう弄ってみた。
「ちげえよ!なんでアタシがそんなちんけな犯罪をすると思うんだ?」
かなめはムキになってそう反論した。
「そうよね、かなめちゃんならもっとすごい事件を……要人暗殺とか無差別爆弾テロとかそう言ったのがお好みだものね。能力としては干渉空間展開とか空間転移とか時間操作とかがお気に入りって感じ?」
皮肉を込めたアメリアの言葉にかなめがいつものようにキレた。
「もう一回言ってみろ……二度と飯が食えねえように顎を砕いてやる!」
かなめが悪意に満ちた目付きでアメリアをにらみつける。誠が回りを見れば二人の人物が誠達の行動を監視していることに気がついた。
一人はいつものようにカウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖を名乗る菰田邦弘主計曹長だった。回りにアメリアから『キモイ』と呼ばれている隊員達を引き連れながら真剣に画面を見るカウラに萌えていた。
そしてもう一人欲求不満を抱えている人物がいた。
「今回は俺の出番は無いんですかね……」
明らかに不満そうに声をかけてきたのは技術部特機整備班長の島田正人准尉だった。
「なにか?普通じゃ死なないって言うだけで捜査に参加できると思うなよ。オメエは馬鹿だから今回みたいに頭脳戦になる捜査には向いてねえんだ。自分の能力の向き不向きぐらい考えてからものを言え!こういう時にオメエにいい言葉をアタシから送ってやる。『身の程を知れ』!」
かなめの一言に明らかにカチンと来た様に島田は頬を膨らませた。彼は純血に近い遼州人であり、意識で体細胞の再生を行なうことができる再生系の法術適性の持ち主だった。
ただそれ以外は普通の人間と何一つ変わることは無い。あえて言えば地球人の最強レベルの喧嘩番長程度の腕力が自慢と言えば言えたが、そのようなことは本格的に攻撃的な性質を持つ法術師の前では何の役には立たないことは当の島田が一番理解しているところだった。
「そんなことは分かっていますよ!ええ、俺は馬鹿ですよ!電大だってカンニングだ入りましたよ!卒業だってほとんどが出来の良い奴に代わりに卒業試験を受けさせたのと、卒業研究は実験室の教授と意気投合して良く飲みに行ったおかげで卒業できただけで大卒なんて言えたもんじゃないことくらい分かってます!」
島田は完全に自棄になったようにそう叫んだ。
「おい、その面は『俺は厚生局事件の時も付き合ったんですよ!今回だって!』とでも言いたいのか?あ?」
ニヤニヤと笑いながらかなめのたれ目が島田を捉えた。我が意を得たりと島田はうなずいた。
そんな島田が急に緊張した面持ちで席を立つと直立不動の姿勢をとって敬礼をしたので誠達は食堂の入り口に目を向けた。
そこには司法局実働部隊副長クバルカ・ラン中佐が当然のように現れて、機嫌良さそうに無言で食堂を見回した。島田の態度を見た男子の寮生は一斉にちっちゃな身体に着流し姿に羽織をつっかけた姿のランに立って敬礼をした。
「そんなに硬くなるんじゃねーよ。アタシも勤務前なんだ。ただ、顔を見に来ただけだ。それにしても神前の顔を見るとずいぶんシリアスな展開だったみてーだな。神前。事態が思うようにいかねーとすぐに焦った顔をするのはオメーの悪い癖だな。戦場ではどんなに追い詰められても笑顔でいられるような人間以外はみんなあっさりと死ぬもんだ。それより、菰田、今日は粥か?」
どう見ても小学生にしか見えないランを見ると喜んで菰田のシンパの一人が厨房に駆け込んでいった。その様に呆れたと言うようにため息をついた後、平然とランは誠の向かいの椅子に腰掛けた。
「島田。アタシの判断が不服みてーだな?不服があるなら言ってみろ。オメエの保護者はアタシだ。聞いてやるぞ……あ?」
ランはこうして自分達が指導する部下が真の『漢』に育っているかどうか監視をするために泊ることが有った。今日もそんな一日だった。
「不服と言うか……今回は俺はより重要な任務の遂行がありますので。一応、自分にはシュツルム・パンツァー整備班長としての責任がありますから……」
ランには頭の上がらない島田にはそれ以上の事を言う勇気は無かった。
「おー。それが分ってりゃいーんだがね。まず目の前の仕事をしっかりしてくれ。アタシとして言えることはそれだけだ」
そう言うとランは大きめの丼で粥を受け取り静かに食べ始めた。その様子に菰田の取り巻きの一部にある秘密結社『エターナル幼女同盟』の会員達が萌える瞳でその様子を眺めていた。
「島田よー。アタシ等の仕事の目的はなんだ?」
ランは島田を試すようにそう言った。
「市民の安全を守ることです!武装警察の仕事の第一の目的はその一言に尽きます!」
即答する島田に満足げな笑みを浮かべてランがうなずいた。彼女はそのまましばらくスプーンを握りながら考えるようなポーズをとった。
「おい、そこ。アタシの写真を撮ったら金よこせよな!それとその写真を加工したらそいつに待っているのは『死』だけだ……」
密かにランの萌えるポーズを写真に撮ろうとした菰田の隣の技術下士官にランは鋭い目つきを送る。
「すいません!すぐ消します!」
メガネの整備班員が携帯端末の画像を消す動作をした。
「消すくらいなら最初から撮るんじゃねーよ。まったくこれだから若い男の馬鹿な部下を持つ身は辛いんだ」
苦笑いを浮かべながらそう言うと再びランは静かに食事を再開した。その様子をただ待たされ続けると言うように経ったままランを見下ろしていた。
「一番必要な場所に一番適した人物を配置する。アタシは隊長からその権限を任されて副隊長をやってるんだ。今回はテメーの出番じゃねーんだ。それにテメーには今、『武悪』を実用可能な機体にする為の改造計画の立案とその運用データの収集と言う重要な任務がある。そっちの事に頭を使え。もしテメーの力が必要になるようなら他にどんな重要な仕事が有ろうが死にそうな状態でも引っ張り出すからな!」
ランは島田を見つめて余裕の笑みを浮かべて箸を進めた。
「まあ島田は死なねえけど」
ランの言葉に茶々を入れたかなめをランは殺気がこもっているかのような視線でにらみつけた。
「ともかく島田。オメーはもらった仕事をちゃんとしろ。それが終わったらアタシが隊長に話をつけてやる。それでいーか?」
ランに見上げられれば島田も断れなかった。ただ力なくうなずく島田を見て満足げにランはさじを進めた。
「しかし……次の事件もこっちで起こるんですかね?たまたま気まぐれでこっちで事件を起こしてまた都内に帰っちゃったとか……」
アメリアはここ数日例のいたずらが止まっていることが気になっているようだった。
「心配性だなアメリア。それならそれでいーんだよ。アタシ等の管轄の外の事件と言うことになる。茜の嬢ちゃんがこれまで作った隊長のコネを使って捜査一課だろうが本庁法術機動隊だろうが犯人を挙げてくれれば儲けものだな。別に容疑者を逮捕するのは誰でもいーんだ。事件が解決すればその解決者が司法局だろうが東和警察だろうが関係ねーだろ?まあ、東都警察と千要県警はそーは思っちゃいねーよーだがな」
淡々とランがつぶやいた。そしてその言葉が響くたびに菰田達のボルテージが上がるのが嫌でも見えた。ささやき、つぶやき。その中に『幼女』と言う言葉が混じっているのでいつ爆発するかと誠は気をもんでいた。
「ああ、それと菰田!」
みそ汁を飲み終えたランはひたすら食事をするカウラを見つめていた菰田に声をかけた。
「はい!」
ランに呼びつけられてシンパに守られながら菰田は立ち上がった。だがその回りの連中は明らかにそんな命令口調のランの態度に萌えていた。
「飯食ったら出勤だろ?ぼーっとしてるんじゃねーよ!」
ランはあくまで『鬼上司』だった。
「了解しました!菰田曹長、これより駐屯地へ向かいます!」
さすがにランの怒りが爆発するまでに去ろうとするが、Mっ気のある隊員が残ろうとするのを何とかなだめすかして食堂を出て行った。
「アイツ等何しにここに配属になったのかわかってんのかねー」
そう言うとランは粥の最後の一口を口に運ぶ。さすがの誠もその姿には萌えを感じざるを得なかった。
「誠ちゃん。私達のフィギュアよりもランちゃんの方が売れそうよね……かえでちゃんのは例外。マイクロビキニの超乳ボディーは昔から大人気のフィギュアだものね。ああ、たぶんかえでちゃんなら誠ちゃんが頼めばすぐにモデルになってくれると思うわよ。全裸で」
アメリアはランの人気に嫉妬してそうつぶやいた。
「クラウゼ。つまらねーこと言ってるとはたくぞ!」
アメリアに向かってそう言いながらランはテーブルの上の粥のどんぶりを持って立ち上がった。
「結果。期待してるからな!アタシから言えるのはそれだけだ。はっぱを掛けにここまで来たアタシに恥をかかせるんじゃねーぞ」
そう言って振り向いたランの笑顔はいつもの鬼の副長ではなく無垢な少女の笑顔に見えてつい誠は自分の心がときめくのを感じていた。
「ロリコンが……」
カウラはそれを見て大きなため息をつくのだった。




