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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第九章 『特殊な部隊』と出向

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第28話 用具室の臨時捜査班

 左側に並ぶ部屋はそれぞれ捜査関係の部署らしく私服、制服の署員がひっきりなしに出入りを繰り返していた。男はその部屋をまるでそんなものが存在しないと言うように真ん前を向いたまま歩き続けた。


 なかなかたどり着かなかったが、エレベータルームを通り過ぎて人気がなくなると男の足取りは急に遅くなった。いくつかの閉まったままの扉。そのどれを開くか迷っているように何度か身を翻した後、その中の真ん中の一番地味な扉を男は開いた。

挿絵(By みてみん)

「おう、来たか。しかし……この部屋の匂いはなんとかならねえのか?アタシの部屋もタバコを吸わない人間や酒が嫌いな奴にはクサイと言われても仕方がねえとあきらめちゃいるが、この部屋のかびの匂いは……叔父貴でさえこの匂いを嗅いだら嫌な顔をするぞ。あのゴミ屋敷同然の隊長室の主の自他とも認める『駄目人間』が嫌な顔をするような部屋に通して『協力お願いします』って……こりゃあどんな罰ゲームだよ!」 


 すでに千要県警の制服に着替えていたかなめがこれも取ってつけたような事務机と古そうな事務椅子に腰かけての怒りに震える姿が目に飛び込んできた。黙っていれば制服が似合う彼女らしく襟に警部補の階級章を光らせていた。


「そういえば大丈夫か?神前……一応巡査部長扱いでよかったんだな?でもよかったじゃないか、巡査部長で。私の見立てだと巡査長あたりだと思ったが、巡査部長なら交番勤務の貴様と同い年の人間にも対等に会話できる階級だ。それなら捜査活動に支障をきたすことはないだろう」 


 カウラから誠に巡査部長の階級章が手渡された。

挿絵(By みてみん)

「それにしても……私は似合う?お巡りさんのコスプレ!一度やってみたかったのよ!ああ、今は本当にお巡りさんなんだけどね♪」


 カウラとかなめが警部補の階級章をつけているのに対し、アメリアのそれは警部のものだった。


「おい、あの署長のとっちゃん坊やの野郎め計りやがったな。こんなあの麗子の勤務してる司法局の座敷牢並みのひでえ部屋にアタシ等を押し込めやがって!それと何でこいつが警部なんだ?佐官がそんなに偉いのか?くそったれが!」 


 誠をつれてきた男にかなめは喧嘩腰で食って掛かる。誠は止めようと手を伸ばす体勢で話を聞いていた。


「いやあ、僕は事務方だからねえ……そこら辺の事情は全て署長の権限になっていますので」 


 誠達の勝手にしゃべって勝手に納得している様を半分呆れて黙って見守っていた男性事務官はかなめの喧嘩腰の態度に引きながらそう答えた。

挿絵(By みてみん)

「事務屋だと現場のことがわからねえって言いてえのか?うちでさえ管理部門の大将はアタシ等の行動も把握済みだぞ。なんだか千要警察も落ちたもんだなあ。事務屋は事務仕事しか出来ねえのか……まったく本当に使えねえ。管理部門は前線の兵站を担う重要な部署なんだ!その部署が現場を知らねえでお仕事してる……軍隊だったらそんな軍は負けて当然だぞ!良かったな!オメエは警察署勤務で!敵に殺される心配はねえもんな!軍隊だったら兵站が無能なら、最前線は全滅する。その突破してきた敵にあっという間にハチの巣になるところだ!」


 かなめは不満たらたらでそう言って男性事務官をにらみつけた。 


「黙れ、西園寺!悪い立場をこれ以上悪くして何の得がある!それにここは警察署だ!戦場でも貴様の得意な潜入作戦中でも無いんだ!自分の置かれた状況を正確に理解してからものを言え!」 

挿絵(By みてみん)

 カウラが思い切りテーブルを叩いた。


「すいませんねえ……喧嘩をしているようには部外者には見えますけど、これは一種のレクリエーションみたいなものなんで。一応、これでも仲がいいんですよ……ねえ?」 


 さすがにかなめの暴走が予想を超えていたのでフォローを入れるアメリアだが、にらみ合うかなめとカウラを珍しそうに眺める男の目に浮かんだ軽蔑のまなざしが見えた。こう言うことに敏感なかなめは怒りのようなものを覚えているらしいことは誠にも分かった。


「まあ……ご不満でしょうがこれもすべて署長の指示ですのでとりあえずこちらの部屋を使用してください。それと連絡は杉田と申す古株のものが担当しますので。当署でも一番の古株の刑事です。豊川の事情には杉田が一番精通しておりますので詳細は杉田にご相談ください。では失礼します」 


 それだけ言うと男は誠達に呆れて逃げるようにしてこのかび臭い部屋を出て行った。いつもの面々だけになると誠達は部屋の様子を思い思いに見回した。


 部屋の隅の半分腐りかけたダンボールの蓋が開いてその中には日焼けした書類の束の隅が見える。窓を見ればきれい好きな誠には理解できないほどの雨粒が乾いた水滴の模様が晴れていると言うのに部屋に入る冬の日差しを遮っている。


 見上げれば蛍光灯はどう考えても耐用年数を遥かに過ぎているようで頻繁に点滅し、その周りの天井には無数の染みが浮かんでいる。


 そもそもこの部屋に本格的な掃除をする人間が足を踏み入れたのは何年前なのかを誠も疑いたくなった。この豊川署の建物は誠も中には言って見るのは初めてだったがそう築年数は立っていないように見えたのだから恐らくはこの署が出来てから一度も掃除をされたことは無いのだろうと誠は思っていた。


「元は用具室か何かなんだろうな。確かにかび臭いのが欠点だが、叔父貴のゴミ屋敷隊長室よりは結構片付いているんだな。うちの部隊とは大違いだ。でも元が用具室と言うとどうもあの馬鹿の麗子の顔が頭をよぎる……あの馬鹿とアタシは同じ扱いか?同じように茜に白い目で見られるのがアタシのレベルなのか?あの署長、島田やかえでばかりじゃなくてアタシにまで厄介を掛けてもらいたいらしいな……この事件が終わったらどんな目に遭わせるか今のうちから考えておくことにしよう……覚えとけよ……白豚署長。アタシはしっかりオメエの顔を覚えたからな!」


 かなめはそう言うといつもの戦闘狂が戦場に向かう時の悪い笑顔を浮かべた。 


「でも用具室ってことは本来人のいるとことじゃないんじゃないの?ここ。この扱い……ちょっとひどいわよ。あの署長もそんなに手柄を取られるのが嫌なのかしら?私達は無能な県警に手柄を取らせてあげるために来た救世主よ?それがこの扱い……ちょっと雑過ぎない?いっそのことかなめちゃんと一緒に島田君やかえでちゃんみたいな犯罪行為に走ってあげようかしら?」 


 アメリアは不満たらたらで染みだらけの部屋の壁を見回した。確かに何もなかった。端のほうに書類のダンボールが山積みにされ、とってつけたようにいつのころの時代のものかと聞きたくなる端末が置かれた机と椅子が四つ並んでいた。


「アメリア……貴様までもが島田や日野のような犯罪行為に走ればクバルカ中佐は本当に貴様を斬るぞ。島田は不死人だから斬られても死なないし、日野なら反撃してそれなりの時間を稼いで中佐が正気を取り戻すまで生き延びることができるだろうが、貴様はその場で絶命だな。忠告をしておく。そのような考えは捨てた方が良い。まあ、どうしても死にたいというのなら私も止めないがな」


 かなめとアメリアの愚痴に呆れたようにそうつぶやくカウラの声が響く中でノックの音がした。


「どうぞ!開いてますよ!」 


 自分達の扱いの酷さを諦めたようなアメリアがやけ気味に答えた。入ってきたのはかなりくたびれた背広を着た定年間際と思われるやせぎすの男だった。

挿絵(By みてみん)

 いかにも歩くのが資本と言うような擦り切れた革靴に、風を浴び続けて皺が染みついたように老けた顔はまるで死神のようだと誠はその男の初対面の印象をそう感じていた。


「杉田さん……ですね?話は聞いていますよ」 


 アメリアの言葉に入る時は無表情だった杉田と呼ばれた刑事の顔が急にそれまでの無表情が人懐っこいものへと変わった。


「ええ、まあ……これからはよろしく」


 杉田の返事にアメリアは満足げにうなずいた。かなめは相変わらず不機嫌そうに周りを見回している。


「ひでえ部屋だな。他に空いてる部屋は無かったのかよ。こんなぼろい部屋に美女三人も押し込めて……ここは甲武の岡場所の下司な女郎屋か?飯に麦でも入ってたら殺すかんな」


 わざと聞こえるようにそう言うかなめの声には怒りの色が含まれていた。


「実は……あの若い苦労知らずの署長からの指示でね。本来なら大事な助っ人だ。いい部屋を用意しておくべきなんですけどねえ……なにしろここ豊川は近年のニュータウン開発競争で交通事故が多発していまして交通課に署員を多く配置している関係上、部屋が足りない状況なんですよ。かといって立て替えたばかりの建物を増築する予算なんて到底ありませんし……まあ、予算が無いのはお互い様ですよね。私も何度も顔を合わせているクバルカ中佐からその愚痴を聞かされるんですが……そちらも相当苦労しているみたいじゃないですか?」 


 杉田が口を開くまでもなく誠達は杉田の交通課云々はただの言い訳で、この惨めな有様があのキャリアの警察官僚でこの豊川署の署長をあと数年務めれば花形の東都警察の特捜本部の部長代理やどこかの県の県警幹部を経てゆくゆくは東和警察の相当な権限を持つ役職員になることが確実な署長と島田とかえでの犯罪行為を始め本来それを止めるはずの嵯峨やランが好き勝手して色々と迷惑をかけている関係で『特殊な部隊』には恨みしか持っていない千要県警上層部の意図だと言うことを理解していた。


 同盟厚生局事件。一応外面的にはテロリストによる法術データ強盗事件と言う発表で落ち着いているが、三ヶ月前のその事件は厚生局による違法法術研究の事故が原因であり、その為に東都警察と司法局実働部隊が対応に当たったことは司法関係者なら誰もが知っていることだった。


 その時、虎の子の法術対応即応部隊を投入しながら何一つ点数を稼げなかった東和警察が、暴走する実験体を対峙して見せた誠達に明らかに嫉妬していると言う噂は散々聞いていた。


 そしてその結果が目の前の哀れな現状だった。仕方がないというように顔を怒りで引きつらせながらカウラは椅子に座った。かなめはもう怒りを通り越して呆れてそのまま窓から外を眺めていた。


「酷い部屋の割に空調はちゃんと効くのね。まあ、それくらいで満足してあげましょうよ。うちが島田君とかえでちゃんの件でここに散々迷惑をかけているのは事実なんだから」 


 そう言いながらアメリアはそのまま奥の空調機を確認する。誠はただ黙って杉田の顔を眺めていた。


「ご不満でも?……まあ不満でしょうね」 


 急にそれまでの杉田の柔和な表情が緊張した。一応は東和警察の警察官。しかも見るところベテランであることは間違いない。にらみを利かせるように言われれば誠はただ黙ってうなずくしかない。


「……捜査関係の資料は閲覧できるのですか?そうでなければ私達がこの制服を着てこんな部屋に押し込められた意味が無い」 


 実務的な話ならこういう時は頼りになるカウラがそう言って杉田を見つめた。


「当然です。ただし……プロテクトがかかっている部分については閲覧されないように。たとえ身分が表面上は変わろうとあなた達はどこまで行っても同盟機構の職員です。我々は千要県の警察組織に所属しています。その違いはお分かりですよね?出向と言っても貴方がたはあの事件の解決のための一時的な協力者。それ以上の期待をされても困りますよ」


 杉田というこの初老の捜査官はあたかも事情を察しろと言うようにそう誠達に釘を刺した。 


「安心しな。うち専属のハッカー軍団は最終兵器の調整作業でへばってて本隊でお寝んねだよ。アタシはサイボーグだがハッキングはそれほど得意でなくてね……荒事専門なんだ」 


 半分やけになったようにかなめは叫ぶとそのまま近くの席に腰を下ろした。


「それではよろしくお願いします」 


 そう言うと杉田は見放すようにドアを閉めて消えていった。


「予想したよりはかなりましなんじゃないの?あの刑事。もっとよぼよぼの使えない半分ボケてるような窓際族が窓口担当課と思ったけど……あの視線は私が見た感じ現役の刑事のそれよ。まあ、年を食ってるのは確かだけど」 


 早速端末を起動させながらアメリアがつぶやいた。


「でもなあ……あの目を見たか?アレを窓口係として信用しろ?アタシには無理だね!この部屋にしろ、あの杉田って刑事にしろ、県警はアタシ等を舐めてるんだ!」


 かなめは置かれた状況に対する不満の持って行き所を探すように周りを見回しながらそう言った。


「西園寺。好き嫌いや快適か不快かだけで物事を判断するな。そのようなことは結果さえ出せばあの私にも不快な視線も一瞬で変わるものだ。我々が容疑者を一日でも早く捕まえてしまえばこの部屋ともあの杉田とか言う老刑事ともおさらばできる。単純な話だ」 


 カウラの言葉にかなめは渋々うなずいた。誠はただ不安で一杯になりながら自分の襟に巡査部長の階級章を取り付けていた。



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