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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第九章 『特殊な部隊』と出向

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第27話 借り物の警察官

 千要県警察豊川署署長室に通された誠達は署長の前で挨拶をするべく敬礼をした後、しばらく立たされていた。


 自分のアイディアに満足そうに笑うアメリアが現場指揮官という名目で一番右に立ち、その隣ではいつもの無感情な表情のカウラが署長をじっと見つめていた。その隣では明らかに不満を顔いっぱいに表しているかなめが立ち、誠はそんなかなめがいつ態度の大きい署長につかみかかるかと冷や冷やしていた。

挿絵(By みてみん)

 その長い沈黙の後。アメリアがちらりと誠を見たことでそれを自分が破ることを先ほど指示された誠は、額に汗を掻きながらそのタイミングを計っていた。かなめもカウラもアメリアもその時を待っている。そして目の前に現れた恐らく警察の採用基準ギリギリの小柄な身長の人影を確認して四人が立ち上がって敬礼した瞬間誠は口を開いた。


「私達が……専従捜査官の……」 


 三人の圧と署長と副署長の醸し出すアウェイ感に堪えかねて誠は思い切り言葉を思い切り噛んだ。


「馬鹿!噛むんじゃねえ!」 

挿絵(By みてみん)

 これまで署長の態度に苛立っていたかなめが誠に向けて鋭い言葉をぶつけてきた。長い会議を終えたと言うことで難しい顔で署長室に入ってきたのはずんぐりむっくりの小柄な豊川警察署の署長だった。悠然と誠の前に現れたその姿を前にして誠は緊張のあまり挨拶すらできない有様だった。そんな誠は明らかに怒りの骨髄反射を起こしたかなめに足の親指をパンプスのかかとで踏まれた。


 飛び上がりたい痛みに耐えながら誠は挨拶を再開しようとした。その痛々しい姿を見て表情を緩めた署長は笑みを浮かべながら口を開いた。


「まあそんなに緊張しなくても……そんなところに立っていられても僕としては申し訳ないんで……まあかけてくれます?」 


 署長はおそらく『特殊な部隊』では一番身長が低い西やアンよりもさらに低い警察の体格基準ギリギリの身長の割に小太りで白髪が混じってはいるが、良く見れば20代後半と言う感じに見えた。でこぼこコンビの大きい方という感じにも見える妙に張ったえらが特徴の角刈りの副署長がその後ろに続いてソファーに座る若い署長の隣に立つ。こちらは明らかに敵意で武装して誠達を見ながら自分の中で値踏みでもしているように見えた。


 ここでは一番階級が高いということで指揮官らしく振舞っているアメリアは署長の言葉を聞いても動くことをしなかった。


「ほら、座ってくださいよ。遠慮なんかなさらずに。うちと司法局実働部隊の仲じゃないですか。特にクバルカ中佐にはうちもお世話になっている……いや、うちがクバルカ中佐をお世話しているというのが実情に近いと言えるのかな?」


 日頃、島田とかえでがそれぞれの犯罪行為で逮捕されるたびに頭を下げに来るランのことを話題にしながら丸顔をさらに丸くしたように笑う署長の笑顔はあくまでここは自分の部屋なんだという自信に満ちていた。


「ではお言葉に甘えて……座りましょう」


 アメリアはそう言うと署長が座ったソファーに向って歩き始めた。それを見てカウラは自然に、かなめは渋々、誠はこわごわソファーに向って言って静かに腰かけた。


 出向メンバーとして選ばれたのは誠、かなめ、カウラ、そしてアメリアだった。愛するかなめと『許婚』の誠と引き離されることにかえでが涙ながらにランにその判断の不適格性を指摘して泣きついたことは言うまでも無かった。そんな『男装の麗人』の泣き顔を思い出してどこか落ち着かない誠達の中で一人、悠然と座って小太りの署長に色目を使うアメリアの姿はいつもどおりのことだった。


「いやあ、そちらからこういう申し出をしてくれるとはこちらとしても、県警本部の方でも予想していませんでしてね。僕個人としては本音を言ってしまうと大歓迎なんですよ。なにせ法術となると……うちでは皆さんと比べれば素人捜査と呼ばれても仕方がないことしかできないものでね。司法局実働部隊の同盟厚生局での違法法術研究の一件。実績としては目を見張るものがある。その時と同様の活躍を期待していますよ。今回はそれをこの豊川署の実績として挙げることができる。これは僕にとっても……いや、それ以上は言わない方が良いですかな?」


 署長のにこやかな笑顔を浮かべてのその言葉に明らかに不機嫌そうな顔をさらにゆがめる副署長の顔に誠は冷や汗を流した。恐らく何度となく手にした『関の孫六』でランに恫喝された数は覚えられないほどの副署長には、誠達は自分の命を削る敵にしか見えないのだろう。


 署長は誠から見ても東和警察庁からのキャリア組だということは同じキャリアの警察官僚だった茜から全員聞かされていた。副署長はその年格好と階級から見て県警の上級職からの現場叩き上げと言う経歴だろう。誠も何度か警察に出入りしているうちに相手の持っている雰囲気やしゃべる内容で相手の経歴がある程度わかるようになってきていた。


 副署長の『我々にも法術に関する資料が有れば十分に捜査活動は可能なんです!』と言いたそうな顔を十分時間をかけていかにも満足そうに眺めた後、アメリアは話を始めた。 

挿絵(By みてみん)

「正直期待していただいているというのは当方としても光栄なんですが、司法局においても法術に関しては未だ未解明な部分が多いですから。正直な話、警察署に閲覧権限が無い法術関係の資料を我々が所持していることは否定しません。ですがそれは上層部の決定によるもので、私達の一存ではなんともできませんから。ですので今回私達が専属捜査官としてこちらにお世話になって、それらの情報も十分駆使して解決のために全力を尽くすことに決まりました。それにより場合によっては大惨事に至る可能性も否定できない法術犯罪を軽犯罪程度で済んでいる現状で容疑者を確保して解決を目指す。このことで司法局と千要県警は利益が一致していると私は考えておりますがいかがでしょうか?」 


 丁寧に、そう心掛けているようにアメリアは言葉を紡いだ。同じことをかなめが言ったらたぶん副署長は怒りに任せてその場を立ち去っていたことだろう。誠は言いにくい話をさらりと言うアメリアの技術に感心しながら話を聞いていた。


 文句は山ほどある。そんな顔の副署長を見るとアメリアは大きくため息をついてカウラに目をやった。カウラもそれが多少へりくだって見せろと言うアメリアの意図だと悟って静かな調子で口を開いた。


「こちらもまだ捜査のノウハウを蓄積している段階です。市民社会への法術の情報提供はまだ関係各所で議論の最中ですが、残念なことに情報の漏洩や一部在野研究者による情報リークが野放図に進んでそれが新たな法術犯罪を繰り返しているというのが現状です。これからはさらにそれらの法術犯罪の凶悪化、組織化が予想されますからできるだけ早く対応することが必要になります。ですので、今回のようなレアケースにも司法執行機関は即座に対応可能であるということを社会に示して見せることが必要になるわけです。同じ司法執行機関として遼州同盟もその意味を認識して司法局にその対応に当たることを許可したからこそ我々はここにいるわけです。そして我々がこのソファーに座って意見を述べることを許可されたと言うことは東和政府、そして東和警察はその同盟機構の意志に快く応じていただいた。我々としてはその賢明な対応と期待に全力をもって応えるつもりです」 


 カウラはまさに立て板に水と言うようにあること無い事見事に並べ立ててキャリアの警察官僚である署長を納得させた。


「とうちの責任者は申しております」 


 カウラの穏やかな言葉に言いたいことは山ほどあるという顔のかなめが茶々を入れた。その言葉に明らかに不快そうな顔をしたのはそれまで穏やかな表情だった署長の方だった。キャリアの署長。そもそも従妹の茜でさえ『エリートは信用できない』と公言しているかなめにとって署長の言葉自体が気に入る要素は無い。誠はなんとかこの場を乗り切ろうと考えはじめた。


 最初は穏やかな言葉で場の雰囲気を作ったアメリアだが、彼女は当てにならない。おそらく彼女もかなめとこの小太りの署長の相性の悪さには気づいているはずだった。一応、義理は果たしたと言う顔をしているアメリアの本来の行動原理は『面白ければそれでいい』である。引っ掻き回しにかかられたら誠も分が悪い。一方、カウラはそんな相性などは考えることもない。ただ今回の事件が本当に豊川市に舞台を移したのかを知りたいと言う職業倫理に基づいて動くだけ。となるとこの場をなんとか穏便に何事もなく取り繕うことが出来るのは自分しかいないと分かって誠の心臓の鼓動は高まった。


「で……この署に法術適正者は何人いるんですか?我々は四人。しかも法術師は神前曹長一人です。いざ事件が起きた場合の備えは必要です。その戦力を私としても把握しておきたいのですが?我々の出動が空振りに終わった場合の予備戦力をこちらが把握しておかない限り我々も軽々に捜査活動を開始するわけにはいきませんので。いかがですか?」 


 早速カウラが尋ねた。実務的な話ならと、それまで不機嫌だった副署長の方がこれからの捜査で主導権を取ろうと話を切り出そうとした手前でその言葉が吐かれたことでさらにその場の空気が冷えた。だが彼も組織人である。カウラの当たり前にして当然の質問を聞くと下手に口を開くのは得策ではないと隣の署長に目をやった。署長はなにやら複雑な笑みを浮かべて黙ってかなめを見つめていた。かなめは目をそらさずにそれに答えて卑屈そうな笑みを浮かべた。この様子に先ほどまでの不快感が吹っ飛んだようで慌てて副署長が口を開いた。


「法術適正はプライバシーの問題がありますからそれについては申し上げられません!それに法術師で無いと捜査官が務まらないとは到底思えません!たかがボヤや器物破損程度のことしかできない法術師なら一般の捜査官で十分対応可能です!」


 犯罪捜査について持論を延々と展開したいのを我慢しているのが誠にも分かるように言葉を選んでの副署長の一言は厳しく簡潔なものだった。署長も特にとがめるようなことを言わなかった部下に満足したようにうなずくとそのまま最初に誠達に向けた笑顔をわざとらしく作って話し始めた。 


 県警は手柄が欲しい。司法局は事件を大事になる前に潰したい。けれど、互いに相手を信用していない。この出向は協力ではなく、面子と実利を無理やり同じ机に座らせたものだった。


「法術の検査は政令に定めるとおり、警察署においても任意の検査が原則となっているので。それに適性者で能力的に貴重な人材はすべて県警の機動部隊に転属になって……」 


 副署長の説明が長くなりそうなのを察して誠はあくびをかみ殺すのに必死だった。


「つまり手駒で使えるのはいない確率が高いと……使えねえな」 

挿絵(By みてみん)

 かなめの言葉に署長のこめかみが痙攣するのを見て誠の胃がきゅるきゅると痛んだ。


 誠の予想通りかなめの『使えない』に副署長まで怒り心頭という感じで膝の上の両の手をぎゅっと握り締めているのが自分を威圧しているように感じられる。誠は口の中が乾いていくのを感じていた。


「申し訳ありませんね、どうも。うちの仕事は荒事ばかりですから。後でしっかりその点は指導しておきますので。では挨拶はこれくらいにして、私達はどこに行けばいいんでしょうか?」 


 アメリアもかなめの暴走が予想より早く始まりそうに思えたようでなんとかこの場を収める決意をしたようだった。目の前の二人の警察官僚も別に喧嘩をしたくてここにいるわけではない。個人的には敵にしか見えない何を考えているのか分からない変な髪の色の女二人と自分に敵意むき出しのサイボーグとやけに気弱な大男が目の前からすぐに消え去ると知った副署長は早速立ち上がるとそのまま署長の執務机に置かれた電話機に手を伸ばした。


「まあ、これからは同じ千要県警の一員同士。事件解決まで頑張りましょう。一応、『結果』は期待していますので」 


 言葉の頭の『一応』に力を入れてつぶやくと署長は立ち上がった。部屋のドアが開くと二人の女性署員が現れた。


「とりあえず着替えをお願いしますよ。その格好だとどこかの軍の人間だと思われますから。ここは東和共和国です。東和共和国の市民の安全を守るのは東和警察、そして県民の不安を解消するのは千要県警の仕事です。司法局はたまたま東都に同盟機構の本部があるからここで事件があればそれに対応しているだけの存在……そのような存在が市民の前で大きな顔をして歩かれると東和警察の全警察官の士気に関わりますから」 


 まだかなめの言葉を引きずっていると言うような副署長の表情。誠は顔を引きつらせながら立ち上がった。


「あ、神前曹長。男子更衣室まで案内します」


 遅れて所長室に入って来た見た感じ四十手前と言う黒ぶちの眼鏡の県警の制服姿の女性署員がそう言った。彼女の言葉につられて誠は一足先に廊下に出た。


 そのまま誠はその女性警察官に案内されて階段を上ると、四階建ての警察署の最上階にたどりついた。人気が無くて物寂しくていつもサラなどが走り回っている司法局実働部隊の隊長室の前の廊下とはまるで風情が違った。


「こちらです」 


 女性署員はそのままそれほど長くない廊下を突き辺りの大きな窓のある突き当りまで歩いた。誠は慌ててその後ろに続いた。当然のようにそこで廊下へと進む速度についていくのが誠には骨が折れた。


「こちらです。そしてこちらに着替えてください。すでにロッカーには名前が貼ってありますのでそちらをお使いください」 


 それだけ言うと一礼して去っていく女性署員の後姿が見えた。誠はすでに眼鏡以外の顔の特徴を忘れたほどに個性の無かった女性署員から受け取った階級章の無い制服を手にロッカールームに入った。日中だと言うのでロッカールームには誰もいなかった。誠はさっさと着替えてしまおうと幸い目の前にあった『神前』と書かれたロッカーを開いた。


 長いこと誰も使っていなかったのか防虫剤の強い刺激臭が誠を襲った。誠はしばらく扉を開けたままそこに立ち尽くした。


『あの人達……大丈夫かな……特に西園寺さんが不安だ』

挿絵(By みてみん)

 考えれば考えるほど事態が悪いほうに進んでいくように感じられる。誠は仕方なく急いで着替えに取り掛かった。着替える東和警察の制服と東和陸軍の制服の徽章を変えただけの司法局実働部隊の制服。着替える要領は同じなのであっさり着替えは終わった。


『神前曹長』 


 調度そのタイミングで今度は男性の声がロッカールームの外から聞こえた。


「はい!着替えが終わりました!」 


 そう言って飛び出した誠の前には背広を着た中肉中背の男が立っていた。


「こちらになります」 


 誠の顔に目も向けずに振り向くと男は先ほどの背広の男性職員と同じような早足で歩き始める。誠はそのまま彼に従って冬の弱い日差しで陰になっている階段を降り、二階に到着すると個性のない男の背中を追いながら通路を歩き始めた。



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