第25話 源平絵巻の中の捜査会議
節分の日、『特殊な部隊』のある豊川市の豊川八幡宮の社殿近くの仮設テントの中で、源平時代の大鎧に身を包んだカウラが不器用に鎧の大袖の紐を外そうとしていた。
その隣ではかなめやアメリアも同じように鎧を外すことに集中している。周りでも『特殊な部隊』の隊員達が鎧を脱ぐ作業に従事していた。
誠はテントの中で一斉に鎧を脱ぐ女性士官たちの姿を見ながら、この、何時代なのかよくわからない異常な光景に言葉も無くごく普通に雑談のような調子で話をしているメンバーの顔色を窺っていた。
「目撃者無し。証拠物件も挙がらず……まあ元々期待はしていなかったがな。そもそも千要県警は自分の庭である県内でこの種の事件が起きるとは予想していなかった。この前、西園寺が言った通り、正月に事件が起きた後にしばらく事件が起きずに半月後の今に恐らく同じ法術師による事件がこの豊川で起きた。あの過剰反応は自分にとっては他人事だった法術犯罪が自分の管轄になったことへの恐怖が県警の上層部にはあるのだろうな」
カウラは鎧の大鎧の大袖を誠に外しながらがつぶやいた。節分の時代祭りでの武者行列。司法局実働部隊が設立されてから豊川市の時代行列の源平合戦武者行列は一気に歴史マニアに注目されるイベントになっていた。
基本的には士官は大鎧で馬に騎乗し、下士官以下は腹巻姿でそれに従う。
しかし、馬との相性が最悪のカウラは他の士官達が最低でも隊から貸し出した胴丸を着た乗馬クラブの係員に引いてもらいながらよたよたと騎乗を続ける中、去年は一人重そうな大鎧を着こんで一人歩いて行進していたと言う。今日の晴れの舞台の日にも嵯峨の顔で借りた乗馬クラブの馬との相性の悪さを再確認させるようにそもそも馬の轡に触れることすら出来ないで少し落ち込んでいるように見えた。
すでに自分で緋糸縅の西園寺家伝来の縁の大鎧を脱ぎ終えて狩衣姿のかなめが扇子を翻しながらカウラを冷やかすタイミングを計っていた。
わいわいと年に一度のイベントと言うことでお互いの雑兵役の胴丸姿を写真に撮り合っていた技術部の隊員達もさすがに飽きが来て部屋の隅で鎧をしまっている運航部の女性陣の手伝いを始めて視界が開ける。するとかなめの表情は一気に呆れたようなものに変わる。
「それにしても……アメリア。オメエには『空気を読む』と言う言葉はその辞書にないのか?去年もアタシは同じことを言ったよな?そんなに自分が目立つのが嬉しいのか?」
扇子を懐に収めるとかなめが大きくため息をつく。その目の前には他の隊員とはまるで違う鎧姿のアメリアがいた。
「なに?かなめちゃん。確かに去年もかなめちゃんに同じことを言われたのは覚えているけど、じゃあその時と同じ答えを返してあげる。そう、嬉しいの♪」
他の隊員とは明らかに違う鎧を着たアメリアは手にしていた十文字槍を立てかけるとかなめに向き直った。
「そうか、嬉しいか……ただ、オメエはうれしくないが、アタシは嬉しくねえし、他の隊員もたぶん同じ意見だぞ。その鎧を見たらたぶん参加するうちの人間は全員お前はおかしいと思うに決まってるんだ。あれだけオメエの作るエロいゲームで時代物の時は時代考証で歴史知識ゼロの神前に細かい所まで指図してるオメエのことだ、時代設定とか色々おかしいという自覚はあるだろ?去年も同じことを言った記憶があるけどなんでその恰好なんだ?理由を言えよはっきり。もう一度聞いてやる。その理由をオメエがもう一度言えばオメエのねじが一本はずれてる脳でもそれがおかしいということを自覚できると思うぞ」
かなめはあきれ果てたというようにそう言い捨てた。
「いいじゃないの。これは私の私物なんだから。それなら隊長じゃなくってかなめちゃんがポケットマネーで私に立派な大鎧を用意してくれればいいじゃないの。それを用意した上でいつもみたいに『これに着替えないと射殺する!』と言われたら私も死にたくないからそちらに着替えるわよ。でもそんなことはしたくないんでしょ?面倒くさいから。なら私の格好に文句を言うのは筋違いなんじゃないの?それに隊長が用意してくれているというのにかなめちゃんのも西園寺家当主の家伝の品なんでしょ?それって私の歴史知識だと源平時代の大鎧じゃなくて、形状は素人目には似て見えるけど、馬に乗っての弓矢での戦いが主流だった源平時代から時代が200年ほど経ってより歩兵戦が主力になった南北朝時代の大鎧だわね。地上での自由度が高いように兜の形も微妙に違うし、鎧も地上を歩きやすいように鎧の継ぎ目の動く部分が広く作られている。確かに、かなめちゃんの先祖だという公家大名伊予西園寺の当主はそんな格好で戦国時代も戦っていたんじゃないかなあとは思うけど、そうなるとその恰好は16世紀の戦国武将の格好よね?私の格好は、17世紀初頭の当世具足として有名な真田幸村風の赤備え。私とかなめちゃんの鎧の時代は100年しか変わらない。つまり私達の着ている鎧は同時代のもの。時代背景がおかしいと言い出したらかなめちゃんも同じじゃない」
そう言ってアメリアは鉄でできた真っ赤な胴を外した。アメリアの理屈は分かるが、歴史に疎い誠でもかなめの大鎧はカウラのそれと比べても大差ないように見えるが、アメリアの着ている鎧は同じ国の鎧とは思えないほどに違うように見えた。
それだけでその手のマニアなら誰でも分かるほどに徹底的に凝りまくった戦国末期の当世具足姿だったからだった。しかも見事な赤備えに兜には六文銭の前立てが目立つ『真田幸村』の姿だった。剣術道場の息子で多少そういう知識もある誠も違和感を感じはするが、どうせアメリアは知っててやっているので何を言っても無駄なのは分かっている誠はただ黙ってカウラが鎧を脱ぐのを手伝っていた。
「そう言えばサラは?アイツはもう鎧を脱いじゃったのか?この行列が始まる時にブリッジクルー全員で写真を撮るとかアメリアが言ってなかったか?」
かなめは床机に腰をかけて一月の寒さを身に受けながらも平然と扇を弄っている、今回は准尉に昇進したことで初めて着た大鎧のいかにも武将然とした自分の姿に酔っている島田に声をかけた。
「サラですか?もうとうに着替えて馬の世話ですよ。それにしてもなんだ……西園寺さん達の追っている事件」
島田は今年准尉に昇格したということで大鎧を着込んだまま、かなめにそう返した。そんな島田が一向に着替えようとしないのは法術犯罪の捜査から自分が外されたことにまだ未練が有る様だった。
「別に追ってるわけじゃねえよ。茜の奴に何かあったら手伝えって押し付けられただけだ。それに今回のは単なる軽犯罪。不死人のオメエがでかい顔できるような見せ場なんてねえよ。婆さんを狙って自転車をひっくり返すことを狙う犯罪者を捕まえる仕事と、あのうちにある『全自動温泉卵製造器』をなんとかまともに使えるシュツルム・パンツァーに作り替えるプランを考える仕事とどっちが大事かなんて聞くまでもなく分かる話じゃねえか」
かなめはあっさりとそう答えて無関心そうに扇を開いた。
島田は嵯峨の専用シュツルム・パンツァーとして『特殊な部隊』に配備されたその甲武独自開発の『法術増幅触媒』の材質の特性ゆえに常に発熱し、機体が置いてあるハンガーをサウナ状態にしている『武悪』の『法術増幅触媒』を誠の05式乙型に装備されている東和の菱川化成の製造したものに換装する為の再設計を部下に指示しているところだった。
シュツルム・パンツァーパイロットとして自分の愛機を見に行くたびに汗だくになっているかなめからすれば、一日も早くあの灼熱地獄から解放される方が島田に捜査を手伝ってもらうことよりも重要事項と言えた。同じパイロットである誠もかなめの言葉には同意するしかなかった。
かなめにそこを指摘されると島田はただ自分の望みを殺して苦笑いを浮かべることしかできない。
「確かにそうなんですけどね……でも今回の法術師のできる事って一番の被害が西園寺さん達が目にした祠と周囲の森の一部が焼けた事件くらいなんでしょ?そんなのうちじゃなくって県警の法術担当捜査官が調べる仕事じゃないですか?西園寺さん達だってシュツルム・パンツァーのパイロットが本来の仕事なんだから、その訓練の時間を割いてまで追うほどの事件なんですか?」
そっけなく言うと島田は立ち上がった。
「いや……アタシ等の担当じゃねえけどさ。気になるじゃねえの。他人の能力で相撲を取る卑怯者……うちは法術とは因縁があるしさ……それよりその態度。何か知っているのか?オメエは本当に隠し事のできねえ男だな」
明らかに素直さに欠けるいつものかなめの姿を見ると満足したように島田は再び床にどっかりと腰を下ろした。
「なあに、今回の事件の情報に関しちゃ俺の知ってることと茜のお嬢さんの知ってることの差なんてほとんど無いですよ。ただ……」
事件から外されたことに対する不満が顔に出ている島田はそう言って思わせぶりにかなめに眼をやった。
「ただ?」
もったいぶった島田の態度にカウラはいらいらしながら島田に話を促すような相槌をいれた。
「こう言うイカレタ連中が急に犯行の場所が飛んだことにはそれなりの理由があるんじゃないっすか?犯人の拠点が東都湾岸部からこっちに移った……それともたまたまこちらに来て悪戯の虫が騒いだとしてこちらに来る特別な何かの理由があるのか。そう思いましてね、俺なりにうちのコンピュータ馬鹿の技術士官共を脅して調べてみたんですよ」
島田は得意げにそう言うとかなめに眼をやった。
「島田先輩。もしかして住民認定の記録を全部見たんですか?どうせ技術部の情報将校の人達を暴力で脅してやらせたんでしょ?何度も言ってるかもしれないですけどそれって違法行為ですよ」
呆れたように口を挟んだ誠に島田がうなずいた。
「でもなあ……法術関係の資料は極秘扱いだ。うちの情報将校連でも簡単には開けないからな。だからここから先の情報をアイツ等に合法的に調べさせると色々便利かなーなんて思いましてね。そこで法術特捜の名前で捜査令状を……」
島田はかなめに向けて懇願するようにそう言った。
「無茶をおっしゃらないでいただけます?」
そこにはいつの間にか鎧兜の並んだ部屋にふさわしいような和服姿の茜が立っていた。
「あっ茜警部いらしたんですか?」
島田は胡坐の姿勢からさっと立ち上がると平安武者の臣下よろしくさっと片膝をついて茜に伺候する。
「島田さん。そんなに卑屈にならないでいただけます?こちらの方が恥ずかしくなってしまいますわ」
いつものように優雅に空いた丸椅子に腰掛けた。当然のようにその隣には荷物を持ったラーナが立っていた。
「卑屈にもなりますよ……捜査に関しては隊長が助けを呼ぶまで手を出すなって言われてますし……」
裏で部下が勝手に動くことには寛容な嵯峨も『武悪』と言う自分の専用機を島田に任せている以上、島田にはその任務に集中してもらいたいという事情があった。
「じゃあさっきの話だとすでに手を出しているみたいですわよね」
いつもの氷のような流し目で島田を一瞥して黙らせるところは茜の父が『遼州一の悪党』と呼ばれる嵯峨惟基であることを再確認させた。冷たく澄んでいてそれでいて見ているものを不安にする何を考えているのか読めない見せ掛けのような微笑を作る技。誠はいつ見てもその表情の作り方に親子の面影を見て感心させられていた。
「法術絡み。特に調査がほとんど及んでいない能力を持った馬鹿が相手だぜ?多少法の目をくぐって無茶をしてもさっさとあぶりだすのは得策じゃねえのか?今は人死にが出ていないんだ。そのうち暴走してどうなることやら……」
かなめの言葉には誠もカウラもうなずくしかなかった。
「でもそうなれば警察は面目丸つぶれよね。またマスコミからうちの暴走を止められずにそれどころか手柄まで持ってかれたなんて書かれて……。まあ、『税金泥棒』の称号がうちから警察に移るのは結構なお話だけど……」
鉄製の重い胴を外して伸びをしながらのアメリアはそうつぶやいた。
事件解決のためには手段を選ばないかなめや島田と、それがこれまでも『特殊な部隊』の存在にいい気分ではない東和の警察組織の対立があるというアメリアの読み。
そんな二つの相いれない考え方のはざまで誠はやはり自分が組織人であることを再確認した。
「よくわかっているじゃねーか。捜査令状?そんなもん、これまでの軽犯罪程度で出ると思ってんのか?おめでて―奴だな。令状を出す裁判所は年がら年中令状を発行していて顔なじみの県警と、たまに顔を出す程度で隊長以外にろくなツテも無いアタシ等とどっちの顔を見て裁判所は仕事をしてると思う?そんなことも分からねーからオメー等はいつまで経ってもお子様なんだよ」
そう言って歩いてきたのはすでに勤務服に着替えを終えて半分笑顔を浮かべているちっちゃな副隊長ことクバルカ・ラン中佐だった。この場にいる全員をお子様と言うランの姿がどう見ても先ほどまでは5月人形をふざけて来てみたお子様状態だったのはこの場の全員の一致した見解だったが、その後にその人物がどんな目に遭うか想像がついていたので黙り込んでいた。
誠にもようやく分かってきた。問題は犯人を捕まえることだけではない。誰が捕まえたことにするか。その厄介な政治の話になっているのだ。
「そもそもこれまでアタシ等は仕事をし過ぎてきた。本来であれば『同盟厚生局違法法術研究事件』なんかは100%東都警察が事件発生から解決までもっていかなきゃならねー事件だったんだ。その一番の大事件のおいしーところをアタシ等が全部持っていっちまったせいで、東和国民はみんな警察とは違反切符を切るだけの庶民を虐める無用の存在だなんて声まで出てるんだ。これ以上、アタシ等は仕事をするなって司法局の偉いさんも口にはしないがアタシに会うたびに目でそう言ってくる。そんなわけだから今回は多少は警察に活躍してもらわなきゃなんねーんだ。きついぞー、人に手柄を取らせるってのは。アタシ等はあくまで黒子で犯人逮捕は県警の捜査官にやってもらうようにおぜん立てが出来れば最高だが……そんな器用なこと西園寺に出来るとは思えねーけどな」
ランは頭を掻きながら部屋の隅の折りたたみ椅子を小さな体で運んで来た。
座り込んで部下達を見上げて来るちっちゃいランの言葉に一同は顔を見合わせてその難しい課題にどうこたえればいいのか悩んでいた。




