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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第四章 『特殊な部隊』と借りられない部屋
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第17話 借りられない部屋

 豊川駅前商店街の目に付く不動産店の窓口に明らかにいらだった様子の中年男と、彼への対応に疲れ果ててなんとか男の条件に合う案件をファイルから取り出した店主の姿があった。


 静かに店主は静かに、中年男から手渡された一枚の書類に目を通した。そしてその間中、何度となく黒ぶちの眼鏡を掛けなおした。その姿からその眼鏡が老眼鏡だと言うことは誰の目にも明らかだった。手にしている役所の書類は『法術適性確認書』と呼ばれる書類だった。何度となくその書類の能力の欄が空欄になっていることを確認し、それでいて適正が有りになっている事実に首をひねる。

挿絵(By みてみん)

「法術適正はあるけど能力が無い……本当に?法術適性はあるが、発現能力は確認されない……まあパイロキネシストみたいにそう簡単に物件に火を付けられちゃうちとしても困るんだけどね。でも何もできないと困る……ことは無いですよね。私は法術適性は無いという結論でしたが日常生活で困るのは老眼で小さな文字が読みにくくなったくらいのもので……ああ、こういうことは地球人にも起きるらしいですね。別に自分が地球人だと思い込めばそれほど問題になることじゃない。法術が使える遼州人の方がどうかしてるって地球の人達は思ってるんじゃないですかね……でも、法術適性はあるのに能力が無い……こんな『法術適性確認書』を見たのは私も初めてだ」 


 狭い不動産屋のカウンターで店主は広がってきた額に手をやった。書類を見るのに疲れて老眼鏡を外しながら目の前の若干天然パーマぎみの疲れた表情の男の顔をのぞき込んだ。


 男は何度となく同じ質問を同じようにこの駅前に店を構える不動産屋で受けてきたのでさすがに口を開くのもばかばかしいと言うようにうなずいた。実際法術適正検査が任意で行なわれているということになっている東和共和国の建前である。だが、実際こうして部屋を借りようなどと言う時には法術適性検査で未反応だったと言う証拠が必要になると知ったのは最近だった。そしてこうして部屋を探すことになることも最近までまるで考えにも及ばなかった。

挿絵(By みてみん)

 そんな男の部屋探しの連続面接行事だが、三件目の度の強い眼鏡をかけた三十歳ほどの女性担当者などはかなりひどかった。法術適正はあるかと聞かれ、証明書を出すとそれを投げつけて貸す部屋などないと言い放つ姿には逆にすがすがしささえ感じてしまった。


 この国は遼州人の国だ。遼州人には法術師と言う存在が居るから地球圏や元地球人の遼州圏の国々はこの東和に警戒感を隠していない。そんな法術師の住んでいるのが当たり前の同じ遼州人の店員の態度が、法術適性があると分かると手のひらを返すように変わるのを見て男はこの国は本当に地球人の国では無くて遼州人の国だという事実が少し信じられなくなってきていた。


「まあ、法術師であることは良いこととして……それにしても……職業は学生って……おたくいくつ?どう見てもそんな年には見えないんだけどね」 


 店主は老眼鏡をずらして裸眼で男を見上げた。これもまた法術適性があるということで門前払いを食らわなかったときの台に関門だと男は諦めた調子で顔を上げた。


「32ですけど。会社を辞めてこれまでの貯金を切り崩してまた勉強しようと思いましてね……」 


 男は絞り出すような小声でそう答えた。また同じ答えを言わされている。男の言葉には屈辱感の色がにじみ出ていた。


「で、大学生?随分と貯金をしたんですね。まあ、この国は80%が家庭を持たずに一生を終えるんだから、趣味も無くて貯金と投資に、就職してからのすべての給料をつぎ込んでたら大学院を出るくらいの学費と生活費くらいはなんとかなるってのは分かるんですけどね」 


 そんな事を言いながらも店主は納得がいかないように首をひねった。


「法科大学院ですけど……。あそこを出ると弁護士になるのに司法試験の本試験を受けないでかなりの高確率で弁護士になれるので。まあ、それでも合格率が本試験の1%を割るのが20%程度に上がる程度で確実とは言えませんが」 


 店主は灰色の背広の袖を気にしながらそのまま振り返り端末に条件を入力していった。


 天然パーマに眼鏡、黒い時代遅れの型のくたびれた茶色いジャンバーを着こんでいる姿は他人から見れば確かに相当滑稽に見えるだろう。そうその天然パーマの『法術が使えない法術師』である水島徹は思いながら店主の苦々しげな顔をのぞき込んでいた。入力を終えた店主はこの店に入った当初、まだ水島が法術関連のことに言及する前の親しげな表情に戻ると手を打って笑顔を向けてきた。


「ああ、法科と言うと明法大だね?まあ、あそこの法科大学院はいろんな年齢の人が居るからね。うちにもあそこに受かったからと言うことでいろんな年の人が部屋を借りに来るからね。それなら納得できる。まあ、未来の弁護士さんだ。こちらもそれ相応の対応をしないと後で法律を盾に訴えられたらたまらないからね。ちゃんと探しますよ」 


 ここでようやく店主の顔に納得の目と笑顔が浮かんだ。


「ええ、そうですけど。法科大学院は結構年齢層が高い人が多いみたいですからね。私も受験会場で明らかに私よりはるかに年かさの人を何人か見かけましたから」 


 これもまた何度も繰り返された話題だった。明法大は法学部で数多くの司法試験合格者や法科大学院を経ての弁護士試験合格者を輩出している名門として知られた。この豊川市にキャンパスがある以上、それが自然な話と納得するのも当然のことと言えた。


「それにしても最近はこんな能力があるなんて……放火魔がパイロキネシス能力を持っていたりしたらどうなるんだろうねえ。本当に嫌な世の中になったもんだよ……同じ遼州人だって地球人と同じような私みたいな人間もいるんだって地球圏や遼州圏の元地球人たちに説明してあげたいくらいだよ。遼州人の全員が法術師なわけじゃないんだってね。少なくとも私はあの『近藤事件』の前も後も法術師になったことはないし、なる予定も無いみたいだ」 


 世間話のつもりで親父がつぶやくのを聞いて水島は正直うんざりしていた。これまでこんな会話をどれだけ聞いてきたことだろう。法術適正の無い連中の無神経な一言が持ちたくも無いのに力を持っていることが分かってしまった自分達をどれほど傷つけているか。たぶん彼等には死ぬまでわかることはない。そう思いながらなかなか検索結果が出ない時代遅れのブラウン管の端末を水島はそれとなくのぞき込んだ。だが店主は自分の世間話に何も反応しない水島をいかにもひどい男だと言うような表情で見つめてくる。仕方なく水島は口を開いた。


「でも……存在が発表される前にも能力はあったんですよね?その時は同じ人間に平気で部屋を貸していたじゃないですか。なんで今は駄目なんですか?要は同じ人間でしょ?それに法術適性があるすでに部屋を借りている人たちはどうやって部屋の契約の更新とかしてるんですか?政府は『法術師への差別は控えるべき』とのお達しを出しているはずですよね?それがこんなに部屋一つ借りるのにも手間がかかるようになった。なんでです?」


 そんな水島の言い訳に対する店主の反応は冷ややかだった。そんなことは知っているよと言いたげに口を曲げるとそのままようやくデータが映し出された端末に目を移した。 

挿絵(By みてみん)

「それはそうだけどさあ……あの『近藤事件』だっけ?あのでっかい刀で戦艦をぶった切る映像を見ちゃうとどこの大家さんも遠慮がちになっちゃうんだよ。この国では大家さんと借り手の合意があってはじめて賃貸契約が成立するのはあなたもご存じですよね?あんな事、自分の持ち家でやられて気分のいい大家さんなんて居ないことくらい分かるでしょ?それまでも確かにどう考えてもあり得ない不審火がうちで扱ってるところでも数件あったのは事実だけど、警察が『原因不明』と言われたからそれが法術が原因だなんて私は知らなかったし、大家さんも知らなかった。ただそれだけの話ってことだよね。あ、これなんてどう?」 


 親父はそう言うと水島の前の画面に1Kの物件のデータを表示した。

挿絵(By みてみん)

「8畳一間で……キッチンとユニットバス……それで近くのバス停まで徒歩二十分……それで8万は高くないですか?このあたりの相場だと4万が普通でしょ?それが倍って……なんか特別な装備でもあるんですか?」 


 水島の抗議にしばらく自分の提示した案件に目を通す店主。


「確かにねえ……でも最近はオーナーの意向で法術適正のある人間は止めてくれっていう話が多くてね……いや、私はそんなことは気にすることじゃ無いって言っているんだけどね……多少条件が悪くなるのも目をつぶらなきゃ。それにここが高いのは新築だから。それとシャワーとかの施設もしっかりしている。お勧めの物件ですよ」 


 店主のあからさまに気持ちの入っていない言葉がさらに水島を苦しめた。また水島は不愉快と付き合うことになる時間を過ごす自分を見つけることになった。恐らくは法術適正のある人間には多少の無理を言っても聞くだろうと言う計算がアパート経営者の間でも広まっているのだろうと改めて感じた。


 海のものとも山のものとも知らない力。そんなものを抱えている人間に部屋を貸すのはギャンブルに等しい。自分にもし力が無ければそう考えたかもしれない。そう思いながら水島はとりあえず考えさせてくれと言うタイミングを計っていた。


「この案件も……法術適正を問わないとなると……すぐ決まっちゃうかもしれないな。明法大の推薦入試の結果は一昨日出たところだからねえ。昨日も親御さん連れて法術適正の書類持った今度明法大に入るって言う高校生が来てね。彼も部屋探しには結構苦労してるって聞いたよ」


 そう言うと店主は顔を上げてニヤリと笑う。


 明らかに今決めろ、貴様にはそれしか道は無い。そう言っているように水島には見えた。


「ちょっと……その物件の詳しいことを教えてもらえませんかね」

挿絵(By みてみん)

 水島はその彼の言葉に店主の顔は一気に晴れやかな表情になってデータ検索を始める店主の後姿を見つめていた。そしてただ分けも無く自分を取り巻いている周りの環境に対する恨みをまた一つ腹に抱え込んだ。



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