第18話 アメリアの本音
「平日だねえ。アメリアのおかげで長い連休になったがこうなると身体が鈍って仕方ねえ。ただ、人がちんたら走ってる横を自転車で軽快に走るってのはいい気分だ」
かなめはそう言うと自転車を漕いだ。隣を走るのはカウラと誠。二人とも毎日夕方の8キロマラソンのラストと言うことで疲れを見せながら冬の空の下で走り続けていた。
「いつまでも……正月……と言うわけじゃないだろ?しかし、西園寺が言う通り体が鈍っているのは事実だ。神前の家での朝稽古だけでは体力を維持するのがやっとだった。その点ではクバルカ中佐のトレーニングは私達の為にはなっていたんだな。日常生活を取り戻して初めて中佐の考えの深さに触れた気分だ」
カウラはそう言うと目の前に見え始めたゲート目指してスパートをかけた。誠にはそれについていく体力は無かった。そのままカウラはゲートの向こうに消えていった。
「オメエも根性見せろよ。男だろ?」
かなめはそう言って自転車を悠々と漕いだ。彼女は脳の一部以外はすべて人工的に作られた素材を組み合わせたサイボーグである。そもそも体力強化のランニングに付き合う必要は無いのだが、最近は気分が良いようでこうしてその度に自転車をきしませながらついてきた。
「ベルガー大尉……みたいには……いきませんよ。僕はこのランニングの前の4時間もずっとクバルカ中佐の監視の下で強制的に走らされていたんですよ?さっき走り出した皆さんとは疲労度がまるで違うんです」
誠はいつもなら先頭集団に食らいつく誠だったが、ランに完全に目を付けられているので常に気が向いたランに時間が空いていると3、4時間走れと言われるのは当たり前のことだった。それ以前に通常の男性アスリートに匹敵する身体能力を持つカウラ達『ラスト・バタリオン』の体力に付いていくことは出来なかった。
「そうか?じゃあアタシは先に行くから!待ってるからな!早くしろよ!」
かなめはそれだけ言うと一気に力を込めてペダルをこぎ始めた。すぐにその姿はゲートへと消えた。
「がんばれ!誠君!あとちょっとだ!」
ゲートの手前でコートを着た士官が叫んでいるのが見えた。第二小隊小隊長日野かえで少佐だった。彼女の登場に誠は苦笑いを浮かべながら足を速めた。
「おーい。何ちんたらしてるんだ!もっと本気出せ!それ以前に報告書終わってねーぞ!今日中に提出だからな!」
そう叫んでいる8歳女児にしか見えない制服姿の上級女性士官はゲートを通り抜けた誠の目の前でサラに駆り出されて大根を一輪車に載せて運んでいるクバルカ・ラン中佐だった。彼女はそのかわいらしい姿から隊員から『小さい姐御』や『偉大なる中佐殿』と呼ばれるのが一般的だった。
「わかって……ますよ」
なんとかゲートまでたどり着いた誠は息を切らせながらそう反論した。ランに指摘されるまでも無く誠の脳裏にはその仕事が残っていることは分かっていたので誠はふくれっ面でそう言い返した。
「分かってるならシャワー浴びて来い!そして報告書を仕上げろ!大至急だ!オメーに休んでいる時間なんてねーんだ!今は仕事中だ!急げ!」
ふらふらの誠に向けていつもの調子でそう言うとランはそのまま一輪車を押してハンガーに向かった。誠も仕方なくそのまま正門へ向けて歩き始めた。
「じゃあ西園寺さん、シャワー浴びてくるんで」
誠は疲れ果てた体に鞭打って余裕の表情を浮かべるかなめに向ってそう言った。
「そうしろそうしろ!ちっちゃい姐御は怒らすと怖いかんな!アタシにまで火の粉が飛んで来たら溜まらねえから定時で済ませろよ!」
かなめはそう言うと誠に向こうへ行けと言うように手を振った。
そこで誠は大きなため息をついた。目の前には紺色の長い髪の少佐の勤務服を着た女性士官。一番この手の本を手にしている時に出会いたくない上官のアメリアだった。
「誠ちゃん元気が無いじゃない?」
アメリアは悪い人では無いのだが、とりあえず面倒くさい人物であることだけは間違いなかった。『面白ければ全てよし』の人生訓で生きている彼女に他人の時間を大切にすると言う概念は無かった。
「別にそんな……休みが終わってちょっとぼけてるだけですよ」
とりあえず一刻も早くランの仕事を片付けたい誠は絡んでくるアメリアをなんとか追い払いたかった。
「だって冬なのにそんなに汗をかいて……」
相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべてアメリアは歩み寄ってきた。誠は嫌な予感がして一歩後ずさった。
「分かった!かえでちゃんとエッチなことをしてたんでしょ?」
アメリアの言葉は誠の想像の斜め上を行く言葉だった。
「は?何を言ってるんですか!僕はいつものランニングメニューをこなしていただけです!」
赤くなって反論する誠の言葉をアメリアはまるで聞いていなかった。
「良かったわね、童貞喪失出来て……まあそうするとかえでちゃんと結んだ『協定』により次は私の番と言うことになるんだけどね」
アメリアが誠がランニングをしていたことを知らないわけがない。第一、ジャージを着てランニングシューズを履いていることを見れば誰にでも想像がつく話だった。
「あのー……アメリアさん。僕の話……聞いてましたか?そんなことはどうでもいいとしてその『協定』って何ですか?なんか決めたんですか?二人で僕抜きで。いつも言いたいと思ってきたんですけど、うちの女性陣は僕抜きで僕に関することを勝手に決めるんですね?その習慣どうにかなりませんか?島田先輩は『女の言うことは素直に聞くもんだ』とか言ってますが、あの人は要するに馬鹿過ぎて相手にされていないからそれで済んで来たんでしょ?実際、あの西は明らかに皆さんを避けるように行動していますよ……その現実をアメリアさんは理解しています?」
誠はかえでとアメリアと言う二大女性策士に振り回されているらしいことを察してそう言った。
「あの馬鹿な島田のヤンキーの話なんてどうでもいいの♪それにしてもそういうことを自慢気に言いそうなかえでちゃんが言っていないみたいと言うことは誠ちゃんは知らないんだ……これは誠ちゃんにもすっごくお得なお話しよ!誠ちゃんがかえでちゃんと結婚するでしょ?そうすると当然子供が出来る。かえでちゃんには5人の家臣が居るからその子達にも子供が出来る。お腹に子供がいる間は誠ちゃんはエッチなことが出来ない。その間は私が誠ちゃんを好きなように使って良いって言う『協定』を私とかえでちゃんは結んだの♪誠ちゃん的には性的欲求不満が一切溜まらないわけだから良いことずくめじゃないの……まあ、その間に私も誠ちゃんの間に子供が出来るわけだからこんどはかえでちゃん達が子供を作る番。これを永遠に繰り返すのよ。私達『ラスト・バタリオン』は地球人の遺伝子を用いて作られてるから覚醒した法術師である誠ちゃんとエッチなことをするとその力を受け継ぐことが出来るかもしれない……私の『剣よ!』と叫んで光の剣を展開してみたいのよね!」
アメリアはとんでもないことを口走ったので誠は開いた口がふさがらなかった。
「それなんですか!それってつまり妻公然の不倫ですか!嫌ですよそんなの!僕の意思とか感情とかは皆さんは完全に無視なんですね!それに地球人の女性が覚醒した法術師の男性とセックスして法術師になったという話は実験室レベルの話でしょ?そんなのあてになりませんよ!」
妄想と自分勝手な理想に満ちたアメリアの言葉を聞いて思わず誠はそう叫んでいた。
「でもかえでちゃんと結婚すると『日野家臣団』を作るためにリンちゃんを筆頭とした家臣達を側室としてひたすら子作りに励むことになるのよ?それも不倫じゃないの?」
そう言うアメリアの言うことももっともな事実だった。
かえでは再興した日野家には所領こそあるものの、リンが荘官を務める摂州コロニーだけが実質の荘園であり、元場末の女郎であったリンに彼女を支える家臣団などというものがあるわけが無かった。そんなコロニー運営を行うに値する有能にして強力な家臣団を作る必要があるとかえでは日頃から言っていた。
覚醒した法術師の能力は異星人との混血児にほぼ確実に受け継がれることになるのが科学的に証明されている以上、覚醒した法術師である誠の子供達はほぼ確実に法術に覚醒した子供となる。
元地球人で構成された国家である甲武国で法術師の家臣を多数抱えることは当主であるかえでの地位を高めることになり、ひいてはかえでが持つ日野家と嵯峨家の家督を継いだ次期当主の甲武国内での発言権の強化につながるというのが常日頃かえでが誠に語る新興貴族であるかえでの悲願と言えた。
かつては『斬弾正』と呼ばれ、今は『斬大納言』と呼ばれる切れ者のかえでらしい策に満ちた誠との結婚の先に待つ未来に誠のただひたすら不安しか感じなかった。
「そうするとアメリアさんと僕の間の子供も法術師になるわけですよね……アメリアさんもそれが狙いなんですか?」
にこやかに笑うアメリアに誠はそう語りかけた。
その時アメリアはそこで珍しく笑みを消した。いつもの軽薄な調子が消える。誠は思わず言葉を失った。
「それはただのついでみたいなもの。愛する人との間の子供を産んでみたい。かえでちゃんみたいに国や家の為なんて言う目的は私には無いから。私にとってはただそれだけ。私が前の大戦の残党狩りでネオナチの連中に犯されて出来た望んでも居ない子供じゃなくて自分の意志で子供を産んでみたいの。まあ、その様子だとまだまだ先の話になりそうだけどね」
そう言うと誠から関心が無くなったというように振り向いて彼女の本来の職場である運航部の部屋の扉に手をかけた。誠はアメリアのさらりと流すその言葉に彼女としては割り切った事実かも知れないがこうして仲間となった今では見過ごすことができない彼女の過去の重みを感じて言葉が出なかった。
「まあ、私達の『協定』をあのかなめちゃんとカウラちゃんがそう簡単に認めるとは思えないけどね。ああ、そうだ。その詳細についての話は誠ちゃんがシャワー浴びてからでいいと思うんだけど……」
今度はうって変わった緊張したまなざしを誠に向けてくる。いつものこういう切り替えの早いアメリアには誠は振り回されてばかりだった。
「ええ……なんですか?」
そう言う誠が明らかに自分を恐れているように見えてアメリアは満面の笑みを浮かべた。
「茜のお嬢さんが今日はこっちに来てるのよ。何でも司法局本局からのお願いがあるみたいで。あの『鋼鉄の処女』にこんな話をしたらどんな法律的根拠と倫理観でお説教を何時間食らうか分からないでしょ?」
アメリアはそう言うとそのまま階段下の運航部の詰め所に入っていった。
「茜警部が?あの人もここと本局の往復で大変だよな……かえでさんとアメリアさんに振り回されてる僕が言えた義理じゃ無いけど」
誠は予想されたことがやってきたと言うように静かにうなずいた。
ここの豊川分室と司法局本局にある法術特捜本部を頻繁に往復する彼女の忙しさは誠も良く知っていた。この豊川の地から40キロ以上離れた東都の司法局本局のビルには最新設備がある。データもすぐに同盟本部や各国の軍や警察のデータがかなり機密レベルの高いものまで閲覧できる権限を有しているのが売りだった。
だがその筋の専門家の技術部の情報士官に言わせると『ハッキングして下さいといってるみたい』と言うメインフレームを使っていると言うことで、茜はあまりそのことを喜んでいないようだった。事実、こうして週に三、四日は司法局実働部隊に顔を出しては彼等が設計したメインフレームを使用している司法局のメインコンピュータを利用して手持ちのデータのすり合わせなどの地味な作業を行うことも珍しくなかった。そしてその時に人手が足りないとなると一番暇と呼ばれている誠の第一小隊がその作業を担当させられることが多かった。
そしてそんなデータの照合作業を断れない案件として、今回ばかりは誠にも思い当たるところがあった。
「アメリアさんとかえでさんの理解不能な『協定』と言い、それに人間として間違っていると説教を始めそうな愛の存在そのものに懐疑的なの茜さんと言い……なんで僕の周りの女子はみんな面倒な人しかいないんだろう?僕がこの『特殊な部隊』に入るまでの理想としていた『モテる』と言う状況はこんなものじゃなかったはずなんだけどなあ……」
そう言いながら運航部の詰め所を抜け、シミュレータ室の前を通り過ぎて待機室の手前にある男子用シャワー室に誠はたどり着いた。




