第16話 愛の伝道師
「それにしてもかえで……オメエ最近ちょっと図に乗ってねえか?べたべた神前に触りやがって……いくら『許婚』だからって限度ってもんがあんだろ?そんなに男が触りたきゃセクシー女優にでも転職しろ。向いてるぞ、かえで。オメエのカラダとテクとケツも使えるえぐいプレイが出来るってことならすぐにトップ女優の仲間入りだ」
機動部隊の詰め所に戻るとかなめはかえでの席まで行って平然と自分の金色に染めた髪を整えているかえでに因縁をつけた。
「そうかな……あれぐらいのボディタッチは僕にとっては当たり前の事なんだけど……ああ、でも男は僕にとっては神前曹長だけなんだ。そういう意味ではお姉さまの提案は僕には受け入れられないな。それよりそんなことを言い出すなんてもしかしてお姉さまもやって欲しかったのかな?その発言は僕は嫉妬と受け取るべきなのかな?これまで男とは僕の快楽のために利用したことはあるが愛を感じたことは一度も無い。そして神前曹長の存在を知った時から僕は男にそのようなものを求めたことは一度も無い。愛を感じた初めての男性……それが神前曹長なんだから」
股間に付けていた女性用大人のおもちゃを例の女子トイレで外して涼しい顔をしているかえでの余裕のある態度がかなめの怒りに火をつけることになった。怒りに真っ赤になって立ち尽くすかなめの隣に現れた本来この部屋の住人ではないアメリアがいつものアルカイックスマイルを捨てて怒りの表情でかえでをにらみつけていた。
「かなめちゃんの言う通りよ!『許婚』?そんなこと私達は認めない!誠ちゃんだって嫌がってるじゃないの!プレイガールを気取って来たのならそのくらいの相手を思いやる気持ちくらい持てないの?男が好きになれないなら甲武に居た時と同じように東都に行ってセレブの若妻を孕ませてまた女ばかりのハーレムでも作れば良いじゃないの!」
アメリアまでもが本来の勤務場所である運航部の部長席を離れてここ機動部隊の詰め所でそう絶叫した。誠は自分の第一小隊の机のある島で静かに戦う女たちの様子に耳をそばだててうんざりした表情を浮かべていた。
「クラウゼ中佐のアイディアも中々だが、僕としては今は神前曹長に夢中なんだ。確かに初めは僕のボディータッチを嫌がる女性もいずれ僕の魅力に気付くことになる。僕の美しさは完璧だからね。そしてベッドに入ってしまえば僕の勝ちだ。僕のテクニックと僕の乱れる様を見て心奪われなかった女性はいないよ。まあ男はただ興奮するだけで二度と会う気になることは無かったがね。そしてその様を見ることができる男はこれからは神前曹長以外には現れることは有り得ない。ああ、僕が神前曹長とそのような行為に野外でふけっているのを覗き見るのは勝手だな。せいぜいその時は男達の野獣のような嫉妬に狂った視線を浴びて僕はより快楽にふけることができる。その事だけは男の存在をこの世に許しておく理由にはなるね」
余裕のある笑みを浮かべながらかえではそう返した。
「日野少佐。そのような話は職場でする話ではないな。それに貴様のその自分の容姿に対する自信過剰なところ。私には同じ小隊長として許すことは出来ない。それに野外でそのようなことを貴様が一人でやる分には警察に逮捕されるのは貴様だけだが貴様の話ではそれでは神前までもが警察に逮捕されることになる。貴様は似たような行動で何度警察に逮捕されれば気が済むんだ?クバルカ中佐にこれ以上苦労を掛けるんじゃない」
これまでかえでの自慢話を自席で聞いていたカウラが立ち上がってかえでの所まで行くとカウラはそう言ってかえでの机を叩いた。
「ベルガー大尉。これはかえで様のこれまでなさって来たことの事実なんです。その場に侍らせてその夜伽のお供を仰せつかった私が申し上げているのですから間違いありません。それとかえで様がその欲望に耐えきれなくなって警察に逮捕されるときは私も逮捕されておりますのでベルガー大尉の論理で言えば反省すべきはかえで様の暴走を止められなかった家宰である私に責があるとベルガー大尉はおっしゃっていると理解すべきだと解釈すべきでしょうか?」
それまでかえでの席の正面で静かに様子をうかがっていた渡辺リン大尉はそう言ってかえでを擁護した。
「おい、かえで。オメエは女とヤッてる間もリンを隣につけてたのか?オメエ本当にオカシイんじゃねえのか?ああ、オメエは人に見られると燃える質だったな。オメエが変態なのは良く分かった。つうかかえでとリンがいくら逮捕されても迷惑なのはランの姐御だけだが神前を巻き込むな。アイツはオメエ等と違って変態じゃねえ」
かなめはそう言ってリンとかえでを見比べるようにすると嘲笑うような笑みを浮かべた。
「下らねーことしゃべってんじゃねー!オメー等!仕事中だ!席に就け!それとアメリア!オメーの居場所はここじゃねー!オメーには運航部部長としての責任感と言うものはねーのか!」
いつもの機動部隊長の机の上で将棋盤とにらめっこして怒りの表情を浮かべながらこの様子を黙って聞いていたランがそう叫んだ。
「だってよう、姐御。こいつのイカレタ世界に神前が呑み込まれようとしてるんだぜ……黙って見てられるか?かえでとリンが逮捕されるのは変態だから仕方ねえけどそこに神前が巻き込まれたら……豊川署でランの姐御を見る目も変わってくると思うぞ?さすがに。そんなの上司としての当然の責務じゃねえか!」
かなめは珍しく上官としては正しいことを言った。
「そうよ!もし誠ちゃんがかえでちゃんと結ばれたらかえでちゃんとリンちゃんと残りのかえでちゃんの屋敷に居る使用人4人の相手を毎日のようにさせられて搾り取られ続ける生活を送ることになるのよ!そんなことになったら誠ちゃんはあっという間に腎虚で死んじゃうわよ!」
アメリアまでもが誠擁護に立ち上がったことでランはそれまでの詰将棋を止めて立ち上がってかえでの席に近づいて行った。
「神前!オメーも来い!」
かえでの席にたどり着いたランはそれまで何も聞こえないふりをしていた誠を呼びつけた。
「アタシも日野の神前への接し方はおかしいとは思ってる。まず言っとくとあの『鬼姫』が『許婚』と認めたことに関してアタシは正直不満だ。『鬼姫』の実力が『人類最強』であるアタシに匹敵するものでなかったら力任せでそんな話を無かったことにしてーくらいだ」
ランはそう言ってかえでをにらみつけた。かえでは余裕のある態度でそんなランを見つめていた。
「日野。ここは貴族同士の爛れた愛が日常的にある甲武国とはちげーんだ。ここは国民の70%が一生彼氏彼女無しで過ごす国東和だ。そんなところでオメーみてーなボディータッチは刺激が強すぎるんだ。分かるか?甲武と違って18になったら国民の9割は結婚しているのが普通ってわけじゃねーし、遊郭も岡場所もこの東和では非合法なんだ。場所をわきまえろ」
ランはあくまで冷静を装いつつそう言った。
「そうなんですか……ではなおの事、僕はこの愛の無い国、東和に産まれてしまった不幸な神前曹長に『愛の伝道師』として愛を教える責務がある!神前曹長……君にも愛が生まれる日が来るのを心待ちにしているよ!僕の心と身体をすべて捧げて君に愛のすばらしさを理解させてみせる。僕にはその自信がある!」
頓珍漢な理解をしているかえでにランの堪忍袋の緒が切れた。
「日野!アタシの話を妙な方向で理解して勝手に盛り上がるんじゃねー!オメーは仕事のことじゃ一を聞いて十を知る理解力なのに色恋となると人の言うことを何にも聞いてねーんだな!そんな色ボケのオメーは神前への過剰な接触は禁止!『愛の伝道師』?そんなもんは神前には必要ねえ!愛など不要!世の中義理と人情さえあればいーんだ!義理と人情のはざまで悩むのが人生!愛はそのついでに産まれるもんだ!愛なんて言うモノは人生の添え物でたまたま偶然生まれる稀なもんなんだ!少なくともこの東和ではそうなんだ!そのことをちゃんと理解しろ!」
ランのこれまた過激な思想にさすがの誠も驚きを隠せなかった。
「そんな……僕達は『許婚』なんですよ!それに僕の愛は力では抑えきれない絶対的な物なんです!それに愛と言うものは人情の一部ですよ!人情を大事にするクバルカ中佐ならそれくらいの事は理解していただけると思うのですが!人情とはすなわち愛!人は愛なしには生きていけない生き物なのです!人はパンのみにて生きるにあらずという言葉は読書家のクバルカ中佐なら書物で何度も目にしてきたはずです!」
立ち上がって悲壮感を込めた顔でランを見つめるかえでにかなめとアメリア、そしてカウラは冷ややかな視線を送った。
「ああ、アタシが今熱くなり過ぎたのは事実だから詫びる……しかし、オメーの態度は上司として看過できねーのは事実なんだ。日野。オメーが実力者でそれに応じた対応が必要だとアタシも考えているのは事実だ。だからオメーにはそれに見合ったここにいる他の使えねー女共とは違った特権をやる。オメーはまず神前の『恋人』になることから始めろ。オメーの今の態度は嫌がる部下にそれを楽しみに嫌がらせをしているセクハラストーカー上司以外の何者でもねー!そんな態度を取っている人間に人情という言葉を汚されたくねーんだ!それと勤務中に股間に変なもんつけるのも禁止!オメーがリンと例の女子トイレで何してるかを不問に付す代わりの当然の処置だ!オメーは出撃中にもそんなもん付けて出撃するつもりか?戦闘中でも変なこと考えながら戦うのか?やんねーだろ?だったら変なもん股間に付けて出勤するのは今日が最後だ!」
ランは妥協点を探るかのようにそう言った。
「恋人ですか……僕達は将来を約束された関係なんですが……」
引き下がるまいとランの鋭い眼光に何とか耐えるかえでにランは続けた。
誠はかえでもランも誠の意思はまったく考慮しないということを前提にして話を続けていた。
「アタシが見る限り、日野のライバルはこの部隊には他に数名いる。そのライバル達をなんとかして、誰から見てもオメーと神前が引き離すことは出来ねー存在だとアタシに分からせるようになったら今のようなボディータッチでも肉体関係でも認めてやる。それまではそんな淫らな関係は禁止だ!手をつなぐ。デートに行く。キスをする。ここまでがアタシの妥協点だ!アタシはオメーの実力と素質には感じ入っている。それゆえにオメーにだけ許す特権なんだ。オメーはそういう選ばれた境遇は好きだろ?だったらそのことに満足しろ!そもそもアタシは見た目が8歳児!8歳のお子様が見ても仲良しさんだと理解できるくらいまでの接触以外は一切禁止する!」
ランはかえでのかたくなな態度に折れてそう言った。
「それしかいけないんですか?こんなに美しい僕の身体を前にして神前曹長にはもったいないと思うのですが……」
かえではランに向けてそう言うといとおし気な視線を誠に投げてきた。
『あのー、ここで問題になっている中心人物は僕ですよね?誰も僕にどうしたいかと言う意見を聞くという当たり前のことをしないんですか?うちの女性は自分の価値観をすべて僕が認めることを前提でこれまで生活してきたんですか?僕には意志とか人権と言う概念を持つことは許されないんでしょうか?』
誠はそんなことを考えながらもこれまでにないかえでの純粋そうな瞳に引き付けられて目を逸らすことが出来なかった。
「神前が真の『漢』になればその程度の事では動じねー強い心が生まれる!邪心に心を乱されるのはまだ『漢』になっていない証拠だ!そんな奴には恋など千年はえー!」
ランは自分の当たり前の人権を主張しようとする誠に向けてそう鋭く言い放った。
「それでは僕が毎週神前曹長に送っている『愛の動画』は……あれは許していただけるのですよね?僕のすべてを神前曹長に見ていただきたいこの欲望だけは僕にはどうすることもできないのです!」
かえでは誠が一番恥ずかしがるかえでが誠の夜のお供にしている自分の嬌態を撮った無修正動画を送る行為まで禁止されるのではとランに詰め寄った。
「オメーが露出狂の変態だってことは知ってる。その標的が神前だけにとどまっているからオメーが島田の様にアタシに警察署に出向いて身柄の引き受けなんていう面倒なことを数回しかさせて無いのは事実だ。だが、それは異常なことも事実だしなー……。そうだ、週一時間分だけ送るのは許可してやる。神前もそれで我慢しろ」
ランは自分が裁いた大岡裁きに満足するように笑みを浮かべてそう言った。
「あのー……僕の話をお二方は聞いてます?確かにその動画があると無いとでは僕の生活が変わってくるのは事実ですけど、それって僕の立場とか僕の意志とは全く関係ない話ですよね?」
人として当たり前の最低限の権利を主張している誠の声はこの場にいる女子の誰にも届くことは無かった。
誠は頭を抱えた。いつの間にか話題は自分の恋愛問題から、自分の人権問題に変わっていた。
その時三人の居る狭い会議スペースの扉が開かれ長身の紺の長い髪の女性が糸目をさらに細めて怒りの表情でランをにらみつけた。
「えー!かえでちゃんだけそんな飛び道具をランちゃん公認で使えるわけ?狡いわよ!ねえ、かなめちゃん!カウラちゃん!」
アメリアは自分の同人エロゲの参考にする為とかえでの無修正動画の内容を見ているこの場に居る誠以外の唯一の人物だった。
「そーだ、狡いぞ。ランの姐御。アタシ等もその飛び道具を神前に送りつけるのはアリなんだな!じゃあアタシも自撮り画像を送るからな!神前!しっかりおかずにしろよ!」
かなめまでもがランに向けて責めるような口調でそう言い切った。
「そうよ!アタシも送る!アタシのはかえでちゃんほど過激な内容じゃないけど……夜のお供に……ね?」
そう言ってアメリアは誠に向けてウィンクをした。誠はあまりの出来事にただあんぐりと口を開けたまま呆然としていた。
「西園寺さん。アメリアさん。僕は何時そう言うものを要求しましたか?僕は少しは僕の意見を皆さんに聞いてもらいたいと言う当たり前のことを言っただけですよ?もらえるのはうれしいのは間違いないですけどそれで僕がどう考えても人間扱いされていない現状が変わるとはとても思えないんですけど……」
誠のもうこうなったら本音をぶつけるしかないと言う覚悟の言葉に耳を傾ける女子もこの場には一人もいなかった。
「う……それはだな……しかたねー!アタシも女だ!一度吐いた言葉に二言はねー!認めてやる!神前!ちゃんと平等に見るように!」
アメリアとかなめに自分達まで無修正自撮りエロ動画を誠に送りつける宣言をされてランは意表を突かれて誠に無茶苦茶な命令をした。
「私はそのような卑怯な真似は取らない。神前は私の初恋の男だ。正々堂々を戦って恋人の座を勝ち取る」
カウラまでもこのノリについて行ったことに誠は恐怖感すら感じていた。
「神前曹長……いや、これからは恋人候補として『誠君』と呼ばせてくれたまえ。僕のことは『かえで』で良い。双方の両親の許可がある時点で僕の勝利は見えているんだ。これからもよろしく頼むよ、誠君♡」
かえではそう言って誠の手をしっかりと握りしめた。
「いや……そういうことを頼んだ覚えは無いんですけど……でも日野少佐がそう言うのなら仕方がない……というかこれ以外の選択肢は僕には許されていないんですね?じゃあ分りました。日野少佐……いや、かえでさん。よろしくお願いします」
誠はかえでの圧に耐えかねてそう絞り出すようにそう言った。そう言うしかないんだ。この女性上位の機動部隊では男の自分に残された選択肢はないことに気付いた誠はいっそのこと技術士官として島田の整備班への異動を嵯峨に上申しようかと真面目に考え始めていた。
『本当にこれが解決策なのか?クバルカ中佐はそれで全員が納得するならそれで良いらしいけど……いくら『モテない宇宙人』である遼州人である以上モテることは諦めていたけれどこういう形でもモテ方なんて僕は一度も望んだことは無い……いや、こんなことを島田先輩や菰田先輩に一言で言おうもんなら間違いなく僕は東都湾の底に沈むことになるだろうな……。特にこの無修正動画定期送り付け宣言が島田先輩にバレたら……間違いなく死ぬ……殺される……』
そんな事を考えながら愛想笑いを浮かべている誠は、その様子を見て薄ら笑いを浮かべているリンの存在に気づいていなかった。




