第15話 サボる『駄目人間』
「おい、『駄目人間』見物だけで逃げるのか?今、ここにアタシが居るのを見てすぐに立ち去ろうとしたな?そんなにアタシにここにオメーが居ちゃ不味いことでもあるのか?」
背を向けて土嚢の裏側に消えようとした嵯峨に向けてランはそう叫んだ。その言葉で嵯峨は思い出したように頭を掻きながら射場に戻ってきた。
「別にランがここにいるからってわけは……ある。ランが居ないと思って面白い光景が見られて楽しそうだからここに来たの。でもそれがお前さんには気に食わないんだろ?じゃあ、そうなった理由も言うよ。仕事がさあ。ちょっと煮詰まってね。ずっと喫煙所でタバコを吸ってたんだ。島田は俺の『武悪』とお前さんの『方天画戟』に手いっぱいで俺の相手をしてくれない。ひよこもその補助で同じ。アメリアの部下の変な髪の色のねーちゃん達はそもそも俺は熟女マニアだからアイツ等のキャッキャした感じが俺には好きにはなれないんだ。それに神前とかえでが一緒に射撃訓練すると聞いたからこれは面白いものが見られそうだから来てみたの……悪い?実際面白いものを見ることが出来たし。でもお前さんは仕事から逃げるなって言うんでしょ?あんなもんひらめきが走れば一瞬で終わるんだから良いじゃないの」
それだけ言うと帰る途中にもう火をつけていたタバコを足元にもみ消して再び困った様子でランを見つめ返す。その様子はいつものにらんでいるような目のランの監視の下に行なわれていた。
「ポイ捨ては禁止と言いたいの?分かったよ、拾うよ」
面倒くさそうに吸殻を拾う嵯峨を見てカウラは大きなため息をついた。
「仕事って……また法術関係の話か?どんな面倒ごとだ。オメーの秘密主義にはアタシもうんざりしてるんだ。いい加減吐け。オメーが仕事で煮詰まるなんて言うことは滅多にあることじゃねーからな。どーせ面倒くせえ話になってるはずだ。現場を仕切る責任者としてアタシと情報を共有するのは組織として当然だろ?これまでもアタシが現場に到着するまでオメー一人が知ってるだけで何も知らなかったなんて言うことはうんざりするほどあるんだ。吐け。オメーは所詮『最弱の法術師』だ。『人外魔法少女』と西園寺あたりから陰口を叩かれてるアタシに目を付けられてその事実を身をもって味わいたくはねーだろ?」
ランはそう言うとショットガンのセフティーを解除してターゲットに狙いを定めた。
「ボスン!ボスン!」
真面目に射撃練習を続けていたカウラのショットガンの銃口から発射された弾丸が正確にマンターゲットの首の辺りに命中した。
「まあな。結局は史上最初の法術のデモンストレーションをやった俺達だ。そのことに関しての問い合わせは年中無休だ。本当に体がいくつあっても足りないよ。今回もそんなありきたりの依頼の一つ。これまでだって俺がお前さんにそれを話さなかったのはそれが多すぎてお前さんだと本気で隊を24時間365時間体制で運用を始めちゃいそうだから俺の時点で止めてたの。俺やお前さんや島田以外は不死人じゃないんだ。そんな事をしたらみんな死んじゃうんだ。実際、法術特捜の茜は俺に近い依頼を受けて真面目にそれを一からこなそうとして完全に過労死ラインの勤務状況なんだ。アイツとラーナはタフだから何とかなってるけど、それが全隊員に適用できるなんて到底思えないことくらいはお前さんも分かるでしょ?」
嵯峨は疲れた笑みを浮かべてそう答えた。
「それが答えか?答えになってねえな。元々質問とかに答える気はねえのに何言ってんだか……その中の一番うちに回ってきそうな案件くらい知っているんだろうに」
かなめはそう言うと同じようにランと並んで射撃を始めた。
「無粋な仕事の話はそれくらいにして、気分を変えたいんですよね?義父上は。それならば話題を義父上好みのものに変えましょう!正直なところ義父上は僕と神前曹長の関係がどう進むと喜ばれるのですか?」
かえでは射撃訓練を始めた誠を置いて、嵯峨に歩み寄りながらそう言った。
誠はあまりに直球過ぎるかえでの嵯峨への問いに言葉を失ってかえでに目を向けた。
いかにも答えは分かり切っていると言うように自信に満ちた笑顔を浮かべるかえでを見て誠はその自信がどこから来るのか正直疑いたくなっていた。
「俺?この話は康子義姉さんの決めたことだからねえ……逆らえないのは俺もかなめ坊もおんなじ。でも、まあ孫の顔を早く見てみたいって気分もある。茜はあんなだから一生独身で終えそうだし、お前さんならすでに24人の人妻に子を孕ませた実績があるんだもんな。自分が孕むことぐらい別に何とも思わないだろ?俺は結婚とかそう言うことに拘らない質だから……別にいいよ、神前とお前さんが子供が出来るようなことをしても俺自身は反対する権利はないしそのつもりもない。それよりさあかえで。お前さんが神前に送ってる無修正動画……俺にも回してくれないかな……最近はビデオレンタル代も高くなっておかずに困ってるんだ。俺のアパート電気も止められてるから携帯端末に送ってくれると嬉しいな。ああ、仕事用のやつね。俺個人の携帯端末持ってないから。そんな契約料なんて月の全生活費を5万円で済ませろと娘の茜から言われてる俺に払えるわけが無いじゃないの」
嵯峨の発言に誠の脳の機能は瞬時に全停止した。
この男の脳内はやはり『駄目人間』の『脳ピンク』なんだとショットガンの射撃訓練を一度中断した誠はその言葉を聞いて確信と絶望に包まれていた。
「義理とは言え娘に欲情するような変態の義父上にはお渡しできません。それに義父上はそれをコピーしてモザイクを掛けて売り歩いたりする可能性がある。そんな人に僕の美しい裸体が乱れ咲く様を見て欲しくありません。そのようなことをやりかねないと常にこの隊の全員が認識しています。その辺は御自覚なされてはどうですか?」
かえではあっさりと嵯峨の願いを却下した。
「あー……そうなんだ。まー無茶を承知で頼んだことだから別に気にしてないよ。それに島田に色々脅しを掛ければそっち方面はなんとかなるから。そう言えば先日の放火事件では大変だったらしいな」
嵯峨はかえでに相手にされないと分かると顔をカウラの方に向けた。
「なにを今更……サボれるだけサボっておいてそんなこと言っても仕事をしたうちに入りませんよ」
カウラはそう言うと諦めたように肩を落として弾の装填を始めた。誠も仕方なく彼女をまねるようにかえでが手渡す弾丸の装填を始めた。
「演操術ねえ……。面倒なことにならねえといいんだけど……面倒なことは俺は御免だよ……茜はすでに連続辻斬り犯と言うトンデモナイ法術犯罪者を追ってるんだ。これ以上うちで抱えられる事件なんて無いよね」
心配そうにそう言うと嵯峨は背を向けてそのまま土嚢の合間に消えた。
「何しに来たんだ?あのおっさん」
そう言うとかなめは撃ちつくした銃をラックに置いてのんびりと伸びをした。視線を向けられてカウラもアメリアも首を振った。
「あの人も結構大変なんだからよー。少しは汲んでやれよ。実際、実の娘の茜とラーナの勤務時間はこれが民間企業なら裁判沙汰になるレベルの超過勤務状態だぞ?それをこれ以上事件を抱える?無茶な話だ。人員の補充は今すぐにでも欲しいところだが、司法局本局がただ『空が飛べます』とか、『ライターが無くても火がつけられます』程度の法術師を集めた法術特捜本部の法術師を茜の補助に派遣したところで何の役に立つ?連中はそんなアタシから見たら年末の芸能人を集めてやるかくし芸大会の芸にしか見えねーことしか出来ねー使えねー連中しか居ねーんだぞ?そいつ等の箸の上げ下ろしから指導してったら捜査どころの話じゃねーぞ。それこそさらにアイツ等の睡眠時間を削るだけだ。うちから初の過労死が出るなんてのは願い下げだ」
いつもは嵯峨を『駄目人間』だの『脳ピンク』だの散々にこき下ろしているランが珍しく嵯峨を庇うようなことを言うので誠もこの人は見た目は8歳でも大人なんだなあと感心した。
「それは副隊長のお仕事じゃないですか?あの司法局の本局が法術が使える事だけを基準に選んだあのかくし芸集団がそのかくし芸以外に何の使い道も無いのは私も知ってるけど、それで喜んでる司法局の偉い人にどうこう言う権限なんて私達には無いじゃないですか。組織は権限が無い人間にはとことん冷酷にできているのは遼州圏も地球圏も変わりは無いですよ。それより……ねえ誠きゅん!」
アメリアに話を振られて薬室に弾を装弾したばかりの誠はうろたえながらうなずいた。誠は慣れないショットガンを手にしていたので銃口をついランに向けて振り返ってしまった。
「あぶねーだろーが!」
素人同然の誠が銃口を安易に人に向けようとしているところに声をかけたのを見つけてランがアメリアの頭を小突く。舌を出しながらそのままアメリアは椅子に腰掛けた。
「そうだ、クラウゼ中佐。僕達は今、協同作業の真っ最中なんだ。出来れば、嵯峨家、日野家、神前家の跡継ぎを作る協同作業を行いたいのだがそれはここではしてはいけないらしい」
誠はかえでの問題発言でようやく我に返って銃口を安全な射場に向けてかえでを見つめた。
自分がランにした失態よりも真顔でとんでもないことを言う美貌の『男装の麗人』であるかえでの言葉に誠は開いた口がふさがらなかった。
ただ一人でそのかえでが誠との共同作業の過程で味わうことになる快楽を想像して機能停止して頬を赤らめ口の脇からよだれを垂らして固まっているのにため息をつくととりあえず気分を変えようと誠はターゲットに向ってかえでに教わったフォームで銃を向けた。
「ボスン」
誠が引き金を引くと再びマンターゲットの足元に煙が立ち込めた。
「神前よー。少しはまともに当ててくれよ。さっきの日野に教わった直後からまた後退してるぞ。お前の弾が当たった辺りでアタシ等が戦闘中かも知れねーんだぞ。日野も格好ばかり教えて実質が伴ってねーじゃねーか。自分が教えた直後はよくってそれが身になって無かったら教えた意味なんてなんもねーのと一緒だぞ」
ランの言葉に誠は少しは役に立つようになった先ほどまでの射撃が嵯峨の登場でまた元に戻ったように感じられて落ち込みながら静かにうなずく。そして今度は少し銃口を上げてターゲットに向かった。
「ボスン」
今度は腰の辺りに着弾する。白い布状の弾丸が展開しているのがよく見えた。
かえでのまともな時の指導を思い出してそれを思い出せばちゃんと当たる。誠はその事でかえでが変態行為に走っていないときに言うことには間違いが無いことを再認識していた。
「そうだ。忘れるなよその感覚。慣れてくれば狙いをつけなくても軽くあれくらいの場所に当てられるんだ」
そう言うとランも弾を込め終えた銃を持って射場に立った。
「神前曹長。君はやれば出来るんだ。百発百中の名手になれる……僕がして見せる……すべては僕に任せておけば大丈夫なんだよ。身も心も僕にゆだねればいい。君は僕の事だけを考えていればいくらでも成長できる……そんな君を導けるのは僕だけ……お姉さまでもベルガー大尉でもアメリアさんでもない……僕だけなんだ。その事だけは理解しておいた方が良いよ」
かえでは誠の耳元でそう甘くささやきながら再び誠の股間を愛撫した。
「バス!バス!バス!バス!」
かえでの指導を諦めたランはそのまま自分のレンジに入ると見事な四連射を決めた。マンターゲットの腹部に何度となく弾丸がぶつかる。
「ようやく調子が出てきたところで弾がなくなって終了……か」
そのランの言葉を聞いて、誠はようやくかえでのセクハラから解放されることを知ってほっとしていた。その表情にかなめとアメリアはにんまりとした笑みを誠に向けてくることになった。
「でもなんだかお巡りさんみたいでいいわね。さっきから誠ちゃんに変なのがまとわりついてるのが気に入らないけど……それに誠ちゃんを導けるのは自分だけ?それって変態方向に誠ちゃんを導けるのは自分だけの間違いでよ?そんなこと私が認めるものですか」
アメリアの何気ない言葉に誠は先ほどの嵯峨の言葉が思い出された。
「先ほど隊長が言っていた私たちが正月に出会った演操術が絡んでいると思われる事件の件だが……うちに協力依頼が来ることは……」
カウラはいつも面倒ごとを振ってくる東都警察の事を思って苦笑いを浮かべながらそう言った。
「あるんじゃねーか?筋から言えばあの事件は東都警察の領分だが……連中には法術の知識なんてあって無いようなもんだからな。ただ空が飛べるだけで『法術師でござい』、と自慢している連中だ。あてになるもんか。依頼がまだ来ないのはあっちにも面子があるからだろーな。まずは鑑識のデータを茜の嬢ちゃんのところに送って分析依頼くらいが同盟嫌いの警察官僚のできる最大限の妥協だろーな」
ランはつぶやきながら手にした銃の銃身を何度か触ってそれがかなりの熱を持っていることを確認していた。
「それって余計惨めになるだけじゃないのかしら?データ貰っても東都警察には解析できる部署は限られてるわよ。自前の研究施設にデータの解析を頼むにはあまりにも小さい事件だもの」
アメリアは情報通らしく東都警察の内部事情も知っていてそれをここで暴露して見せた。
「アメリアの言うとおりだな。厚生局事件クラスなら本庁一丸となってと縦割りの垣根を無くして見せるが、被害が小さければあのかぼちゃ頭の集団は動きゃしねえよ。瑣末な事件扱いで警察署単位の捜査本部を置けばまだマシな判断じゃねえかな」
かなめの皮肉を込めた笑み。だがそのタレ目は笑っていなかった。
「演操術の異質性を教えたところで動くには警察の組織は大きすぎる。そうなると専門家にいつものように外注に出すわけだ。茜警部の健康が心配になってくるな」
カウラの顔を見てまた厄介ごとに巻き込まれると思って誠は銃を握り締めながら大きくため息をついた。
「外注ねえ……うちはまるで下請け工場ね。となると茜ちゃんは機械の金型でも作ってるの?東和の最高学府の東都大学の法学部を首席で卒業した結果が下請けの町工場のおっさんと同じって……茜ちゃんも報われないわね」
アメリアはそう言いながら手にしたショットガンの銃口から上がる煙を眺めていた。




