第13話 張り合う小隊長
「神前、とりあえず見本だ。それに日野少佐はショットガンに自信があるようだから私の撃ち方に欠点があるならご自由に指導していただいても構わないのだが。まあ、私には理解不能な前後に不可解なものを入れている貴様にそれが出来ると言うのならばの話だがな」
カウラは明らかにかえでへの敵意をむき出しにしてそう言うと等間隔で五発の連射を行った。ターゲットの金属プレートが煙に覆われた。
誠もカウラの射撃姿勢には感心させられた。ランのどう見ても小さすぎる身体で長いショットガンを器用に扱う姿は左利きで銃によってはその扱いに苦労することの多い誠の参考になった。戦闘的で実用重視のかなめの見事な射撃フォームもいかにも彼女らしい銃器への割り切った思想が見て取れて銃に対して恐怖感しか抱けない誠にそんな恐怖心を拭い去る作用が感じられた。そんな三人のどの撃ち方とも違う淡々と仕事をこなすというカウラらしい射撃フォームは誠にはその中で一番参考になるものだった。
「カウラさん凄いです!それにこれまでの射撃のお手本の中で一番参考になりました!それにしてもターゲットがあれだけ揺れるということは低殺傷能力でもこれは危ないんじゃないですか?僕があの頭に当たらないと死なないという22LR弾の銃で的に当てた時もあんなに揺れなかったですよ」
誠の言葉にかなめが心底呆れたという顔をしていた。
「そりゃあ、当たる物体の質量がまるで違うんだから当たり前の話だろ……オメエ本当に東和の理系の私大の最高学府を出てるのか?当たる質量が大きければ威力が小さくても的は大きく揺れるなんて物理が苦手だったアタシだってわかることだぞ。そもそも『低』殺傷兵器なんだよ、この銃は。オメエが三ヶ月前まで使ってた22LR弾だって当たり所が悪ければ人は死ぬぞ。こいつも同じだ。頭とかに当たれば場合によっては十分死ぬからな。火薬によって与えられた物理エネルギーは22LR弾の比じゃねえんだ。それが空気抵抗で標的に当たるまでに低下して標的には死なない程度のダメージを与える。その為の弾を使う銃なんだ。この銃は」
かなめはそう言って以前誠が使っていた小口径軽量弾を撃ちだす銃であるグロックG44を例に出してそう言った。そこにはランが時々社会常識の足りない誠に課す社会常識講座で頓珍漢な質問をしてくる誠にランが向けて来る視線に似た呆れを通り越してなんでこんなことも知らないんだというような軽蔑の色が混じっていた。
「西園寺、そんなことはどうでも良いんだ。それより日野少佐。私の撃ち方に問題点は?貴様のような変態に私の射撃フォームの問題点を指摘されるのは癪に障るが、貴様の方がショットガンの扱いに慣れているのは紛れもない事実だ。私にはその事実を否定するような材料は一つも無い。なら、そのショットガンに慣れて百発百中を誇る名人の意見を受け入れる用意は私にはある。言ってみてくれ」
珍しく感情的な視線をかえでに投げつつカウラはそう言った。ただ、カウラの目にはかえでに対する軽蔑の色は消すことが出来ずに残っていた。
「いいえ、ベルガー大尉のショットガンの扱い方には何の問題もありませんよ。僕がショットガンについて学ぶことをロールアウト時点で刷り込まれているという『ラスト・バタリオン』の境遇は僕には羨ましいくらいだ。その技術があれば甲武での上流貴族向けの狩猟コロニーで僕が撃ち漏らしたターゲットを間違いなく仕留められたのではないかと思えるくらいだよ。僕から教えることは本当に何もない。ベルガー大尉はショットガンの扱いに慣れている以上に、この銃弾の性質を理解した上で的確に射撃をしている。本当に見事なものだ、さすがですね。僕にはそれ以外の言葉はない。素直に感服しているよ」
ここまで普通の人間が誉め言葉を重ねれば嫌味に聞こえても仕方が無いと誠は思ったが、その美貌とあくまで紳士的な『男装の麗人』らしい物腰の柔らかさが感じられないところがいかにもかえでらしい言葉に聞こえた。
ただ、次の瞬間、かえでの視線は明らかに自分が優位であるというような優雅さの中にも棘のある視線に変わっていた。
「ベルガー大尉は僕ならばそれ以上の射撃ができると考えているようだが、地球人でもできる射撃や剣術にはいわゆる理想形が存在し、その理想形を実行に移せば予想された通りの結果を得ることができる。ただ、法術師である僕にはそれは当てはまらない。僕の法術について戦術上の意味から全て知っている義父上やクバルカ中佐は別としてベルガー大尉やお姉さまは僕が何が出来るかのすべてをまだ把握してはいない。僕が茜お姉さまや『許婚』である神前曹長よりも強力であるということ以外は今のベルガー大尉には認識が無い。ただ、それは法術師の戦いの鉄則なのだから仕方がないね。『法術師の戦いでは最初に敵に限界を見せた方が負ける』。ならばその限界を知っている人間は少ない方が良い。当然の話だと思うよ。ああ、脱線してしまったね。今はショットガンの話をしていたんだ」
いわゆる法術師の中でも屈指の実力者であるという自負から出たかえでの言葉は本心から出た者のようだが、そこにはまだかえでには子ども扱いされるレベルにすら達していない誠にとってもきつく厳しく聞こえてきた。
そんなどこか傷つけられたような自覚のある誠の曇った顔を見ると、かえではそれを見逃さずにランにバレないようににじり寄りながらわざとカウラに聞こえるように大きめの拍手をしていた。
「かえでちゃんが言うのようにカウラちゃんの射撃が上手いのは『ラスト・バタリオン』なんだから当然よね。私達を作ったアーリア人民党も私達を暴徒鎮圧任務に従事させることも十分に考えていたからこういった武器の使用法もロールアウト前に脳に刻み込まれている訳よ。まあこの種の銃器を使うのは警棒を振り回して角帽で対抗して来る暴徒と殴り合うよりは文化的でしょ?かなめちゃんはこんなものを作るよりもその距離だったら一気に飛びついて相手を締め上げれば一発だとか言いそうだけど、そんなことはサイボーグじゃない私達には無理な話なの。だからこういう武器が今でも存在するわけ。分かった?それとかえでちゃん、さっきから誠ちゃんに近づく機会をうかがっているようだけどそれ以上近づかない方が良いわよ。私も黙って無いから。確かにかえでちゃんが強いのは知ってるけど私にも意地があるの。一分の虫にも五分の魂。このくらいにへりくだっておけばかなめちゃんは満足かしら?」
かえでの誠ににじり寄る姿を察していたアメリアは、意味のある微笑みを浮かべてかえでとカウラを見比べながらそう言った。それを見ながらかなめは機械のような動きで一発づつ確実にオレンジ色の派手な色のショットシェルを押し込んでいた。
「日野少佐。アメリアの言うように無用な神前へのボディータッチは止めていただきたい。神前も戸惑っているように見える。貴様が神前の母親にも認められた『許婚』であるにもかかわらず、神前が貴様を『許婚』と認めていないのはそう言った貴様の常軌を逸した性癖にあるという自覚は無いのか?貴様の学習能力はあの島田並みなのか?そんな事ならばこれからは私は貴様を高い法術師としての能力を持ちながら学習能力は島田並みの存在として扱うことにしたい。私は学習能力のない人間との付き合いは島田一人でうんざりしているんだ。貴様にまでそんな思いをさせられるのは迷惑な話だ」
カウラはそう言うと呆然と突っ立っている誠のひじを小突いた。仕方なく誠も不器用な手つきで弾倉を開いてショットシェルを押し込んでいった。
「オメー等の神前へのセクハラ・パワハラごっこと神前になんとか気に入られようと良い格好をするのもいい加減にしろ。オメー等がアタシが考える神前の嫁にふさわしい存在じゃねーのは確定済みなんだ。神前が『漢』になった時はオメー等以外のまともな嫁をアタシが神前に世話をしてやる。その自覚はしっかり持て。それに訓練は遊びじゃねーんだからな。こんな兵器を使う事態は相当な特殊で緊急を要する事態なんだ。その現場で狙う対象は暴動に発展しそうな興奮状態の暴徒ってわけだ。それを一撃で殺さずに行動不能に陥らせる。それを頭の中でシミュレーションしながら撃てよ」
ランもまた大きな銃をその小さな細い腕で軽々と片手に持って裏返すと装弾を開始していた。バスケットの中の弾は五箱。実銃の射撃訓練に比べると明らかに少なかった。
「そう言えばさっきからいつもの通常弾や値段が高いという対法術弾ならバカスカ撃ちまくる西園寺さんが遠慮がちに射撃をしているように見えるんですけど……これも高い弾なんですか?あの管理部の人達が訓練に使うと全員嫌な顔をする対法術弾よりも?」
弾を全弾装填してフォアエンドを引いて誠は薬室に弾を込めた。
「ああ、これは使用範囲が警察任務に限定されてくるからね。当然製造数が少なければ一発たりのコストも上がる。君の活躍で法術師の存在が遼州圏ではそれほど珍しい存在ではないということで特に警察関係の銃器は通常のフルメタルジャケット弾から対法術弾への更新が進んでいるから、ここ数か月で対法術弾の軍や警察組織への納入価格は劇的に下がっている。一方、こういった暴徒を相手にするような事態の件数自体は変わっていないからこの使用目的が元々限定されている弾の価格は相変わらず高いままなんだ。だから予算の少ないうちのような部隊では撃つ機会が少ないから貴重な経験だと思っておいた方が良いね。結構な値段はするけどショットガンでは一般的な安価な大型弾頭のスラグ弾や散弾であるバックショットとはかなり弾道が違うんだ。特に威力をわざと低下させるためにシェル内部のサンドバックが展開して空気抵抗を受けるために急激に初速が落ちるからかなり狙いより下に当たることを注意して撃った方が良い。こころもち狙いを上に付けるのがコツかな」
親切なかえでの言葉を聴くと誠は銃口をターゲットに向けた。かえでの助言を受けてかなり上に照準して誠は引き金を引いた。
「ボスン」
誠の撃った初弾はあっさりと出たがターゲットの手前で着弾して大きな砂煙を上げた。
「やはり思った通りだ。この弾の初速の低下と弾の重量による山なりになりがちな弾頭はやはり通常のアサルトライフルに慣れた神前曹長には扱いにくかったかな?もっと銃口を上げてみたまえ。弾速の低下する勢いは普通のスラグなんかとはまるで違うんだ。そこのところを考えれば君でも当てることが出来る。僕は信じているよ」
かえでの言葉に少しばかり焦りながら次弾を装填すべく右手でポンピングをする。
そして狙う。狙う場所は先ほどの位置よりも頭二つ上の当たり。照準装置の無いショットガンでは感覚で着弾点を覚えるしかないことが誠も知っていた。
「ボスン」
今度はターゲットを飛び越えて白い弾頭らしきものが飛んでいくのが見える。
「まったく……本当にオメエは東和宇宙軍の幹部候補の課程を通過したのか?どこ狙ってるんだ?シュツルム・パンツァーでの出動でも05式のオート射撃制御システムが死んだら絶対にどんな敵にも射撃じゃ対応できねえぞ」
誠とかえでの様子を見守っていたかなめが呆れたようにそうつぶやいた。
「お姉さま、そんな言い方は神前曹長に失礼なんじゃないですか?神前曹長。先ほどよりはよりターゲットに近い位置を弾は通過した。神前曹長、お姉さまはああ言うが焦る必要なんてないよ。君は上達しているんだ。それはショットガンの射撃に精通した僕から見ても間違いないんだ。もっと落ち着いて撃つようにしたまえ。そうすれば君ならきっとできるはずだ。『許婚』であり、いつか君と結ばれることを望んでやまない僕が見つめているんだ。もう少し自信を持って撃っても良いんだよ」
どこまでも誠の『許婚』であることを自分に聞かせようと大声を出すかえでに呆れるかなめの冷ややかな視線を浴びて苦笑いを浮かべながら再びショットシェルを込めて銃口をターゲットに向けた。
「ボスン」
ようやくターゲットの中央に弾が当たったのが分かった。人型の鉄板が揺れて着弾を表していた。
「ボスン、ボスン」
誠はそのまま同じようにショットガンを操作して連射したがその二発はターゲットの左右に散った。
そして四発撃ち尽くして誠は大きなため息をついた。
「五発撃って当たったのが一発?まるで駄目じゃないのよ。誠ちゃん。もう少し練習しようね。それとかえでちゃん、無駄に『許婚』アピールご苦労様。かえでちゃんまで変態だと私のエロゲでも変態女を掴んだ駄目人間として社会から抹殺されると言う格好でバッドエンド扱いにしていることにしているの。さすがに性倫理に厳しい遼州人の国の東和のユーザーはそのくらいの常識は持っているのよ」
アメリアもさすがに呆れたと言うように誠の肩を叩く。仕方が無いとうつむく誠を見ながらカウラは自分の銃に弾を込めていた。
「まあ神前には剣があるだろ?どうせこの距離くらいでの衝突だ。警棒で対応できれば文句は無い。先ほどの西園寺に当てはまる論理が神前にも当てはまる。目の前に敵が見えている状況なら干渉空間を展開すれば距離の意味はない。だったら、銃を使うよりも干渉空間を展開して跳んでそのまま警棒で殴れば相手を鎮圧できる。こういった制圧兵器を神前が使いこなせないところでなんの問題が無いように私には思えるがな」
カウラは部下をフォローする様子で誠に向けてそう言った。
「その警棒で対応できないからこいつを使うんじゃねえのか?群衆ってことは一人二人じゃねえってことだ。コイツがその集団の中央に跳んだとして、四方八方から殴り掛かられたら警棒でどう対応するんだ?その辺を教えてくれよ。まったく神前には甘いんだねえ、隊長殿は」
カウラのフォローをかなめは相変わらずの嘲笑するような笑みを浮かべての言葉で台無しにした。誠はいつものことなので逆に開き直って銃に弾を込め始めた。
「お三方とも厳しいが、厳しさだけが人を育てるものでは無いと僕は考えているよ。愛が有って人は育つんだ。信じているよ、神前曹長。なんと言っても君は僕の『許婚』なんだから」
かえでは銃を撃つ誠の背中から熱い視線を送りつつそうつぶやいた。
「オメー等の神前いじりは銃の訓練じゃねえ。ただの雑談だ。それよりも今はこの目の前にあるけったいな銃弾を管理部の高梨部長が言うには今日中に消化しろってのがアタシ等の任務なんだ。予算の都合上、今月中に消化する必要があるんだと。まるで年度末の道路工事みてーだな。まー、とりあえず神前以外は別にこんな訓練なんか必要ねーことだけはよく分かった。日野が射撃万能だってのはアタシも知ってるから見るまでもねー。ただ、うちの任務上、上から言われてる残弾消化だけはしっかりしてくれ。それにしても神前はちゃんとそのデカい身長と手の長さを生かした構え方を出来るようになるところからはじめる必要があるな……日野!出番だ!オメエが神前の構えを矯正しろ」
ランは誠の下手ぶりに誠に触れたがっているかえでに誠に触れることを許可した。
「はい!日野少佐、神前曹長の射撃指導に入ります!」
ランの言葉にかえでは頬を赤らめながら笑顔でそう言うと誠の銃に手を伸ばした。誠はこのまま何時間かこの樹脂製の割りに重い銃の構え方を繰り返させられるかと想像して大きなため息をつくのだった。




