第五話-12
引き続き校内を散策していると、段ボール製の看板を抱えた知人を発見した。内巻きボブカットの美術部員で、髪が黒い方。そう、天宮先輩だ。パンフレットを確認してみると、ここは三年八組の出店場所。つまり先輩のクラスだ。縁日をやっているらしい。
「まあ、俺たちは夏祭りに行ったけどな」
「人混みはあのときよりずっとましだけどね」
「お兄ちゃん、行かないの?」
「先輩のところだし、挨拶がてら寄って行くか」
ということで、俺たちは教室入口のうち、天宮先輩のいる方を回って中に入ることにした。入口専用とか出口専用とか、そういう案内はなさそうなので。人手が足りていないのか、立っているのは先輩一人だけである。近付いて声をかけた。
「お疲れ様です」
「おや、凛ちゃんと東宮くんじゃん。文化祭デートってやつ?」
「そういうのじゃ……」
「あれ、知らない子がいるね。こんにちは」
「こんにちは」
「わあいい子だ、ちゃんと挨拶してくれる」
「あの、せめて最後まで言わせてもらっていいですかね……?」
文化祭デートではないはずだから否定しようとしたら、天宮先輩は足元の梨花に目線を合わせて喋り始めた。マイペースな人だ。
「みなみ先輩、デートじゃないですからね」
「なあんだ、違うの? そろそろ二人が素直になってきた頃かと思ったのになー」
「別に俺と凛は」
「名前呼びになってるじゃん、僕の見てないところで進展はしてるなー、このこのー」
「だから最後まで言わせてあげてくださいよ」
「そもそも妹連れてデートはしませんって」
「妹ちゃんなんだ、可愛いね、似てないけど」
「そうでしょう、似てないのは実の妹じゃないからですけどね」
「でもお兄ちゃん、夏祭りのときも私いたよ?」
「梨花ちゃん?」
話がややこしくなってきたな! だから登場人物はたくさん出したくないんだ、一斉に会話が始まると大変だから。文芸部の同志なら赤べこみたいに首を振って同意してくれるだろうけど。そして夏祭りと聞いて耳聡く反応する天宮先輩。
「なになに、夏祭りでもデートしたの?」
「ダブルデートだ、って健人たちは言い張ってましたけどね、相沢健人、小西結衣、俺、凛に加えて、俺は梨花も連れて行ってたんで、一般的なデートの概念には当たらないかと」
「へえ、余裕出てきたじゃん。その子梨花ちゃんっていうんだね。で、名前呼びになったのは? 夏祭りの前? 後?」
「後ですよ、夏祭りの別れ際、わたしが電車乗る直前から」
「もちろん凛ちゃんも東宮くんのこと名前で呼んでるんだよね?」
「えっ、その、はい……」
梨花が飽きる素振りをし始めた、と思った瞬間、
「双矢くん、って」
未だに慣れない、呼ぶ方はともかく、呼ばれる方は。今だって心臓が、「俺はここにいるぞ!」とばかりに自己主張している。普段は存在すら意識しないけど、名前を呼ばれたときは、その存在を強く認識することになる。いつも不思議なんだけど、体内にあるはずの心臓の鼓動が、どうして聴覚に伝わるのだろう。
天宮先輩が口笛を吹いて(やたら上手い)囃し立てるので、いよいよこの場を退散したくなってきた。梨花も恋バナするような歳じゃないし、そもそも大天使にその手の興味があるのかも疑問だ。聞いていても面白くなさそうだし、今も、「話が分からなくて飽きた」を演じている。出入りの邪魔にもなりそうだし、そろそろ動かねば。
「ここにいても先輩に絡まれるだけだし、行くか」
「そうだね、梨花ちゃん待たせちゃってごめんね」
「あ、もう行くの? 夏祭り行ったなら縁日はそんなに楽しめないかもしれないけど、ゆっくりしていってね」
意外に、と言ってはやや失礼かもしれないが、引き際は分かっているらしい先輩だった。なおこれは三人でヨーヨー釣りをしながら凛に訊かれたのだが、
「結局、双矢くんはあの夏祭り、デートだと思ってないの?」
「梨花がいたからさすがになあ」
「じゃあ、二人きりだったらデートなんだ?」
いたずらでも仕掛けたつもりになっているらしい凛を見ると、俺もつい嗜虐心が湧く。しかし完璧に打ち返すつもりで言ったはずが、
「だからアリス朝日出のときは、梨花は連れて行かなかっただろ?」
これには俺もダメージを受けてしまい、凛の顔を見ることができなくなってしまった。少し大胆すぎたかもしれない。
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