第五話-3
俺と凛が互いに名前で呼び合うようになったのは、つい最近のことだ。なんだかんだちゃんと知り合って三ヶ月が経過した八月半ば、友人たちに誘われて行った夏祭りの別れ際、俺たちは互いを名前で呼び合った。
まあ正直慣れないことではあったので、知り合いが他に誰もいなかったあの状況がなければ、未だに苗字で呼び合っていたと思う。それはつまり、夏休みが明けて学校で会ったときに素直に名前で呼べたかというと、そうではなかったということだ。
そんな俺たちが始業式の日、教室で会ってどうしたかといえば、
「双矢くん、おはよう」
「おお、おはよ、凛」
「「……」」
これである。互いに不慣れな名前呼びで、その後の会話が続かない。俺は一応、凛と話したいことを頭の中にまとめながら登校したはずだったのだが、どうも物事というものは、予定通りには進まないようだ。
まあこんな感じだったから、休み明けの席替えで隣の席になったからといって、話が弾むとかそういうことは全くなかった。ちなみに相沢たちはほぼ対角である。俺と御影が教室左前方、共通の友人である相沢健人と小西結衣はその斜め前だ。
うちで授業を担当してる杉山先生や大岩先生は、あまり授業でペアワークを採用していない。やらないわけではないんだけど、ともかくそれもあって、なかなか凛と話す機会は訪れなかった。気付いたときには苗字呼びに戻ってそうなくらいに。
まあそれを打開したのも、結局は部活だったわけで。クラスメイトで隣同士というアドバンテージをちっとも活かせていない。……俺は一体、誰に対する何の優位性の話をしているんだろうな。
二学期が始まって以降、多少挨拶とか事務的な会話はしたけど、結局放課後に集まるまで、他の話は少しもしなかった。会ったのは部長同士の会談のため、会計担当としてついて行ったときだ。
繰り返す通り、文化祭号は合同誌なので、定期的に文芸部と美術部の部長が話し合うのだ。俺が会計担当なのは、まともに出席する二年生の部員がそもそも少ないためである。単なる消去法。とはいえ美術室までついて行ったところで、金の話以外は暇なもので。
「そういえば、文芸部の短編には全員美術部が挿絵付けてくれるんだっけ」
俺は、たまたま傍にいた凛に話しかけていた。
「文芸部が早く原稿完成させてくれたから、そうしようってみなみ先輩が。美術部の方が人数多いし、一人一人担当する形だって」
天宮みなみ先輩は、俺も知っている人だ。五月頃、ちょっと世話になった。まあそれ以上にちょっかいかけられてもいるんだけど。なるほど、あの人の提案だったか。
「ちなみにそれってくじ引きとかで決まるもんなの?」
「決まらなかったら、そう。でも最初に希望は取るよ、挿絵が書けない小説に当たっても、お互い困るから。鈴花ちゃんは真っ先に立候補してそのまま決まってた」
「まあ、あいつは何がなんでも白原に付きそうだな。逆でも多分同じ事起きるぞ。あの二人、やたら愛が重いし」
「確かに。ちょっと想像できる」
そしてそれぞれの後輩を思って二人で静かに笑った。まったく、仲がいいのはいいことだ。
「ちなみに、天宮先輩は誰の担当に?」
「先輩は誰の担当も持ってないよ」
「あの人言い出しっぺのくせに……」
「表紙と裏表紙のカラーイラスト担当してるからね。挿絵もやろうとしてたけど、わたしたちが止めたよ。納期怪しかったし」
受験控えてるはずなのに自由すぎだろ、まじで何やってんだあの人。
教室では全く話さなかったのが嘘みたいに、俺たちは話に花を咲かせる。途中気になったので、ちょっと聞いてみた。挿絵担当者の話は、まだ文芸部には共有されていないのだ。今部長が聞いているところかもしれないけど。
「そういえば、俺の担当は誰になったんだろう」
「ん? それはわたしだよ」
「……まじ?」
「ふふ、まじ。よろしくね、双矢先生」
控えめにからかうような目線が可愛い。誰も希望者がいなかったが故のくじ引きでなく、自ら志願しての担当だということを願っておこう。勝手ではあるけれど、これくらいは許されてもいいはずだ。
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