第三話-11
ばば抜きを惰性のように続けていると、まず相沢が潰れた。意外と疲れていたようだ。マリオネットの糸が切れたように小西の膝に崩れると、そのまま眠ってしまって動かない。こいつ寝ててもいちゃつけるのかよ……。
「それじゃあまあ、俺は部屋に戻るかな。御影はどうする?」
何の気なしに訊いてみると、御影はびくりと肩を跳ねさせた。……俺、何か変なこと訊いたか?
「わたしも、部屋に戻って寝る準備しようかな」
肩が跳ねた理由はよく分からなかったが、俺はぴくりとも動かない相沢を小西と協力して布団に突っ込むと、少し前に戻ってきた化学部の後輩くんに後を任せ、自分の部屋に戻った。
……うちの部長と相沢の寝床が見事に入れ替わった訳だが、まさか二人をずるずると引き摺って、元の位置に戻すわけにもいかないので、このまま放っておくことにする。
部屋に戻るとは言ったが、寝るわけではない。いや、寝ようと思えば寝られるのかもしれないが、合宿効果なのか、まだ一向に眠気が来ないのだ。一度は腰を落ち着けたが、部長の寝顔を眺めていても何も面白くない。散歩でもするか。
宿の中はそこそこ広く、多少は歩き甲斐もある。どこか丁度いいベンチがないかな。寝る前に、趣味の方の小説書いておきたいんだけど。お、いい場所発見。
ベンチに座ってスマートフォンを取り出し、メモ帳を起動。小説を書くならこれだけで充分だ。一気に書いてしまおう。
そうして書き始めてしばらくしたところで、俺の隣に誰かが座る気配がした。まあこの宿に泊まっているのは、俺たち菅野台の合宿参加者だけじゃない。他の宿泊客がたまたまこのベンチを見つけて、座ることもあるだろう。
だと思っていたのに、
「部屋に戻るんじゃなかったの?」
そう、明らかに俺に話しかけられたら無視してもいられない。今このベンチの周りには、他に人はいないのだ。何より、声に聞き覚えしかない。
「御影か……そっちこそ、もう寝てるんだと思ったけど」
山の夜はさすがに冷える。御影はパジャマの上に、薄いパーカーを被ってそこにいた。なぜか館内用の臙脂色のスリッパと合うデザインをしているが、予め調べたのだろうか。だとしたらすごい拘りだが。
一方俺は、上下ともに菅野台のジャージ。風呂入ったあとにも多少は動けるように、と考えての選択だったが、結局ばば抜きと散歩しかしないなら、普通のパジャマで良かったような気もする。ああ、でも卓球はしたか。
「わたしは眠れなかったから出てきてみたら、東宮くんがベンチにいたから」
いたからといって、わざわざ隣に座ることもないだろう、と思うが。
「それで、東宮くんはここで何してるの?」
「え? ああ、これ? 寝る前に小説書いておこうと思って」
「昼間に書いたのかと思ったけど 」
「書いたよ、これは全く別のだけど。ほら、さっきも話したけど、深夜テンションで書く小説が一番面白いから」
「部活と趣味で別の小説書いてるってこと? すごいんだね」
どこかこそばゆい気がして、俺は咄嗟に変なことを言った。
「その分誤字が多いんだけどね」
微妙に関係があるようなないような。こんなことを言われても、御影だって困るだろう。そんなことを思った俺が甘かったかもしれない。まだ全然上回れるレベルだったようだ。
「ねえ、東宮くん」
「うん?」
「眠くなるまで、一緒にいてもいい?」
反則ワードですよそれは。
ちょっと可愛すぎやしませんかね、などとは言うわけにはいかない。でもそれはそれとして、周りに誰もいない中で二人きり、という状況は俺の精神力が削られる。ここはできれば諦めてもらいたい。
「良いけど、黙々と書いてるだけだからあんまり面白くはないと思うぞ。部屋でポーカーでもしてた方が良いんじゃないか? そのまますぐ眠れるし」
「ポーカー?」
「……今のは忘れろ」
夜の不用意な発言はいただけない。俺たちが普段部室で遊んでるのがばれてしまうではないか。……いや、それも今更か。
「ここだとうっかり寝落ちしても、俺は助けてやれないぞ」
「大丈夫だよ、動けるうちに帰るつもりだから。……だめ?」
反則ワード二回目です。あとその仕草も。上目遣いで首をこてん、は反則です。可愛すぎます。もちろん口には出さない。
「なんでここがいいんだよ」
と訊いてみると、
「だって、東宮くんのそばにいると落ち着くんだもん」
……どういう意味だそれは? さっきからなんなの? なんで今日は俺をどきっとさせてくるの? 反則ワード三回目。うん、もう良いよと言うしかなくなったな。
「分かったよ、好きにしてくれ」
「うん、ありがとう」
その後しばらくは、俺が黙々と(もしかしたら無意識のうちにぶつぶつ独り言を零したかもしれないが)趣味小説を書く傍ら、隣に御影が座ったままじっと俺を眺めているという、奇妙な時間が続いた。
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