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嘘告してきた女の子を助けたら懐かれた話  作者: 春井涼(中口徹)
第一部

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第三話-8

 風呂から上がり、卓球台で相沢をけちょんけちょんにしていたところ、やや遅れて大浴場から出てきたらしい女性陣に遭遇した。


「……いや、遭遇って言い方は良くないか」


「お前にとっちゃ、女なんて未知なんだから遭遇で良いんじゃねえの?」


「いつの映画の話だよ。あと童貞いじりは辞めるんだ」


 不貞腐れて牛乳をやけ飲みしていた相沢が、卓球台の隣から野次を飛ばしてくる。今時瓶牛乳って売ってるんだな、ちょっと古めの本でしか読んだことなかった。


 俺の知らない二人は既にどこかに行ったようで、今出てきた女性陣の内訳はいつもの四人。食前にもかかわらず牛乳を飲んでいたため、小西に詰められる相沢を横目に見ていると、俺のところには御影が歩いてきた。


 普段は三つ編みばかりなので、こうして髪を解いて下ろしている姿は新鮮だ。風呂上がりで上気した肌、三つ編みのくせ(・・)で僅かにうねるしっとりした長い黒髪、その上目遣い……うーん、嫌でも色香を意識するわ、こんなのを間近で見せられたら!


「えっと、御影さん? 何か御用でしょうか」


 じっと一点を見つめるその横顔を、何の脈絡もなく、綺麗だと思った。


「東宮くん、なんでラケットくるくる回してるの? あ、止まった」


 指摘されてようやく気付き、俺は無意識に動いていた手を止めた。どうやらラケットの柄を、手の中で滑らせるようにして回していたらしい。


「まじか、全然自分で気付かなかった」


「体育でテニスやってたときも、ラケット回してたよね」


「え?」


「……本当に無意識なんだ」


「手持ち無沙汰だとなんとなく落ち着かないことは、自覚してた」


 つまりそのときに何をしていたかは、一切認識していないということだ。もしかして、手に持っているタオルの折り方がいつの間にか変わっていることがあるのも、俺が無意識のうちに弄んでいるからなのだろうか。


 すると御影はなぜか自分の手をじっと見つめ、何かを小さく呟いた。それが何なのかは聴き取れなかったけど。


 いい時間なので、ラケットを片付けて六人で食堂に向かう。そう、相沢は牛乳を飲んでいたが、本当に食前だったのだ。馬鹿というか、間抜けだろう。そもそも少食のくせに、やけとはいえなぜ牛乳を飲んでしまったのか。


「結衣と飯行くときに、同じようなことして怒られたこともある」


「馬鹿というか間抜けというか最低だな」


 失敗から学習しないという点では、一周して馬鹿が適語かもしれない。


「しかしまあ、風呂上がりの女子って随分印象変わるんだな」


「印象変わる瞬間を見るのも良いぞ」


「健人」


「はいごめんなさい」


「やーい怒られてやんの」


 頭を使わないだらけた会話をしながら歩く。そしてはたと気付いた。


「……白原と平井は、全く印象変わらんな」


「そうですか? 結構違うと思いますけど」


 図らずも、俺が変化に疎い人間だという事実が露呈したようだ。こてんと首を傾ける白原だが、やはり俺には普段との違いがあまりよく分からない。違うといえば違うのかもしれないが……。


「鈴花はあたしより、変化少ない気もしますけどね」


「千夏より髪短いからね。というより、もう乾かしたし」


「え、ドライヤー使ってたっけ? ……本当だ、乾いてる! なんで!?」


「千夏、くすぐったい」


「結衣はまだ乾かしててないよな?」


「そうだね、あんまり時間なかったから、私も御影ちゃんも乾かしてないよ」


「わたしは毛量も多いから、ご飯食べたらちゃんとドライヤーしないと……」


「健人もまだ濡れてるね。健人も毛量多いんだから、ちゃんと乾かさないと変な癖付いちゃうよ。あとでドライヤーしてあげようか」


「俺は何を見せられてるんだ?」


 相沢夫妻はこの短い会話でどうしてここまでいちゃつけるのか謎だが、それはそれとして、俺も自分の髪を片手でくしゃっと掴んでみる。離した手は、じっとりと濡れていた。


 別に毛量が多いというわけではないが、切るのが面倒で伸び放題の雑草みたいな状態だ。元々ストレートな髪質ではないし、乾きは悪い。それにこの宿は、標高のせいかかなり涼しいので、なおさら髪は自然乾燥しづらいようだ。


「俺も後でドライヤーかけた方がいいかなあ」


 ふとそう呟くと、隣を歩いていた御影が何か言いたそうにこちらをじっと見ているのに気付いた。しかし目が合った瞬間逸らされてしまったので、何を言おうとしたのかは分からずじまい。


 その後、食堂で合流した岩沢くんが風呂上がりの白原に見惚れているのを俺と部長で両側から小突いたり、食事をしているときに今度はスプーンを無意識に回していた俺が御影に笑われたりしたが、その話はまた別の機会に。

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