第一話-15
声をかけられたことで初めて存在を知覚した俺たちは、恐る恐る顔を上げた。そこにいたのは銀髪の鬼……ではなく。
「ひ、平井さん……? これはその、えっとお……」
そう、平井鈴花である。しかも多分ぶち切れてる。口元は柔らかく笑っているのに、目が全く笑っていない。しかもなんか冷たい空気がのどにだけ触れてる。
雪女の能力だろうか。何だろう、俺より年下で小柄なのに、ものすごく怖い。ださいことに定評のあるうちの制服で、なんでこんなに迫力が出せるんだ。
そしてようやく、俺は平井が一人ではなかったことに気付いた。後ろに二人、別の女子生徒を連れている。苦笑している内巻きの黒髪ボブカットの生徒(この間平井と一緒にいた美術部の先輩)と、おろおろしている地味な生徒。
しかも地味な方は、今しがた話題にしようとした御影凛その人だ。聞かれていたと思うと、気まずいどころの話ではない。
冷や汗をだらだら流す俺と相沢は、硬直したまま平井の次の言葉を待つしかなかった。
「東宮先輩、一週間ぶりですね。それとそっちにいるのは確か、化学部の相沢先輩でしたっけ。昨年の文化祭ではどうも」
「あ、はい」
まじでどこから聞いていやがった。ここで、「久しぶりだね、遅くなったけど入学おめでとう」とか返すのは、コミュ強ではなく馬鹿だと思う。俺の数少ない友人である相沢が、その手の馬鹿でなかったことに安堵したのも束の間。
「それで、東宮先輩?」
「はいっ」
嫌でも背筋が伸びる。
「密室でもなく、防音設備もなく、人払いすらせずに、こんな場所で一体どんなやり取りをしようとしていたんでしょうか?」
「いやあ、それはその……」
あ、やばい。のどの冷気が実体を帯びてきてる気がする。
「例の計画、漏洩したら証拠隠滅すると言いましたよね。忘れたとは言わせませんよ」
「申し開きのしようもございません」
父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください。あなた方の愚かな愚息は契約違反で口封じをされるようです。すべて身から出た錆ですのでこの命を持って償います……。
とはならずに。
「鈴花ちゃん、それくらいにしてあげなさい。もう充分反省したと思うよ」
黒髪ボブカットの先輩が助け舟を出してくれたようだ。肩は小刻みに震えてるし声が完全に笑ってるけど、この際助けてくれるなら笑われてもいい。
「みなみ先輩は甘すぎますよ。この人文芸部員ですよ? 今回の件、自分の小説にネタとして取り込んで事実が露呈するとか普通にあり得ませんか?」
「おい待て、俺はともかくそれだと白原の信用まで巻き添えを喰らっているが、君はそれでいいのか?」
というかこの後輩、創作家を何だと思ってるんだ。でもとにかく、この先輩のおかげで俺は助かったらしい。
「命拾いしました、ありがとうございます」
「うーん、裕君ならともかく、鈴花ちゃんはそこまでしないと思うけど……」
その裕君という人もなかなか酷い言われようだ。この大人しそうな先輩に、人を殺しかねないと思われてるのか。何をしたらそんな評価を受けるんだか……。
「というか、本当にどこからどうやって俺たちの会話を聞いていたんだ? 盗聴器でも仕掛けられていたのか?」
もう本当に殺されかねないので、俺は話を強引に変えることにした。疑問でもある。雪女が地獄耳だという伝承は聞いたことがないが。
「それは俺も気になってたな。この辺りに、人が三人も隠れられる場所なんてあったか?」
俺の狙いに同調して、相沢も周囲を見渡す。この辺りは人が来ないのもあって、物がいろいろ置いてあるが、それでも人が隠れるには不充分だ。万が一隠れられたとしても、さすがにこの距離ならば気配でなんとなく分かりそうなものだが。
そう考えていると、周りの音が消えた。小田原で平井と話したときにも経験した周囲の無音。あの時は疑問に思う余裕もなかったが、まさか。
「……平井、もしかして君が無音の空間を生み出しているのか?」
「今更気付いたんですか? そうですよ、これは私の能力でやっていることです。風の遮音膜。先代魔力使用者の技術を参考にして習得した、私の持ち技の一つですよ」
「雪女の能力って、そんなに応用が利くのか」
「吹雪を起こすとか、人を凍死させるだとか、そういうのだけだと思ってた……」
「先輩たちの会話を拾ったのも、風の制御の応用ですよ」
平井がそう言うと、どこかから男女の会話が聞こえてきた。当然だが、この周辺にいる人物の声ではない。本当に、離れた位置の音声を拾ってきたようだ。素直にすごい。
「ああもう、しょうがないので、相沢先輩もそのまま聞いていてください。例の計画、実行の具体的な日時が決まったので」
かなり大きなため息をつくと、平井がそんなことを言った。おお、随分急な展開だな……。
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