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6話「プライド激高、自尊心激低」

「お。もう大丈夫なのか」

「大丈夫じゃなかったらここにいないだろう」

「またすぐそうやって揚げ足を取る」

 

 私の向かいでグレンが呆れたように肩をすくめる。

 部屋の入り口に立つ少年の開口一番。その突き放すような物言いに私は手と口を動かし続けたまま、じっとその顔を見つめた。

 仕立ての良い服に包まれた少年。そこから漂うのは隠そうともしない不遜なオーラが溢れ出している。

 私の背中の上で今にも消え入りそうだったあの儚い姿がまるで嘘のようだ。


「それよりなんで()()()()がいる」

「そんな奴って……おいおい。お前を助けてくれた人だぞ」


 少年の首がわずかにこちらへ向き、私は軽く頭を下げて挨拶を交わそうとした。けれど少年の冷ややかな意識はすぐに私を通り越し、再びグレンへと向けられる。

 

「さぁな。俺には覚えがない」

「あのなぁ、命の恩人にその態度はないだろ。この子がお前を担いでこなけりゃ、今頃お前は野垂れ死んでたかもしれないんだぞ。覚えてようが覚えてなかろうが、その態度はやめろ」

「知るか。こいつが勝手に助けただけだろ。俺は頼んでない」

 

 吐き捨てるように言い放ち、少年は歩き出した。

 昨夜、あれほどの高熱に浮かされ死の淵にいた人とは思えない、毅然とした足取り。けれど、その一歩一歩がどこかおぼつかなく、ふらつく膝を気力だけでねじ伏せているのが見て取れた。

 少年は私たちから少し離れた席へと腰を下ろすと、当然のように足を組み、傲慢な視線をグレンへと向ける。


「スープ」


 あまりに当然に投げかけられた短い要求に対し、グレンは肺の空気をすべて吐き出し、深く長く重い溜息をついた。

 

「はいはい。承知いたしましたよ。他には?」

「いらない」

「でもスープだけじゃもたないだろ。他に食べられそうなやつがあるなら用意するぞ」

「くどい。いらないって言ってるだろ」

「……まぁ食べられる元気があるだけマシか。分かった。準備してくるから、ちょっと待ってな」


 立ち上がる際、グレンは「悪いな、嬢ちゃん」と片手で申し訳なさそうに合図をしてこの部屋から出て行った。

 私はフォークをくわえたまま、その光景を呆然と眺めた。

 立派な筋肉を誇る大男が子供に召使いか何かとして顎で使われている。屈強な大人が今にも消えてしまいそうな儚げな少年にここまで一方的に振り回されるなんて。


(これはこれであり……なんて盛り上がれる雰囲気ではないよね……)

 

 そんな異様な主従ともいえる余韻を残して、部屋に静寂が訪れる。


(……うーん、気まず)


 朝の陽光が窓から差し込む静かな空間に私と少年の二人だけが残される。


 口の中をスッキリさせるために水を唇に運ぶついでに、少年をこっそりと盗み見た。

 良く言えば、全体的にスラッとしたしなやかな体躯。けれど見たままを述べるなら、その細さは健康的とは程遠い姿だ。

 髪の毛もどこかパサパサとしていて、元気が欠けている。

 伸びっぱなしにしているのか、それとも顔を隠したいのか。長めの前髪がその双眸を覆い、視線の先までは読み取らせない。

 あれだけ体調が悪そうで今も尚、心配になるほど窶れた顔をしている。けれど、その態度からはその体の弱さが微塵も感じられなかった。纏っている空気は、どこまでも刺々しい。

 というか、屋敷や服の端々に質の良さは感じられるのに、どうしてこの屋敷には二人しかいないのだろう。看病する人や使用人の一人くらい、グレンさんの他にいてもおかしくなさそうなのに。

 

 ――それに、本当にもう起きて大丈夫なのかな。

 口に運んでいた水を一口含む。

 

「……なんだ」


 低く、冷ややかな声が鼓膜を打った。

 思考を巡らせていた私の視線が、そのまま少年の目とぶつかった。


「人の顔をじろじろ見るんだ。何か大層な理由があるんだろう?」


 まさか話しかけられると思わず、口に含んだ水を吹き出しそうになり思わず咳き込む。

 少年はテーブルに肘をつき、頬杖をつく。


「こそこそと気分が悪い」

 

 その不遜な構えは、つい先ほどまで向かいに座っていたグレンの姿と重なった。

 けれどグレンのそれとは決定的に違う、刺すようなトゲトゲしさ。わずかに揺れた前髪の隙間から覗く鋭い双眸には、隠しようのないはっきりとした拒絶が宿っている。


「すみません。本当にもう大丈夫なのかなって、気になって……」


 少年は鼻で短く笑い、極めて冷淡に言い放った。

 

「死んでなくて残念だったな」

「ええー……」

 

 少年は毒を吐き出すようにそう漏らすと、拒絶を示すように視線を窓の外へ逸らした。

 あまりの可愛げのなさに私は胸の内で快哉を叫ぶ。ここまでくるといっそ清々しい。

 助けられたこと自体を泥でも塗られたかのように思っていそうな、その傲慢な横顔。見ているだけでゾクゾクと背筋が震えた。

 高すぎるプライドと、地を這うような自己肯定感。そのアンバランスな魂の在り方に、抑えていた私のオタクとしての血が沸騰し始める。


「あれだけ必死に運んだんですから、生きてなきゃ困りますよ」

「……なんで俺を助けた」

「なんでって、倒れてたから? です」

「へぇ。あんなところで倒れてた奴を助けるとは、随分とお人好しなんだな。それとも、ただの馬鹿か?」

 

 揶揄するように嘲笑う彼を見て、私は「おっほほほっ!」と変な笑いが漏れそうになり、急いで口を手でふさいだ。

 精神年齢がこの体とイコールだったら、今頃「なにこのクソガキ、大っ嫌い!」と泣いて怒っていただろう。けれど前世で社畜として荒波に揉まれ、理不尽のフルコースを完食してきた私からすれば、目の前の毒舌なんて――。


「かわいいねぇ」

「ハ?」

 

 やっばい。終わったかもしれない。

 その一言で、一気に空気が冷えた。


 ――でも、だって! どう見ても小さな小動物が毛を逆立てて必死にキャンキャン威嚇しているようにしか見えない!

 

「お前、頭がイかれてるんじゃないか」


 私のあまりに予想外な一言に、少年の顔から冷笑が綺麗に消え失せた。

 

「お。もう仲良くなったか?」

 

 戻ってきたグレンがスープ皿を片手に部屋へと入ってくる。

 伸びっぱなしの前髪に双眸を隠されていても、不機嫌さは隠しきれていない。への字に固く結ばれたその口元が語るよりも雄弁に今の彼の心中を物語っていた。

 張り詰めた空気を読んでいるのか、あるいはあえて無視しているのか。グレンは構わず少年の前に湯気の立つスープを置いた。

 

「どこをどう見たらそう見える。眼科へ行け」

「なんだ違うのか。お前、全然人と関わりがねぇから、友達でもできたらと思ったんだがな」

「こいつと友達?  冗談じゃない」

 

 少年は再び吐き捨てると少し乱暴にスプーンを手に取り、ようやくスープに手をつけた。一口。湯気の立つ熱い中身を喉へ流し込む。そのまま、冷淡な声音で言い放つ。

 

「それよりお前、こいつの家に連絡はしてるんだろうな」

 

 その一言で、場に凍り付くような沈黙が落ちた。私とグレンの視線がスローモーションのようにぶつかり合う。

 

「「あッ……!」」

 

 悲鳴に近い声が同時に上がった。

 前世の感覚なら、せいぜい「ちょっとした外泊」で済む話だ。

 だが今の私は、親の保護下にある幼い子供。昨日の「お外で遊んでくる!」を最後に、そのまま一晩帰っていない。

 脳裏に般若のごとき形相の父親が浮かび上がる。


「やっべ……」

 

 額に冷や汗を流すグレン。その横で、少年は冷徹な眼差しを彼に突き刺した。

 

「そんなことだろうと思った」

 

 悠然と足を組み替える少年の、射貫くような冷ややかな視線がグレンを捉える。

 

「世話係だなんだと言うくせに、俺に言われなければ動けないなら今すぐこの仕事をやめろ」


 私は手にしていたフォークを止めたまま、二人の間に漂う剣呑な空気をただ黙って眺めることしかできなかった。

 

「……あぁそれとも。俺の周りなんて調べる価値もない、か?」

「それは違う!」


 煽るように頬杖をつく少年の冷徹な眼差し。グレンの怒鳴り声に近い否定を少年は鼻で笑った。

 

「どうだか。自分の子供さえ育てられない奴がいるんだ。子供がいないお前に、ガキ()の世話なんてできるはずがない」

「それは……」

 

 痛いところを突かれたのか、グレンが言葉に詰まる。剥き出しの殺意よりも鋭い正論が屈強な男の肩を沈ませる。

 

「いい加減、俺に構うのをやめろ」


 椅子を引く乾いた音が、静まり返った部屋に虚しく響く。少年はスープを数口だけ飲み干し、立ち上がった。


「あっおい。まだ残ってるぞ」

「いらない」


 引き止めるグレンの声を少年は一顧だにせず切り捨てた。背中越しに冷ややかな一言を投げ捨て、そのまま足音を響かせて部屋を去る。

 

「はぁ……上手くいかねぇな」

 

 グレンは腰に手をあて、ガシガシと頭を掻きむしった。

 

「グレンさん……」

「あぁ悪い。嫌なところ見せちまったな」

「いえ、それは大丈夫なんですけど……」

 

 私はちらりとテーブルの方を見る。


「……あの、残り、食べてから帰ってもいいですか?」


 きっと家で心配してくれているだろう父を想えば、今すぐにでも帰った方がいいとはわかる。だけどそのあとに待っている説教を思えば――せめて腹ごしらえくらいはしておきたかった。

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