6話
剣と剣、剣と鎧がぶつかり合い金属音が鳴り響く。
そして地面に落ちる音。
土埃が舞う。
砂が入って思わず目を擦ると、その間に幾人もの兵士が倒れている事に動揺する。
しかしよく見ると倒れているだけで大きな傷を負っている者はいなかった。
この訓練が始まる前、リーヴェは『お互いに怪我を負うリスク』などと口にしていたが、兵士達はともかくリーヴェは相手が大きな怪我を負わないように力を加減しているように見える。
ただでさえかなり数的不利な状況の中で、相手に配慮した戦い方ができるという事に夏乃は驚愕していた。
(フェインさんの話ぶりから、かなり強いんだって思ってたけど……凄すぎる)
次の一手が分かるかのように攻撃をかわし急所を叩いて相手を落とすリーヴェの戦いぶりに、夏乃は映画のアクションシーンを観ている気分になった。
それは夏乃だけではなく、ここにいる大勢の見物客が同じようにリーヴェに魅入っているのが、彼らの表情で分かる。
だから、フェイン以外は気が付かなかった。
魔の者を叩けば約う者にダメージを与えられると、思考した存在に。
「……っ!?」
突然の腕の痛みに言葉が出なかった。
気がつくと夏乃は立っていた場所から少し前に引きずり出され、地面に倒れていた。
「――――――」
夏乃の腕を引いた兵士が言葉を放つ。
その言葉がどういった類いの物かは、夏乃にも理解できた。
彼が取り出した、刃物というには重厚すぎる物を見れば一目瞭然だった。
(怖い。に、逃げなきゃ……だけど、どうすれば―――)
一目瞭然だったが、夏乃の身体は動かない。
突然自身に向けられた敵意に対応できないでいた。
力を入れるために一瞬振り上げられた短剣に、思わずギュッと目をつむる。
痛みを覚悟したが、いつまで経っても痛みは感じず、代わりに兵士の呻き声が聞こえた。
ゆっくり目を開けて顔を上げると、赤く長い髪がなびいているのが目に入ってくる。
リーヴェが拳で殴り、相手の兵士が地面に倒れていった。
「カノ」
リーヴェは夏乃の方を向き、彼女に向かって手を伸ばした。
夏乃は反射的に彼の手を取る。
一連の出来事があまりに唐突で、夏乃の日常から離れすぎた事だったので、理解が追いつかず呆けてしまう。
ただ、リーヴェが助けてくれたのは紛れもない事実だ。
「……ありがとう」
口がカラカラで、その一言ですらきちんと発音できたのか分からない。
が、リーヴェが何食わぬ顔で返答してくれたので、どうやら言葉は届いたようだ。
それから別の兵士とのやりとりや、領主からの訓練終了の合図があったが、夏乃の心臓の鼓動はなかなかおさまらない。
(……私が怪我したらリーヴェも怪我するのに、逃げようとする事さえできなかった)
視界には散り散りになる見物客たち。
彼らに反して、立ったまま動こうとはしないフェイン。
しかし今実際に目に入っている光景より、脳裏に焼きついた光る短剣が夏乃の頭を覆っていた。
(何も分かってなかった。自分の現状も、戦いというものも。そんな頭から出てきた『覚悟』なんて、何の意味もなかったんだ)
夏乃は唇を噛み締める。
そうしないと味わった恐怖や自身の驕りに対する羞恥で、瞳が潤んでしまいそうだった。
気持ちを切り替えようと、夏乃は今の状況を把握しようと視線を上げる。
「――――――」
「移動?ここではできないのか」
隣にいるリーヴェがフェインと言葉を交わしているようだ。
フェインと接触していない今は彼の言葉が理解できず、何の話をしているのかいまいち掴めない。
(駄目だ。今は言葉が分からないだけでも落ち込みそう)
不意に強めの風が吹き、夏乃の髪を揺らす。
髪を手で押さえながらも考えてしまうのは、やはり先の腕を引かれた時の衝撃。
そしてその直前に耳にした、兵士の声。
(あの時、もし言葉が理解できたら、もう少し違う対応ができたのかな)
サイドの髪の毛が浮かないように耳にかけながらそう思った。
+++
家々から灯りが灯り始めた。
太陽が沈み、夜に入る準備を始めているようだ。
リーヴェは乗ってきた白馬を簡易的な厩舎にとめ、その頭を優しく撫でる。
側にいた者に一声かけて、道向かいにある建物へと向かった。
夏乃はマントに付いているフードが頭上から落ちないように前の方を持ち、小走りで彼の後を追った。
リーヴェ達が入って行ったのはこの村に一軒だけという宿屋。
一階が酒場で、二階で寝泊まりできる部屋がいくつかあるようだ。
リーヴェはテーブルとテーブルの間を歩き、奥のカウンターに向かっていく。
よそ者が珍しいのか、はたまたリーヴェを知ってか、酒を楽しんでいる客達が彼に視線を向けてざわつき始めていた。
リーヴェは知らん顔でカウンター奥にいる店員の女性に声をかける。
そしてリーヴェが出した金と交換で、鍵が一本渡された。
それを受け取り、階段を登って二階の個室に向かう。
階段から一番遠い所に位置する扉に鍵を差して開かせる。
この内開きの扉は一見綺麗に見えるが、開く時の金属音がこの扉の年数を教えてくれるようだった。
まずリーヴェが中に入り、夏乃が続く。
そこはシングルサイズのベッドが2台と、かろうじて食事ができそうなスペースの机が一台とそれに合った椅子が二脚だけある、シンプルな部屋だった。
(良かった。今日は2人ともベッドで寝れそう)
夏乃は安堵しながら部屋の扉を閉めた。
彼女が扉を閉めたのを確認すると、リーヴェが手の甲を夏乃の手に少し触れさせ口を開く。
「もういい。外せ」
その言葉を聞いた夏乃は、被っていたマントのフードをおろす。
半日ぶりの開放感にその場の空気まで爽やかになった気分だ。
鏡がないので分からないが、フードを被った事で変に髪が跳ねていないか手櫛でさっと整えた。
(日本じゃ全然珍しくない色なのにな)
どうやらこの国では黒髪の人種がとても珍しいようだ。
というか黒髪の人間はクリス家の血筋の者しかいないらしい。
そんな話を出立前にリーヴェから聞いた。
「この辺の奴らはまだ、俺が喚んだ魔の者が黒髪のガキだとは知らないだろう。面倒だから隠しとけ」とこのフード付きマントを渡しながら言っていた。
夏乃はマントの留め具を外して椅子にかけた。
リーヴェはというと、荷物を入り口付近の床に置くと窓際に移動していた。
外から室内が伺えない程度に窓を開けてから、側にあるベッドに腰掛け、懐から煙草を取り出し火を付ける。
ふぅと煙を吐き出すと、リーヴェの表情が若干柔いだ気がした。
夏乃はリーヴェが運んだ荷物を開け、着替えなどこれから使いそうなものを出して机に置く。
(初めて馬に乗せてもらったけど、流石に疲れた。でも多分手綱を持っていたリーヴェの方が大変だったよね)
ちらりとリーヴェを横目で見るが、夏乃の目には彼の疲労感は映らない。
しかし午前中の戦闘訓練のあと、フェインから話を聞くや否やすぐに馬での移動。それも夏乃を乗せての二人乗りだ。
いくらリーヴェがタフな兵士だとしても、一つも疲れていないと言う事はないだろう。
リーヴェばかりが動いているこの状況に、夏乃はモヤモヤと心が曇るのを感じた。
(本当に申し訳ないな……何か、リーヴェのためにできる事があればいいんだけど)
できる事、どころか彼のためにしない方がいいことの方が多いのが現実だった。
……否、一つだけある。
(早く帰って、約う者と魔の者の縁を切る事ーーーこれが私にできる唯一の事か。……でも本当にできるのかな、『神頼み』なんて)
夏乃は出立前に聞いたフェインの話を思い出す。
フェインが言うには、喚ぶ者はその名の通り喚ぶ事しかできず、帰す事はできない。
だからこの力を統括していると言われている神に直談判してはどうか、という事だった。
『アルベリク領南端にあるミリア湖』
フェインのその言葉に一瞬リーヴェの身体がぴくりと反応したのが頭に残っていた。
紅茶を一口飲んでからフェインが続けた。
『この力を統括する神は清らかな風を好むと、うちの蔵書に書かれていた記憶があります。ミリア湖は山頂近くに位置し、その水は成人の儀に使われるほど神聖な物。この辺りで神と対峙できるとするならあそこでしょうね』
『その前にまず神に直接会うなど可能なのか?』
リーヴェがフェインに問いかけた。
その顔には『怪訝』という文字が張り付いて見えるほど不審がっていた。
『まぁ他の方法は僕でさえ知りませんから、ダメ元でも行く選択肢しかないと思いますよ。……神様に、気に入ってもらえるといいですね、お嬢さん』
フェインの言う通り、この話しか手がかりがない以上、眉唾物の話でも乗っかるしかなかった。
そこでリーヴェと夏乃は急きょ最低限の荷物をまとめて、一頭の白馬に乗り、半日かけてここまでやってきた。
この村はミリア湖がある山、ラウゼン山の麓にある村だ。
年に一度、成人の儀のための水をミリア湖に汲みに行く以外はほとんど来客がないという村。
明日はこのまま馬をこの村で預かってもらい、山に入る予定である。
(そもそも、どうやって神様と話をすればいいんだろう。『気に入ってもらえるといいですね』って、私が気に入られるかどうかにかかってるって事?)
年始と受験の合格祈願のため、近所の神社に参拝したくらいしか経験がない夏乃は、思わぬ重責に思わず口から深いため息が出てしまった。
ため息を吐くと幸せが逃げる、とはよく言ったもので、何だか気分が更に落ちていく気がした。
下向き加減の夏乃の頭の上に、軽く何かがポンと乗る。
「おい、どうした」
頭上に乗った重みとその声に反応して、夏乃は顔を上げて声がした方を向いた。
煙草を吸い終えたらしいリーヴェが立っている。
いつの間にか上着を脱いで、黒のノースリーブシャツに黒のゆったりとしたボトムスといったラフな姿になっていた。
乗馬中は一つにまとめていた髪も解かれており、長く綺麗な赤毛が解放されていた。
「あ、えっと」
「疲れたか?」
「……うん……ってごめん、リーヴェの方が疲れてるよね」
「どっちの方がとか、そういう話はしていない。飯買ってくるから座っとけ」
「私も行く」と言いかけて口をつぐんだ。
手伝うよりも多分、部屋でじっとしてる方をリーヴェは望んでいる。
この髪色に気付かれて、色々詮索される方が嫌がるだろう。
だから夏乃は一言、「ありがとう」とだけ彼に告げた。
「……下で買ってくるだけだ。この建物からは出ない。すぐ戻るが、鍵はかけとけ」
そう言うとリーヴェは夏乃の頭に置いていた手をどかして、部屋を後にした。
+++
食事と入浴を終えた二人は相談する事もなく、早々にそれぞれのベッドに入った。
リーヴェが窓に近い方で、夏乃が出入り口に近い方のベッドである。
二人はお互いに背中を向ける形で横向きに寝転んでいる。
(おやすみって言うタイミングなかった……今わざわざ言うのも不自然だし、もういいかな)
夏乃はそう思いながら、ゆっくり身体を半回転させて向きを変えた。
白く遮光性が低いカーテンは外の月明かりを隠すほどの力がなく、暗い室内なのにリーヴェの背中がはっきり見える。
こじんまりとした部屋なのでベッド同士の距離は遠くない。
夏乃が手を伸ばせばリーヴェの髪にギリギリ届きそうな近さだった。
(もう寝たかな?私も早く寝ないと。明日は山登りなんだし)
夏乃は眼を瞑り、思考を停止して眠る体勢に入った。
ーーーしかし、意識が落ちない。
考えるのをやめると、今日の訓練中の出来事が脳内で強制的に再生された。
(……っ!考えちゃだめだ!もう終わった事……)
脳に停止命令を出しても再生は止まらない。
短剣に反射する光が何度も何度も夏乃の脳を焼いていた。
(……怖かった。またあんな風に武器とか敵意とか、向けられる事があるの?……怖い)
震える身体を隠すように、夏乃は掛け布団を頭までかぶった。
少し落ち着くような気もするが、その暗さに気持ちが引っ張られる。
(お母さん、お父さん……お姉ちゃん)
一昨日まで側にいてくれるのが当たり前だった家族の顔を思い出せば、今側にいない現実を実感して更に恐怖感が増した。
今まで戸惑いながらも立っていられたのは、この現実を現実と思えていなかったからだと夏乃は気付いた。
それが今日、短剣を向けられた時に感じた恐怖が教えてくれた。これが現実なんだと。
(もう嫌だ、怖い、帰りたい、助けーーー)
瞬間、風が吹いたかと錯覚した。
夏乃の身体を覆っていた掛け布団が勢いよく捲られた。
掛け布団を掴んでいた手が、一瞬どこに行ったのか分からなくなったほど驚いた。
それと同時に月明かりが夏乃の眼に入る。
「……リーヴェ」
「カノ、―――」
触れなくとも、リーヴェが自分に「どうした」と問いかけているのが分かった。
その表情は普段通りに見えるが、その目には焦りの色が薄く入っているように夏乃は感じた。
(……そうだった。今まで立っていられたのは現実が分かってなかっただけじゃない。この綺麗な色の眼があったから―――)
夏乃は上半身を起こして、右手を前に出した。
すぐさまリーヴェはその手に自身の手を合わす。
「起こしてしまってごめんなさい」
「眠れないか?」
リーヴェの問いかけに、夏乃は無言で頷いた。
「じゃあ一服付き合え」
そう言うとリーヴェは自身が寝ていたベッドの上に座り直して、煙草を一つ取り出しライターで火をつけた。
そしてその煙草を吸いながら右手で自身の隣をトントンと叩く。
その意図を汲み取った夏乃はベッドから出て、リーヴェの隣に腰掛けた。
そして置かれていた彼の右手に、指を少しだけ重ねるように置く。
「何かごちゃごちゃ考えてるんだったら、今なら特別に聞いてやる。無理にとは言わんがな」
リーヴェは夏乃を見ずにそう言った。
そして少しの間、煙草の煙がゆらゆら上がっているだけの時間が流れる。
リーヴェは無言で夏乃の言葉が出てくるのを待っているようだった。
待たれているが、変な圧は感じない。
思いを言葉として出されるのをただ待ってくれている事自体に、夏乃の心が少しだけ軽くなったのを感じた。
そして自然と口が開く。
「すごく怖かったの。今日、腕を引っ張られて、倒れて、武器を向けられて……振り下ろされたのが」
「……そうか」
「結果リーヴェが助けてくれて、無傷で引かれた腕以外は痛くもなくて。良かった……んだけど、どうしても怖かった気持ちが消えなくて」
「あぁ」
「……やっぱり私の『覚悟』は軽かったみたい。リーヴェの言う通りだったね」
「……それは違うな」
耐え切れなくなって思わず逃げの笑みをこぼした夏乃に、リーヴェは少し語気を上げて返答した。
相変わらずこちらを見ない瞳は横から見ても、月明かりを後ろにしても、夏乃には光り輝いて見える。
「少なくともあの時のお前は軽い返事や適当な対応じゃなかった。だからそれは訂正しろ」
「でも実際こんな風になってて……」
「まぁ考えが甘いとは思うが、そもそもガキに体験してない事を100%正確に想像しろというのが無理な話だ」
口元に煙草を添えて、リーヴェが続ける。
「あの時のお前はちゃんと『覚悟』を持っていた。俺の目にはそう見えたんだ、それで十分だろ」
「……うん」
「『怖かった』というのは何に対してだ。相手か?痛みか?」
リーヴェの問いかけに夏乃はすぐには答えず、頭で考えた。
漠然とした恐怖が強いし、その中には敵意を向けてきた相手に対してや、これから来るであろう感じた事のない傷に対しての『怖さ』ももちろんあった。
しかし一番怖かったのは―――
「私、が、受けてしまう痛みや傷で、リーヴェが傷付くのが一番怖かったかもしれない。もしも私に対抗できる力があったら、皆が期待した通りの魔の者だったら、助けてもらわなくてもリーヴェが傷付く事はないのに、って」
夏乃がうつむきながらそう言った。
前を向いていられなくなったのは、リーヴェの反応が怖いからだ。
今朝『守る』と言ってくれたばかりなのに、この話は彼の事を信用していないと言うに同義ではないかと、言葉にしてから気がついた。
リーヴェは吸殻となった煙草を灰皿に入れると、おもむろに夏乃の顎を掴んだ。
「顔上げろ」
リーヴェによって無理やり顔を上げさせられる。
彼の鉄が燃えているような眼が視界いっぱいに入ってきた。
「なんだ。泣きべそかいてるのかと思ったが違うのか」
「仮に泣いてたとしたら、無理やり顔上げさせるのはどうかと思う」
「ふん、生憎ガキの扱いには慣れていないものでな。……なぁ、カノ」
顎にあるリーヴェの手を振り解いてやろうと思ったが、彼が真剣な目つきで言葉を続けたので、夏乃はそのままの状態で言葉を待つ。
「今朝も言ったが、お前の事は俺が守る。俺の命も同義なんだから当然の事だ。なるべく傷を負う前に助ける。ただ、すまないが無傷の保証はできない」
「……うん」
「だからお前も、俺のために無傷を全うしようとは思うな。……誇る事じゃないが、こっちは怪我なんか日常茶飯事なんだよ」
最後の言葉はバツが悪そうに、吐き出すように放たれた。
今日見た無双状態からは想像が難しいが、確かに実戦になれば傷を負う事も多々あるのだろう。
「まぁ、とにかく俺が傷付くとかは一切気にしなくていい。そんな事考える暇があったら、怪我してでも生き残る道を探せ」
「……分かった、そうする」
難しいかもしれないけど、と夏乃は心の中でつぶやいた。
自身の怪我がリーヴェのダメージとなり得る事は、おそらく今後もずっと頭をよぎってしまうだろう。
(けど、確かに怪我を怖がったせいでその先の危険に気付けなかった、って事はあるかもしれない)
改めて夏乃は、自分がリーヴェの命を握っているも等しいという事を心に刻んだ。
その事で心の中が上書きされたのか、いつの間にか短剣の光が薄まっている事に気付く。
おかけで眠れそうだ、とリーヴェに告げる前に、彼の方から言葉をかけられた。
「それよりも俺が今日思った事は、万が一に備えて『保険』をお前に持たせておくべきか、だ」
リーヴェは立ち上がって荷物が入っている鞄の所へ向かった。
そして鞄の奥を手探りで探し、目当ての物を見つけたのか、布で包まれた『何か』を持って、元の位置に座り直す。
リーヴェがそれを渡そうとしているのを察した夏乃は、自身の膝の上で両手の手のひらを上に向けた。
手のひらサイズのそれを、リーヴェが夏乃の手に置く。
サイズの割に重さがあり、冷たい鉄の質感。
「っこれ……!」
それは実在するものの、夏乃にとってはドラマなどのフィクションの世界でしか見た事がない物。
馴染みがないという点では異世界と同じかも
しれない。
夏乃は包まっていた布を丁寧に剥がし、『それ』を見る。
夏乃の世界では、コンパクトハンドガンと呼ばれるものだ。
「銃、って確か当てるの難しいんだよね?私使った事ないよ……!?」
「距離のある敵を倒そうとしなくてもいい。むしろするな。そいつを使う時は、お前が『やられる』と思った瞬間、俺が間に合わないとお前が判断した時だ」
「ちゃんとした使い方、分かんないし……」
「教える。……持つか持たないか、明日の朝までに決めろ。これ吸ったらいい加減寝るぞ」
リーヴェは二本目の煙草を取り出して、ライターで火をつけた。
銃について経験も知識もない夏乃は、火器の隣で火を付けた行為に対して一瞬肝が冷えたが、流石に何ともなさそうでほっとした。
そして改めて銃を見つめる。
トリガーを引いて弾を発射させれば、当たった相手を簡単に負傷させられる武器。
小さな物だが本物である以上、当たりどころによれば重傷以上のダメージを与えられるだろう。
「私が持っててもいいの?」
夏乃はぼそりと呟いた。
ほとんど独り言のようなものだったが、リーヴェが夏乃の露出している腕に自身の腕を軽くくっつけていたため、彼にも言葉が届いた。
「馬鹿なだけのガキには渡さねぇよ」
それは、たった二日間だが、リーヴェが夏乃に対して感じた評価にも等しいものだった。
その言葉を聞いて、夏乃はただ手に置かれていた銃を、あるべき持ち方に持ち直した。
水鉄砲などのおもちゃで遊んだ事があるので、思いの外すんなり構えられる。
ただ本来の質量よりも、重量を感じた。
「重いね」
「そうだな」
リーヴェの短い肯定が、夏乃の言いたい事を理解してくれたかのようで、真意はどうあれ嬉しく思った。
ふーっと大きく一息吐くと、リーヴェは煙草を灰皿に押し付けてから、夏乃の手のひらにある小銃を取る。
「一旦預かっとく。もう寝ろ」
「……なんか余計に目冴えちゃったよ」
「知らん」
リーヴェは立ち上がり、銃を元あった鞄の中に戻すとそのままベッドに寝転んだ。
座って話し出す前の体勢と同じく、夏乃に対して背中向き。
しかしさっきと比べて随分と身体が窓側に寄っていた。
シングルサイズのベッドだか、もう一人寝れそうなスペースが開けられている。
その意図に夏乃は気付いたが、もし違った場合が恥ずかしくてなかなか行動できない。
意を決して、リーヴェの肩に手を触れ、聞いてみる事にした。
「眠たくなるまでそこで喋ってろ。聞くだけ聞いてやる」
何か言う前に、リーヴェが早口でそう言った。
夏乃は彼に悟られないように笑みを浮かべた後に、ゆっくりとリーヴェが横になっているベッドに入る。
体勢と掛け布団を整えて、リーヴェの下になっている右肩に少しだけ右手が触れるように調整した。
おそらく肌と肌が直接触れないと言葉のやり取りができないこの仕様。
不便だが、今ばかりはこれで良かったと、夏乃は思った。
「誰かと一緒に寝るのなんて、幼稚え…7、8年ぶりかも」
「そうか」
「私の国ね、子どもの時は家族で寝るのが結構多いんだけど。うちは物心ついた頃から自室で一人で寝るスタイルだったんだ。それ自体は別に良かったんだけど、ちっちゃい頃は夜が意味もなく怖い時があってね」
「……」
「そんな時は、お姉ちゃんが一緒に寝てくれたんだ」
「姉がいるのか」
「うん。リーヴェは?」
「上も下もいない」
「そうなんだ。欲しいなぁって思った事ない?」
「忘れた。ガキの頃は思ってたかもしれんがな」
「子どもの頃は考えるよね。あ、そういえばお兄ちゃんにも憧れたなぁ」
「そうか」
「でも、今は……リーヴェが…」
「……」
「ちょっと、お兄ちゃん……みたいで、」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……寝たか。全く、誰がお兄ちゃんだって?」
背中に感じる温かな存在に違和感はあるものの、もう一つのベッドに移るのも面倒だ。
二つの気持ちを天秤にかけて、リーヴェはそのまま眠る事を選んだ。
「……おやすみ、カノ」




