5話
物心ついた時から苦手な人だった。
融通が利かず厳格なところはまぁいい。
強さがあったのも認める。
だが魔の者をただの獣扱いし、自分に絶対服従で使役していたのが気に食わん。
親父の強さはあいつあってのものだったはずだ。
現役を退くと皆に伝達した夜、親父はあいつに何と言ったと思う?
「お前の醜い姿はもう見たくない。メシは変わらずやるから俺の目に映らないように生きろ」
その時から誰の目にも映らなくなった。
どこにいるのか、自らの気配も潜ませて。
それでも親父が今も生きてるって事は、まだ側にいるはずだ。
領主の身分を振りかざして偉ぶってる元相棒について、どう思ってるか聞きたいもんだな。
けど恐ろしい事に、フェインが言うには親父のように魔の者を使役する約う者は少なくないらしい。
魔の者は人の形をしていない、まぁ魔獣と似たような奴らが多いからか。
結局人は、人が一番偉いと勘違いしちまう生き物らしいな。
俺はそこまでして従う魔の者も、もちろん道具以下の扱いしかしない約う者にもうんざりだ。
ひとりで戦う。魔の者と組んだりしねぇ。
『あの人』のように、な。
けれどこの世界は、強い者は約う者となり魔の者を喚ぶ。ずっとそれで回っていた。
それが当たり前の事で、その常識を覆すほどの強さが俺にはなかった。
結果俺は術を受け入れた。
ひとりで戦う覚悟はあっても、ひとりで死ぬ覚悟がなかった俺が一番ダサくて嫌悪する。
だから術がうまくいかなかったのはお前のせいじゃない。
きっと半端な覚悟で術を受け入れた俺の責任だ。
ガキはガキらしく、当たり前の顔して面倒みてもらっとけ。
+++
フェインが一時的に間借りしている部屋から出てきたのは、ここアルベリク領の現領主、アルベリク・ヨルダだった。
くすんだ銅色の髪の毛は短く切り揃えられており、鋭い眼光は何の障害もなくリーヴェと夏乃に届いた。
リーヴェは慣れたものだったが、夏乃は畏怖の念からか身体を強張らせる。
咄嗟に夏乃の姿を覆うようにリーヴェが前に出て、小声で「待ってろ」と一言伝えて夏乃の手を振り解いた。
「何のようですか?」
リーヴェはヨルダに声をかける。
が、実のところリーヴェにはヨルダの要件の察しは付いている。
おそらく、今日の事だ。
「朝、世話係から言伝を聞いた。今日の合同訓練に不参加とはどういうことだ」
ビンゴだった。
しかし一つ上手くいかなかった事がある。
朝食の配膳を担当していたメイドにその旨の言伝を頼んだのだが、それがヨルダまで回るのが思いの外早かったのである。
しかもフェインに当てがった部屋で自分たちを待っていた。
その速度に「どれだけ必死なんだよ」と物申したい気分になったが、リーヴェはそのセリフを飲み込み代わりの言葉を口から出す。
「そんなの昨日の時点で分かる事では?来たのは何の力もない人間の子供で」
「そんな事は関係ない!!!!!」
リーヴェの言葉を遮る突然の怒声に、リーヴェの後ろで夏乃がたじろいだのが分かった。
状況も分からない、言葉も理解できない彼女からすれば、全く予想できなかった怒号に驚いたのも無理はない。
後ろを向き夏乃を確認すれば、フェインが彼女の肩を支えているのが見えた。
(まぁ知っている奴が側にいるだけマシか)
視線をヨルダに戻すと、今まさに二発目の怒号を上げる直前だった。
「リーヴェ!!!!!今回の合同訓練に、どれだけの兵士を他領から招いたのか分かっているのか!?あれだけの人間の時間を棒に振るような真似をして……!!!」
「今回の訓練は俺の魔の者の力を試すもののはず。それが試すまでもない結果なのです。出向いてくれた彼らには悪いが、目的がなくなった以上お互い無駄に怪我を負うリスクは避けたいでしょう」
あわよくば相手も同じくらいのトーンに落ち着けばと期待し、リーヴェはあくまで冷静に言葉を紡ぐ。
しかしそんなリーヴェの期待を一蹴するかのような声が響く。
「お前の都合は関係ないと言っている!!!彼らは皆腕に覚えのある優秀な者たちだぞ!手ぶらで帰らせる訳にはいかないだろう!」
「チッ……いい加減うるせぇんだよ。テメェのメンツ可愛さに言ってるだけだろうが」
「貴様っ!親に向かって何て態度だ!!」
つい火に油を注ぐ物言いをしてしまったリーヴェはどうしたものかとため息を吐いた。
ヒートアップしてしまったヨルダはこの屋敷中に響き渡るような声でリーヴェを非難し続けている。
こうなってしまってはヨルダの思い通り、合同訓練に参加すると言うまで解放されないだろうなと思う。
(めんどくせぇ……が)
昨日までのリーヴェなら、もうサクッと参加しサクッと終わらせた方が早いと決断していただろう。
しかし今日のリーヴェには、異世界からの訪問者がついている。
参加すればこの少女に今回の訓練を間近で見せる事になる。
合同訓練といえど、今回は実戦に近い形で行う予定だった。
他領の兵士たちもそのつもりで、愛用の武器や武具を用意している。
下手をすれば大怪我を負わしてしまう可能性のあるものだ。
そんなものを、おそらく戦いの経験など皆無のこの子供に見せるものではないし、何より訓練には大勢の人がいる。
たとえ昨日夏乃の姿を見ていない者がいたとしても、見慣れない少女がリーヴェの近くを彷徨いていたらその正体に察しがつくだろう。
しかも夏乃はこの世界の言葉を理解できない。
そんな状態で好奇の目に晒されるのは相当ストレスがかかる事だろう。
リーヴェは夏乃をそんな目に合わせたくはないと考えている。
(時間はかかるが、このクソ親父が諦めるまでこのまま待つか)
リーヴェが長丁場を腹に決めた直後だった。
怒鳴り散らしているヨルダに見えるように、フェインがスッと右手を上げた。
「ヨルダ殿、少しよろしいですか?彼女がリーヴェを説得してくれるようですよ」
「あ?」
フェインはヨルダの顔を見てそう言ったが、思わずリーヴェが反応した。
「リーヴェ」
そして緊張した面持ちの夏乃がゆっくり歩み寄って来る。
彼女はリーヴェの手を取ろうと自身の手を伸ばしてきたが、何を思ったのかさっきまでのようには繋がず、リーヴェの右手の甲に指をそっと添えた。
「フェインに何か吹き込まれたな?」
夏乃が話し出す前に、リーヴェが言葉を口に出した。
夏乃が気まずそうに口を開かせる。
「今から合同訓練があって、それにリーヴェが参加しない事に領主さんが怒ってるって聞いた。……あと、私がいるからリーヴェは断ったって」
「……」
リーヴェは夏乃の目を見る。
彼女もまたこちらをジッと見ていた。
彼女のチョコレートを濃くしたような色の瞳が、陽の光を受けてキラッと光るのが見えた。
「訓練よりも私を帰す事を優先させたとか、戦いを近くで見せたくないんじゃないかって。そうなの?」
夏乃のその問いに、リーヴェは肯定の言葉を出すことを躊躇った。
しかし「違う」とも、彼の性格上言えないのだろう。
リーヴェは夏乃から目を逸らし、舌打ちをした。
違うなら違うと言えばいい場面での沈黙、事実上の肯定だ。
それはこの場にいる誰もが感じた。
「リー……!!」
ヨルダがおそらくリーヴェの名前を呼び、再び過熱の予感がしたが、フェインがヨルダを止めた。
「もう少し待ちましょう」
ヨルダは納得のいっていない顔をしたが、それ以上言葉を発する事はなかった。
建国の血であるクリス家の次期当主であるフェインにはあまり逆らいたくないのだろう。
この国に王はいないが、実質王族のような立場のクリス家に頭が上がらない人間は多い。
むしろ同い年で幼なじみだから、という理由で友人扱いする人間の方が珍しいようだ。
夏乃はフェインをちらりと見てから、再びリーヴェの方を向く。
「気にしてくれてありがとう。でも私なら平気だから、気にせず参加してほしい。えっと……参加できない事情が他にあるなら別だけど」
「本格的な戦闘訓練なんか見たことねぇだろ、平気だとか簡単に言うな。それに見物してる奴らも多い。見せ物状態になるぞ」
「覚悟してるよ」
その言葉にリーヴェは夏乃をギロリと睨んだ。
覚悟なんて言葉、簡単に使っているなら腹立たしく思ったからだ。
しかし夏乃の瞳は揺れることなく、ただリーヴェを見つめていた。
「もちろん怖い気持ちはあるよ。でも帰るために頑張るって決めたから」
「お前ーーー」
顔色は良いとは言えず、身体も小刻みに震えている。
しかしその瞳には一切の曇りがない。
確かに覚悟を決めた人間の目をしていると、リーヴェは感じた。
「でもなるべく怪我はしないでほしいな。覚悟できてても見たくない事は見たくないし」
リーヴェはフッと息を吐いた。
彼の口角が上がっているのを見て、フェインが内心驚いている。
夏乃が触れていたリーヴェの右手が上がり、夏乃の頭に着地した。
「俺を誰だと思っている?秒で終わらせてやるよ」
+++
土の上に、何人もの兵士が膝をついたり、または気を失って倒れている。
立っているのはリーヴェただ一人だった。
重厚な片手剣を持っているリーヴェの姿は、今まで夏乃が見てきた彼の姿とは違う。
戦う『兵士』の姿だった。
リーヴェの言葉通り、合同訓練は彼の圧勝で呆気なく終わった。
開始時刻を少し過ぎて始まった模擬戦闘は、終了予定時刻より大幅に前倒しで終了する事となった。
場所は昨日夏乃が転移してきた所だ。
儀式めいた装飾は取り除かれ、黄土色の大地が広がっている。
そこの中心にリーヴェと数十人の兵士がおり、彼らを囲うような形で見物客が大勢いる。
夏乃はフェインと共にその見物客の最前にいた。
約う者と魔の者の契約により、リーヴェから長距離を取る事はできないが、これくらいなら大丈夫とフェインからのお墨付きをもらった場所だ。
合同訓練が始まる直前は夏乃を見てコソコソと話す人だらけで、とてもじゃないが彼女にとって居心地が良い雰囲気とは言えなかった。
しかし訓練が始まると、徐々にその声はかき消されていった。
合同訓練の内容は、リーヴェの力を試すもの。
元々はリーヴェと魔の者両方の力を実践形式で試すものだったが、魔の者が参加しない状況でもその形式は変更されなかった。
そのためリーヴェ対他の兵士達の乱戦であった。
多勢に無勢、リーヴェの不利だと思われた訓練だったが、大勢の兵士達が束になってかかっても、リーヴェの方が何枚も上手。
一人また一人と倒していく様子は、まるでショーでも観ているようだった。
人間の子供を喚んだことなど、リーヴェの剣技を見れば誰もが忘却していた。
「くそがっ!こうなったら……!!!」
「……っ!?」
夏乃の近くで片膝をついていた兵士が急に立ち上がり、群衆の中から夏乃の身体を乱暴に引き出した。
少し遠くで戦うリーヴェに皆の注目が集まっていたため、夏乃も彼女の近くにいた人達も反応が遅れた。
急に強い力で引かれた夏乃は地面に倒れ込む。
何かが太陽の光でキラッと輝くのが見えたーーー短剣だ。
「リーヴェの奴に怪我の一つでも負わさないと、立場ねぇんだよ。悪いな……っ!!」
そう言うとその兵士は短剣を強く握り、夏乃の左足目掛けて振り下ろす。
これから来る痛みに備えるため、夏乃はぎゅっと目と口を固く閉じた。
「ぐっ……!」
しかし痛みを感じて呻き声を上げたのは夏乃ではなかった。
短剣が夏乃の足に刺さる直前、兵士の手が強い力で掴まれ動きが止まり、そのまま腕を振って兵士の持つ短剣を手から落とさせた。
自身も剣をわざと手放して、体勢を崩す兵士の胸ぐらを掴み言葉をかける。
「本番さながらの攻撃痛み入る。とっとと消えろ」
リーヴェの拳が身体に入り、鈍い音と共にその兵士が地面を擦り倒れた。
兵士は小さく呻き声をあげると身体を脱力させる。
意識が飛んだようだった。
「カノ」
リーヴェが短く夏乃の名前を呼び、彼女に手を伸ばす。
夏乃はその手を取り立ち上がった。
「ありがとう」
「怪我すんなっていう誰かさんのリクエストに答えてやっただけだ」
リーヴェは夏乃の手を握ったまま地面に落としていた自身の剣を拾った。
「くっ…何故、勝てない…!オレはフェンリガン領の者だぞ……っ」
先程夏乃を攻撃しようとした兵士とは別の、膝をついた兵士がそう言葉を漏らした。
リーヴェはちらっと彼を一瞥して鼻を鳴らす。
「攻撃特化の領でそれか。国の未来が心配だな」
「何だと!!がっ……!!!」
兵士が立ちあがろうとした所を、すかさず顎を横から蹴った。
彼の鎧が地面に打つ音が響く。
「たかだか防衛の領兵に、簡単にノされてんじゃねぇ」
そういうとリーヴェは一つに束ねていた髪を解いた。
それが終了の合図となり、見物客達が歓声を上げる。
「そこまで」
誰も立ちあがろうとはしない様子を見て、ヨルダが言う。
「これにて合同訓練を終了とする。皆ご苦労であった。今回の経験を糧とし、一層の鍛錬に励むように」
ヨルダの声で見物していた人達が散り出す。
兵士達もヨロヨロと身体を起こしたり、失神している者を運ぼうとしたり動き出した。
ヨルダ自身も何人かの側近の人達と共にその場を離れていった。
が、ただ一人その場から動こうとしない人物がいる。
訓練に巻き込まれる前、夏乃の隣にいた青年が、そのままの場所でリーヴェ達の方を見て立っていた。
「お疲れ様でした。リーヴェ」
「お前、気付いていたんだろう?」
「まぁまぁ。あなたが間に合ったんだからいいじゃありませんか」
クスクスと笑う彼を、リーヴェは眉をひそめて睨みつける。
普段は不便だが、賢い少女がこちらの言語を理解できなくて良かったと思ったのは初めてだった。
「昼食後、あなたの部屋に伺います。お嬢さんを帰す方法をお伝えしますから、あなたはシャワーと……あとは移動の準備を」
「移動?ここではできないのか」
「ええ。僕では帰す事はできませんから」
何かを主張するかのように風が舞い上がり、砂が舞った。
土埃が鬱陶しく、リーヴェは腕を上げて顔を守る。
フェインの表情は見えない状況で、声が届く。
「神頼みを行う他ありません、文字通りね」




