第7話 さよならスイートホーム
「邪魔だァァッ!」
カイルの咆哮が、轟音を裂いて響き渡った。
視界は白濁した光の渦。
その中を、無数の黒い影が弾丸のように迫ってくる。
オリジンの最終防衛システム、自律型迎撃ビットだ。
かつて私が設計し、平和利用のために考案したはずの自律ドローンが、今は殺意の塊となって私たちを阻む。
「エリカ、前だけを見てろ! 雑魚は俺が散らす!」
カイルがサンルーフから身を乗り出し、剣を振るう。
黄金色の斬撃が乱舞する。
迫りくるビットが次々と両断され、爆炎の花を咲かせる。
その爆風の中を、『スイートホーム号』は突き進む。
ガギィィン!
防ぎきれなかった破片がボディを削る音がした。
装甲板が悲鳴を上げ、警告音が車内を埋め尽くす。
『右舷装甲、損壊。シールド消失。回避行動を推奨』
「回避なんてできないわよ! 直進あるのみ!」
私はハンドルにしがみつき、アクセルを床まで踏み抜いた。
タイヤが悲鳴を上げる。
魔力炉が臨界点の熱を発し、シート越しに背中が焼けるようだ。
熱い。
怖い。
けれど、止まるわけにはいかない。
「見えたぞ、エリカ! コアだ!」
光の嵐の向こうに、黒く脈打つ水晶柱が姿を現した。
オリジンの中枢。
すべての元凶であり、私の過去の墓標。
「行けぇぇぇッ!」
カイルが最後の一撃を放ち、正面の空間をこじ開ける。
私はそこへ、愛車を滑り込ませた。
ブレーキは踏まない。
全速力での激突。
ドオォォォンッ!!
凄まじい衝撃が走った。
エアバッグが作動する暇もない。
特注のバンパーが砕け、車体の先端が水晶柱に深々と食い込む。
金属と結晶が擦れ合う、耳障りな高音が響いた。
「接続!」
私は叫びながら、コンソールの最終レバーを引いた。
『スイートホーム号』の動力炉が逆流を始める。
私がこの車に込めた全ての魔力、全ての機能、全ての夢が、オリジンの汚染された魔力と混ざり合う。
『対消滅シークエンス、開始。崩壊まで、あと十秒』
無機質なカウントダウン。
車内が激しく明滅し、火花が散る。
もう限界だ。
この車は、ここで死ぬ。
「……ごめんね」
私はダッシュボードを撫でた。
「今まで守ってくれて、ありがとう」
涙がこぼれ落ちた。
これはただの物だ。
道具だ。
分かっている。
でも、私にとっては、冷たい世界で唯一安心できる場所だった。
「エリカ」
カイルが車内に戻り、私の肩を抱いた。
彼の服はボロボロで、頬には切り傷がある。
けれど、その瞳は優しく、力強かった。
「泣くな。……家がなくなっても、俺がいる」
彼は私の涙を親指で拭い、力強く宣言した。
「俺が壁になる。俺が屋根になる。お前が寒くないように、俺が一生温めてやる」
その言葉が、私の心の穴を埋めていく。
そうだ。
私はもう、一人じゃない。
鉄の箱に守られなくても、この温かい腕があれば生きていける。
「……はい。信じてますよ、私の旦那様」
私は涙を拭い、彼を見上げた。
「さあ、行きましょう。ここからが一番の難所ですよ」
『崩壊まで、あと三秒』
私は座席の下にある、赤いボタンカバーを跳ね上げた。
緊急脱出装置。
開発当初、「こんなの使うわけない」と笑いながら取り付けた機能。
まさか、本当に使う日が来るなんて。
「カイル様、舌を噛まないように!」
「応!」
カイルが私を抱きしめ、自分の体をクッションにするように覆い被さる。
「脱出!」
ボタンを押した。
ボシュッ!
火薬式の射出装置が作動する。
天井が吹き飛び、運転席と助手席が一体となって、上空へと打ち出された。
強烈なGが視界を黒く染める。
眼下で、『スイートホーム号』が光に包まれていくのが見えた。
黒い水晶柱と共に、白く、美しく輝いて。
まるで、最後に見送ってくれているかのように。
直後。
世界から音が消えた。
カッッッ!!!
地下空間全体が、純白の閃光に飲み込まれた。
対消滅。
膨大なエネルギー同士が相殺し合い、物質を消滅させる現象。
爆風が私たちを押し上げる。
地下から地上へ続く排気ダクトの中を、木の葉のように舞い上がる。
「うおおおおぉッ!」
カイルが叫び、闘気で障壁を作る。
熱波が襲う。
衝撃が襲う。
けれど、彼の腕の中は安全だった。
どんな要塞よりも堅牢な、私の新しい避難場所。
光の中を昇りながら、私は走馬灯のように思い出した。
婚約破棄された夜。
この車で王都を飛び出した時の解放感。
カイルを拾った時の呆れ顔。
一緒に食べたハンバーグ。
見たこともない絶景。
すべてが、この車と共にあった。
(さようなら)
心の中で呟く。
光が薄れ、頭上に青い空が見えてきた。
帝都の空だ。
黒い雲が晴れ、澄み渡るような青色が広がっている。
ドサッ。
脱出シートが、雪の積もった丘の上に不時着した。
衝撃吸収用の魔法陣が展開し、ふわりと着地する。
静寂。
風の音だけが聞こえる。
私は恐る恐る目を開けた。
カイルが私を抱きしめたまま、荒い息を吐いていた。
「……生きてるか、エリカ」
「……はい。五体満足です」
私たちは身を起こし、互いの無事を確認し合った。
そして、眼下の帝都を見下ろした。
王宮の地下から、一条の光の柱が空へと昇っていくのが見えた。
それは破壊の光ではない。
浄化の光だ。
汚染された魔力が中和され、空へと還っていく。
オリジンは消滅した。
私の愛車と共に。
「……なくなっちゃいましたね」
私がぽつりと呟くと、カイルは私の手を握り締めた。
「ああ。だが、俺たちはここにいる」
「……ええ」
喪失感はある。
胸にぽっかりと穴が開いたようだ。
でも、繋いだ手の温かさが、そこから新しい何かが生まれる予感をさせてくれた。
「帰りましょうか、カイル様。……あ、帰る家がないんでした」
「作るさ。これから、何度でも」
カイルが笑い、私もつられて笑った。
煤で汚れた顔を見合わせ、私たちは雪の上に大の字に寝転がった。
空が眩しい。
世界はまだ、こんなにも広くて、美しい。
次話、すべてを失った場所から、ゼロへの一歩。




