表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第3章完結!】国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/30

第9話 再契約と反撃



夢を見ているのだろうか。


天井のハッチが開いた瞬間、夜風と共に飛び込んできた銀色の影。

それは重力を無視したようにふわりと着地し、私の目の前に立った。

薄暗い非常灯の赤色灯の下でも、その金色の瞳だけは鮮やかに輝いていた。


「……遅くなった」


カイルが短く言った。

息一つ切らしていない。

地下工房からここまで、帝国軍や私兵団の包囲を突破してきたはずなのに、まるで近所のコンビニに行ってきたかのような気軽さだ。


「……遅すぎます」


私は震える声で憎まれ口を叩いた。

「残業代は出しませんよ。それに、無断欠勤のペナルティも請求します」


「ああ、いくらでも払う。体でな」


カイルはニッと笑うと、私の腕を掴んだ。

乱暴に引き寄せられる。

彼の体温が伝わってくる。

そして、次の瞬間、膨大な熱量が私の体を駆け抜けた。


「っ……!?」


魔力だ。

彼の腕輪から、私の体を経由して、背後のコンソールパネルへと魔力が奔流となって流れ込んでいく。

本来なら専用ケーブルを使うべき工程だが、彼は直接接触による強制供給オーバーライドを行っているのだ。

乱暴で、規格外で、彼らしいやり方。


『動力炉、再起動。出力、百二十パーセント。エネルギー充填完了』


システム音声が歓喜の歌のように響いた。

消えかけていた車内の照明が一斉に点灯し、冷え切っていた空調が再び唸りを上げる。

モニターが次々と復旧し、周囲の敵影を鮮明に映し出した。


「充電完了だ。……エリカ、俺を使え」


カイルが私の目を見つめた。

そこにはもう、迷いも隠し事もない。

ただ真っ直ぐな信頼だけがあった。


「お前が指示して、俺が斬る。それが俺たちの契約だろう?」


「……違います」


私は首を横に振った。

カイルが一瞬、不安そうに眉を寄せる。


「指示するのではありません。共に戦うんです。貴方は私の道具じゃない。私の背中を預ける、唯一のパートナーですから」


私は右手を差し出した。

かつて、雇用契約を結んだ時と同じように。

けれど、その意味はもう違う。


「再契約です、カイル様。条件は対等。報酬は……これからの未来全部」


カイルは目を見開き、そして破顔した。

今まで見た中で、一番晴れやかな笑顔だった。


「謹んでお受けする、俺の女王様マスター


彼は私の手を力強く握り返した。

その瞬間、車全体が黄金色の光に包まれた。

カイルの闘気と、私の魔道具が共鳴している。

最強の盾と、最強の矛が揃ったのだ。


「行きますよ! ヴァインに教育的指導の時間です!」


私はコンソールのレバーを叩き込んだ。

『スイートホーム号』が咆哮を上げる。

シールド展開。

魔導砲、全門開放。

反撃の狼煙だ。



「な、なんだあの光は!?」


モニター越しに、ヴァインの狼狽した声が聞こえる。

無理もない。

死にかけの獲物だと思って近づいた戦車隊が、突然の閃光に怯んでいるのだから。


「カイル様、三時の方向! 自爆特攻が来ます!」

「任せろ!」


カイルがハッチから身を乗り出し、剣を一閃させた。

黄金の斬撃が夜を切り裂く。

突っ込んできた魔導戦車が、触れることもなく両断され、爆発四散した。


「次は正面! 一斉射撃!」


私は照準を合わせ、トリガーを引く。

車体に搭載された四門の魔導キャノンが火を噴いた。

青白いレーザーが闇を薙ぎ払い、密集していた戦車隊をまとめてスクラップに変える。


「馬鹿な……! エネルギー切れのはずだ! どこからそんな魔力が!」


「永久機関ですよ!」

私はマイクに向かって叫んだ。

「愛という名のね!」


「ぶっ……」

隣でカイルが噴き出した。

「おい、今のセリフは恥ずかしいぞ」

「うるさいです! 勢いですよ、勢い!」


顔が熱くなるのを感じながら、私は次々と指示を飛ばした。

恥ずかしさは火力に変換するに限る。


戦況は一変した。

カイルという無尽蔵のバッテリーと、戦場全体を俯瞰する私の目。

そして、彼自身の圧倒的な武力。

ヴァインの私兵団など、敵ではなかった。


自爆しようとする戦車は、近づく前にカイルが斬り落とす。

遠距離からの砲撃は、私のシールドが完璧に防ぐ。

一方的な蹂躙だった。


「ひぃっ……ば、化け物どもめ!」


ヴァインの悲鳴が聞こえる。

彼の自慢の兵器群は、またたく間に鉄屑の山へと変わっていった。

所詮は模造品だ。

魂の入っていない機械が、私たちの「家」に勝てるわけがない。


数分後。

森の中には、黒煙を上げる残骸だけが転がっていた。

ヴァインの反応は、レーダーから消えていた。

逃げたか。

あるいは、爆発に巻き込まれたか。

どちらにせよ、彼の野望はここで潰えた。


「……終わったか」


カイルがハッチから戻り、シートに深々と座り込んだ。

さすがに消耗したのか、肩で息をしている。

けれど、その表情は晴れやかだった。


「お疲れ様です。……怪我は?」

「かすり傷だ。それより、腹が減った」

「もう。帰ったら特大のハンバーグを作ってあげますから」


ほのぼのとした空気が戻ってきた。

これだ。

私が求めていたのは、この何気ない日常だ。


だが、まだ終わってはいなかった。

レーダーの端に、まだ多数の反応が残っている。

帝国軍だ。


「……どうするつもりかしら」


私はモニターを切り替えた。

戦場の外縁に展開していた帝国軍は、戦闘には介入せず、ただ事態を静観していたようだ。

その中心にある指揮車両の上に、赤い軍服の女性が立っている。

セシリア皇女だ。


彼女は腕組みをして、こちらの車を見つめていた。

敵対行動の兆候はない。

だが、油断はできない。

彼女の任務は、私とカイルを連れ帰ることなのだから。


「カイル様、準備を。まだひと悶着あるかもしれません」

「……いや、大丈夫だ」


カイルは首を横に振った。

「あいつは、無駄な戦いはしない。それに、俺たちの『答え』を見ただろうからな」


彼の言葉通りだった。

モニターの中で、セシリアがゆっくりと片手を上げた。

それは攻撃の合図ではなく、撤退の合図だった。


『……今回は、私の負けだ』


通信機から、セシリアの淡々とした声が届いた。

『ヴァインの違法兵器工場は壊滅。首謀者は逃亡したが、組織は解体された。私の任務の一つは達成された』


「もう一つの任務はどうするんですか? 重要参考人の確保は」


私が尋ねると、セシリアはふっと笑った気配を見せた。


『参考人? 何のことだ。ここには狂った商人と、それに巻き込まれた哀れな旅行者しかいなかった。……そう報告しておく』


それは、明確な見逃し宣言だった。

彼女は私たちが帝国に戻る意思がないことを悟り、そしてカイルの覚悟を認めたのだ。

無理に連れ帰っても、カイルの心はもう帝国にはない。

ならば、恩を売って貸しにしておく方が得策だと判断したのだろう。

合理的で、彼女らしい選択だ。


『カイル。……達者でな。次に会う時は、敵同士かもしれないぞ』

『ああ。その時は手加減しない』

『フン。生意気な』


通信が切れた。

帝国軍が隊列を組み直し、撤退を始める。

赤い背中が遠ざかっていく。


私は大きく息を吐き、シートの背もたれに体を預けた。

全身の力が抜けていく。

長かった。

本当に、長い夜だった。


「……エリカ」


カイルが私の手を握った。

「ありがとう。俺を信じてくれて」


「信じてなんかいませんよ」

私は強がって、彼の手を握り返した。

「貴方はまた勝手なことをするかもしれないし、一人で抱え込むかもしれない。だから、私がずっと監視してあげます。一生かけてね」


「ハハッ、それは怖いな」


カイルが笑い、私もつられて笑った。

車内に、温かい空気が満ちていく。

外はまだ暗いけれど、東の空が白み始めていた。

夜明けが来る。


私たちは生き残った。

そして、前よりもずっと強く結ばれた。

これからは、もう迷わない。

どんな敵が来ても、二人なら、いやこの車を含めた「三人」なら、どこへだって行ける。


「さて、行きましょうか」


私はエンジンを吹かした。

ヴァインの行方は気になるが、深追いはしない。

まずは安全な場所へ移動し、泥のように眠り、そして美味しいご飯を食べるのだ。


車が動き出す。

瓦礫の山を乗り越え、新しい朝へと向かって。


次話、新たな旅立ち。そして、私たちが向かうべき本当の場所へ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ