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【第3章完結!】国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅
第2章

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第8話 孤立無援の籠城



操作パネルを拳で叩いた。


警告音が鼓膜を突き刺す。

モニターの中で、赤い光点がまた一つ増えた。

森の闇を切り裂いて、太い魔力ビームが飛来する。


「シールド出力、最大! 衝撃に備えて!」


私は叫びながら、コンソールのレバーを引いた。

ズドォォォンッ!

激しい振動が車内を揺さぶる。

棚から高級なティーカップが滑り落ち、床で砕け散る音がした。

だが、拾っている余裕などない。


『左舷装甲、損傷軽微。シールド強度、残り三十パーセント』


無機質なシステム音声が、非情な現実を告げる。

戦闘開始から数時間。

夜明けはまだ遠い。

ヴァインの私兵団は、執拗に波状攻撃を繰り返していた。

彼らが繰り出してくるのは、私の愛車を醜悪に模倣した魔導戦車だ。

未完成ゆえの脆さはあるが、それを補って余りある火力を持っている。

捨て身の特攻兵器だ。


「しつこい……! 商売人なら、コストパフォーマンスを考えなさいよ!」


私は悪態をつきながら、ダッシュボードの下にある金庫を開けた。

中には、キラキラと輝く宝石のような石が詰まっている。

最高純度の魔石だ。

一つで城が一軒買えるほどの値段がする。

私の虎の子の資産だ。


「くっ……背に腹は代えられないわね」


私は魔石を一つ掴み、動力炉の投入口へ放り込んだ。

カシュン、という音と共に魔力が充填され、薄くなっていた結界が再び輝きを取り戻す。

これでまた数十分は保つだろう。

だが、金庫の中身は確実に減っていく。

私の寿命を削っているようなものだ。


「……高い燃料費だこと」


軽口を叩いてみるが、声が震えているのが自分でも分かった。

寒い。

空調は効いているはずなのに、指先が氷のように冷たい。

恐怖のせいだけではない。

隣が空いているからだ。


いつもなら、この席には彼がいた。

私が魔石を投入するまでもなく、彼の腕輪から無尽蔵の魔力が供給されていた。

私が指示を出せば、彼は剣一本で外へ飛び出し、あの程度の戦車など紙屑のように斬り捨てていただろう。

そして戻ってきて、「腹が減った」と笑うのだ。


『カイル様』


心の中で名前を呼んで、すぐに打ち消した。

私が追い出したのだ。

「一人でなんとかする」と啖呵を切ったのだ。

今さら彼を思うなんて、虫が良すぎる。


スピーカーから、ノイズ混じりの声が響いた。

ヴァインだ。


『エリカ様。そろそろ限界でしょう? 無駄な抵抗はやめて、ハッチを開けてください。貴女の頭脳さえ無事なら、多少の手荒な真似はしたくありませんが』


余裕のある、粘着質な声。

彼は知っているのだ。

この車が最強の要塞であると同時に、燃費最悪の欠陥品であることを。

そして、その唯一の動力源であった竜騎士が、もうここにはいないことを。


「……お断りします」


私はマイクに向かって言い返した。

「当商会は、強盗との取引には応じません。どうしてもと言うなら、その鉄屑を全部スクラップにしてから出直してきなさい!」


『やれやれ。往生際が悪い。……総員、攻撃再開。シールドを飽和させろ』


砲撃が激化する。

四方八方からの集中砲火。

車体が悲鳴を上げるように軋む。

私は必死に迎撃システムを操作し、魔導砲で反撃するが、多勢に無勢だ。

一機を撃破しても、次から次へと新しい敵が現れる。


(魔力が……足りない)


魔石を投入する手がもどかしい。

供給が消費に追いつかない。

カイルがいれば。

彼がいてくれれば、こんな戦車ごとき。


後悔が胸を締め付ける。

私は正しかったはずだ。

対等なパートナーシップを守るために、彼を拒絶した。

それは間違っていなかったはずだ。

なのに、どうしてこんなに心細いのだろう。

正しさだけで、人は生きていけるのだろうか。


その時だった。


ドオォォォン!!


戦場の一角で、巨大な爆発が起きた。

私の攻撃ではない。

森の外側から、赤い閃光が走り、ヴァインの戦車を貫いたのだ。


「何ごと!?」


モニターを切り替える。

闇の中から現れたのは、整然と隊列を組んだ軍隊だった。

赤い軍服。

帝国の紋章。


「帝国軍……セシリア?」


拡声魔法による凛とした声が響き渡る。


『そこまでだ、ヴァイン商会! この領域は帝国軍が制圧する! 直ちに武装解除せよ!』


セシリアだ。

彼女が率いる帝国部隊が、ヴァインの包囲網を食い破るように突入してきた。

魔導ライフルの一斉射撃が、模造戦車の装甲を削り取る。


助かったのか。

一瞬、安堵がよぎったが、すぐに否定した。

彼女の目的は私だ。

ヴァインの手から私を横取りし、国へ連れ帰ることだ。

どちらに転んでも、私の自由はない。


『チッ……嗅ぎつけましたか』


ヴァインの舌打ちが聞こえた気がした。

彼の戦車隊が、一斉に動きを変えた。

帝国軍に向かって突撃を開始する。

砲撃ではない。

体当たりだ。


『見せてあげなさい。最新鋭の力というやつを』


ズガガガガッ!

戦車の一台が、帝国軍の防壁に激突し、その瞬間に自爆した。

凄まじい爆風が帝国兵を吹き飛ばす。

自爆特攻。

兵器に乗っている搭乗員の命など、使い捨ての部品としか思っていない戦術だ。


「なんてことを……!」


セシリアの声が動揺に揺れる。

『自爆だと!? 狂っているのか!』


帝国軍は統率の取れた精鋭だが、死を恐れない自爆攻撃には弱い。

戦線が崩れ始める。

爆炎と混乱の中、数台の戦車が帝国軍を無視して、こちらへ向かってきた。

私の車を道連れにする気か、あるいは強引に捕獲する気か。


「させるもんですか!」


私は残りの魔石をすべて投入口に突っ込んだ。

これで最後だ。

シールド出力を限界まで上げる。

迎撃砲を乱射する。

けれど、敵の数は減らない。


ドンッ!

車体に直接衝撃が走った。

シールドが貫通された。

装甲が凹む音。

警報音が鳴り止まない。


『シールド消失。動力炉、エネルギー残量ゼロ』


車内が暗くなった。

非常灯の赤い光だけが、私の顔を照らす。

終わった。

金も、魔力も、策も尽きた。


私はシートに深く体を沈めた。

震える手で、空の助手席に触れる。

冷たい。

ここにはもう、誰もいない。


「……カイル様」


弱音が漏れた。

あの時、もっと別の言い方があったのではないか。

彼を傷つけずに、話し合う方法があったのではないか。

意地を張って、強がって、その結果がこれだ。

独りぼっちの鉄の棺桶。


ハッチの外で、金属を溶断する音がし始めた。

こじ開けられる。

私は護身用のスタンロッドを握りしめた。

最後まであがく。

商売人は、最後の瞬間まで取引を諦めないものだ。


その時。

死んだはずの通信機から、ノイズ混じりの声が聞こえた。


『……こちら、無職の元竜騎士』


心臓が止まるかと思った。

幻聴ではない。

低く、少しぶっきらぼうで、けれど温かい声。


『現在、求職活動中だ。そちらの商会で、優秀な護衛を募集していると聞いたんだが』


涙が溢れた。

止まらなかった。

馬鹿な人だ。

あんなに酷いことを言って追い出したのに。

契約を切ったのに。


私は震える指で、マイクのスイッチを押した。

声が湿らないように、精一杯の強がりを込めて。


「……募集要項は厳しいですよ。給料は安いし、雇い主は性格が悪いし、今は破産寸前です」


『条件は問題ない』


カイルの声が笑っていた。

力強い、自信に満ちた笑い声。


『報酬は、美味い飯と、温かい寝床と、あんたの隣にいる権利だけでいい』


「……採用面接を行います」


私は涙を拭った。

「遅刻は減点対象ですよ。今すぐ職場に来てください」


了解イエス・マム。……三十秒で片付ける』


通信が切れた。

同時に、車の天井でドンッという重い着地音がした。

敵ではない。

もっと優しくて、懐かしい重み。


「開けろ、エリカ! 魔力デリバリーだ!」


私は叫びながら、天井ハッチのレバーを引いた。

夜風と共に、銀色の影が飛び込んでくる。

私の最強のパートナーが、帰ってきた。


次話、再契約を結んだ私たちは、反撃の狼煙を上げる。


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