第10話 新たな旅路と帝国の闇
「見ろ、エリカ。俺たちの顔が特等席に飾られている」
カイルが苦笑しながら、一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。
場所は商業都市の郊外、街道沿いの安食堂だ。
私たちは変装用のローブを被り、遅めの朝食をとっていた。
カイルが持ってきたのは、今朝発行されたばかりの手配書だった。
『重要指名手配:破壊活動および違法兵器使用の容疑。銀髪の男と、魔女のような女』
似顔絵はあまり似ていないが、特徴は捉えられている。
懸賞金の額は、私がヴァインに請求しようとした額よりはるかに安かった。
「……魔女のような、とは失敬ですね。私は善良な一般市民兼技術者ですよ」
「街一つ分の兵器を吹き飛ばしておいて、一般市民はないだろう」
カイルがスープを飲み干し、真剣な顔になった。
「冗談はさておき、潮時だ。ヴァインの悪事は露見したが、評議会はメンツを潰されたことに腹を立てている。このままここにいれば、面倒なことになる」
彼の言う通りだ。
私たちは街を救った英雄かもしれないが、同時に大規模な破壊行為を行った危険因子でもある。
権力者というのは、御し難い力を何より恐れるものだ。
「逃げますか? また別の国へ」
私が尋ねると、カイルは少し考え込み、頷いた。
「北の雪国か、西の砂漠か。お前が行きたい場所ならどこへでも」
彼は私の安全を最優先に考えている。
昨日までの「過保護」とは違う。
私の意思を尊重した上で、私の望む場所へ連れて行ってくれようとしているのだ。
けれど。
私は手元の冷めたコーヒーを見つめ、首を横に振った。
「いいえ、カイル様。逃げるのはやめましょう」
「……どういう意味だ?」
「逃げても、また同じことが起きます。私の技術は魅力的すぎますから、第二、第三のヴァインが現れるでしょう。それに……」
私は顔を上げ、彼の金色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「貴方の故郷に、落とし前をつけていませんよね」
カイルの目が大きく見開かれた。
「まさか……帝国へ行く気か?」
「ええ。ヴァインさんは言っていました。帝国との交渉が決裂した、と。そしてセシリア殿下は、違法兵器を回収しに来た。……つまり、帝国では今、私の技術によく似た『何か』が動いている」
私の『スイートホーム号』の技術は、前世の知識とこの世界の魔導工学を融合させた独自の体系だ。
それがこうも簡単に模倣され、兵器転用されようとしている。
情報の出処を突き止め、蛇口を閉めなければ、私の平穏な車中泊ライフは永遠に脅かされ続けるだろう。
「技術流出を止める。これは商会主としての業務です」
私はもっともらしい理由を並べた。
けれど、それは半分建前だ。
本音は、もっと個人的な理由だった。
昨夜、カイルは私を守るために、自分の未来を売り渡そうとした。
彼をそこまで追い詰めた「帝国」という国。
彼が捨て、そして未だに縛られている過去。
それを知らずに、隣で笑っていることはできないと思ったのだ。
「危険だぞ。セシリアは見逃してくれたが、皇帝や軍上層部は違う。俺は脱走兵で、お前は国家機密を握るイレギュラーだ。殺されるかもしれない」
「その時は守ってください。最強の騎士様」
私が悪戯っぽく微笑むと、カイルは呆気にとられ、やがて噴き出した。
「ハハッ……! 敵わないな、お前には」
彼はテーブルにコインを置き、立ち上がった。
その顔には、もう迷いも暗さもなかった。
「了解だ。行こう、エリカ。地獄の底だろうと、お前の家がある場所が俺の居場所だ」
◇
私たちは森の中に隠してあった『スイートホーム号』に戻った。
黒いボディには昨夜の戦闘の傷跡が残っているが、機能に支障はない。
むしろ、激戦をくぐり抜けた勲章のように見えた。
「システム・オールグリーン。動力炉、出力安定」
運転席に座り、パネルを操作する。
助手席にはカイル。
彼がいるだけで、コックピットの空気は完成する。
「カイル様、魔力供給をお願いします。今回は長距離フライトになりますよ」
「任せろ。朝飯分くらいは働いてやる」
カイルが腕輪に手を触れる。
黄金色の魔力が回路を駆け巡り、車体が浮力を得てきしんだ。
「目的地設定……『ガレリア帝国』」
ナビゲーションマップの北端をタップする。
そこは地図上で赤く塗られた軍事国家。
険しい山脈に囲まれた、鉄と火薬の国。
「フライトモード、起動!」
ズオオオオォォッ!
スラスターが火を噴き、翼が展開する。
『スイートホーム号』は重力を振り切り、一気に上昇した。
森の木々が小さくなり、港町の全景が眼下に広がる。
青い海。白い雲。
美しいリゾート地だった。
商売は失敗したけれど、もっと大切なもの手に入れた場所。
「さらばだ、南国」
カイルが窓の外に向かって軽く手を振った。
「次は観光で来たいものだな」
「そうですね。その時は、ヴァインさんに迷惑料を請求しに行きましょう」
車は雲を突き抜け、成層圏に近い高高度へと達した。
ここなら地上の検問も、国境警備隊の目も届かない。
空の色が濃紺へと変わり、星が近くに見える。
「エリカ」
「はい」
「帝国には、古い遺跡があるんだ。俺が子供の頃に遊んだ場所だが……最近、そこで妙な発掘が行われているらしい」
カイルが前を見据えたまま言った。
「セシリアが言っていた。『古代の遺産が目覚めようとしている』と。お前の技術が狙われたのも、それに関係しているのかもしれない」
「古代の遺産……」
胸の奥で、何かがざわついた。
私の転生。
前世の記憶。
そして、この世界に存在するオーバーテクノロジー。
それらは偶然の一致なのだろうか。
「面白くなってきましたね。私の商売敵になりそうな遺産なら、徹底的に解析してやりましょう」
私はアクセルを踏み込んだ。
恐怖はない。
不安もない。
隣には彼がいる。
足元には最強の家がある。
「行きますよ、カイル様!」
「応! 全速前進だ!」
銀色の流星となって、私たちは北の空へ消えていく。
その先には、分厚い雲に覆われた帝国の影が待っている。
けれど、私たちは知っている。
雲の上には、いつも青空があることを。
終わらない旅の、新しい章が幕を開ける。
(完)
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