1-4:猫と新しい発見 蜘蛛って、愛嬌ある顔してるよね?
温泉はなかなかに立派な露天風呂だった。岩風呂ってやつでなんか風情があって荘厳な感じ?
でも、どんな良いお風呂であってもシーズンオフ。地元の人以外はほとんど使用していないとの事で事実上の貸し切り状態。男湯は僕以外に利用者は誰もおらず、それを良い事にクロも実体化して湯に一緒につかってみたり。
大丈夫。抜け毛とか無いから。あくまで猫型の霊子の塊だから。別にマナー違反とかそういうのではないから。
よし。言い訳タイム終了。
ちょっとぐらい良いじゃんよ?と言うわけで、クロには胡坐をかいて抱きかかえた状態で温泉を楽しんでもらっている。ちょっと深いからね、ここの湯舟。
クロは目をつぶって気持ちよさそう。かくいう自分もなんだか力が抜けて心身ともに落ち着く感じ。なんだかんだで今まであまり休まる時間を取って無かった気がする。なんて贅沢な時間の使い方。
「たまには、こういのもいいかもね」
眠っているかも知れないがクロに語り掛ける。
「そうねぇ・・・でも、そこまで時間があるわけじゃないから・・・・・」
そうなんだよね。結局はそこに行きつく。行きついてしまう。僕達を放してくれない焦燥感。無数の世界からの失敗の記憶。結局はそれが
「赤松さーん!まだ入ってますかーー??」
唐突な女湯からの問いかけ。
「はーい、まだいるよー」
「私、長風呂しちゃいますから先に上がっててもいいですよー」
「はいよー」
まぁ、いいか。焦ったところで何が出来るわけでも無いし。
というか、耳をすますと女湯から依城さんと知らない誰かの話声が聞こえてくる。妙なところでコミュ力が凄い。時間はまだ夕方だから地元のお年寄りとかかな?
依城さんって妙に適応力あるよね?なのになんで友達とかいないんだろう??わりと謎。
ちなみに、御飯も食べずに夕方から風呂に入っているのだけど、これは単純に民宿の人のお勧めに従っただけ。順番に特に理由は無い。
村上さん家を出た後、とりあえず荷物を置きたいし、という事で僕達は民宿に向かった。案の定、というか予想通り、目的地は民宿というか大きい家?小さめの公民館?みたいな場所。
「あら、思ったより早めに来たのねぇ。部屋の用意はまだ出来てないから先にお風呂に入ってくるといいわよ」
と民宿のおばさまに誘導されるがまま露天風呂に来たというわけ。
ちなみに、風呂に入る前に何故か「混浴じゃ・・・ないんですか」と依城さんががっかりしていたのが印象的。なんというか僕達って、こういう時のリアクション、性別のイメージ逆っぽくない?面白くて良いけどさ?
そして、日が暮れる前の入浴となって今に至るわけだけど、流石にそろそろのぼせて来たかも。普段は湯につかったりしないから・・・あれ、そういえばクロは大丈夫?風呂なんて初めて入るわけだし
「ねぇ、クロ、そろそろ上がろうか?」
「・・・・・・」
目を瞑ったまま返事が無かった。
よし、もう上がろう。
本日の新発見。猫型使い魔を湯につけておくと、のぼせて意識を失う
・・・なんでさ。
脱衣所にある低めの台みたいなとこにクロを寝かせる。とりあえず水で濡らしたタオルなんてかけてみたり
・・・・・・・
・・・・・
よくよく考えたらクロの本体というか親機は「僕」であり、クロの体自体は霊子の塊で実体なんてあって無いような物なんだから・・・つまり、のぼせているのは僕の方なのでは?
分からん。考えても理屈がさっぱり分からん。
とりあえず寝かせているクロを横目に服を着て帰る準備を整えておく。
そういや前にホテルに泊まった時も依城さんって結構長風呂してたから、しばらく待つ感じかな?
風呂の入り口に設置してある自販機で水を買って飲んでみる。ひんやり美味しい。後でクロにも飲ませてあげよう。
水をチビチビ。クロを乾いたタオルでふきふき。
これもまたのんびりした良い時間。
と思っていたら
クロが唐突に跳ね起きた。ポーンって飛び上がる感じに。
尻尾もピンと伸ばして・・・あれかな本来なら興奮して膨れてるけど湿気ってるからぺシャンとしてる感じかな?こうして見ると結構貧弱。送り込む魔力を増やしたら大きくなったりしないのかな?今度、試してみよう。
「マスター!!あっ、だめクラクラする」
そら、いきなり飛び起きたらダメだよ。ほら落ち着いて、よしよし。
と思ってたら、クロの姿がかき消えた。撫でている腕経由で一体化したわけなんだけど、なんで?
『あー気持ち悪かった。あれよ、マスター、ちょっと離れたところに魔力の反応があるわ。
早く見に行って』
マジか?!靴をひっかけ温泉付属の脱衣スペースから駆け出した。探査の魔術を展開しようとしたが、そんな必要は無いみたい。
出たところ、すぐ目の前に、蜘蛛がいたから。
全体的に黒っぽくて、足が細長くて、産毛がびっしりで、たくさんのこっちを見ている目があって、よく見ると目の一つ一つが光を反射して少し綺麗で。
何故蜘蛛の目をそんなにはっきり見れるのかって?
デカいからだよ!!
普通にまっすぐ立ってるのに目線が同じ高さだし!絶対自然の物じゃないじゃん!!さっき聞いたばっかの昔話の土蜘蛛じゃん!!
というわけで、先手必勝。
こんなこともあろうかと。ズボンのポケットに仕込んでおいた投げナイフを蜘蛛の顔面目掛けて投擲する。
まずは牽制。そしてとどめは仕方ないので素手で
『あら?思いのほか弱いわね』
ナイフは思いっきり蜘蛛の顔面に刺さっていた。回避も防御も障壁も何も無かったみたい。
『消えるみたいね・・・』
特に残骸を残す事もなく、蜘蛛の体は空気中に溶けるようにして消えていった。
「・・・あれだね。村上さんの話に引きずられて警戒し過ぎてたかもね。よく考えたら蜘蛛が大きくても別に問題無いもの」
『あるわよ』
いつも通りのペットと飼い主のやり取り。なんとなく虚しさを感じる。というか、突っ込みが端的かつ鋭すぎる。
今日はもうご飯を食べて寝よう。なんだか疲れた。
とりあえず地面に落ちているナイフを回収する。ちなみに、これは霊装でもなんでもなく、イオンで買ったもの。というか、普通のペティナイフ(調理用)なので牽制以外には全く使えない・・・さっきは何故か有効打になったみたいだけど。
にしても、依城さん、まだかなぁ。
『ねぇ・・・ねぇ、マスター、ちょっとヤバいわよ。さっきの蜘蛛と同じものだと思うけど、魔力反応が・・・あちこちにたくさん・・・ひょっとしたら、この辺り一帯に』
ヤバいのかな?たかが蜘蛛だし。別に普通の人でも対処出来るんじゃない?それなりに可愛いし。
「赤松さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
依城さんの叫び声が響いた。
強化魔術の出力を上げ、脱衣所の屋根まで一気に跳躍する。
いた。
さっきのと同じ蜘蛛だ。・・・あれ?というか蜘蛛しかいないよ??
まぁ、いっか。
屋根からナイフを投げつけて蜘蛛を殺しておく。スパッと命中。はい、終了。
ホント弱いな。さっきの昔話、盛り過ぎだったんじゃない?
『この近くにはもういないわ。でも・・・たぶん村上さん家の方ね。わんさかいるわ』
はぁ、やっぱり普通の旅行では終わらないか。そんな気はしてたよ。そんな気は。
でも、たかが蜘蛛だしなぁ、そんなに必死になるような事でも。
ちなみに、風呂から上がった依城さんは
「すみません。蜘蛛はちょっと苦手で。取り乱しました」
恥ずかしそうに、そう教えてくれた。
依城さんんと一緒に温泉に入ってたおばあさんもひっくり返ってたので、世間の反応って、意外とそんなものなのかも?
良く見ると愛嬌ある顔してるけどなぁ、蜘蛛。二匹も刺しちゃったけど。




