6-9:猫と僕と彼女の気持ち きっと何処の僕も同じように
今、僕の前には酔っ払いが三人いる。
一人は支部長(通称は課長)
「依城はなぁ、あいつは今まで苦労してきたやつなんだ。だから、これからはなぁ・・・」
二人目は柏木さん
「赤松さんはねぇ、凄い人なんっすよ。分かってます?あんたは自分が思っているより凄いんっすよ!」
そして、三人目は依城さん
「褒めてくれるのは嬉しいんですけど、私にも心の準備がいるんですよ。もうちょっと、こう、なんと言うか・・・いや、もちろん続けてくれていいんですけど」
全員が唯一素面の僕に向かって話しかけてくる。ぶっちゃけ辛い。かなり辛い。しかも全員が全員、僕に話しかけているようでいて、自分の話をしているだけ。どうしたらいいのか分からない。マジなんなの、この状況。
その日の夕方、ケーキ屋から事務所に戻った僕達を待っていたのは疲れ果てた様子の支部長だった。
「どうされたんですか?」
コミュ力の無さに定評のある僕が自発的に質問してしまう程の憔悴っぷり。
「いやな、依城がやった事の後片付けをしてきたんだが・・・思ってたより凄まじくてな」
それだけ言うと、支部長はスマホでニュースサイトを表示して、皆に見えるようにテーブルに置いた。
「とりあえず、こういう風にしといたぞ。これでいいか?」
「オッケーです、課長。いつもありがとうございます」
凄くナイスな依城スマイル。とても可憐で、何故か上から目線。
ちなみにニュースの内容は『本日未明に廃工場で謎の爆発。不法投棄されていた化学薬品が原因か』という話だった。
「しかし、お前な、解決してくれたのはいいが、もう少し控えめに出来なかったのか?どうするんだ、あそこ。なんかもう廃墟とか跡地とかを通り越して火山の噴火でもあったみたいになってたんだが・・・一体何をやったんだ?」
「逃がしたら問題だと思って、一帯を結界で密閉してから多重の爆発を少々」
極端にえげつない事をおっしゃっておる。これ、さっきケーキで流された話題よね?というか、ケーキを待つ間に話すような事じゃなくない?
「あ、でも親玉は爆発でも生きてたんで、ちゃんと魔術師らしくタイマンでやつけときましたよ!」
胸を張って得意満面の依城さん。タイマンって魔術師らしいのかな?
「状況がよく分からないんっすけど」
ナイス柏木さん。僕もそれが言いたかった。
「あれですよ。要は敵討ちを完了しましたって事です。赤松さんを爆殺しようとした犯人は一味まとめて爆死です!主犯も例の薬でパワーアップして襲い掛かってきましたけど、とっても強い私がドカンと一発」
「あぁ、まさか関係者が誰も残ってないとか予想外だったぞ、依城・・・」
支部長さんが途中で割り込んで来た。
「いいじゃないですか!悪は潰えたわけですし!細かい事は!」
「いやお前絶対私怨だろ」
依城さんが固まった。
非があるのは明らかだけど、僕の敵討ちだったわけだし、頑張って話の方向性をずらしてみよう。
「・・・えと、大丈夫だとは思うけど怪我とか無かった?」
「ええ、もちろん!私って最強ですからね!まさに依城無双って感じで!これでもう赤松さんが爆殺におびえて不安になる事も無いわけです!安心して過ごせます!!」
むふぅと鼻息を荒くつき威風堂々とした依城さん。再起動早いなぁ。個人的には有難いけど今って支部長さんが怒ってる場面なんでは?
ちらりと様子を伺うと、支部長さんは・・・なんだか色々と諦めた様子。では、この流れに乗せて頂きまして
「そうなんだ、ありがとう。何も知らずに寝てばかりでごめんね。にしても、やっぱり依城さんは凄く強いね。僕なら一人ではどうにも出来ないや」
「・・・そうですよ。私は強いんです。独りで何でも出来ちゃうぐらい強いですから・・・安心してくれて大丈夫ですよ」
何故か急に落ち着いたトーンで返事が返ってきた。アップダウンが凄くて、ちょっと意味が分からない。
「うん。依城さんの強さは知ってるつもりだから大丈夫だよ」
じっと彼女を見る。何故だろう。少し悲しそうな、そんな顔をしているような・・・
「いやまぁ、依城と赤松はいいだろうが、補償費用とか後処理とか本当に大変なんだぞ。これからも同じような事があるかもしれんが、少しぐらいは配慮してくれ。俺一人でやってると・・・正直辛い」
そう言いながら支部長さんは現地の写真を見せてくれた。そこに写っていたのは端的に言えば地獄。地面が煮えたぎった感じになっている。なんぞ、これ。
「依城さん、流石にこれは・・・」
無言だった。でも顔は半笑いだったから、きっと反省はしていない。こいつはまたやる。
ちなみに、柏木さんは「結界で密閉して多重の爆発」のところからフリーズしたまま。きっと技術的に凄いんでしょうな。あり得ん事をやったんでしょうな。僕には全然分からないけど。
そんこんなで、これからの後処理や関係団体への説明について支部長と依城さんが打ち合わせを終えた後(依城さんは主に頭を抱えていただけのように思える)、僕と柏木さんの歓迎会を開催してもらえる事となった。
「二人には今までも色々頼んでるのに何もしないってのもな。馬鹿美味い中華の店を予約してあるから、そこに行こうや。もちろんホテルも用意してあるから酔い潰れても構わんぞ」
と、支部長から太っ腹な提案を頂いた。御飯をご馳走してくれる人はみんな良い人。
「個室を用意してあるから、使い魔の猫も一緒に食えるぞ」
「あら、そうなの!気を使ってもらって悪いわね!わたし中華って食べた事無いから!楽しみね!!」
いきなり霊体化を解くクロ。支部長さんもいきなり登場したクロにビックリなご様子。猫だからね、興味が湧かないと出てきてくれなかったりするのよね。仕方ないよね?
そんなわけで、晩御飯はみんなで中華。支部長さんについて行ったら思いのほか高級そうな店でビビり、店員さんがスーツみたいな服の人達だったからTシャツで来てしまった事にビビり、出て来る料理の綺麗さにビビり。と、知らない文化に触れた人みたいになってみたり。
ちなみにクロは普通の様子でずっと頭の上にいた。食事が出てくると机の端っこで目をまん丸にして喜んでたけど。
料理はコースになっていて、何がどう調理されているかさえ分からない物が少しずつ色々出てきて実に素晴らしかった。クロも前菜の蒸し鶏が気に入ったようで依城さんからも貰ってモリモリ食べていた。僕は見た目は真っ黒な感じの豚の角煮が美味しかった。揚げて煮てある感じ?どうやって作ってんでしょうな、あれ。どう考えても自分の知識では再現出来そうに無い不思議な料理。
そして、コースの最後の方で支部長が追加で頼んだお酒。それが失敗だった。確か・・・白酒とか言ってた気がする。
「せっかくだし、お前たちも飲んでみろや」
そう言って小さなお猪口みたいなコップに支部長が全員分ついでいく。支部長はクイッと一息で、柏木さんは恐る恐る舐めるように、依城さんも何故かクイッと。
「ねぇ、マスター。これは止めといた方がいいんじゃない?匂いがやばいわよ」
そして僕だけが素面で生き残る事となった。
・・・・・・
・・・
お店の人から「もうそろそろ帰れ」と優しく言われつつ、僕は皆の介抱をしている。水を飲ませ、脱いだ服を着させ(柏木さんだ)、頑張って起こして意識をはっきりさせる(こっちは依城さん)。支部長は流石に意識を取り戻し、若干ふらついているものの、ほぼ通常状態に戻ったように見える。
「すまんなぁ、赤松。久しぶりに楽しくて調子にのっちまった。まさかこいつらが、ここまで酒に弱いとも思わなくてな」
「ねぇ、支部長さん、流石に飲ませた物がキツ過ぎたんじゃない?」
クロが突っ込むが・・・まさにそれ。初心者には優しくしましょうよ。
「違いねぇな」
支部長が笑っている。笑っているのはいいけど、どうすんのこの状況。柏木さんはフラフラで意識ここにあらずだし、依城さんは眠ってるから僕が背負ってるし。
「あぁ、それなら問題無い。酔いつぶれてもホテルをおさえてあるから大丈夫って言っただろ。
ほれ、この店の向かいのホテル。近くていいだろ?」
というわけで、柏木さんは支部長が引きずるようにして、依城さんは僕が背負って・・・頭に猫、背中に成人女性を背負うというシュール極まりない姿で、ホテルに向かう。
ホテルが料理屋さんから目と鼻の先で本当に良かった。酔っ払いの引率はわりとメンタル的意味合いでキツイから。
「予約してあった磐田だが」
支部長がカウンターで手続きをしている。その間にグルっと周りの様子を観察する。ちょっと高級そうなビジネスホテルって感じ。全体的にゴージャスだし、なんかピアノが置いてあるし。
「おぅ、すまん。サインしてくれや」
呼ばれたので僕もカウンターへ。
「ここにお前の名前とこの下に依城の名前も」
言われた通りに書いていく。ちなみに依城さんはずっと僕の背中で眠ったまま。まぁ、女性の一人ぐらいどうって事無いから別にいいけど・・・起きる気配は全く無いし。
「よし、んじゃ行くか。明日の朝は九時にここ集合な。朝飯は集まってから食おうや」
そう言いながら部屋の鍵を渡してくれた。へぇ、最近はカードキーになってるんだ・・・あれ?一枚?
「すみません。もう一枚頂けません?」
「あぁ、部屋なぁ・・・依城は家に帰るだろうし、もし泊るとしたら、まぁ、あれだ、そういう時かと思って、一応二人部屋にしといたんだわ。まさか、こうなるとは思って無かったんだが・・・すまんけど面倒見てやってくれや。俺が代わるわけにもいかんしな」
「マジで?」
「じゃあな。あとは頼んだぞ」
そう言い残し支部長は去って行った、もちろん柏木さんを引きずりながら。
「仕方ないわね。マスター、部屋に行きましょうか。さっさとナギをベッドで寝かせてあげましょうよ」
それもそうな。・・・寝かせるというか、ずっと僕の背中で寝たままだけど。
依城さんを負ぶったままエレベーターに乗り、無事お部屋に到着。ちょっと電気の付け方に難儀したものの問題無し。
酔っぱらって前後不覚に陥っている依城さんをベッドの上に寝転がらせる。クイーンサイズとかいうでっかいベッドだ。とりあえず真ん中に転がしとけば落ちる事も無かろう。
にしても、前にお酒を飲んだ時も酷かったけど・・・またか・・・
「どうしたもんかね、これは」
もうちょっと先の事を考えてお酒を飲まないと。僕が一緒なら問題無いと言えば無いのだけど。
緩んだ顔のまま仰向けで眠りこける依城さんの頭を撫でる。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「ねぇ、マスター。分かってると思うけど、今のマスターの気持ちはたぶん」
枕元で様子を見ているクロが沈んだ声で話しかけてきた。
「あぁ、分かってるよ。他の所の僕の記憶から来てるんだよね」
「うん。あの爆発の後、かなり無理をして、本来の予定より前倒しで記憶の同期を行ったみたいなの。わたしの機能も大部分が復旧しちゃってるし」
そらね、自分でもいきなりだってのは気付いている。断片的とは言え増えた知識を元にして考えたら、今の気持ちの出所ぐらいは・・・鈍い僕でも流石に分かるよ。
今の僕の気持ち・・・慕情、懐旧、あとそれに・・・後悔と言ったところ。
まだ知識も記憶も足りていない中途半端な状態。気持ちだけ先行していても何も出来る事は無い。
とは言え、とは言えだ
「何処から来ている気持ちかは、まぁ、大事な事かも知れないけどさ。どうせ僕は・・・きっと何処の僕も同じように、この人の事を好きになって、それで無茶を重ねていく事を選ぶんでしょ?だったらさ、ちょっと早いか遅いかだけの話だし、別に問題は無いよ。今の気持ちの出所なんか気にする必要は無い」
なんとなく依城さんの前髪をかき分けてデコを出してみる。眠りながらも「ふへへへ」と謎の笑い声を発して実に楽しそう。見ているだけで幸せな気分になれるけど・・・もう酒は飲ませないようにしようとも思う。
「そう。分かったわ。・・・頑張ってね、マスター」
クロは真面目だね。どうせやる事も変わらないんだから軽く構えときゃいいのに。
そして僕達は眠りについた。依城さんはベッド。僕は床。クロは椅子の上。
ホテルに来てまで床か・・・別に良いけど。




