6-8:猫と僕と彼女の気持ち 貴女にはもっと笑っていて欲しかった
今日の依城さんはよく笑っている。
少し褒めると恥ずかしそうに嬉しそうに依城さんは笑ってくれる。
そんな彼女を見ていると「もっと笑って欲しい」、自然にそう思った。
正直、女性が喜ぶような物言いなんか僕には分からないし、こればっかりはクロにも柏木さんにも頼れない。だから、わりと体当たりな感じ。でも、それで大丈夫みたい。それで彼女は喜んでくれるみたい。
僕はそれがなんだか嬉しくて、そして・・・その気持ちがとても懐かしい。
事務所を出た僕たちは依城さんに引っ張られるまま高級そうなケーキ屋さんに到着した。クロは僕の頭の上で興味無さそう、柏木さんはちょっと疲れたようなご様子。でも、僕は楽しいから特に問題は無いものとする。
「ここはね、若い人の間で評判なお店でね。季節の果物を使ったタルトが」
依城さんがガシガシ説明してくれている。それこそ立て板に水をジャンジャンかけるように説明が続く。僕には「なんか色々美味しいらしい」って事ぐらいしか分からないけど、きっとそれで十分。
そして皆で席に着き依城チョイスで注文を済ませる。
平日の昼間なので、すぐに座れたけど、店内にはそこそこお客さんが入っている。流石、都会の人気店・・・いや、そもそもケーキ屋にこうやって入ったのが人生で初めてだから分からないけど、案外これぐらいが普通?
「へー、初めてなんですか。意外ですね。甘い物わりと好きですよね?いつもお家に行くとキットカット出してくれますし」
はい。お客様が来てもキットカットしか出した事がございません。美味しいけど、もうちょっと、こうレベルアップを図りたい気持ちも無いわけでもない。
「こういうお店って可愛らしい女性のためって感じがしてさ。依城さんなら違和感ないけど、僕みたいな人が入るのはちょっとね」
そう、今の僕の恰好は事務所に来る途中で適当に買ったTシャツとGパン。つまり、いつもと同じ恰好。柏木さんは柏木さんで何処かの大学生みたいなダボッとした恰好だし・・・流石の僕でもめかし込んでオシャレスーツを着ている依城さんに悪い気がしている、バランス的な意味で。いま気づいたので遅いけど。
「いやいや、そんな可愛らしいとか、いや、そんな」
依城さんはクネクネしていた。
・・・さっきのは限りなく一般論に近い話であって、特に依城さんの事を言ったつもりでは・・・・あれか、さっきの事務所のやつの刺激が強すぎたか。
よし。こういう時は積極的かつ早急に話題を次に飛ばしてしまおう。
「そう言えば、今日は朝から遠出をしてたって聞いたけど、結構出張とかあるの?」
無理やりな話題転換。戻っておいで依城さん・・・おっ、成功か?クネクネするのが止まったぞ。
「そう言えば言ってなかったですね。本当は会ったら最初に言おうと思ってたんですけど、なんか色々あって忘れてました。実は」
その時、タイミング良く?悪く?ケーキが届いた。
「・・・まぁ、後にしましょうか。よく考えると、そんな大した話でも無い気がしますし」
ならいいけど?大事な話の方を目の前のケーキで流してないよね?大丈夫?
「実は私も何回かしか来た事ないんですけど、ここのケーキ美味しいんですよ。いつかこうして、みんなで来たかったんです」
そう言って依城さんは「へへへ」と子供っぽく笑う。・・・・うん、他の話なんか別にいいや。ケーキを頂こう。
僕の分は洋ナシのタルト。
依城さんはモンブラン(果物が売りって言ってたのに)。
柏木さんはアップルパイ。
確かにどれも美味しそう。僕の経験と語彙の無さでは、ぶっちゃけ見ただけではなんとも言えない。というわけで、フォークを入れてみる。
まず上側はゼリー状っぽい何モノかで覆われた洋ナシ部分。スッとフォークが通って、思いのほか早くタルト生地部分まで到達する。感触が軽い。グニッとしていない。
これは・・・なんか・・・なんか違うぞ?
小さく切った欠片を口に入れてみる。
甘すぎるわけではない。でも確かに甘く、洋ナシの香りをしっかりと残しつつ、かといって生とは違う味の深さがあって、一緒に口に入れたタルトからは濃厚なバターの風味が。
「色々な味がして美味しい・・・こんなの初めて食べたや」
口から出る言葉はシンプルになったけど、要は
「でしょ、美味しいんですよねー」
柏木さんもコクコクとうなずいている。
クロは別に関心が無いのか無言。まぁ、猫だから甘いとか分からないし仕方ないよね。とりあえずクロの事は脇に置いとくとして、ここのケーキは確かに美味い。「こんな美味い菓子があったのか?!」というレベルで。甘い物って「甘いから美味い」で思考を止めてたけど、「甘い物に色々な味が混ざるともっと美味い」ってのが正しかったんだね。知らなかった。
でも、よく考えたら、これ季節の果物、つまり限定品なわけよね?次に来たら、もうこの美味しいのは無いわけよね?それ、ちょっともったいないような?こんなに美味しいのに。
崩れないようにタルトを一口大にカット。刃物の扱いには無意味に自信があるので、柔らかく崩れやすい果物のタルトでも楽勝。
「はい、依城さん。美味しいよ」
フォークに突き刺して依城さんの顔の前に差し出す。
「!!!」
何故かビックリ顔の依城さん。こういうの世間ではわりとするんでしょ?
おっかなびっくりといった様子でパクリと・・・そして無言でモグモグ
「・・・・こっちも美味しいです」
うつむき小さな声でそう言った。
「すげぇっす、マジすげぇっす」
「はぁ・・・マスターもやるわねぇ」
観客の二人からの謎の評価。別にいいじゃん、これぐらい・・・ダメ?
その時、誰かの携帯の着信が鳴った。耳になじんだデフォルトの着信音。
「・・・あっ、私ですね」
依城さんだった。あれかな、支部長さんかな。「すみません。いまお店なので、ちょっと待って下さい」そう言ってパタパタと少し焦りながら店の外へと出て行った。
そういや朝のうちに何してたか結局聞いてないけど・・・なんかやらかしたのかな?
ぼんやりと店の前で電話をしている彼女の姿を眺めていると、
「依城さんって赤松さんの前だとあんな感じなんっすねぇ。俺、正直メッチャ驚いてるっす」
「そうなの?確かに今日はいつもとちょっと様子が違うけど、概ねこんな感じじゃない?」
「今日のナギの様子が変なのはマスターのせいでしょうに・・・」
クロはちょっと呆れたような雰囲気。僕が何をしたというのか。
「まぁ、ちょっと様子が変わってるのは置いとくっす。依城さんって俺と話をしている時なんか、まるで抜身のナイフ・・・違う、抜身の日本刀みたいなヤバさを感じさせる人なんっすよ。
赤松さんが一緒にいる時だけっすよ、こんなに親しみやすいの」
凶暴な野良猫みたいな評価されてんのな。
「わたし達も最初から仲良しだったわけでも無いわよ。それこそ初対面の時はなんか怒ってたし」
クロさん、怒ってたのは我々が監視用の使い魔をぶっ壊したからですよ。
「良い人だよ、依城さん。ちょっと分かり難いかも知れないけど」
僕は本当にそう思うよ。そこれそ職場の人気者に成れそうな感じだよ。あの職場、他にどんだけ人がいるのか知らないけど。
「おっ、ナギ戻ってきたわよ」
「すみません。課長がちょっと怒ってまして。一旦、そろそろ事務所に帰りましょうか」
「さっき言いかけた今朝の件?」
「お前とんでもない事をしてくれたなぁ、とか言ってました」
困っちゃいますよね、と可愛らしく笑いながら聞き捨てならない事をぶっこんでくる。やっぱり何かやらかしてるじゃん。どっちか言えば依城さんが困らせてるじゃん。
「ところで、みなさん、何の話をしてたんです?遠目でもなんか楽しそうでしたけど」
「ん?依城さんは親しみやすいし、良い人だなぁって」
「もう!赤松さんは!また、そんな!!」
依城さんは顔を赤くしながらバシバシと僕の肩を叩いた。
興奮すると相手をバシバシするって何だか関西の・・・いやこれ以上は止めておこう。
そして、僕たちは依城さんのやらかしに期待を膨らませながら事務所に戻った。支部長さん、大変そうだなぁ、みたいな事も少し思いつつ。




