3-8:全てはこの時のために そのための準備はとうに終えているのだから
僕の『嘘』を世界の仕組みが『真実』に作り替える。手の中の蜘蛛の刃は今や神さえ殺し得る凶器へと成り果てた。
幾つもの世界の僕が試行錯誤を繰り返し極限まで練り上げた『朱天を殺すためだけの魔術』
世界を騙す。そんな大魔術を行使するため、無数の魔力結晶を砕き捧げる。それは顔さえ知らない人達の命を炉にくべるという事。どうしても僕の魔力だけでは実現する事が出来なかった。だから、犠牲になっても計画に支障が出ないところから魔力を調達させてもらった。ただ、それだけの事。僕にとっては、どうしても必要な犠牲。
足を踏み出したのはどちらが先だったろうか。朱天と僕は互いに大きく一歩を踏み出した。
小細工なしで正面からぶつかる。
加速した意識の中で僕の刃が翻るのと朱天の刃が加速するのは同じタイミングだったように感じた。
だが、やはり朱天の刃の方が・・・速い。どうしようもなく速い。
体のスペックだけの問題では無い。生涯を剣に捧げた経験が、身体の使い方に、剣の振るい方に、そしてその速度の差に現れているのだろう。
もちろん、ここにいる朱天は本人ではなく、言わば抜け殻みたいなものだけど、それでも僕が真っ向勝負で勝てると思うのは、控えめに言っても思い上がりが過ぎるのは間違いない。
だが、そもそも僕は剣士じゃない。あくまで僕は魔術師で、これは試合じゃなくて殺し合い。だから、剣の腕で勝てない事は特に問題では無い。
この状況をどうにかするためにこそ僕達は工夫してきたのだから。そのための準備はとうに終えているのだから。
朱天の斬撃が踏み込みの速度を乗せ、僕に迫る。それに対し僕の刃は明らかに間に合わない。よくてギリギリで受け止める事が出来る程度。
だが、こちらは短刀、向こうは刀。リーチと重さの違いもあり、受け止めたところで圧し負ける事は間違い無い。
そう、僕の刃が普通の刃であるならば。
蜘蛛の刃が朱天の刀と接触する。受け止めるにしても、あまりに遅いタイミング。押し込まれて逃げ場がなくなるだけのタイミング。
二つの刃が接触する。
そして、何の音も無く、抵抗も無く、朱天の刀が両断され、その破片も空気に溶け込むようにして消えていく。
薙ぎ払うような形で振るわれた僕の刃は世界への宣言通りに『全てを切り裂いた』
僕達の魔術は、神様も、神様が作った物も、何であろうと等しく全てを切り裂く事が出来る。
だから、勝てる。
得物を失った朱天は体にかかる慣性を瞬時に殺し切れず、僕の目の前で大きく隙を晒す。
まずは僕の近くにある右手から。
切り払いからの返す刀で朱天の右手首を斬り落とす。力は必要ない。ただ当てるだけで『切り裂いた』という結果は発生する。
僕が願ったのは全てを切り裂く刃。切れ味が凄い刀という意味ではない。『切り裂いた』という結果をもたらす刃こそを想像したのだ。因果そのものを弄び、結果を導き出す。それが僕が望んだ『勝つために必要な魔術』
だから、その望み通り、僕の魔術は鎧に包まれた朱天の右手首を、何の苦も無く、斬った感触すら無く、綺麗に切断してのけた。
刀に続き右手首を失った朱天が悶える。朱天の場合は刀も体の一部、つまりは刀と手首部分の損失で自身を構成していた霊子の多くを一気に失った事になる。そりゃ、さぞかし苦しかろう。
だから、ここで一気に攻め立てる。
まずは刃を引き戻しつつ、朱天の太ももを切り裂く事により回避行動の遅延を狙う。
だが、これは浅い。鎧の表面に薄く切り込みを入れる程度に留まってしまった。
でも、別に良い。
次は一気に右側から首を狙う。頭部を失えば朱天と言えど回復する事は・・・可能だとしてもそれなりに時間はかかるはず。
下から上へと掬い上げる一撃を滑らせた。体重もろくにのってない速度だけの一撃。剣術としては話にならない一撃。
だが当たればいい。それだけで十分。僕はそういうルールで動いている。
決まった、そう思ったが、唐突に突き出された小太刀が僕の刀の進路を阻んだ。
軌跡を無理やり曲げ、先に小太刀を破壊する。僕の刀を受け止めた小太刀は何の抵抗も無く折れて消える。
そして再び返す刀で朱天の左腕の破壊も狙うが、これは体捌きで避けられ、二の腕を浅く傷つけるに留まった。
先の一撃で足を破壊しきれなかった事が悔やまれる。だが、今ならもう一撃加える事が出来る、そう思い更に一歩、朱天の方へと踏み込むが
その時、刀を握る右手や踏み込んだ脚のあちこちが断裂した。調子にのって負荷をかけ過ぎた。常時発動させている治癒魔術の効果を上回る程に体の損傷が進んでしまったようだ。
ほんの一瞬、僕の動きが鈍る。
その隙を狙い朱天が右手を大きく振り上げた。刀はどうせ壊されるという前提に立っての打撃。
この選択は正しい。小さな刀で破壊出来るのは当然ながら極わずかな範囲のみ。僕の短刀では破壊しきれない大きな体、それに大柄な鎧武者である朱天の重さは、それだけで僕を壊すだけの十分な武器となる。たとえ右腕が破壊され尽くしても体に残された運動エネルギーだけで僕を殺し尽くせる、そんな判断なのだろう。
確かに、これは正しい判断だ。
でもね、そんな合理的で正しい選択は何処の朱天もやってたの。だから、これは織り込み済み。
『クロ!』
呼びかけと同時、今まで僕が斬りつけてきた箇所に次々と赤い帯が浮かび上がる。
驚愕したかのように朱天の動きが止まる。右手首、太もも、左腕。三か所から帯が出現し朱天の体に巻き付き、そして締め上げていく。
朱天から抜き取った魔力は僕に戻すのではなく、魔術の強化に充てている。つまり、朱天は有り余る自分の魔力で締め上げられているわけだ。ざまぁみろ。そして、もちろん、この『略奪』の魔術が決め手というわけでも無い。
あくまで、これも補助。今までに何個も用意してきた朱天の動きを妨害するための手段と同じ。ちょっと予想外に効いてて完全に朱天の動きを止めてるのは意味不明だけど・・・まぁ、好都合なんで別に良い。
とにかく、これで予定通りに事を進められる。
朱天の息の根を止めるのには2段階の工程が必要になる。まず一つ目、朱天の体のコントロールを失わせ、構成する霊子を奪う事。具体的には斬りつけて『略奪』の術式で霊子を魔力に変換しながら吸い出してしまうという流れ。これは、もう少しで完了する。
そして、二つ目、朱天をこの世に繋ぎとめる『核』となっている物を破壊する事。核は召喚の際の触媒として、そして今はその存在を現世に留めるために使用されている。朱天の場合は、鎧の欠片。それは胴体の奥深くに埋め込まれているはず。
この二つを成し遂げる事で、僕は朱天を亡き者にする事が出来る。
動きを止めた朱天を、僕はひたすらに斬りつける。脛、足の甲、肘、肩、手短にあったところから、目に付いたところへと、思いつくままに一方的に切り刻む。
もちろん、切った後にはクロが赤い帯をまるで傷を塞ぐかのように次々と貼っていく。
こうなると一方的な展開だ。何度も繰り返した対朱天の必勝パターンに綺麗に嵌っている。赤い帯が朱天の魔力を吸い取り、そして、更にその力を使い、朱天を強く強く縛り付けていく。
急速に力を失う朱天。このまま消えてくれるのが一番楽なのだけど、半身たる依城さんがこの世界にいる以上、このまま待っていても朱天が消える事は無い。
最後のケジメをつけるべく、僕は蜘蛛の刀を構える。狙いは遺物である鎧の欠片。神の依り代であり本来は破壊なんて出来ない物。
だが、僕の魔術はこの前提を破壊し得る。幾度もの失敗を重ね僕達の技術で不可能を可能にした。全ては、この時のために。
だから・・・・
最後の一撃は呆気ないものだった。身動きの出来ない朱天の胴体中央を一閃。その一撃が入ると同時、朱天の抵抗は無くなった。力なく膝をつき、項垂れた姿勢でそのまま力を吸われていく。
後は朱天が倒れ、この結界が壊れた際に、世界の帳尻が無事に合ってくれるかどうかだけ。
ここから僕に出来る事はもう無い。
消えゆく朱天の事は放置して、先ほど投げ飛ばしてしまった依城さんのところに向かう。
まだ意識は戻っていない。
そっと頭に触れる。実体がある・・・体温もある・・・
その事実だけで涙が出てきそうになる。が、まだだ、まだ朱天も消えていない。結果が出るまでには、もう少し時間がかかる。
それこそ意識の加速を切れば一瞬で全ては終わるが、それをやってしまうと不測の事態に対応出来なくなる。
不安に押し潰されそうな気分の中、依城さんの手を握り、消えゆく朱天を眺める。
朱天はその体を少しずつ薄れさせていた。真っ黒だった全身の鎧も少しずつ薄い色へと変わり始めている。
そして、朱天が消えゆくのに合わせ、僕が想像した世界もゆっくりと崩壊を始める。
遠くの景色が少しずつ罅割れ、細かな破片になって散って行くのが見える。
僕はほとんど覚えていないのだけど、生まれ故郷の村の景色が散り散りになって消えて行く。
まるで全てが終わるみたいで、少し綺麗だと、そう思った。
もし・・・これでもダメなら・・・依城さんとこのまま消えるのも悪くない、そんな事さえ思ってしまう。
世界と朱天が壊れゆく光景を眺める。
握りしめた彼女の手の感触だけが、僕に辛うじて現実感を与えてくれる。
ほんの少し左手を無くした事を残念に思った。
ハラリハラリと僕が作った世界の欠片があちこちに降り注ぐ。
ゆっくり少しずつ全てが壊れていって
僕達の周りの空間にさえ細かなひび割れが
そして、世界の崩壊は唐突に終わった。
舞い落ちる世界の欠片さえ空中で動きを止めている。まるで、時間の流れが止まったかのように。
『マスター!!結界の制御が奪われたわ!!』
クロの声が頭の中に響き渡った。制御が奪われた?誰に?答えを考えるまでも無い問いが僕の頭の中に浮かんだ。
消えつつあった朱天、彼は赤い衣と黒色を基調にした鎧姿で、僕達をじっと見つめていた。




